世なおし倶楽部

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過去と未来をむすぶ未来予測迷想

2008-07-29 22:40:32 | 哲学/ヨガ/芸術/宗教/政治経済
ヨガの意味は「結い」でした。南インドで話されているタミル語が日本古語と共通点が多いことがわかってきています。現在も使っている「わび、さび」という表現と意味など同じように通用しているといいます。

以前からタミル語のことは知ってはいましたが、先日ふっと思ったのは、ヨガということばと結いが同じ意味であることと、南インド-タミル語と日本語との深い関連性とがなぜか同じことのようだ、ということです。

日本人のルーツに関しての研究がどこまで進んでいるかは良く知りませんが、
関連性についてならば、色々と知られています。正座もポリネシアの習慣と共通だそうです。日常生活の基本的な習慣や繊細な感情を表現する言葉などは、どこまで共通なのか調べたくなりました。南インドはポリネシアとつながっています。1万年のその昔、現在のインドネシア~沖縄あたり一体が改定に陥没したらしいと考えられるようになってきましたが、間違いないと思われます。

その当時に古代文明が栄えていて、その文明の中心になっていた哲学が「結い」であり、結いという言葉が訛って「ゆがーヨガ」となったと想像できます。「結い」という概念は「宇宙とは森羅万象がすべてヒトツにむすばれている無限繰り返しの存在」ということを簡潔に言い表しています。
結いという言葉は簡潔なだけに、真理そのものといえましょう。その結いがヨガなのです。インドにあり日本語にも共通であり、古代文明にもつながる、文字通り「ヨガはすべてを統括する知行合一」の哲学といえましょう。

ヨガの概念は簡潔で、筋です。しかし、この現実の世は俗な枝葉が複雑に張り巡らされた世界です。筋と枝葉のバランスのとれたむすびの状態がこの世界であるならば、哲学の筋は簡潔に極め、生活の実態はおおいに多様性を謳歌するべしと思います。

人間が、生きる不安解消のために求めていた究極の哲学的解答は、むすびヨガCLUBの理念でも有る「ヨガ=むすび=循環=有限世界の無限繰り返し」ということです。

このぎりぎり抽象化された哲学のむすびの智慧が導き出す究極の現実は
何かといえば「重力制御と公平なエネルギー分配」ということでしょうか。

ヨガの行は個人の健康と命の救済ばかりでなく、世界の平和のために行われるものです。繰り返しになりますが、個と全体をむすぶ概念がヨガなのですから。

現在の西洋哲学は哲学になりえていません。世界を包含して認識できる能力に欠けています。なぜなら人=世界という認識が甘いからです。むしろ、人と世界を対立する関係とみているのです。根本的に逆発想です。

これからの世界をリードする哲学は、東洋でも西洋でもない「むすび」の哲学です。南海に沈んだ古代文明のもっていたむすび哲学の正しい解釈と実践ができるなら、沈没した文明は近い将来ふたたび復活すると予感します。

ヨガのトレーニングのバリエーションの一つに「過去と未来をむすぶ迷想」を加えてみては如何でしょう。

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