月下樹のおと

樹月けい、オタク母のブログ。アニメ・漫画。お絵かき展示等。義母の介護終わり、義父のご飯お手伝い中。

3/21「変わりゆく日本語、変わらない日本語」平田オリザ講演会 公開ワークショップ

2016-03-24 16:20:28 | 感想★アート演劇 映画ドラマ アニメ等


3/21
明徳会図書館100周年記念講演会
サクラートたどつホールにて

変わりゆく日本語、変わらない日本語

講師 平田オリザ
1部 公開ワークショップ
2部 講演会


演劇のワークショップを
行っている様子を見たり、
言葉について色々なお話を
聞くことができた。

=================
うまくまとめられなかったので
長々と書いてます。

◆1部 ワークショップ

事前に募集された二十数名が舞台に。

声を出すゲームでは
好きな色を言って、同じ色の人を探し
グループを作る。
お題は色々。
繰り返すうちに声も出しやすくなる。
自然と発言しやすくなる。
ディスカッションの前に有効とのこと。

他のお題では……
ある国からイメージするもの。

同じ国でも
その国の人、別の国の人、
挙がるもは色々。
イメージや考え方に
違いがあり、共通するものもある。

そして問いかけ。
男女混ざったグループ作りたくても
年頃の子には抵抗あり。
どのようにすればよいか。

生まれ月でグループ分け。
決まっていることなら分かれやすい。
このように、
無理なくできる工夫が必要。
納得した。


2人1組などで
体を使ったゲーム。
息を合わせて動いて。


番号札の数の大きさで
趣味の活発さを設定し、
数は教えず趣味を伝え合い
近い人とペアになるゲーム。

イメージの基準はそれぞれ違う。
趣味だけ聞いても分からない。
どんなつもりでその趣味なのか
聞き出す必要あり。
数が小さいのに活発め設定の人、
数が大きいのにおとなしめ設定な人、
決められた時間内だと
掘り下げて聞く余裕がないので
難しいらしい。


イメージしやすいものと
イメージしにくいものがある。
エアキャッチボールと
エア長縄跳び。
どちらがそれっぽく見えるのか。
実際に見ると、長縄跳びだった。

それは何故か。
長縄跳びの方が経験者が多い。
全く経験してないものは
どう動けばいいか分からない。
見る側も分かりづらい。
(外国で、長縄経験ゼロの人の例を挙げて)
それには文化や背景が関わっている。


集団でイメージを共有するゲーム。
言葉と体を使って。
これは教育の世界でも役立っている。
演劇の効用。


昔は同じ価値観で動くことが
多かったけれど、
今は多様になっている。
これからは、バラバラの価値観でも
ひとつになっていくために
イメージの共有は大切。

まずは、
イメージしやすいところから入って
しにくいところへもっていく。

例えば演劇の場合、
伝えたいものがあったとしても、
イメージの共有ができていないうちに
出してしまってはシラケてしまう。

伝えたいものは
伝わりにくいものなのだ。
だからどうやって伝えるかを
工夫しなければならない。


ボールを投げる動きなら、
ドリブルして投げる、など。
分かりやすいものから入ってみる。

標準的なことだけをしていては
伝わらない。
降り幅を広げてみることも大事。
イレギュラーも必要。

内側に広がっていくこと、
外側に広がっていくこと、
バランスがとれた方がいい。

いくら中身が充実しても
それが外に伝わらなければ。
そのために。
……………………………

◆2部 講演会

スライドの画像で
平田オリザさんが関わった
これまでの公演など
活動の紹介あり。


中学校の授業でもされた
3人のテキスト。

列車の中という設定で、
A、B、が座る席の向かい側に
乗り合わせてきた Cに
Aが「旅行ですか?」と言うとして。

どんな時なら話しかけるか?
考えてみる。

そもそも話しかけないという人もいて。
場合によるなら、
それはどんな時なのか。

そこには文化の違いも影響してくる。
外国の人でやると、
また違う反応があるそうだ。

コミュニケーション能力とは
何なのだろう。
ある国では積極的に話しかけるが、
別の国では とある理由で話しかけない。
というように、
どこの国にも共通する普遍的な
コミュニケーション能力はない。

文化の多様性を知り、
何が必要なのか考えることが大切。


「旅行ですか?」のセリフなら
どんな “つもり”で書かれているか
考えてみなければ。

一見分かりやすい言葉、
どの国の人でも言いそうな言葉だけど、
その背景には何があるのか
分かっていないと
まったく違って捉えられる
こともあるだろう。

自分達とかけ離れた文化であれば、
そういうものだという
心づもりがある。

かえって近い文化の方が、
誤解や摩擦がおこりやすい。

◯◯のつもり、
そこにあるずれ。
コンテクストのずれ…と言われていたが、
違いをハッキリさせていくことで
異文化の交流ができる。


これは外国だけではなく
身近なことでもいえるようだ。

例えば子どもや
病院では患者など、社会的弱者は
直接 関係ないような言葉で
伝えようとすることがある。

論理的に話せない人の
気持ちをくみ取る力が
必要とされている。

言葉の奥にあるものを
なぜ読み取れないのか。
それを妨げているのは
システム
ルール
社会的抑圧などがある。

リーダーシップには
論理的な思考や
批評的な思考も必要だが、
コンテクストを理解する能力も
重要になってくる。

それは個人の能力だけでなく、
環境の問題としても考えられている。

例えば 病院においてなら、
患者が医者に話しかけやすい環境。
コミュニケーションのデザインとして、
情報やシステム、
建築
街づくりに至るまで
環境を整えることで
円滑に進められることはありそうだ。


演劇は
同情から共感へ
同一性から共有性へ

共有できる部分を広げていく。

全く同じにはなり得ないから、
共有できるものを見つけたい。

…………………

日本語は変化したか?
昔の文学作品などと比べて、
話し言葉として
聞いて分かるような
言葉に変化してきた。
新しい日本語も生まれている。

話し言葉の分類として色々あるが、
会話と対話について。

会話は、
知っている人同士。
分かりあう察しあう文化。
対話は、
知らない人同士、知っていても
意見の違いを説明しあう文化。

演劇は、対話を必要とする。

日本は島国で、
もともと多様性が少なく
分かり合い 察し合ってきた。

このような文化は
外国に出ていくと少数派である。
この文化は捨てず基盤にしながら、
多様な人たちと対等に
話ができる能力を身に付けたい。

対話の能力を身に付けるには
演劇の力が役立つ。

================

イメージの共有は
難しいものなのだと思った。
同じ日本人同士でも
取り巻く環境は
昔と変わってきているので。

分かっているつもり、
分かってもらえている つもり
になっていることは結構多い。
みんな同じ、ではなく
みんなそれぞれ違う、
ということを 心にとめておきたい。

そんな違いはあっても
どこかに同じような部分もある。
それを見つけられれば
いい方法を考える手がかりになる。

そのために、演劇の力は
日常の私たちにとっても
大きな意味を持っているのだと思った。

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3月23日(水)のつぶやき

2016-03-24 05:19:08 | 日記等 未分類

*【うちご飯(義父)3/23】夜:揚げ春巻、サラダ、もつ煮込み、ブロッコリー厚揚げ中華炒め、味噌汁/朝:きんぴら/★長女 朝 友達と出かけ/★昼 三女友達宅で遊ばせてもらう/★長女 書類書きや家の収支見直し(^^;相談してた… pic.twitter.com/PwMTajuGM4


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