伝統ある英国の10吋ユニットで、いい音で音楽を聴きたい・・・・・

音楽好きの、古いオーディオ機器10吋TANNOYを改良して聴くダメオヤジの金ちゃんです。

よく晴れたので里山に春の花探しに・・・・エディット・ピヒト=アクセンフェルトのクラブサンの演奏。

2016年04月30日 | 写真撮影

休み、風は少し強い、天気快晴、撮影条件は大丈夫です。

今日は近くの千葉ニュータウンの里山に春の花の写真を撮りに行こう。

早速LEICA D VARIO-ELMAR 14-150mm/F3.5-5.6 ASPH./MEGA O.I.S.と

接写リングを持って出かけます。

でも道はかなりの渋滞ですが、少し里山に入りますと車はいません。

早速小川沿いにアイリス系統の花が咲いています。


 

我が家のアイリスと比べますとかなり小さな花でした。

続いてピンクの花が

 

 

それと初めて見る花を発見

 

 

同じ花の満開の感じ

 

 

可愛い花を見つけました。

 

 

そして藤の木がありましたので

 

 
 
この様な感じでプチ撮影して来ました。
 
自宅に戻り現像してみますとかなりイメージと違った上がりになった物もありますが・・・・
 
全体には春の感じがでました。
 
そのような爽やかなチェンバロ演奏者を紹介します。

エディット・ピヒト=アクセンフェルト

Edith Picht-Axenfeld)、1914年1月1日 フライブルク – 2001年4月19日 ヒンターツァルテン)は、

ドイツのチェンバロ奏者・ピアニスト。特にヨハン・ゼバスティアン・バッハの演奏が知られていた。

哲学者のゲオルク・ピヒトの妻でもある。

バーデン大公国フライブルク市で、フライブルク大学教授の眼科医テオドール・アクセンフェルトの子として生まれる。

5歳でピアノの演奏を始め、卒業試験後は当時バーゼルにいたルドルフ・ゼルキンにピアノを、

ヴォルフガング・アウラー、アルベルト・シュヴァイツァーのもとでオルガンを学んだ。

1935年にベルリンでデビュー、1937年にワルシャワの国際ショパン・コンクールでショパン賞を受賞。

1947年~80年、フライブルク国立音楽大学でピアノと初期鍵盤音楽の教授となる。

世界的なピアニスト、チェンバリストとして活躍。

オーレル・ニコレ、ハインツ・ホリガー、フィッシャー・ディースカウ、ヘンリク・シェリング、

ローター・コッホらとの共演やレコーディングなども数多い。

アンスバッハ週間、イギリス・バッハ週間、ルツェルン音楽祭、

草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルなどでも重要な役割を果たしてきた。

2001年4月、フライブルク近郊の自宅で心不全のため他界。享年87歳。

iTunes チェンバロ奏者のヴァンダ・ランドフスカ以外の そしてもう一人の女性のチェンバロ奏者が、

今回のピヒト=アクセンフェルトなのです。

 

Bach / Edith Picht-Axenfeld, 1968: Goldberg Variations, BWV 988 - Complete

 

彼女はランドフスカのように、

あるいは他の女性アーティスト たちのようには華々しく活動したとはいえないかもしれません。

センセーショナルな登場というわけではなかったのです。

それでも、熱心なファンというか、彼女を支持する愛好家たちはかなりいます。

一言で言えば、優れた『コミュニケーション能力』の持ち主であった、

変に職人気質の難しいお人というのでもない。

また単に厳しいピアノ教師というのでもない。

以外の今回iTunes今回でバッハの曲を聴いてみましたが、何かスート聞けちゃいます。

テンポも丁度いい感じで、何より録音状態が良く

筆者の大好きな、平均律クラヴィーア曲集 第1巻、ゴルトベルク変奏曲、

フランス組曲全曲、イギリス組曲全曲、イタリアンコンチェルトなどクラブサン演奏が聞けます。

彼女の演奏は凄く刺激もなく、筆者の耳にそよ風のように入ってきます。

あのピアノとは違った弦を爪弾く感じが我が家の装置から感じます。

それと最近1991年に発売した

LINN LK-100の中古を購入しましたので、明日到着します。

聴くのが楽しみです。

評価は相当良いと聞きましたので、期待してます。