昨日より今日を!今日より明日を! 夢と希望がある限り命輝かせて生きていこう!

「夢を描こう!」「 夢を語ろう!」 「夢を形にしよう!」 楽しもう76歳を!

夏場の心身健康法。

2012-06-14 22:20:21 | 健康


関西電力の大飯原発3、4号機の再稼働が決まるようだが
今年の夏も昨年以上に節電が求められることに変わりない

そのことを覚悟していまから真夏の暑さと節電に向けて
心身が対応できるように体調管理に努めていきたい
いくら若いと息巻いても72歳のおじ(い抜き)さんなんだ

7月は1ケ月間、自宅改装で昼間は暖房状態で工事の進み
具合で荷物を部屋移動しながら対応していくことになる

おまけに月の大半は外泊しなければならない
とてものんびりとはいかないジプシー生活?になると思う
願わくば少しでも暑さは8月に申し送りしてほしい

昨日で72歳と2ケ月になった

ありがたいことにいまのところ体調に心配することはない
月初めにスポーツジムであったボディ検査でも1年前より
確実に体力は強化できている
足や腕に筋力がついたことは自分の目でも確実にわかる
見えない部分にもきっと変化が起きているに違いない
筋力をつけることは年齢に関係なくできることを実証した

6月13日現在の身体

●身 長   165.cm

●体 重     57.2㎏

●体脂肪    11.7%

●内臓脂肪   7.5%

減量が続いて一時はどうなるものかと案じていた体重だが
この1ケ月、ほぼ同じで変動しなくなってほっとしている

これから夏場に向けては体力の消耗と熱中症対策のため
昼間は外で身体を動かすことを極力控えることにしている

去年は7月からナイトウォーキングにうまく切り替えたが
今年はさらに工夫をして日中を避け夏場でもできる仕組み
をつくって身体を動かし気持ちでも負けないようにしたい!



★週2日 

  [ナイトウォーキング]
   にプラスして
  [スローランニング]
  を入れてスタミナをつけたい
  これは現在、行っているので続けるだけ

★週2日

  スポーツジムで
  [ランニング&ウォーキング]
   と
  [筋トレ]
  これも現在、行っているので目新しいことではない
   
★週3日

  2日は心身の休養、1日は、ナイトかジムのいずれか
  週のうち4日は確実に身体を動かすこと

  その中に
  ウォーキング倶楽部の例会、 シニアの歩こう会
  不定期だが、個人的な郊外ウォーキングは続ける
  これも通常通りのこと

これを7~8月はできる限り実行したい
現在、行っているルーチンだから新たに始めることはない
障害があるとすればジプシー生活なのでナイトのコースが
あるかどうかということ

敢えてここに書くのも自分との約束をこのブログを訪ねて
くれる教え子たちにも約束しておきたいからだ

自分の健康は自分持ち!
やるかやらないかだけ!

いま気になっていることはお世話をしているウォーキング
倶楽部に体調不良で傷んでいるメンバーが数人いることだ

みな50代半ばの身体の変わり目にある男性と女性だから
余計に気にかかるのだがこればかりは手助けができない

健康に強い関心を持ち一生懸命ウォーキングを続けている
にもかかわらず身体は故障を起こしてしまう

年齢的に確実に体力が落ちていくことは避けられないから
運動と休養をうまくコントロールして乗り切ってほしい。


いのちのレッスン。

2012-06-13 22:39:07 | 本・読書・音楽
先日、映画監督の新藤兼人さんが100歳で亡くなった
ことをこのブログで書いた

そのコメントに先輩のHさんから新藤さんの著書である
「シナリオ人生」を読むことをすすめられた



同じ新藤さんの著書を読むなら「いのちのレッスン」も
読んでみたい!

以前、書店で拾い読みしたことがあり、いい本だなあと
思いながら、買わないままに、忘れてしまっていたが
この機会に読んでみようと二冊を求めてきた

両方を読み始めたが「いのちのレッスン」に引き込まれ
先に読んでしまった

新藤さんは「ドラマは人生」といっている
どちらも発端、葛藤、終結の三段階で構成しているからだ

新藤作品をそんなに見ているわけではないが、そういえば
新藤さんが社会派の監督さんと言われる所以はそこにある
のかもしれない

最愛の妻、乙羽信子さんとの出会いから別れまで繰り広げ
られた長きにわたる人生もまさにシナリオ人生だった

新藤さんのシナリオに間違いがあったとすれば乙羽さんが
先に亡くなったことくらいなのかもしれない

乙羽さんとの遺作となった「午後の遺言状」撮影開始前の
1993年7月27日に乙羽さんのがんが発見された

余命は1年から1年半、撮影が開始されてからもその合間を
現場の信州から抗がん剤治療のため東京へ戻るという過酷
なスケジュールを繰り返しながら撮影は続けられた

1年後9月4日の新潟寺泊海岸でのラストシーン撮影でも
乙羽さんは高熱に耐えて命の燃焼を果たしたと書いている

3ケ月後の1994年12月22日に乙羽さんは70歳で
人生の幕を閉じた

まさに午後の遺言状もシナリオ人生の「いのちのレッスン」
だったのかもしれないと思った。

いかに生きるか、今を心をこめて生きていたら、老いは
怖くない
肉体は衰えても、老いは心に人生のすばらしい思い出を
運んでくれるという

シナリオを書きたい、映画を撮りたい、と心が叫んでいる
と新藤さんは言っている



新藤さんの人生のシナリオは、作品そのものの中に描かれ
ていたのかもしれないと思った

人生は描いたシナリオ通りには行かないというけれども
果たして自分がいのちのレッスンをするようなシナリオを
描いてきたのだろうか?と
自分に問うてみると?
とてもyesとは答えられない

今からでも遅くない
今日からでも描けないことはない

シナリオを描いてみようじゃないか!
まだまだ、世の中のお役にたてるシナリオが描けるなら
もう少しは生かしてもらえるかもしれない。

検定試験。

2012-06-12 21:53:31 | チャレンジ


知り合いのSさんからメールがきた
大阪検定の試験日が近づいてきたので会って
アドバイスをしてほしいということだ

うーん、困ったぞ
大阪検定を受けたらどう?
と歴史好きのSさんに勧めたのは自分だから
アドバイスはするけれど・・・弱った!

このブログで2月頃だったと思うが
今年は1級を受けるようなことを書いたら
自分も受けてみたいとSさんが言ってきた

あのときは軽い気持ちですすめたのだが
学習意欲の高いSさんはすっかり本気になって
受験参考本?まで聞いてきたので紹介をした

その後Sさんから何も連絡がなかったので
まさか申し込んでいたとは知らなかった
だから驚いたというのが率直な気持ちだ

Sさんのチャレンジはそれでいいのだが
すすめた自分のほうは今年の試験を見送った
もちろんSさんはそのことを知らない

半分はいいわけになるが
試験日が7月1日
わが家の改装が翌2日から始まる

多分、前日の1日やその前は
片付けや準備で何があるかもしれないので
大事な試験前の1ケ月を落ち着いて勉強などは
とてもする気にはなれないだろう

ということで少しずつ勉強を続けてきたつもり
とくに今年のテーマ問題の範囲になっている
市内のモダン建築には三度も足を運んできた
のでもったいない気もする

先月末の申込締め切り日に申し込みを断念した
何かと助言してくれた1級の先輩や検定仲間に
しばらくは顔合わせできそうもない

Sさんが3級に合格してくれることを祈るのみ
メールで断りは入れておいたが
このブログでも伝えておきたい

一度やめると復活しないのが自分のくせだから
もしかして大阪検定は来年も受けないかもしれない
というとせっかくできた検定仲間を失ってしまう



昨日のブログに書いた最悪のニュースを汗で流したくて
夕方の5時前にスポーツジムへ行った

実は日曜日のウォーキングのあとから足がずっと重くて
無理な歩きをしたのかなあとそれも気になったので
ジムで汗を流せば身体もほぐれるだろうと思った

マシンでウォーキングをして
そのあとランニングをしたらすっかり汗をかいて
足もほぐれたのか元通りになってもう違和感はない

6時までは閑散としていたジムに勤め帰りの男女が
押し寄せるようにやってきてあっという間にマシンは
ふさがってしまった

ウォーキングからランニングへ
マシンで躍動する若い人たちの後姿を見ていると
もう自分がいる時間ではないと退散してきた。

書きたくはないけれど・・・。

2012-06-11 23:02:42 | ひとりごと
昨日、京都でのウォーキング月例会を終えて仕事場へ
戻ってきたら最悪のシナリオが待っていた

楽しかった一日のことを帳消しにしたくなかったので
昨日のブログでは触れなかった

今日もどうしょうかとこの時間まで思案をしていたが
これも現実のこととして記録にしておくことにした

昨日、仕事場のビルの前に戻ってきたらパトカーと
救急車が停まっていた
まわりをカメラマンらしい人が慌ただしく動いていた

何事?

ビルの管理人が待っていたかのように走ってきた
マスクをしている
なんでや?!

9階のある一室で自殺があっとのこと
声が震えている

警察が現場に入っているので待機しているという

管理組合の理事をしている立場上、自分も状況を把握
しておく必要があるか、それとも、下手にかかわらな
いで警察から何かあれば対応するのが筋か?

ここは敢えてビルの管理会社の管理人に任せることに
して顔はださないことにした
ビルの一室内のことまでタッチできるわけでもないし
居てもどうすることもできないと判断したからだ

たまたま昨日のウォーキングで自殺者が3万人を超え
ている話をしたばかりだった

昨夜も今日もいやな気分ですっきりしなかった
今日は管理人に会っていないので詳細は不明だがビル
内はなにもかわった雰囲気はまったくない
日曜日のことでだれも知らないのだと思う

数年前にある階で外国語の教室を主宰していた女性が
殺害され美人講師の殺人事件としてテレビで派手に報
じられたことがあった以外は駅前なのに平穏なビルで
トラブルはほとんどなかったので残念に思った

不況が理由で自殺者が増えていると聞いているが果た
してなにが原因だったのか・・・

こんなブログは二度と書きたくないね。

葵祭りの跡を歩く。

2012-06-10 23:52:46 | ウォーキング
お世話をしているウォーキング倶楽部の月例会で京都へ
9時半に11名が京都駅へ集合した

今日は女性会員のKさんとYさんの二人が下見までして
資料作りから案内までを一手に引き受けてくれた

京都駅から→東本願寺→京都御所→下鴨神社→半木の道
→上賀茂神社→大田神社→深泥ヶ池→宝ヶ池公園を経て
→松ヶ崎駅へゴール

京都三大祭りのひとつ、葵祭りは、京都御所を出発して
下鴨神社から上賀茂神社へ向かうが、今日はその葵祭り
の順に歩くので葵祭りコースみたいなもの

京都駅から最初の訪問は烏丸通りを東本願寺へ寄った
改修中の阿弥陀堂(左)前でストレッチ、恐れ多いこと!
正面は御影堂


ここから烏丸通りを一気に京都御所まで歩いた


禁門の変で残った弾痕のある蛤御門


建礼門の前を楽歩旗たてて一人行く・・・


名水と萩で有名な梨の木神社前まで行くと御所を周回して
いるのかランニンググループの人たちが集まっていた

紫式部が源氏物語を書いたといわれている式部ゆかりの
廬山寺へ寄ったがメンバーのMさんはすぐ近くが生家で
母校の小学校もそばにあった


加茂川にかかる葵橋を渡って糺の森にある下鴨神社へ


葵橋から加茂川の上流を見ると


糺の森、ここは美しい小川と紅葉がまたすばらしい


世界文化遺産の下鴨神社は加茂川と高野川が合流する地
に広がる糺の森にあり平安京以前から京都を治めていた
加茂氏の氏神で上賀茂神社と合わせて賀茂社と呼ばれる
格式の高い神社として知られている


正面の鳥居をすすむと楼門


反橋を光琳の梅を背景にして


国歌君が代に出てくるさざれ石


下鴨神社の東側にある高野川に出て遊歩道で昼食をした
京都夏の風物詩、五山の送り火の「妙」が見えた
今日のゴールはそのふもと松が崎だ


このあたりの地理は知っているつもりだったがさすがに
町は変貌していた

それでもノーベル賞学者の湯川秀樹さんの家はちゃんと
覚えていてなつかしく思った


わー頑張ってる(1)


わー頑張ってる(2)


曇天のためか気温もさほど上がらず風がさわやかに通り
ぬける加茂川の半木の道を上賀茂神社を目指した




ご主人さまはお昼寝、わん君は番犬


なに思う孤高の鳥


予定より遅れたが上賀茂神社へ着いた、この神社も世界遺産
で京都最古のお寺の一つ、かって伊勢神宮に続く格式の高い
お寺として特に徳川家康の信仰が厚かったとか
一の鳥居を入ると広大な芝の敷地が広がり二の鳥居が見える


二の鳥居が見える


二の鳥居


二の鳥居を入ると正面に細殿があり砂で三角形を立てた盛砂
がある


さらにすすむと国宝の楼門


楼門から中に入ると国宝の本殿がある


境内を流れる御手洗川


流れにそって歩いた、ここも紅葉の時期がうつくしい


上賀茂神社を出て大田神社、深泥が池に向かう
御手洗川は神社から出ると明神川に変わる
このあたり一帯は社家(神官の家系)が立ち並ぶ歴史的な
景観がみられるところで散策路としてもすばらしい

土塀の続く社家、小さな橋を渡って各家につながっている


香袋、におい袋のいせき


そのひとつ公開されている西村家別邸を橋からのぞくと


明神川にそって行く


ここで別れて大田神社へ


大田神社は天然記念物のカキツバタで有名だが時期が過ぎた


その大田神社の鳥居前を少し西に北大路魯山人の生誕地の碑
があった、魯山人も社家の生まれ


上賀茂からいよいよ後半の深泥が池へ向かった


深泥が池坂道を上り続ける、さすがにしんどい
どんどん置いて行かれる
自分が老いていることを実感させられた上り坂を下ると
京都国際会議場でおなじみの宝ケ池公園についた
ここのカフェでしばらく休憩した
手前の白く見えるのは鯉だ


写真を撮るばかりでえさを与えなかったから怒ったのか
強烈な鳴き声で威嚇された
すまん、誰も飴以外に食べ物を持っていなかった


ゴールの地下鉄松ヶ崎駅を目指して最後のウォーキング
女性メンバーの万歩計は約3万歩超、結構な距離だった。

母からの手紙の整理。

2012-06-09 22:07:25 | 家族
自宅マンションの改装計画がいよいよ具体化して業者
と契約を交わした

この件は、家にほとんどいない自分にあれこれと言う
つもりはないのでほとんど家内に任せてきた

30数年も住んでいながら手入れをしないままにして
きたので狭い家なのにあちらこちから思わぬ物が出て
きてその処理を家内から連日聞かれている

毎日、帰ると現物が並べられていて廃棄するのか保存
するのか確かめられるのだ

よくもこんなものが・・・
とまったく忘れてしまっていた物や探してもみつから
なかった物も押し入れの奥から出てきた

まだテープレコーダーが全盛時代に講演やセミナー等
で録音した貴重なCDが軽く200本はあるだろうか
ミュージックテープにレコードも沢山出てきた

中でも一番驚いた物は、母からの封書が入った大きな
紙袋一式で、社会人になってから捨てないで保管して
いた昭和40年代から50年代にきた手紙が束ねられ
きれいに保存してあった
手紙好きだった母からの手紙は捨てられなかったのだ

なんだか胸がつまるような・・・
中をあけて読むつもりはない
そんなことをしたら捨てられないだろう

母が亡くなった時に一緒に焼却しようと保存していた
ことは覚えているが、肝心の時にみつからなかった
当時は捨てたのかもとあきらめていた

手紙の中には父からのもの、兄弟からのものもあった
昔はすべてはがきか手紙だった
メールや携帯電話ですませるような時代ではなかった

今朝はその紙袋について家内から聞かれたが返答しな
かった、でも、ほっておくわけにはいかないからな

ゴミ出しの日が限定されているので家内は焦っている
のだろうと思う
だから母や子供の思い出の品は処分する以外ない

いずれ自分も処分の対象になる時期が遠くはないから
この際、捨てるだけ捨ててやろうか!

しかし思い入れがある物の処分はほんとうに難しい。


シニアの仲間たちと廃線跡を歩いて。

2012-06-08 22:17:57 | 交流
先月、誘われて参加したシニアの歩こう会が楽しくて
今月も参加してきた

行き先は武田尾廃線跡
昭和61年にJR福知山線の新ルートが開通したため
廃線になった福知山線の生瀬から武田尾までの区間
を武庫川渓谷に沿って線路跡をトンネルをくぐりながら
歩くコースで関西ではすっかり有名になっている

参加者の中にひとりも廃線跡を歩いた人がいないので
過去3度歩いている自分が案内役をすることになった

午前10時、スタートJR福知山線生瀬駅に集合した


国道176号線をしばらくすすみ廃線跡に入ると景色は
一変し目に映るのは新緑と渓谷の流れだけになった


枕木の跡にかって鉄道が走っていた面影を感ずる廃線
には武田尾まで6つのトンネルがある

最初が北山第一トンネル、300メートルはあるぞ!
真っ暗なトンネルの中を歩くために用意してきた懐中
電灯を灯していざ突入!
でも一人で行くには勇気がいるね!


線路は続くよ・・・枕木は続くよどこまでも・・・


踏み外さないように枕木歩き


一番長い413メートルが北山第二トンネル
ひんやりとした風がトンネルを流れていて外とは気温
差があるように思った
暗さにもなれて歩きもスムースになった


まだまだ続く渓谷に沿って・・・


素晴らしい渓谷が続く


横溝屋トンネルを出ると目の前に赤い武庫川第二鉄橋
がかかっていて下を武庫川が流れている
ここからの景色もすばらしく渡る怖さも忘れてしまう


そろそろとみんな無事に渡った !


鉄橋を渡ると今度は渓谷が左に、その右側をすすむ


このあたりから空模様が怪しくなってきた
午後から雨になると予報が出ていたので早く食事して
おきたくて昼食場所の公園に急いだ

4年前にお世話をしているウォーキング倶楽部できた
時と同じ場所で昼食にした
即席の味噌汁にコーヒー、デザート付きで豪華?昼食
していたら遅れて参加のFさんが合流、8名になった

食事が終わるのを待っていたかのように雨になった
傘を片手にさらにトンネルを3つ通り抜けた






武田尾に着く頃には周囲の山々は雨でかすんでいた
前方にJR武田尾駅、電車が通過中、こんなに高い






たけだお橋


武田尾温泉郷に行き足湯でしばらく疲れをいやした


たけだお橋


雨のJR武田尾駅についたら14時半になっていた


ここから撮り鉄に !


武田尾駅のホームの大半はトンネルの中


すぐ次のトンネルがある


帰りは大阪駅に立ち寄りコーヒーでしばし談笑、解散

ほとんど70歳以上の人生のベテランばかりで全員が
ブログで日々の暮らしを発信している行動派だけに
話題はつきない
日頃は若い人とばかりだから刺激を与えられて満足!

人生の夢リスト(4)本を書く!

2012-06-07 23:01:10 | 夢・三カ年計画


突然に故郷の幼馴染から封書が来たので何事だろう?
と封をあけると簡単な手紙とチラシが入っていた
本を出版したので買って読んでほしいとあった

幼馴染らしい文面に相変わらずの彼らしいと思った
読んでほしいと一冊くらい贈ってくれてもいいのに
と思ったが多分出版に金がかかったのだろう

念のため書店に行って探してみたがやはりなかった
発行部数が少なくて手に入りにくいもかもしれない
返事を書かないといけないから手配することにした

タイトルが
「凍てる近隣」・・ある団地の近隣トラブル・・


(紹介してほしいというので)

但し書きから彼の専門分野の本ではないとわかった
個人的な隣人関係で起きたトラブルの顛末記らしい
彼が被害者として苦労したことを書いたものと思う

その種のトラブルは世間にはいくらでもあるのだが
本に書いたのだからよほどのことがあったのだろう

高校時代は新聞部で活躍していたし本が好きで元々
文章力があり立派な自分史も書いているので執筆に
困ることはなかったと思うがそれにしても驚いた!

最近はなくなったが、定年を迎えた知り合いがよく
自分史や専門分野のこと、回顧録等を自費出版して
読んでほしいと送ってもらったことがある

中には感想を聞かせてほしいという注文があったり
して困ったこともあった

こちらは時間はないし内容的に興味もないし
まして感想まで求められては迷惑そのもの

自分の生きてきた証に、仕事のまとめに残したい
という気持ちも理解できるが所詮は個人的なこと

実は自分にもかなり昔になるが出版の話はあった
それも一度は名の知れた出版社から打診があった
その社のセミナー講師をしたことを評価された
それを尻込みして曖昧な返事をしてたち消えた

書く内容ではなく文章力にまるで自信がなかった
元大手新聞社で記者をしていた先輩が見てやると
後押ししてくれたが余計に尻込みした

ほんまにだらしない恥ずかしいことだった
そのことはずっと胸の内でいまなお悔やんでいる
こんなことを白状するのはこれが初めてのこと

そんな恥ずかしくて悔しい想いがあるから
本の一冊くらいは残しておきたいと思っていたが
幼馴染の出版を聞かされると夢が目の前に現れる

やっぱり自分も書いてみたい・・・
それも明るいテーマで
人も自分も元気になることを書きたい
そんな思いを強く持った!



そこで「人生の夢リスト」(4)本を書く

これでどうだろう・・・。

おおやまざき散策ウォーク。

2012-06-06 23:01:03 | 輝いて生きる
所属しているスポーツクラブのウォーキング・イベントに参加した

集まった参加者を見てほんとうにびっくりした(大袈裟ではない)
20名余の顔ぶれに、男性はスタッフの一人と夫婦参加の旦那
と自分とたった3人だけ!

いつもジムでウォーキングやランニングをしているおじさんたちが
参加するものと思い込んでいたので集まったおばさん軍団を見て
・・・えらいことになったなあ
今日は一日、大阪のおばちゃんに遊ばれる!

どこかで途中下車して逃げ出してやろうかと弱気の虫が騒いだ
阪急京都線大山崎駅(京都府)に着いたらちょうど11時だった


最初にガイドさんに引率されて大山崎町歴史資料館へ行った
もう逃げ出せない!
よし、今日は最後尾、アンカーをつとめてやろうと腹をくくった!

大山崎は、明智光秀と豊臣秀吉とが戦った山崎の合戦でよく知
られ背後の天王山が戦いの舞台だったことから天王山の戦いと
も言われている


勝ち負けを決める重要な時を「天王山」と例えられるが、ここから
来ているらしい

天王山高さ274メートル、阪急大山崎駅から

目の前には桂川と宇治川と木津川の三川が合流し淀川になる位
置にあり古くから交通の要所として栄え、また、戦略上の重要
地点として歴史の重ねてきたところでもある

資料館で説明を聞き、次の目的地であるサントリー山崎蒸溜所
をめざしてウォーキング、快晴の昼前、気温が上昇して暑い!

途中でJR山崎駅前にある妙喜庵の前を素通りしたが、ここは
千利休作の現存する唯一の茶室で国宝の待庵があることで知ら
れているが、見学は予約制のため入口をのぞくだけでバスした


JR線のガード下を通り抜けて新緑に包まれた天王山のふもと
サントリー山崎蒸溜所へ歩いて昼食前についた


ここは大阪府島本町、このあたりは日本名水百選のひとつとして
知られている名水の里、ウィスキーの蒸留や、古くは利休も好ん
でこの地でお茶をたてたと言われている


名前を聞けばなつかしいトリス、角瓶、オールド、ローヤル等を
生んだのもこの地の名水を抜きには考えられないのだろうと思う

いつも電車から山崎蒸溜所を見ていながら、なぜか、ここだけは
来たことがなかったので今回の見学はいいチャンスとだと思った
もちろん、試飲も楽しみに!


これまで日本酒やビール工場の見学は何度も楽しんできたが、
こんなにアルコールの匂いが強く漂っている現場は初めてだ

ウイスキーは貯蔵年数が経っているものほど値打ちがあるとよく
いうが、貯蔵庫には年代別に大量の樽が保存されていてその景
観がまたすばらしかった


あらためてウィスキーづくりに時間がかかることがわかった


7000本の原酒やウィスキーがずらりと並んだウィスキー・ラ
イブラリーも圧巻で、まるでウィスキー美術館の想いがした!


楽しみにしていた試飲は三種類ができてさすがにおいしかった!
女性群には酒豪がいて午後からウォーキングがあるにも関わらず
ロックで飲んでいた
それでも最後までケロリとしていたからすごい!


こちら試飲した


ひと通り見学を終えて昼食予約場所へ移動するウォーキング中
にジムでみかけるお年寄り(85歳の女性)と話していたら、この
人がただ者ではないことがわかってきて思わず姿勢を正した

いつ、どこに、どんな人と出会うかもわからないから、油断して
接してはいけないとしみじみと思った

あんなお年寄りが、よく筋トレをしているなあと感心はしていた
けれど、その人が、まさか・・・
阪神大震災でも大変な被害を受けて大阪に転居してきたそうだ


これからジムであのご婦人に会うのが楽しみになった
写真を撮ってあげたのでプリントしてプレゼントしたい!

食事をした料理旅館での自己紹介は楽しく面白く盛り上がった
ここでも驚いたのは向かいの席の女性は昭和8年生まれ、同じ
くらいかなあと思っていたのでこれまたびっくり!

自分より年長者が多くて大半の人がプール組で面識がなかった
ジム歴も10年以上という人がほとんどでわずか7ケ月の自分は
なにもいうことはなし
それでもボケとツッコミで相手をしてくれる大阪のおばちゃんは
気兼ねなく親しくなれて、楽しくて、最後までよく遊んでくれた

遅い昼食の後は、アサヒビールの大山崎山荘美術館へ向かった
JR山崎駅の近くから天王山への登り口の急な上り坂を行く
ウィスキーの試飲と弁当の後で高温の登りはきつかったと思う
ここは何度もきている道だから勝手に好きなように先頭を歩いた


サントリーからアサヒビールというのも面白い組み合わせだが
大山崎山荘の美術館は初代朝日麦酒社長の山本為三郎さんの
コレクションが所蔵されていて、とくにクロード・モネの「睡蓮」
が有名でこの美術館のファンは多い


安藤忠雄さんによる新しくできたスペース「夢の箱」の完成を
記念して今日から「美の再発見」展が始まっていた
ラッキー、もちろん会場をのぞいてきた


庭にも睡蓮の池があって今日も可憐な花をみることができた


かっては合戦があった天王山の中腹にたたずむ山荘の美術館は
心地よくてゆっくりとくつろぐことができた    


テラスではおばちゃんの指示?でコーヒーを飲みながら下界の
風景に見とれていた

三川合流地点、右の向かいが石清水八幡のある男山


距離はわずかだったが、人生経験の豊富な人たちとの
出会いは新鮮なひとときだった
企画をしてくれたスタッフに感謝したい。

現地で解散して阪急、JR組にわかれ戻ってきた。


82歳のあこがれさん。

2012-06-05 23:36:53 | 健康
昨夜、久しぶりに付き合いでアルコールが少し入ったので
今日は汗をかいてすっきりしたくて夕方からジムへ行った

ジムに行くとすぐに血圧と体重を計って記録をするのだが
よく見かけるおじさんが隣で測定していたので声をかけた

いつもマシン相手に楽しそうにやっいる姿がほほえましく
腹筋は間違いなく自分の倍くらいの数を楽々とやっている
身体の柔らかさがすばらしくて何者やと興味を持ってきた

体重を量っていたので体重の話から声をかけてみたら
ジムにきて3キロ減量しただけで今61㎏だそうな
なかなか減らないという

6ケ月で5.5㎏落としたと言ったらびっくりしていた
身長はお互いに同じくらいだから4㎏違うわけだ

気になっていた年齢を聞いて今度はこちらがびっくりした

82歳!

うっそう、、といいたくなるくらい、信じられん!

ちょうど10歳も違う、これには恐れ入った!

あの動き、ただもんではない!

ウォーキングマシンを歩いている後姿も元気そのものだ

”いつも楽しそうですね!”

と言ったら

”ここにくると楽しい!”

と笑顔で返ってきた

あんなに楽しそうに歳をとっていけたら幸せだろう

何ケ月も顔を会わせておりながら話したのは今日が初めて
ジムではみんなマシン相手にマイペースでやっているので
お互いに邪魔にならないように声をかけたりはしない

こんな出会いならもっと早く声をかけておけばよかった
そう思ったほど、いい出会いになった

そうそう、今日は月初めの身体測定を行った
結果は先月と比較してほとんど大きな変化はなかった
体重も体脂肪も変わらなくなって落ち着いたのかな


女性スタッフのYさんが自分のふくらはぎを見て

”すごい!”といってくれた

自分でもふくらはぎの塊、われ方にはびっくりしている
血流の流れをスムースにするポンプ役として第二の心臓と
いわれている大事なふくらはぎ、こいつは自信作だ

右足に比べて弱かった左足を重点的に鍛えてきたことが
成果として出てきて両足の筋力が等しくなった!

足の筋力は5段階の4段階レベルまでに先月からなっている
ジムに入った時には、僅か2段階レベルで弱点だった上半身
も先月から3段階レベルに上がった


ジムで筋トレをしていなかったら、弱点をしらないままに
いたはずだから大きな成果になったと思う
身体の動きが軽くなり、動きやすくなったのも身体の上下
のバランスがとれてきたからだろうと思う


6時を過ぎると会社帰りのサラリーマンや若い女性たちが
どんどんきていっぺんに活気のある雰囲気に変わった

ダイエットとは無縁と思われるスマートで若い女性たちが
ダンス系ならいざ知らず、なぜ、マシンを相手の筋トレに
チャレンジするのか?

きれいなファッションで踊っているダンス系のレッスン場
を後目に、おしゃれ着でもない体操着?で自転車こいだり
マシン相手したり・・・
最新情報に敏感な若い女性たちにそのわけを聞いてみたい
多分、緻密な計画と計算があるのだと思う

お世話をしているウォーキング倶楽部のメンバーから最近
相次ぎ体調を崩している者が出てきているが、うち二人が
退会、休会を申し出てきた

女性だけでなく男性も50代後半になると身体の壁に遭遇
するようになる
自分もそうだったし身近でそういうケースを沢山見てきた

自分がやっていることに関心をもっていつも見てくれいる
メンバーのためにもいい見本になれるようにと思っている。

現金のプレゼント?

2012-06-04 17:19:31 | ひとりごと
朝、出かけに地元の銀行へ通帳の記入によった
地階の無人キャッシュコーナーで順番待ちしていたら
前の人が正面の機械があいたのでそちらへ行った

ところがその機械が”ぴこぴこ”と音を出し始めた!
その人、あわてるように機械から離れてしまった?

おかしいなあ、と思いながらそれなら自分がそこでと
ぴこぴこ機の前に行くと

”えっ、なんと一万円札が・・・”

”これプレゼント?”

と言うたら横に行ってた男性がよってきて

”さっきのご婦人が取り忘れたのだと思います”

と言うではないか

まあ、そういうことだろう

”なんや、プレゼントではなかったんかいな”

と言うたら右隣の男性が大笑いしていた


みんなおじさん同士だから山分けしてもええけど
ここは正直にお知らせをしたらと最初の男性が
電話で行員さんに連絡していた

どうなったか後のことは知らない
一万円を出金したはずのご婦人が気がついたら
どんな顔して戻ってくるか観察したかった

ほんまにドジな人やな!
といつもはドジなことばかりしている自分が
たまには、人のドジを笑うのもええっか!

気いつけや、あんたもやるで
どこかから声が聞こえてきたみたい


それにしてもあの一万円は無事に引き取られたのかな
もし、引き取り手があらわれなかったらどうなる
一応、自分が二番目の発見者やからな

まだ、そんなこと言うてる!

今日はこんなとこで・・・。

淀川の堤防をラン&ウォーク。

2012-06-03 23:34:31 | ウォーキング
自宅の改装が7月から始めるのでそれまでに荷物の
整理をしなければならない
日曜日の午前中は衣服の整理に追われてしまった

廃棄するもの、残すものとに分けて段ボールに保管
するように家内から指示されたが結局は残すばかり
まさか着るものまで分別しようとは思わなかった

日中のきつい日差しをさけて3時半過ぎに淀川堤防
へ初めてのラン&ウォークに出かけた

淀川堤防は休日に仕事場からよくウォーキングして
きたお気に入りのコースだが、今日はそのなじみの
道をラン&ウォークしようと数日前から決めていた

半パンに青色のシャツ、腰に付けたボトルポーチに
ペットボトルを入れて格好だけは完全にランナース
タイル、駅前をそれで歩いたので人の視線を感じた

そりゃ、駅前をそんな格好で歩く人は見たことない
淀川の堤防まではいつものようにウォーキングして
そこから堤防下河川敷公園を上流へランして行った

日差しを背中に受け、正面からは向かい風を受けて
初心者には長く続かない
ひっきりなしにくるランナーに追い抜かれていくと
悔しいじゃないか・・・

脱線?して川岸に出て一息ついてからまた走り出す
これを繰り返しながらすすんだ
振り返ると大阪市内のビル群がみえた


そんなラン&ウォークでなじみの赤川鉄橋へ着いた
ここは鉄道(単線の貨物線)と人とが通る珍しい橋
でカメラマンの人気スポットとして知られている
下流側を貨物列車が通る


上流側を人が通る


鉄橋にも走っている人がいたのにはびっくりした
川から吹き上げる風が気持ちよい
これから行く城北大橋が上流に見えた


橋を渡りきると三脚を立てたカメラマンが大勢いて
一日にわずか数本の通過貨物列車を撮るために
場所取りして待っていた
間もなく来るはずだからと待っているとやってきた




また、城北大橋を目指してランニングしてやれやれ
いつもウォーキングしてきたコースを走ってみると
遠く感じたのはまだ走れないということなのかなあ


城北大橋近くの千人つか地蔵のある公園で休憩して
来た道を戻り始めてこれまたびっくりした


来る時はそんなに走っていなかった堤防の道を行列
するようにランナーが続いていた
日が傾いて涼しくなったので出てきたのだろう

この辺りから六甲山に沈む夕日がきれいなのだが
日没までに時間があるので断念して赤川鉄橋を渡り
ラン&ウォークして戻ってきた

途中、大阪水道記念館の前を通ったら4月1日から
休館となっていた


橋下市長の聖域なし改革の対象になったのだろう


腰に付けたボトルポーチは違和感がなくて水の補給
もきちんとできてこれから夏場は助かりそう

顔がぴりぴりするので鏡をのぞいたらわずかな時間
だったのにすっかり日焼けしたのにびっくりした。

歩数は約18,000歩。

「健康長寿」

2012-06-02 21:53:44 | 輝いて生きる

(今日のドクターイエロー)

延期していた自宅の改装で家内と業者が打合せを重ねて
最終的な設計案ができたので朝から業者の説明を受けた

築34年になる古いマンションのウナギの寝床のような
細長いわが家を入居してからほとんど触ってこなかった
ので老朽化し改修をせざるを得なくなったのだ

費用も最低限に抑えたのだから注文はないのだが、一方
でそこまでしなくてもいいのにと思う気持ちもあった

72歳の自分と古希を迎える家内が二人そろって30年も
生きることはないだろう
世間並みの平均寿命からみればその半分がいいとこかも
しれない
とするとごく普通の材質で簡素な改装でいいと思うので
その話をしたら大笑いになった
こっちは真剣なんだ!

”100歳まで生きるつもりか?”と聞いてやった
そりゃ自分だって100歳まで生かしてもらえるのなら
生きたいよ

けど、それはテレビの「百歳ばんざい」に出てくる健康
で元気な100歳ならいい
子供や伴侶や人の介護を受けるくらいならお断りだ!

昨日、厚労省が「健康寿命」について初推計したという
記事が今日の新聞に載っていた

「健康寿命」とは介護の必要がなく健康的に生活できる
期間と定めて、厚生労働省が初めて推計を行ったところ

●男性は70.42歳

●女性は73.62歳

と平均寿命に比べて

●男性は9年余り

●女性は12年余り

短いことが明らかになった

ということは、女性は長生きする分、介護寿命が長いと
いうことなのだろう

85歳でなくなった父はほとんど介護は受けなかった
93歳まで生きた母の長い介護生活は見るに忍びなかった
家内の母親も介護年数が長かった

自分の場合は、72歳を過ぎたので男性の70.42歳は
越えたが、昨日のブログに書いた通り、自分の健康な
身体は自分持ちで維持していく気概がないといけない

母親の介護を終えた家内が、早朝ウォーキングを始めて
1年、最近はあちこちにウォーキングに出かけている
母親の介護をしてみて思うことがあったのだと思う

自宅には古くて使いづらいのだが、インターネット接続
ができるパソコンはあるが、家内には使わせないでいる

ネットおたくになって足止めでもされると足が衰える
パソコンを使わない生活をしてきたのだから本人も平気
なんだろうか(操作はできる)使おうともしない

自己反省もこめ、パソコンに向かう時間の半分でも身体
を動かすことに使うべしと思っている
これ、ネットおたくの高齢者にはとくにいいたい

心身ともに健康で、長寿でありたい、これが自分の願い!

厚労省は今後、食生活の改善や適度な運動ができる環境
の整備など、健康寿命を延ばすための対策を検討すると
いう
ただ、健康は、他人頼りではなく、自分頼りでありたい。



夜の公園ひとり運動会。

2012-06-01 23:38:21 | 健康
今日から6月、今月で今年も半分が終わってしまう

人生の後半こそ、元気な身体で乗り切れるだの体力を
つけておきたくて昨年の11月から最優先事項として
身体の改革に取り組んできて7ケ月がたった

具体的には、ウォーキングで腰から下の強化はできて
いるので、腰から上を強化してバランスのとれた身体
にするためランニングと筋トレにチャレンジしてきた

腰を痛めたり、風邪をひいたり、軽い膵炎もやったが
さして問題にもならずに、絞ってすっかり軽くなった
身体になってきた成果を実感している

それを昨夜のナイトウォーキング&ランニングでしみ
じみと感ずることがあった

(その1)

昔からナイトウォーキングの途中で休憩するベンチが
あって気候のいい時はねころんで夜空を眺めてきた

そのベンチで11月から苦手な腹筋をやろうとしたが
まったくできないまま以降は休憩ベンチに戻っていた

昨夜、何気なく腹筋をやってみると簡単にできる
それも10回を2セット
なんや、できるやないか!
思わず手をたたいた!
ばんざい(と心の中でさけんだ)

(その2)

ウォーキングとランニングの他に土の広場で100m
ほどの直線を2本、走っている
(マスターズ陸上競技に出る夢の実現のため)

それが徐々に早く走れるようになってきた
昨夜は土を走るくつ音が自分にも心地よくて最高な気分

自分でもわかるのは
足の膝が上がるようになった
その分、歩幅が広くなった

なによりも身体が左右にゆれなくなったこと
公園で足あげの練習をしている成果かもしれない
いずれにしても筋力がついたことに他ならない

たわいもないことかもしれないが
自分としてはこういう小さな進歩を実感できることが
うれしくて、夜の公園に行きたくなるのだから面白い

これも健康であればこそ
そして体力があればこそ

お世話をしているウォーキング倶楽部の男性、女性に
体調が思わしくなくて苦しんでいるメンバーがいる
励ますだけで何もしてあげられないのが悔しい

昨年からこの種の重い話題が続いているが、男女とも
50代後半になると越えなければならない身体の変調
とどう立ち向かっていくかが
人生後半に迎える最初の関門なのかもしれない

人生、いつ、なにがあるかわからない
自分の身体や健康で子供に負担をかけたり
他人に迷惑をかけることがあってはならない

自分持ちで健康な身体を守っていく責任がある。

(6月1日)

●体 重   57.2㎏
●体脂肪   12.3%
●内臓脂肪   8.5%