12345・・・無限大  一粒の砂

「一粒の砂」の、たわごと。
無責任結構・ 中途半端・ちゃらんぽらん・ 出たとこ勝負、で参りましょう!

「消費は美徳」との決別

2011年05月28日 08時23分14秒 | Weblog

小生は、この度の大天災は、我々日本人に天の神が下した何らかの啓示ではないかと思わずにはおられないのである。

震災直後、一瞬にして自粛ムードに転換し、平素苦々しく思っていた軽佻浮薄なTV番組が一斉に姿を消した。この例のように、あらゆる分野で本来存在すべきもののみが残り、どうでもよいもの、あるいはむしろないほうが好ましいようなものが姿を消したのは、日本人の良心がいまだ健在である証拠だと感じた。

5月になり、いよいよ復興に向けて歩み出したのは心強い限りであるが、またぞろこれらの好ましくないものも息を吹き返すのではないかと心配している。

消費を抑えると経済が萎縮し不景気になることを懸念する経済の専門家がいるのだが、不必要な消費(結局は浪費)を煽ってみても、所詮一時的な効果しかなく、むしろ長い目で見ればいずれこれらの浪費を削減する羽目になるであろう。

それならば、初めから最も浪費の少ない社会構造を作っておけばよいのである。そうゆう観点から、これからの復興社会が、「消費は美徳」からの決別を果たし、堅実な社会構造となる事を願うものである。

以前から大半の高齢者は「消費は美徳」からの決別を果たしている。しかし、我々高齢者の生活をそのまま若い人に押し付けることにはあまりに無理が大きすぎる。

現代の若い人達は、例えば”二十歳代をコスパ世代”(コストパーフォーマンスに明るい世代)と呼ばれるように、実に合理的で健全な思想を持っている。年寄りがあれこれ言うより、彼らに任せておけば、独力で健全な消費生活を構築していくと期待している。