後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「隣の韓国はキリスト教国、そしてカトリック教会の写真」

2024年06月02日 | 日記・エッセイ・コラム

韓国の人口は5千107万人で、22.8%が仏教徒で18.3%がプロテスタント教徒、そして11.0%がカトリック教徒で残りの人々は様々な少数派の宗教、例えば道教、儒教、そして円仏教などを信奉しています。
ですからプロテスタントとカトリックを合わせたキリスト教全体では29.2%となって仏教より信者の数が多いのです。キリスト教信者数は約1376万人となります。
したがって韓国はフィリピンと同じくキリスト教国なのです。
しかしその一方、韓国の宗教を信じている人は人口の53.1%で無宗教は46.9%です。
すなわち宗教を信じない人も日本と同じように沢山住んでいのです。

さてキリスト教の朝鮮半島への伝道活動は18世紀に始まりました。
カトリック教会の方がプロテスタント各派よりも早かったのです。パリ外国宣教会が宣教を担っていました。
しかし閉鎖的な社会的風潮と儒教の伝統の力によって宣教活動は遅々として進みませんでした。

例えば1866年には丙寅教獄が起こり、キリスト教徒から多くの殉教者を出したのです。韓国には日本より聖者の数が多いのはこれらの弾圧によって殉教した聖職者や信者が多かったからです。韓国には103人もの殉教した聖人がいるのです。日本の26人の聖人より多いのです。
しかし戦前の信徒数は少なったのです。それが増加したのは朝鮮戦争後だったのです。
韓国社会では朝鮮戦争後のキリスト教の伸びが著しいのです。
https://ironna.jp/article/10287 によると、
2010年における韓国のキリスト教徒の割合は29パーセントに達し、仏教を越えました。
 キリスト教徒の割合は、1950年の時点では、まだ8パーセントだったのです。それが1970年には18パーセント、85年には21パーセントに増えたのです。95年で26パーセント、2005年で28パーセントになりました。その伸びは現在は鈍化しています。

日本のキリスト教徒の割合が1パーセント程度なのに比べると、韓国でのキリスト教の浸透はすさまじいものです。
こんな背景があるので1984年にはヨハネ・パウロ2世が、その翌年にはマザー・テレサが韓国を訪問しています。

さて朝鮮半島におけるカトリックの教区は北朝鮮を含めて次のようになっています。、
(https://ja.wikipedia.org/wiki/大韓民国のカトリック )
ソウル大司教区(一部北朝鮮支配下)
春川教区(一部北朝鮮支配下)
・・・中略・・・
平壌教区(北朝鮮支配下)
咸興教区(北朝鮮支配下)
徳源自治修道院区(北朝鮮支配下)
大邱大司教区
釜山教区・・・以下省略。

その韓国には美しいいカトリック教会が散在しています。
幾つかの教会の写真を示します。1番目から5番目までの写真の出典は、
http://hanlove.jp/articles/1486 です。

1番目の写真は韓国カトリックのシンボルのようなソウルの明洞聖堂を裏側から見た写真です。

2番目の写真は大邱市にある桂山聖堂です。ロバート神父がステンドグラスなどの資材をフランスから持ち込み1902年に完成しました。建物はロマネスク様式ですが尖塔とステンドグラスなどの部分にゴシック様式が採用されています。

3番目の写真は忠清南道牙山市朱肉面コンセリにある「峨山コンセリ聖堂」です。韓国で最も美しいゴシック聖堂と言われています。

4番目の写真はソウルヤクヒョン聖堂です。静かな雰囲気です。教会結婚式の名所で有名です。1892年に建てられた韓国最初の西洋式聖堂です。

5番目の写真は韓国の近代建築様式の特徴を持っている全羅北道益山のナバウィ聖堂です。1897年に赴任したベルモレル神父が1907年に完成しました。西洋と韓国の伝統建築様式がよく調和をなしています。

さて中国本土にも「ローマ法王と中国との和解、そして瀋陽の教会での思い出」(2019年09月08日 掲載記事)で示したような数多くの美しいカトリック教会があります。

愛の宗教のキリスト教を信じ日韓友好を推進しましょう。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)


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