京都・環境ウォッチ

いま京都で起こっている環境問題、自然環境の変化などにかかわって、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

京都市美術館が切断した「空にかける階段88-Ⅱ」

2017年10月10日 | 京都市美術館「改修」問題
京都市美術館の南西角に
そのランドマークのように建っていた富樫実さんの「空にかける階段88ーⅡ」です。
この美しいフォルムと空間を
何としても残そうと
美術館は闘いませんでした。
その逆をして
京都市美術館は、恥ずかしながら
自らの収蔵作品を破壊した美術館として名を残します。
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京都市美術館 「空にかける階段88-Ⅱ」-京都市がウソをついて切った

2017年10月10日 | 京都市美術館「改修」問題
続いて、ねっとわーく京都12月号での記事を載せます。
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「空にかける階段88-Ⅱ」-京都市がウソをついて切った

8月8日、切断の暴挙

 8月8日、京都市は作家の意志を踏みにじって、京都市美術館の収蔵作品「空にかける階段88-Ⅱ」を切断した。
 当日朝、京都・水と緑をまもる連絡会、岡崎公園と疎水を考える会と京都市美術館を考える会の3団体は市役所前でチラシを配布した。「引き続き、作家側と具体的な成案づくりについて、しっかりと検討し成案がまとまるまで工事に入らないでください」との申入書を裏面に載せた。それを京都市長に申し入れる途中、共産党の市会議員団事務局から電話が入った。「京都市がもう切断の工事を始めています」と。
 ともかく、現地に抗議に行こう。私たちは市長と文化市民局への申し入れを慌ただしく済ませ、美術館に向かった。文化市民局への申し入れの際、「なぜ工事を急ぐのか?」と聞いた。担当者は「京都市美術館の再整備に影響が出る。スロープ広場の強度を保つ必要もあり、掘削が必要」などと述べ、作家の了解については「折り合いがついていない」と語った。
 京都市美術館は改修工事を急ぎ、自らの収蔵作品を、作家の意志を踏みにじって切断した。富樫実氏の作品は、花崗岩の自然石から生み出され日本一の長さを持つ、美術館にとっても重要な作品のはずだった。
この暴挙は京都市美術館のみならず、京都市の文化芸術行政に大きな汚点を残した。今後、京都市美術館は「自らの収蔵作品を切断した美術館」と呼ばれることとなる。

8月22日、大荒れの市議会文化環境委員会

 「切断事件」後、初めて開かれた市議会文化環境委員会では、与野党の委員から京都市当局に強い批判の声があがった。切断工事の前夜、京都市美術館側が市会議員らに「作家の了解は得た」とウソの電話を入れていたからだ。
「(京都市は)我々には、(作家側が)了解されたと説明。そう聞いた」「私自身、不信ばかり起こる状況になってしまっている」と自民党市議は発言した。切断の翌日、京都新聞も、「作者『思いと違う』」とはっきり書いていた。
京都市は工事前日、関係する市会議員に次々と「作家の了解は得た」と電話を掛けている。京都市から夜電話がかかってきて、出られずに、すぐにかけなおしたが「もう、全然電話がつながらなかった」という議員もいた。
9日、京都市議会議長のところにも同様の電話が入っていたことがわかった。京都彫刻家協会会長が議長に電話で切断の顛末を話すと、「京都市美術館からは作家の了解を得たと聞いたが、ひどいな」との話だった。当日、京都市美術館での抗議行動の最中、私たちはそのことを聞いた。現場で「美術館はウソをついて、工事を強行したのか!すぐに工事を中止してください」と訴えたが、工事は続けられた。                      
共産党の市議が委員会で、「京都市は反省をいうが、何を反省しているのか。(収蔵作品の切断という)取り返しのつかないことを強行した。それが一番反省せなあかんこと。京都市には作品に対する思いが見えない」と追及したが、それについて反省の弁はなかった。
いずれにしても美術館は、改修計画の進捗をせっつかれながら、「富樫作品の5分割」という暴挙への批判、陥った矛盾の最中で、市議会にまでウソをついた。京都市が市議会にウソを言って施策を推し進めようとする、これは明らかに京都市政の大失態だった。文化環境委員会では、与野党とも京都市への強い不信感が漂い続けている。

7月21日の作家側と京都市の「確認書」とは何だったのか

ねっとわーく京都9月号の締め切り直後に大きな動きがあった。7月21日、作家本人と代理人、京都彫刻家協会会長の3氏(作家側)と京都市美術館(副館長、学芸課長、総務課長)は1時間40分を超える話し合いの末に「確認書」を結んだ。
確認書には以下のことが記述された。
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屋外彫刻作品の再展示については、可能な限り現状を維持することを原則とします。ついては、法規に則り、以下の方向で検討を進めます。
①当該作品については、いったん取り外して、現在地での再展示とする。
②再展示は再オープンを目標とする。
③再展示の方法は、すり鉢状の形状を基本として考える。
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この「確認書」には6氏の自筆のサインはあるが押印はない。京都市美術館側3氏の肩書も書かれていなければ、もちろん隣室で固唾を飲んで話し合いの成り行きを気にしていた京都市の文化芸術政策監、市民文化局長、美術館館長のサインもない。今振り返れば、この話し合いは、「作品を動かす」、この一点でのお墨付きを作家側から獲るためのものだったのだろう。
 作家側は、これで何とか作品を現場付近で保全できると喜んだが、翌日の京都新聞はそれを打ち消すかのような京都市美術館幹部のコメントを載せた。
「野外彫刻モニュメントについて・・・いったん撤去し、現在地で再び展示する方向で作者の希望を基に検討するとした。ただ市は『作者の思いをできる限り尊重するが、法的、技術的に可能な展示方法しかできない』としており・・・・今後も曲折が予想される」(7月22日京都新聞)
作家の代理人からは「中身が違う。こんな事だったら確認などせんかった」と怒りの声が上がった。私たちは相談して、それならばその「法的・技術的不安」を、この短い期間の中でも詰めて話し合い取り除く努力をしよう、基本的なところで成案ができるようにする事こそ京都市の仕事だろうと、京都市長などへの申し入れや関係各課とのやり取りを開始した。しかし、京都市は実際そんなことは全く考えていなかったことが、すぐに明らかになる。

7月21日、「確認書」をめぐる話し合いは、実際はどうだったか?

この日の話し合いは、30分程の休憩をはさみながら1時間40分に及んだ。休憩時には京都市美術館側は別室の上司と「これでいいのか」と慎重な検討をしている。
話し合いで冨樫実氏は「作品を動かしてもらっては困る」と言い続けた。一本の作品(長い方)には補修はされているものの根元にひびが入っており、移動は困難、作品の形状と長さは命であり、そこに置き続けてほしいと繰り返し述べた。また、京都市美術館が以前に示した「5つの分断」の方針には、邪魔者扱いされているかのようなやり方に、不信の思いを述べた。
富樫氏は「切断は自分が死んでからにしてほしい」とも述べた。話し合いの終盤、作家代理人は、富樫氏の思いを受け止めながら、長い方はヒビが入っているところでどっちみち切断せざるをえないが、基礎を掘って(取り出し)その石を下に置いてほしい。短い方はそのまま掘り出して置くことを提案した。それに対して美術館側は、「できるだけ現状を維持する形で再展示したい。最大限努力して、そうゆう方向でやって行きたいと思う」と述べている。作品を掘り出すやり方について美術館側の別のメンバーから「掘り出すということですか?」との声も出たが、主なやり取りを重ねてきた担当者が「技術的には、今おっしゃっていることを、なるべく行ける形で、それはやる方向で再展示したい」とまとめた。
作家の思いは、作品をそのままにしておいてほしい、長いままで取り出すなら、根元から掘り出してほしい。ひびが入っている所は掘り出せば壊れるからそこで切られても仕方がないが、根元の、作品の部分は取り出して再展示に生かしてほしいというものだった。しかし、それは、8月8日に断ち切られる。美術館側は「いや『できるだけ』と言っているでしょ」と言うかもしれないが、それは言い訳にしか聞こえない。収蔵作品を守り後世に伝えていくという美術館本来の仕事を、ここでも必死にはしていないのだと思う。

「5分割」への真剣な反省が欠如していた京都市

 5月8日、京都市美術館と芸術家・市民との5時間に及ぶ話し合いの中で市民側は、美術館が行おうとしている「5分割」のための工事開始に対し「少しの時間の猶予を持って、専門家の意見を聞いてほしい」と繰り返し訴えたが、返答は「5分割以外ない」という冷たいものだった。
 その後、芸術家や市民の大きな批判、マスコミの報道、議会での論戦を経て、京都市は「いったん立ち止まって考える」と表明するに至った。しかし、市は、その非常識な方針提案についての真摯な反省をしなかった。これは京都市美術館だけでなく京都市長も同様だったろう。
 京都市美術館が、そのランドマークである重要な収蔵作品を自ら5つに切断しようとした。私たちは、本来、美術館はその作品を守り、未来に受け継いでいくことが仕事なのに、全くそれと逆行する「仕事」をしようとしている、ある人は「作品の虐殺」と指弾した。5月8日以降の期間は、そうしたことをやろうとした自らを深刻に反省する重要な機会だった。しっかりと反省するなら、まず「5分割」を提案した市の方針について謝罪し、その上で、作品をそのまま保全できないか、スロープ広場の設計がそれに影響するなら、その変更はできないかなど、直ちに再検討を始めるべきだった。
 このことについて、京都市長はどのような対応をしたのだろうか?私たちは最初の京都市長への申し入れの時から、現場がちゃんとできない中、京都市長のイニシアティブが求められていると強く要請したが、この点で市長が作品を現場で保全するために「改修計画」の修正を求めたなどという話は聞いていない。また、現場が「確認書」に基づいて丁寧に作家の声を聞き、生かして、移設の方法、その後の展示に関わる法的不安などの解消に全力をあげたとは思えない。
 8月7日、切断実行の前日、6時間に及ぶ話し合いで美術館は突然、「作品切断」の図面を持ち出してきた。その話し合いれは、美術館側が「これ以外は方法がない」「今日、やめという事になれば大型クレーンを返して、5分割に戻すしかない」「納得できなくても了承してください」と作家側に迫る凄まじいものだった。この中で担当者は「美術館は追い詰められています」とも述べていたが、改修計画の進捗を急がせ、美術館の担当者たちを追い詰めたものは何か?本来トップこそ、この矛盾を取り払うべきだったのに、そのトップはどこを向いていたのか。
 この一連の経過の中に流れる富樫作品を「5分割」してもはばからない京都市政とは何者なのか、芸術・文化行政だけではない、そのくぐもりが問われている。

榊原義道(北山の自然と文化をまもる会)
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京都市美術館-レストラン建設のために、巨大彫刻を壊そうとしたのは誰だ?

2017年10月10日 | 京都市美術館「改修」問題
京都市美術館-レストラン建設のために、巨大彫刻を壊そうとしたのは誰だ?

*ねっとわーく京都 9月号で書いたものです。(2017年7月19日)
京都市美術館は、その後、自らの収蔵作品「空にかける階段88」を切断する、本当に「暴挙」を行いました。
その顛末を、二度にわたって書きます。
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 いま京都市美術館の改修計画に関わって、立て続けに大問題が起こっている。今回は触れないが「京都市”京セラ”美術館」の命名権問題、これについては市民グループが毎月のように、「京セラさん、京都市美術館の名前を返してください」と本社前スタンディングを続けている。6月27日、京セラの株主総会会場(本社)前では、JALの不当解雇撤回をめざす争議支援グループと一緒に50人近くでにぎやかなスタンディングとなった。
 4月には京都市美術館の南西部、平安神宮の鳥居(南)の東側に展示されている富樫実氏制作の巨大な彫刻作品(空にかける階段88-Ⅱ)の破壊・撤去問題が起こった。同名の作品群は、富樫さんが1964年から造り続けているもので、京阪三条の地下ターミナル角や府立山城総合運動公園(太陽が丘)でご覧になった方も多いと思う。京都市美術館全体の構成の中で、その顔の一つとなっている作品だ。それを、なんと市美術館が自らの手で「5分割」するのだという。このまぎれもない暴挙は、実施直前のところで押しとどめられたが、今度は「横倒し・展示する」のだという。
 京都市美術館は、本来、その収蔵品を大切に守り保全し続けることが仕事のお役所だが、その京都市美術館が、どのようにこの暴挙を推し進めようとしたか、一緒にみて考えてみたいと思う。

5時間の攻防

 5月8日、急な呼びかけだったが、京都市美術館の講演室には市民や芸術家、美術館関係者、約30人が駆けつけ、美術館側との厳しいやりとりとなった。
 美術館側は「平成28年、作品近くの土壌から鉛汚染が判明した。汚染土壌を深さ2〜3mは取らなくてはならない。汚染土をとるためには彫刻を取らなければならないが、安全性を確保したまま動かすのは難しい」。だから「(彫刻を)5つに割って、保存展示を今後検討する」。そして「明日から工事にはいる」などと言明した。「工期に限りがあるので」とのことだった。
 市民や芸術家の側からは、「富樫作品『空にかける階段88-Ⅱ』の5分割とは作品の破壊そのものだ」「それは作品の魂を奪う事を理解できないのか」との声が続出した。作者の教え子の方からは、「作者の了解をえたというが、本人は『身を切られるようにつらい。悔しい』と言っておられる。5つに切るのは反対だ」、「あなたたちのやろうとしていることは、作品の虐殺だ」という厳しい声も出た。
 京都市美術館側は、最初、その指摘を理解できなかった。「分割しても富樫さんの作品」などと言っていた。大規模な彫刻の設置などにも携わってきた関係者からは、こうしたら安全に作品をささえながら移動できるのに、と具体的な方法も提案された。「桂離宮を5分割し保存と言っても、それは破壊でしかありません」「せめて、こうした具体的提案も出ているのだから、こうした声を聞いて、専門家や関係者との突っ込んだ意見交換を持ってもらえませんか。作品を壊してしまってからでは遅すぎます」
 「この長時間の議論で、”作品は破壊されるのだ”ということ、少しはわかりましたか」と聞いてみた。「魂が失われるというようなことは考えていなかったが・・・(少しわかった)」との回答だった。「それなら、その上に立って、関係者と具体的な方法について意見交換し知恵を出し合ってほしい」と訴えたが、市美術館側は、「この方法しか考えられません」「誰に言われてもこれ以外の方法は考えられません」と強硬姿勢を変えなかった。

「壊すな!」の抗議宣伝

 「明日から工事に入る」という事だったので、意見交換会終了後、翌朝の9時と午後1時、市美術館西側で緊急抗議宣伝をしようと、その場で決まった。前の週に「8日から工事開始」のうわさが飛んでいたので、せめて「切られる前、切られた後」の絵を撮っておこう、もし切られたらそれで大宣伝しようと、「壊すな」のメッセージボードも準備された。7日には、5人で緊急宣伝をしながら、作品の前でそれを掲げる写真を撮り、これが、9日からの市役所前での早朝ビラになった。
 9日午後には京都市長に緊急申入れをした。
 「富樫実さんの巨大彫刻を5つに切るという話、市長は知ってますか?市美術館自らが自分の収蔵作品を破壊する。これは必ず大きな批判を巻き起こしますよ」「それを京都市長が知ってて許せば、京都市長そのものの姿勢が問われますよ。京都市は芸術や文化を大事にすると言いながら、やってることは全く逆」と。秘書課の人たちに、「トップの緊急対応が求められています」と、強く訴えた。
 13日、美術館前での2回目の抗議のスタンディングには、芸術家や市民20人以上が参加、マイクを握り、「切断すれば取り返しのつかないことになる」「切断は中止し、関係者との話し合いの場を持て」と口々に訴えた。MBSや毎日新聞や京都新聞、赤旗、京都民報の各紙が取材してくれて、MBSはテレビで大きく取り上げた。この間の報道で、「空にかける階段88-Ⅱ」の破壊は京都市全体の問題となっていく。
 京都市は12日、京都市美術館問題での「陳情が出されている」からという理由で、工事開始を陳情の審議がされる「5月24日まで延ばす」と市議会各会派に伝えてきた。京都市は連絡文書で、「分割作業自体は陳情書審査後に着手することとしました」と書いた。

富樫実さんが「分割には同意しません」と決意表明

 5月20日、京都彫刻家協会は定期総会を開き、「『空にかける階段88ーⅡ』の切断工事の中止と保存、設置を求める」京都市長への申し入れを全会一致で決めた。総会には富樫実さんも参加し、「切断」への不同意を表明、「分断」は作家の著作人格権を侵害する行為だとして、法的問題にもしていく意志を明らかにされた。
 5月22日、その内容を京都市美術館側に伝えたところ、その日のうちに市美術館館長らが本人のところにやってきて、「作者が反対する限り工事は中止し、作品は切り刻まない」と言明する事件が起こった。
 富樫さんから関係者に連絡が入り、安堵の声も広がったが、翌朝、京都市側が慌ててそのことを打ち消すというバタバタ劇もあった。
 私たちは翌23日に3グループ(京都市美術館問題を考える会・京都水と緑をまもる連絡会、岡崎公園と疎水を考える会)の申入れ書を持って、京都市美術館を訪問していたが、その際、会議から帰ってきた市美術館幹部にばったり鉢合わせした。私たちが申し入れ書の内容を説明、昨晩の顛末も話したが、否定はしなかったので、「やっぱりそうなんやぁー」と3人で顔を見合わせて笑った。
 5月24日、市議会文化環境委員会前には10数人の市民が集まり、作品を「壊すな!」と訴えた。この間、市議会の文化環境委員のメンバーには議員団室での面会や電話で情報を伝え、京都市が作品を壊せば取り返しがつかないことになる、なんとしても壊さない方法を、と訴えた。自民党、民進党、共産党や公明党、京都維新などに、それぞれのつながりを生かして話した。与党会派の議員からは、「もう終わったと思っていたが、そうなんですか」との声が返ってきて、しっかり話をきいてくれたり、「そのまま移すものだと思っていました」と言われる方もいた。
 働きかけや関心の高まりが、24日の文化環境委員会審議で、「市の(切断)案はやむを得ないと考えていたが、本日のやりとりを聞いて、ここは一度立ち止まって考えてみたい。研究して努力を重ねたい」という京都市側の表明につながっていく。委員会では、すでに富樫彫刻切断計画への抗議声明を出していた共産党市議のみならず自民党の委員からも「世界の知恵が集められているか」など、急ぐべきではないとの意見が出された。

「汚染土を撤去しなければ、土をさわることも出来ない」という、”鉛汚染”は何だったか?

 京都市美術館側は、8日の意見交換会でも、作品「5分割」の理由として、「作品近くで見つかった鉛汚染」を強調していた。「土を撤去しなければ、工事で土をさわることも出来ない」との説明を参加者はしっかりと聞いている。
 京都市は、平成26年以降、埋蔵文化財調査にともない敷地内の土壌汚染調査を実施していた。26年と27年には汚染は検出されなかった。ところが平成28年度の調査で、富樫作品の北側でだけ汚染(土壌汚染対策法に基づく『鉛およびその化合物』基準値越え)が見つかった。これがどの場所で見つかったか、私たちは美術館側に繰り返し正確な位置の公表を求めたが、現在に至るまで明らかにされていない。議員も文化環境局も「詳細な地図は持っていない」「見ていない」とのことで、京都市美術館当局が抱え込み続けている。
 3月下旬、京都市から「富樫作品の撤去」をしないと「汚染土壌は除去できない」との報告が市議会各会派に行われる。「汚染土壌の除去」工事をすると、「地盤沈下や振動によるモニュメントの倒壊など不測の事態」が起こるので、「モニュメントの撤去」が必要とのことだった。そして4月下旬、市議会運営委員会の理事宛てに、富樫作品については安全性を考慮し、作品を「上部からクレーンでつり、約2mごとに5分割する」過激方針が示される。
 連休前のあわただしい時期だった。「5月上旬工事開始」だという。「収蔵作品の破壊」という、こんな重大な決定が一気に決められ、連休後の工事突入が図られようとした。
 5月8日、芸術家・市民との緊急の意見交換会で京都市美術館側は法的問題であると語り、質問に対しては「京都府がすでに鉛汚染の要措置区域に設定している」と答えていたので、後日、京都府に電話した。
 「京都市美術館の改修計画の問題で敷地で鉛汚染が見つかり京都府が要措置区域に設定したと聞き 
  ました。その件で教えてほしいのですが・・・」
 すると、「それは京都市の管轄ですよ」と以外な返事が返ってきた。
 (なんだ、お膝元の話じゃないか)
「ところで、一般的な話ですが、基準の1.5倍の鉛の汚染が出ました。飲料水の活用はありません。 
 対策はどんなことが必要ですか?」
  「一般的ですが、『工事の際の届け出』『飛散防止』『使用の際に影響が出ない対策』ですね」
 この「対策」は、その場その場で具体的なもので、それを書面で環境部局に提出し、OKであれば工事に入るというものだ。
 すぐに、京都市役所の環境指導課に出向いて直接話を聞いた。
  「京都市美術館の改修計画に伴って、敷地で鉛がこの程度検出された場合ですが、必要な対策は?」
「貴方のおっしゃるとおり、 『工事の際の届け出』『飛散防止』『使用の際に影響が出ない対策』
です。今回の場合は80m以内に井戸もなく、水関係は全く問題ない。この程度なら、『工事の際の
届け出』『飛散防止』、あとは何もしなくていいでしょう」
 要するに”鉛汚染”対策は、富樫さんの彫刻はそのまま置いたままでも十分可能ということだ。なのに京都市美術館は、汚染を理由に、過剰な対策(土砂撤去計画)をたて→彫刻が傾く→だから彫刻撤去→そして「5つに分断」を強引に押し通そうとした。ゴミや汚染が絡む、どこかと似ている。

7月4日「切断」にかわって、今度は「横倒して展示する」案が登場

 世論の監視の中で「空にかける階段88-Ⅱ」の切断など出来るはずがない。京都市長がそれを認めれば、自らと京都市への打撃は計り知れない。こうした中で出てきたのが、「耐震性」を理由にした、巨大彫刻の「横倒し・展示」案(7月4日の市議会文化環境委員会)だった。
 「川口副館長は、高さ11mの彫刻を切断せず、高さ12m程度のH鋼を組んで固定して大型クレーンでつり上げ約20m南の美術館内のスペースに移設した後、横置きで展示する案を説明し、委員らの了解を得た」(毎日新聞7月5日)。
 ミロのヴィーナスやダビデ像を、だれが「横倒しにして展示」し、世界に恥をさらすか。この案こそ恥の上塗りとしか言いようがないものだ。市議会文化環境委員会の議論は、「委員らが了解」したようには全く見えなかったが、だれが毎日新聞にそんなことを書かせたのか?

”震度6弱では危ない”という「安全性に関する報告書」こそ、あやうい

 7月4日の文化環境委員会で京都市美術館側は「作品の物理的耐震性に課題がある。その根拠は、昨年の構造計算(「彫刻作品『空にかける階段」の安全性に関する報告書」)にある」と述べた。この件について、私は7月7日に陳情書を市議会に提出し7月18日の委員会でその議論がされた。委員会を傍聴して市側の話を聞いたが、陳情書で指摘した以下の点に対する美術館側の反論は一切なかった。
<以下、陳情書から>・・・・・
①、京都市美術館側が委員会で、安全性が失われている根拠として述べている「安全性に関する報告書」(以下、報告書)ですが、「安全性の調査」という割には、以下の基本的な問題点を感じています。
 第一には、安全性の調査にあたっての事前調査が全く不備だという事です。報告書の1pでは阪神・淡路大震災時の状況について「地震により作品の脚部にひび割れが生じ、それを覆うように基壇が設置されたと聞いています」が、「震災時の被害の状況、ひび割れの状況など(ひび割れの幅、深さ、位置等)は情報がないのでわかりません」。「また、基壇の内部の構造はわかりません」などと述べています。
 土台の構造把握は安全性を検討する上で基礎的な情報です。また1995年の震災時のひび割れなどは、今後の安全性を検討するにあたって必要不可欠です。なぜこうした基本的情報が収集されないのですか?こうした情報の収集もなく、「5分割」という非常に乱暴な提案がされ、今回も「横倒し」の提案を乱暴に出してきていいのでしょうか。
②、(報告書の)3pから4pにかけての「石材の力学的性質」と強度の計算についてです。この計算にとって重要な情報の一つに対象石材の「引っ張り強度」があります。この数字は、こうした想定において、対象石材がどのような水平方向の力に耐えうるかのポイントとなるものです。報告書は、その計算にかかわって、平均的な花崗岩の数値を活用していますが、この数値は報告書でも書いているように「石材は産地によって材質の違いがあり、材料特性にばらつきが大きい」ものです。京都市美術館は、なぜ具体的に、富樫さんの作品材料が得られた産地での石材を採集・調査し、その引っ張り強度を明らかにすることをしないで、重要な結論を出されるのでしょうか?
 ・・・・・
 この冨樫作品で使われた石材の強度が高まれば当然「耐震性」も向上する。それを具体的に調べることなく、平均的な数字を当てはめて計算し「震度6弱では危ない」と結論付けるような報告書は、「報告書」の体をなしていないだろう。
 実は、この報告書自体、ずっと公開されてこなかった。市役所の文化市民局にうかがって聞いたら、「構造計算はされているが、その報告書は見ていない」「それは、ここにはない。市美術館が持っている」とのことだった。こんな重要な報告書を本庁の部局でさえ見ていないのか、とあきれてしまったが、それは共産党の市会議員団が繰り返し要求してやっと出てきた。読めば読むほど、なるほどと思わざるを得ないものだった。
 こうした基本的な情報を欠きながら、美術館にとって重要な収蔵作品の「切断」や「横倒し」「移設」という非常に重大な結論が下されていく。京都市美術館の重要な収蔵作品を、京都市美術館が5つに切り刻む、こんな重大な決定が、こんなに急に、ズサンに行なわれていいのか。この間の「京都市美術館改修計画」問題に関わりながら、京都市政の知的荒廃、そして退廃すら感じる。いま、大きく支持率を下げている安倍政権と同じ臭いだ。
 そのそも、「空をかける階段88-Ⅱ」の5分割計画は、京都市美術館生整備工事「基本設計」に端を発している。そこには「パーティー会場としても活用ができるレストランを疎水沿いに整備します」と書かれており、改修後は、大手企業などのパーティー会場にも活用しようというものだった。 
 京都市美術館側は、ここにある富樫実さんの作品「空にかける階段88-Ⅱ」をその場で保全するプランを、”ほぼ1度”も提案していない。京都市の立脚している座標が示されている。

7月18日の市議会文化環境委員会で、「ギリギリのタイミング」

 上記の陳情を審議した7月18日の市議会文化環境委員会で、自民党の委員と京都市側で以下のやり取りがありました。(詳細はhttp://www.ustream.tv/recorded/105873621)
(自民党、吉井委員)5月24日の委員会で「立ち止まって幅広く考えてほしい」と指摘した。作家との
  話し合いはどうなっているか?「移設」についての(作家側の)理解は?
(京都市)7月5日と13日に(作者側と)あった。協議途上の段階。市としては当面横置き以外ないと
  思っている。
(自民党、吉井委員)7月中に方針をきめるという事だが、再整備工事のスケジュール遅れの影響はど
  れぐらいあるか?
(京都市)大型クレーンの組み立てや、作品のまわりのスペースの確保もしなければならない。7月中
  に方針が出ればなんとかなる。
(自民党、吉井委員)次回の協議で作家の了解が得られない場合、どう考えているか?
(京都市)なんとかこれが最善の案、タイミングもギリギリと含めて伝えたい
(自民党、吉井委員)市は丁寧に対応している。しっかりと作家にわかってもらわなアカンと思う。それでも了解が得られない場合は、どこかの時点で市として判断を!
(京都市-平竹氏)最後の最後まで努力したいが、ぎりぎりのタイミング。合意が得られない場合は、
市として何らかの形で考える。

 この原稿の締め切りの直後、7月21日に作者の側と京都市美術館の2回目の話し合いが予定されている。この話し合いは、現地でどのような形であれば作品の保全ができるか、その知恵を出し合おうというものだが、まだ始まったところだ。この段階で、「横倒し」が受け入れられなければ、工事を強行するというのだろうか。委員会での委員と京都市美術館側のやり取りはそんな風に聞こえた。いづれにしろ「空にかける階段88-Ⅱ」の「横倒し・展示」は京都市の恥にしかならない。それは、京都市長の恥でもある。
                                         榊原義道(北山の自然と文化をまもる会)
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