阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

国府宮のはだか祭で感じたこと

2020年02月07日 00時14分52秒 | 社会
 今日は地元支援者の方とともに国府宮のはだか祭に参加。1250年の伝統の一端にふれる貴重な機会でした。今年最強の寒波が襲来し、今日は気温3度前後で風速は約10メートル。あちこちで氷が張っている過酷な条件でしたが、褌ひとつになり、掛け声とともに小走りで4時間あまりかけて紅白の布で包まれた『なおい笹』を運びました。

 最初に外に出た時はあまりの寒さにどうなることかと思いましたが、不思議なことに身を切る寒さが心地良く感じられるほど、走るほどに身も心も熱くなり、皆さんの願いを込めたなおい笹を奉納することができました。伝統を継承する皆さんのご努力に心から感謝したいと思います。
















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草の根民主主義の実践のためには

2020年01月16日 22時47分41秒 | 政治

 この3日間は郡上市に近い関市の山間部で訪問活動をしました。活動の効率や戦略以前に、限界集落と言われて久しい地域で何が起こっているかを肌身で感じることはとても重要なことだと思います。「川上から歩け」というのは小澤一郎民主党元代表に教わったまさに金言。私自身も政治活動は一番奥地の集落から歩いてきましたが、一昨年洪水に見舞われたこの地域にも一年ぶりに入り、生活状況が深刻になっていることを実感しました。

 地域のお年寄りにとっても猿は子供の頃は動物園で見るものだったそうですが、今日は電柵が張り巡らされた畑の小さな穴から猿が自由に出入りし、数十匹が民家の屋根の上を飛び回っているのを目の当たりにしました。畑作をしても全てやられてしまうので、手の施しようがないとのことです。電柵にも一定の効果はあるそうですが、とても根本的な解決にはつながらないことは明らかです。

 目の前の人々の思いを受け止めること、同時に、様々な制約要因の中で、どのように未来のデザインを描き、効果的な税金の使い方をすべきなのか、これは政治家こそ持つべきビジョンです。そのためには地域を歩くこと、そして大局的な見方を涵養するための絶え間ない勉強の両方が必要といつも感じています。

 この3日間でポスターは19枚新規に貼ることができました。田舎に行けば行くほど野党のポスターを貼るのは大変勇気がいることだと思います。皆さんの思いに応えるためにも、未来を見据えた、同時に血の通った温かい政治を行うべく頑張りたいと思います。









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『勝ちポジ』意識の徹底が生んだ母校・早稲田大学の優勝から学ぶ

2020年01月15日 20時00分23秒 | スポーツ
先週末は勉強会などで上京していました。

土曜日はオリンピック会場になる新国立競技場でのラグビー大学選手権の決勝戦を観戦。母校早稲田大学の応援に燃えました。12月の対抗戦で完敗した明治大学との再戦は圧倒的不利の予想でしたが、超満員の観衆で埋まった国立競技場では早稲田は見違えるようなチームに変身していました。身体を張ったタックルと素早い展開で明治を圧倒。後半の猛攻を凌ぎ、45-35で11年ぶりに大学日本一になりました。短期間にチームを立て直した後輩たちの熱い闘いに本当に感動しました。

早明戦で圧倒されて負けた後、大学選手権でのリベンジに向けてモティベーションを高めるのは簡単ではなかったと思います。しかし、ひとりひとりが接点で勝つこと、そのためには『勝ちポジ』、つまり必ず勝てるポジションで相手にぶつかれ!との意識を徹底したことが勝因という分析記事を読み、納得しました。これは他の分野にも応用できる意識付けだと思います。

ラグビーの基本はボール争奪戦で勝つこと。体格・技術で上回る相手に勝つにはとにかく速く、強く、勇気を持って飛び込み、ボールを支配することが何より重要と意識をシンプルに統一したことがポイントだったと思います。今日の早稲田は、特に前半はことごとく接点で圧倒し、ボールを支配しトライを重ねました。こんなはずではなかったと明治大学の選手たちはパニックになったそうです。後半は明治大学に追い上げられましたが、終盤の勝負どころでは接点での勝負で粘り勝っていたので、ヒヤヒヤしながら見ていた私たちと違い、選手には自信と余裕があるように見えました。

後輩たちを見習い、私は私の勝ちポジを確立・徹底し、逆転勝利を目指すぞ!と勇気をもらいました。














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かつての教え子、フォトジャーナリスト高橋智史さんの屈せざる闘い

2020年01月11日 00時03分18秒 | 社会
今日はとても嬉しいことがありました。昨年、写真集『RESISTANCE カンボジア屈せざる人々の願い』で、フォトジャーナリズムの直木賞ともされる土門拳賞を受賞した高橋智史さんは、私たちのかつての教え子ですよ!とかつての同僚教員から連絡があり、本人とも連絡を取ることができました。



https://www9.nhk.or.jp/nw9/digest/2019/03/0320.html…

改めて彼の写真や映像を見て、民主主義や人としての尊厳を守るために立ち向かう人々への温かい視線や、彼らが直面する様々な不条理に対して他人事とせず寄り添う姿勢に感銘を受けました。

何だか自分自身のインタビューを聴いていると錯覚するほど問題意識や視点に通じるものを感じました。強権政治に立ち向かい、不条理と闘う市民の側からいつもシャッターを切っている姿は、私自身が目指す政治の在り方とも共通します。教え子から沢山のことを気づかせてもらったことに感謝です。
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今年は『よじ登るさかぐち』からもっと『走るさかぐち』へ

2020年01月01日 23時35分27秒 | 政治

 皆さん、あけましておめでとうございます。

 昨年は立憲民主党から公認を得て、国政を目指して再挑戦を開始した一年でした。地道な草の根活動に徹し、少しでも私の存在と目指す政治の在り方を知ってもらうために奔走した日々でしたが、皆さんのご支援のおかげで少しずつ輪が広がっていること、心から感謝しています。

 昨年は、まずは存在を知って頂くこと、私が来る以前から応援してくださっている方々を捜し歩くことが必要と考え、わずかな情報をたどって懸命に地域を歩きました。特にポスターを増やす必要を感じたので、『歩くさかぐち』『よじ登るさかぐち』が中心の活動でしたが、今年は『走るさかぐち、マイクひとつの再挑戦』のキャッチフレーズそのままに、路上で走って、訴えて、引き続き数多くの対話の機会も作っていきます。普段のハンドマイクに加えて1月半ばには政策広報車として『走るさかぐち号』がデビューしますので、マイクふたつの再挑戦になるかもしれませんが...。

 私のライフワークについては、カンボジアでの活動中に射殺された元同僚・中田厚仁さんについての絵本を作り、彼が亡くなった場所にできた「ナカタアツヒト学校」を絵本の収益金などで支援する活動を始めました。この活動は、とにかく長く、できる限り多くの方々と一緒に続けていきたいと思います。『絵本を読む会』も各地で行なっていきます。

 プライベートは二の次でしたが、二胡を習い始めたり、支援者が脚本演出を手がけている演劇に出演させて頂くことになったり。公演は来年2月にありますので、私が演じる惟喬親王の台詞を「まろは...」とひとりでつぶやくことが増えそうです。

 今年もよろしくお願いいたします。阪口直人




















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中村哲医師の殺害と日本だからこそできる平和貢献の在り方

2019年12月06日 11時12分52秒 | 政治

 アフガニスタンで30年間にわたって人道支援を行ってきた日本人医師・中村哲さんが殺害された。私は米国の対テロ戦争についての現地調査や、アフガニスタン大統領選挙などに関わっていたこともあり、国会内でアフガニスタンについての連続勉強会を主催していたことがある。中村医師には何度かお話を伺ったが、テロとの最大の闘いは貧困の撲滅であると語る姿にとても共感した。未来に希望を持てない人々たちが現状への怒りをテロに託す連鎖を止める唯一の方法は未来への希望をつくることだと長年の思いが確信になった。

 中村さんは現地の人々に溶け込んだ活動を通して信頼関係を築いていた。米軍とは距離を置いているから武装勢力を怖いと思ったことはないと強調していた。米国の戦争に盲従することがいかに日本への信頼を失わせ、日本が行える平和貢献の可能性を喪失させるかと力説していた。また軍によるエスコートなども徹底して断っていた。私とは活動のレベルは違うが、これらの点は、現場での活動を通して心から共感することだった。私自身が襲撃を受けた経験、銃撃によって仲間を失った経験を経てもなお、武器を持たず信頼関係を築くことこそ最大の安全対策だと確信する。もちろん、綿密な準備や経験に根差している必要があり、本当に危険な状況になれば撤退する勇気も併せ持っていないと成り立たないことではある。

 2001年10月、中村さんは米国によるアフガニスタンでの対テロ戦争を自衛隊が後方支援するためのテロ対策特別措置法を審議する特別委員会で参考人として発言した。私は、当時、首藤信彦衆議院議員の政策秘書としてこの委員会に出席していた記憶があるが、紛争のリアリティーを知らず、降り注ぐ爆弾の下で生きる人々への想像力もない小泉政権に対し、米国に追従し、自衛隊派遣をすることが日本に対する信頼を失墜させるとの訴えには現場を知る人だからこその説得力を感じた。

 このような意見も取り入れ、また首藤信彦議員の提案もあり、当時の民主党はパキスタンのペシャワール、そしてアフガニスタンのカブールに事務所を作り、私はペシャワール事務所に派遣されることになった。現地では街頭募金で集めた約2400万円を、復興を支援する現地NGOに寄付することになった。鳩山由紀夫代表(当時)も参加するペシャワールでの会議を主催し、支援する団体を決めるためのセッションを準備するのが私の主な役割だった。70を超える現地NGOから寄せられた提案書を読み、プレゼンテーションを行ってもらう準備に奔走した。(この時滞在していたパールコンチネンタルホテルはその後爆弾テロによって破壊された)

 武力に頼らず平和に貢献する国家としての信頼を勝ち得ること、その結果として米国にはできない平和貢献をするのが日本の役割だ。それは現地にとっても、日本にとっても、米国にとっても遥かに意義があることだと思う。中村さんの遺志を引き継ぐ政治に変えたいと強く願う。










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自分ではない役を演じる経験は政治にも活きる?-再び演劇に出演

2019年10月29日 14時11分36秒 | ボランティア

 仲間からの誘いで演劇『木地小屋の怪力専故物語』に出演させて頂くことになりました。前回初めて出演した演劇では放浪の旅を続ける俳人『阪口芭蕉』役でしたが、今回は平安時代の惟喬親王を演じます。自分ではない存在になりきることは面白いですね。いい勉強になりそうです。












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ラグビー精神が日本人の心に刻まれた機会としてのワールドカップ

2019年10月22日 22時17分46秒 | スポーツ

 ラグビーワールドカップ、日本は南アフリカに敗れ4強進出はなりませんでしたが、日本代表が見せてくれた素晴らしいシーンの数々が日本中を感動で包み、世界に衝撃を与えたこと、長年のラグビーファンとして本当に嬉しく思います。私自身は世界ランク1位として大会を迎えたアイルランドへの逆転勝利、そして鮮やかなトライを次々に決めて初のベスト8を決めたスコットランド戦をライブで観ることができ、本当に感動しました。

 私が何よりも嬉しいのは、ラグビー精神が多くの日本人の心に刻まれる機会になったことです。

 ラグビーの魅力のひとつはフェアプレー精神、そしてOne for All, All for Oneという言葉に代表されるチームプレーです。また、カナダやアイルランドの選手が台風19号の被災地でボランティアをしたことに象徴されるように、良い選手である前に、良い人間であることを追求しているのも魅力的です。

 そういう意味で私が感銘を受けたのは、オーストラリア代表として1988年の最優秀選手に輝き、神戸製鋼の7連覇にも大きく貢献した快足ウイング、イアン・ウイリアムス選手です。1994年に牧山ひろえ氏(現参議院議員)が主催する会で出会い、衆議院議員だった2012年3月に再会する機会がありました。

 今回の日本チームでは多くの外国人選手とともにOne Teamとしてプレーしましたが、その先駆けになったのがウィリアムス選手です。

 彼はオックスフォード大学出身の弁護士でもあり、神戸製鋼に行ったのもラグビーよりもビジネスキャリアを積むためとのこと。日本とオーストラリアが共同投資するプロジェクトを法律面から支える仕事をしていて、オーストラリア大使館が共同開催するシンポジウムの案内に彼の名前を見つけ、興奮してオーストラリア大使館に連絡したところ、その日の午後、議員会館に気軽に会いに来てくれました。

 お互いのその後の人生について、ラグビーの新しい戦術について、日本の政治状況について、また、共通の問題意識として、ビルマへの持続可能な投資の在り方、また法整備支援についての彼らとの連携の可能性について話しました。私が2か月前の1月9日にアウンサンスーチー氏に会ったことを話すと、彼女とは大学が同じこともあり、民主化に向けた動きを応援しつつ、ビジネスへの影響を注視しているとのことでした。

 4つのトライを挙げたウイングの福岡堅樹選手は医師を目指すとのことですが、民主党衆議院議員として同僚だった石森久嗣氏も慶応大学が日本選手権で優勝した時のプロップで、その後は医師としても活躍した方です。今回の活躍した選手たちの今後の人生にも注目したいと思います。









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ラグビー日本代表の健闘と、日比野弘監督に教わったラグビー精神の素晴らしさ

2019年10月13日 12時34分28秒 | スポーツ
 台風19号で被災された方々には心からお見舞いを申し上げます。

 ラグビーワールドカップの日本vsスコットランド戦は予定通り行われることになりました。ここまで3連勝の日本にとっては決勝トーナメント進出を懸けた大一番。前回大会では南アフリカに奇跡的な勝利を収めた後でしたが45-10で完敗。3勝1敗ながら決勝トーナメント進出を阻まれた因縁の相手ですから、今回は是非勝って決勝進出を決めて欲しいと願っています。実力伯仲のスコットランドとは魂を揺さぶられるような激闘になることでしょう。

 私は大学生のころから大のラグビーファンです。

 早稲田大学で体育の授業『ラグビー』を取っていた時の先生は、元日本代表監督で、当時は早稲田大学監督を務めていた日比野弘氏でした。授業では基本練習の他、チームに分かれての試合もありました。私は主にセンターを務めましたが、足が速かったのでかなりトライを取った記憶があります。

 日比野先生の授業で印象に残ったことの一つは、最後の授業の日に学生に円陣を作らせて、全員の名前を呼んで正解したこと。日本ラグビー界の知将で各界の名士との付き合いのある上、数多くの授業を担当されていましたし、ひとつの授業にも50人ぐらいの学生がいました。また、「私の授業を取ってくれただけで全員に『優』をあげたい!」おっしゃっていたこともあってド楽勝の授業と思われていて、最初と最後の授業にしか出席しない学生もいた中で、たかが授業を取っただけの学生の名前を憶えてくれたことに感激した記憶があります。

 雨が降った時のラグビーの座学も楽しみでした。今でも覚えているのはラグビースピリットについてのお話です。ラグビーは自分を犠牲にしてボールをつなぐ競技だからこそ、One for all All for oneの精神が大切。トライを挙げた選手が淡々としているのは、激しい痛いボール争奪戦の末、仲間がつないでくれたボールですから俺がヒーローだとばかりガッツポーズをするのはラグビー精神に反していると言うのです。また、アマチュアリズムに徹して純粋に楽しむことが重要で、日比野先生も沢山ラグビーの本を書いているけれど、印税はもらっていないこと。国際大会がないのは、ラグビー選手の本分はあくまでも勉強や仕事。心身を鍛えて社会に貢献することが目的なので、支障をきたす可能性がある国際大会は行わないこと(これは時代の流れでその後大きく変わりましたが…)また、審判の決定には文句は言わない、相手の失敗を喜ばないなどのフェアプレー精神は皆さんも是非ラグビー会場で実践して欲しいとも言われました。ワールドカップの会場でも、相手チームの健闘に会場を包み込むような温かい拍手が送られていて、日本のファンに浸透していることを実感します。また、ラグビーは試合が終わればノーサイド。激しく闘う競技だからこそ試合相手と友情を深めることが何より重要で、昔の秩父宮ラグビー場には大きなお風呂に一緒に入って交流したとも言っていました。

 弱いころからの日本代表のファンとしては一生に一度の機会である日本でのワールドカップは是非観戦したいと思っていましたが、世界ランク1位(大会開催時)のアイルランドから大金星を挙げた試合は現地観戦できました。

 福岡堅樹選手が逆転トライを挙げた瞬間、そしてノーサイドの瞬間は会場全体がゾーンに入ったような熱狂、そして感動に包まれて、見ず知らずの人と肩を組んで喜び合いました。また大勢駆けつけていたアイルランドのファンとも固い握手を交わしました。あの現場にいられたことは、本当に幸せなことだったと実感しています。

 今日のスコットランド戦も多くの人に勇気を与える素晴らしい試合になることを心から祈っています。

 
アイルランド戦で勝利した直後に撮ってもらった写真です。興奮のあまり真っ赤な顔に見えます。


 
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野党共闘に向けて党大会で訴えたことーお互いを尊重しつつ共有できる政策を見出す

2019年10月12日 17時04分05秒 | 政治

 台風19号が近づいてきました。台風情報を収集、発信しながら、今日は様々なテーマでブログの更新をしています。

 連日『歩く、さかぐち』として地域を歩いていますが、政権交代前に比較すると野党に対する期待感が著しく下がっていることを感じます。一方、安倍政権に対する批判の声、不安の声も多く聞きます。この状況は何とか改善したい。でも、今のバラバラの野党に期待してもなぁ…という諦めの気持ちが政治への無関心を招き、結果的に政権を利することになっている今の状況。我々野党の責任は重大です。

 では、全ての勢力が同じ政党になる、つまりかつての民主党に戻ればいいのか?というと、残念ながら国民がそれを求めているとは現時点では思えません。民主党が目指した政治の枠組みは、米国のように政権交代可能な二大政党制を構築し、お互いが競い合い切磋琢磨することで政治の質を高めることでした。一方、欧州各国の政治を見ると、多様化した社会の中で複数の政党がそれぞれの主張を持ち、その中で考えの近い者同士が連立を組んで政権を担当する。中規模、小規模の政党がお互いの政策を尊重しながら、国民の未来を守る政治にするため、少なくとも混乱を避けるためのできる限りの知恵を発揮するという方向になっています。もちろん、全て上手くいっているとは言えません。しかし、今の日本においては二大政党という理想に至る過程で、このような政治の在り方を目指すことも選択肢にあると実感しているところです。野党結集を目指す『一丸の会』の馬淵澄夫会長も同じ考えであることに意を強くしました。

 野党共闘は基本的には下記のような考え方であるべきです。

 1.各党がお互いの政策を尊重しつつ、政権公約として、共通の政策を見出す

 2.その上で、選挙においては与党を利することがないように候補者を一本化する

 3.共通政策は与党には決して真似ができないもの、徹底して庶民に寄り添うものであるべき


 先月『れいわ新選組』の山本太郎代表と4時間近く意見交換をする機会がありましたが、山本代表も基本は同じ考えでした。何よりも訴えていたのは庶民の生活を守るための税制改革であり、そのためには消費税を廃止して、あるところから取る税制に変えること。その過程として消費税5%は共通政策として譲れない。れいわ新選組として衆議院候補を100人は擁立したいが単独で立てるような状況にはしないで欲しいとのことでした。

 私自身も、庶民の生活を直撃する消費税はできる限り下げ、国際競争力とのバランスを考えながら、大企業の法人税を収入に応じた累進課税にすること、株の売買の金融所得課税の強化によって稼いでいるところから適切に取ることなどを訴えてきました。

 大きな利益を上げた企業や個人には応分の負担を頂き、そのお金で庶民の安心を作り、ひとりひとりの能力・可能性を高め、消費を生み出すことができれば、やがてより多く税金を払った企業や個人にも利益が循環します。このような経済の循環を作るために政治の英知と良心を結集することを共通政策の柱にするのです。

 また、原発の是非を問う国民投票の実施も共通政策に入れるべきです。

 今、関電幹部や一部の政治家をめぐる不明瞭な原発マネーの存在が明らかになってきています。この問題については徹底追及するのは当然ですが、そのようなことも踏まえて、日本の未来における原発の存在を問う諮問型国民投票の実施を野党の政権公約にするのです。

 原発問題は野党が結束しにくいテーマです。しかし、問題点やメリットなどを全て議論の俎上に乗せた上で、国民自身が決める国民投票を行うことは、原発反対派はもちろん、原発ゼロには慎重な政党も乗れるのではないでしょうか?

 このようなことを9月30日の立憲民主党の党大会で訴え、野党共闘のための共通政策の議論を進めることを求めました。また、その一部は10月5日の県連党大会でもお話ししました。

 無理に違いを埋めるのではなく、違いは違いとして認めた上で、それを乗り越えるための知恵を絞る。こんな考えに立って、是非、野党共闘の体制を構築していきましょう。










  


 
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台風19号への備えーまずは命を守るための対応を

2019年10月12日 14時01分16秒 | 日常

 史上最大級とも言われる台風19号が近づいてきました。まもなく、東海地方か関東地方に上陸する見込みのようです。

 まず心掛けるべきは命を守るための最善の対応です。

 私は衆議院議員だった頃、災害対策特別委員会に属していたこと、また、紛争地域で平和構築活動していた時、戦争でインフラが破壊された社会は、様々な災害に対して非常に脆弱な状況にあることを身をもって感じたこともあり、台風や地震や津波、大雪などの被災地の視察を行い、そこから学べることは何か、被災者の方々との対話を続けてきました。地震や津波と違い、台風はあらかじめ進路を予測して対応することができます。自分が住む地域の防災情報や避難所の開設情報をホームページなどで確認して、最善の対応を取って頂きたいと思います。

 また、自分自身の自転車や植木、物置などが凶器にならないように安全と思われる場所に移したり、窓ガラスに養生テープを貼ったり、代替品としてガムテープなどで窓ガラスの飛散防止を図ることはこれからでもできる対応です。また、停電になる前にできる限り携帯電話は充電しておいた方がいいでしょう。

 『津波てんでんこ』という言葉があります。津波が来たら、周りの人のことには構わず、まずは自分の命を守れという意味です。ただ、利己的に自分だけが助かれば良いということではありません。まず自分の命を守ることが他人の命を危険に晒すリスクを低減すること、また、自分の命を守るためには、家族や周囲の人々とあらかじめ連絡を取り合って、どのような行動をするのか、しっかり話し合っておくことが何より重要という意味を含んだ言葉です。これも、通信や電気がつながっている今ならできます。

 2011年9月の紀伊半島大水害を視察した時、同じ年の3月に起こった津波の被災地と全く同じ状況が広がっていることに衝撃を受けました。制御不能な濁流と人々の身を切り裂き飲み込む大量の漂流物が、海から来たか山から来たかの違いだけでした。今回の台風が生み出す暴風雨が同様の状況を生み出す懸念は大いにありますので、何よりも命を守るため、是非、慎重に対応して頂きたいと思います。

 
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草の根活動としてのポスター貼りー今は、歩くさかぐち、よじ登るさかぐちだ

2019年10月11日 16時29分07秒 | 政治

 今の地域活動はひたすら訪問活動をして私の思いを訴え、地域に住む方々の思いを受け止めて、可能ならポスターの掲示をとお願いする日々です。参議院選挙が終わった8月下旬からこの活動を開始し、実質1か月半あまりで約150枚を貼りました。今のところ、95%は私自身がお願いし、また、自分自身で貼っています。『走るさかぐち、マイクひとつの再挑戦』が私のキャッチコピーですが、今は頭に蜘蛛の巣、足にはくっつき虫を沢山つけて、歩くさかぐち、よじ登るさかぐちの日々です。

 ある程度の知名度・認知度がないと街頭演説などの効果も限定的なので、残念ながら、今の選挙システムの中ではポスターを貼ることは不可欠な活動になっていること、実感しています。

 人にお願いをすることが苦手な私は、もともとポスター貼りは大の苦手。明らかに地域の美観を損ねますし、家の方にとっても、政治的な意志を示すことはコミュニティーの中で人間関係に支障をきたすこともあるでしょう。それでも、いきなり飛び込んできた私のポスターを貼ってくださる方々にはなんと感謝をすればいいのか。共通する思いは、今の政治を変えてほしい。もっと庶民の声、声なき声を反映して欲しいという一念だと思います。

 そんなこともあり、年内いっぱいは、ポスター掲示依頼を中心にした草の根活動に徹したいと思います。貼ってもいいよ!という方がいたら、是非、下記までご連絡ください!

 
 立憲民主党岐阜県第3区総支部 総支部長 阪口直人

 各務原市蘇原中央町3-164 ファイナンシャルプラザ岐阜2F
 
 電話:058-322-7719


















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国家権力と国民の闘い―参議院選挙

2019年07月20日 23時55分11秒 | 政治

 参議院選挙が間もなく終わろうとしています。

 岐阜県からは梅村慎一候補が、また全国で立憲民主党候補、また野党統一候補が闘っています。

 今回の選挙は、国家権力と国民の闘い。国民の生活の不安に向き合おうとしない安倍政権と庶民の闘い。都合の悪い情報は隠匿し、なかったことにできると考えている安倍総理の政治姿勢を問う闘い。そして憲法の平和主義を守るための闘い。

 民意の逆襲を信じて、民主主義を守るために闘ってきた候補者たちがひとりでも多く当選することを祈ります。

 可児市議会選挙も行われていて明日が投票日です。立憲民主党岐阜県連幹事長・渡辺仁美候補と副代表山根一男候補が立候補しています。

 無所属で当選する力と実績がありながら、あえて立憲民主党に入り岐阜県の草の根民主主義の強化に奔走する。これは可児市議会議員として自分の選挙のことだけを考えれば大きなリスクだと思いますが、このような仲間の存在が政治に緊張感を与え、民主主義を進化させる大きな力になると思います。

 私も連日応援に入り、何十回も応援演説をしました。お二人ともキビキビとよく走り、できるだけ有権者の近くで訴えを続ける候補者。本当に温かい熱い応援団の方々に支えられていて、私も本当に温かい気持ちで応援することができました。

 どうか皆様、是非力をお貸しください。
 










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明日は羽島市で参議院候補・梅村慎一個人演説会

2019年07月12日 23時21分00秒 | 政治

 参議院選挙は中盤戦。昨日は長妻昭立憲民主党代表代行を迎えての梅村慎一総決起集会でした。激しい雨の中、1000人を超える方々にお集まり頂いたこと、感謝申し上げます。

 明日13日には羽島市個人演説会を行います。ご参加宜しくお願い致します。梅村慎一参議院候補の渾身の訴えをお聞きください。

 日時:7月13日(土)19時~20時
 場所:不二羽島文化センター(羽島市竹鼻町丸の内6-7)

 『ミスター年金』こと長妻昭代表代行のお話は、私が街頭でよくお話する切り口と全く同じだったことに驚き、意を強くしました。

 今から12年前の参議院選挙は『消えた年金5000万件』が大きなテーマでした。長妻昭衆議院議員を中心とした民主党の追及に『国民の不安を煽り立てる』と情報開示を拒んだ安倍総理に対し、国民の皆さんが安倍政権への怒りの一票を民主党に託して参議院選挙で大勝。その後、第一次安倍政権の崩壊、そして政権交代へとつながりました。

 国民の皆さんの後押しにより消えた年金の解明は進み、現在は2億7000億円が本来払われる方々の元に戻っています。また、被用者年金の一元化や基礎年金の財源確保などの成果をあげました。また、これまでは25年間払わなければ年金が支払われなかったのですが、それを10年間に短縮することもできました。これらは、まさに参議院選挙における皆さんの後押しによって実現したものです。

 『年金2000万円問題』の指摘について、安倍総理は相変わらず、野党が国民の不安を煽ると非難していますが、選挙を前に、政権が国民生活の実態を見ようとせず、情報を隠し、不安に向き合おうとしないのであれば、問題提起するのは当然のこと。年金改革は道半ば。参議院選挙で私たちに再び力を与えて頂き、与野党が協力して安心できる年金制度に改革する大きな転機にしましょう。


















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アントニオ猪木議員の政界引退に思う-真横からみた闘魂外交

2019年06月28日 23時45分49秒 | 政治

 アントニオ猪木参議院議員が政界引退を表明した。

 猪木議員とは北朝鮮、キルギス、そして2度のスリランカと4度にわたって海外での議員外交にご一緒させて頂くなど、人道問題や紛争解決をテーマに行動を共にした。

 とにかく現場に行って対話をし、その包容力で相手を魅了してしまう『闘魂外交』について、私なりの視点で振り返ってみたい。

 子どもの頃から私はアントニオ猪木の大ファンであり、異種格闘技戦を次々に仕掛ける格闘家として、また、政治家としてイラクの人質救出に尽力するなどスケールの大きな生き方に大きな影響を受けた。中学を卒業したら新日本プロレスに入門して鍛えてもらおうと本気で考えていたほどだ。

 国会議員としてご一緒した印象はプロレスラーとしてのイメージとは異なり、徹底して平和主義、そして人とのつながりを重んじる人ということだ。

1.北朝鮮外交-拉致被害者を返しやすい環境作り

「そもそも猪木議員は何しに北朝鮮に行ってるんだ?」という批判の声も多く聞く。

 プロレスラー・アントニオ猪木の師匠である力道山の娘がスポーツ大臣を務めていたこともあり、金日成主席が亡くなった時にはメーデースタジアムで延べ38万人を集めた平和の祭典を実施した。その雄姿が北朝鮮では切手にもなっている。北朝鮮は猪木議員には大きな恩があると考えているようだ。だからこそ猪木議員は対話の窓口としての存在であり続けている。国交がない国だからこそ、貴重な対話の窓口を守り抜く猪木議員の決意と、その意義を強く感じた。。

 私たちは核開発、レアアースなどの資源開発、スポーツ・文化交流などについて意見交換をしたが、もっとも大きな関心のひとつはもちろん拉致問題を含む人道問題だ。一日も早い帰国を実現させるなど拉致問題解決の努力を求めるのは当然だが、1959年に始まった帰国事業で北朝鮮に渡ったものの、現地で筆舌に尽くしがたい苦難を味わっている日本人、あるいは日本人配偶者やその子供たちの存在も決して忘れてはならない。拉致問題については、北朝鮮は拉致被害者の現状を公式に発表している。その真偽は極めて疑わしいが、金正日総書記の時代に公式発表したものを現在の金正恩政権でひっくり返すと、これまで嘘で固めてきたこととは辻褄が合わなくなる。事実、安倍総理が拉致問題解決を叫んでも誰一人帰ってきていない。

 従って、いかに北朝鮮側が拉致被害者を返しやすい環境を作るかを考える方が現実的と考えた。それをいかに北朝鮮在留日本人の帰国とリンクさせるかが私たちの問題意識だった。

 猪木氏との訪朝では、姜錫柱(カン•ソクジュ)書記と3回にわたって意見交換をする機会を得た。姜錫柱書記は元副首相で、その時点でも外交の責任者だった。金日成・カーター会談や、2002年に小泉首相が訪朝した際の金正日総書記との首脳会談に同席するなど金日成主席、金正日総書記、金正恩第一書記と3代の外交を支えてきた重鎮だ。私たちは相手のメンツも立てながら、『人道的配慮によって』希望する日本人全体を対象に帰国を認めさせ、結果的にその中に拉致被害者も含まれるストーリーを描けないものか考えていた。そのためには、徹底して信頼関係を構築する必要がある。政府としては言えないことを議員外交で伝えて可能性を探り、政府と協力して成果を引き出す戦略だった。

 日本政府との連携、役割分担についてはアントニオ猪木議員は予算委員会などで再三安倍総理に呼びかけていたが、安倍首相は極めて冷淡な反応だったことが残念でならない。

 日本政府の交渉窓口だった宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使は党内序列では当時61番目。アントニオ猪木議員は政府の交渉窓口より遥かに力を持った外交担当者と交渉できる唯一の存在だからこそ、「猪木をもっと使ったらいいんだ!」との叫びを聞きながら、私も本当にもったいないと思った。

 湾岸戦争時、イラクでは日本人46人が人質となったのだが、その際に当時のサダム・フセイン大統領と交渉し、費用も私費で賄って彼らを救出したのは外務省でも時の政府でもなく、アントニオ猪木議員だったではないか。

 米国とイランの関係を緩和する『安倍仲介外交』は何の成果もなかったが、相手政府だけではなく、あらゆるルートを駆使して可能性を探るのが本来の外交の姿であろう。政治は結果責任であり、猪木外交が拉致被害者救出という結果を出せていないことについては、この試みは未だ道半ばというしかない。しかし引き続き、今度は国会議員という縛りのない中で、このライフワークに取り組んでもらいたいと思う。

2.キルギスーペレストロイカ・ボクサーとの再会

 私は20代の頃、協栄ボクシングジムに通っていたことがある。一緒に練習しながら旧ソ連出身のユーリ・アルバチャコフ、そしてオルズベック・ナザロフが世界チャンピオンに昇り詰める様子をそばで見ていたが、彼らはアントニオ猪木議員が『ペレストロイカ・ボクサー』として招いたボクサーだった。ソ連が崩壊し、素晴らしい才能を持ったボクサーの活躍の機会がなくなってしまっていたが、彼らにチャンスを与えたのがアントニオ猪木議員だった。

 2010年夏、10月に行われる選挙監視活動を効果的に行うためのリサーチでキルギスを訪問した時、私はオルズベック・ナザロフ氏に再会した。彼はキルギス共和国初の世界チャンピオンとして国民的英雄だった。その彼が「日本に帰ったら是非、猪木さんにお礼の気持ちを伝えて欲しい。あの時チャンスをもらえなかったら今の私はなかった」と切実に訴えてきた。

 その時は、同じ日本人というだけではアントニオ猪木氏と連絡が取れるわけもなく、私からは伝えようがなかったが、その後、何と同じ国会議員として議員外交のパートナーになった。

 様々な議員外交に取り組む中、満を持してオルズベック・ナザロフ氏のことを猪木議員に伝えたところ、「是非、行きましょう」と同意してくれた。タイミングを図っているうちに私は落選し、衆議院議員ではなくなってしまったが、2015年5月、私が実行委員長として第1回大会開催に奔走したキルギス・シルクロード国際マラソンの第4回大会に参加してくれたのだ。貴重なGW期間中、世界中から招待される中、すでに国会議員ではなくなっていた私の求めに応じて、首都ビシュケクからも遠く離れたイシククル湖畔まで来てくれたのは、まさに、人のつながりを大切にする猪木議員らしい判断と行動力だったと思う。

 「先生、一緒に議員外交の本を出しましょうよ」首都ビシュケクに戻った時、猪木議員は提案してくれた。「私が本を出せば必ず買う読者がいますから、私で良ければ少しでも先生の力になりますよ」

 アントニオ猪木議員は、企画書を一緒に考えたり、一緒に出版社を当たったりしてくれたが、この提案は未だに実現していない。猪木議員が国会議員を引退し、もう少しフリーに活動・発信できるようになれば、是非、実現したい私の夢だ。



スリランカのテレビ局でインタビューを受け平和外交とジャヤワルダネ元大統領の思想について語る(2014年)


北朝鮮に向かう途中の北京で作戦会議(2014年7月)


姜錫柱(カン•ソクジュ)書記との会談後


第1回キルギス・シルクロード国際マラソンでオルズベック・ナザロフ氏と(2012年5月)


第4回キルギス・シルクロード国際マラソンのレース後、オルズベック・ナザロフ氏と(2015年5月)


第4回キルギス・シルクロード国際マラソンの子どもたちの駅伝大会で(2015年5月)


『闘魂外交』に自筆のサイン(2014年)


衆議院選挙を前に詩を頂く(2014年12月)


スリランカでの宗教行事に招待される(2014年)


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