阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

カンボジア総選挙では野党が躍進!

2013年07月30日 02時59分46秒 | ボランティア

 カンボジア選挙監視に参加しています。昨日(28日)が投票日でしたが、最大のインパクトは野党救国党の躍進でした。

 5年ごとに行われるカンボジアの総選挙に関わるのは、1992~93年にかけて1年間、国連ボランティアとしてラタナキリ州ボケオ郡で選挙実施のための責任者(監督者)を務めて以来4度目になります。123議席中、前回は人民党が90議席を獲得。今回も人民党の圧勝と思われていましたが、7月19日のサム・ランシー党首の帰国により状況は一変。救国党のキャンペーンは自発的に参加した若者たちの歓声に包まれ、見たこともない熱気にあふれていました。一方人民党のキャンペーンは歌や踊りが中心。数百台のトラックやバイクが大勢の支援者を乗せて続く様子は圧巻でした。しかし、若者たちは、救国党のキャンペーンに参加するガソリン代を稼ぐために人民党のキャンペーンに参加しているとも言われていて、キャンペーンの熱気の違いは明らかでした。まだ正式な最終結果はアナウンスされていませんが、カンボジアを20年以上ウォッチしてきた私にとっては本当に感慨深い選挙でした。

 2009年には私自身が政権交代の大きな渦の中にいたので、今回も歴史を動かす人々の力を選挙の雰囲気に感じていました。私の選挙区の多くの地域は典型的なムラ社会で、地縁血縁や義理人情が人々の身の処し方を決める地域社会をコントロールする体制が自民党によって自治会レベルにまで張り巡らされているところです。2007年以降ひたすら草の根活動を続けたものの、手応えはその瞬間瞬間でとどまっていました。「顔刺すさかい(まわりの目が気になるので)」とか「村八分にされるわいしょ」と言う方が多く、支援者の方々も踏み込んで応援して下さるリスクを強く感じていたと思います。しかし、いよいよ政権交代が現実のものになるかという期待感が「臨界点」を超えた瞬間からの盛り上がりは肌に突き刺さってくるようでした。一方、自民党は2000人、3000人と動員しても、義理で顔を出している方も多いようで、私の支持者によれば雰囲気は全く違ったそうです。そんな経験があったので、カンボジアでも政権交代が起こるかもしれない!と心が躍りました。

 一方、救国党が勝った場合、国民の期待に添える政権運営ができるか、かなり疑問です。軍や警察、司法、マスコミをコントロールする力を持った圧倒的な人民党支配を変えるのは並大抵のことではありません。カンボジアにとっては、まずは強い野党の存在が必要なのではとの思いも消えませんでした。

 暫定的な選挙結果は与党人民党68議席に対し、野党救国党が55議席。強い野党の誕生は確実です。人民党と連立を組んで政策の実現を図るのか、対決姿勢を貫いて次回の選挙で政権交代を目指すのか。いずれにしても、救国党はキャスティングボードを握る存在になりました。私にとっての原点でもあるカンボジアの政治、これからも注視していきます。



チェックリストを手に監視活動を行う私


サム・ランシーの集会にて。指で投票番号の「7」を作り、熱狂する少女たち


バイクの上に立った人々が大歓声でサム・ランシー党首を迎えました。


人民党のキャンペーン。歌や踊りが中心でした。


私が監視した投票所では救国党が331議席対177議席で圧勝。

自民党にはできない真の改革をやり切る。そのための力の結集を!

2013年07月24日 22時51分50秒 | 政治

 先の参議院選挙では与党が過半数を占める結果になりました。投票率が大幅に下がったことからも、野党が魅力ある選択肢を国民に示すことができなかったことが敗因と思います。和歌山においては、改革勢力の力を結集して自民党候補に対峙することが必要と思い、民主党とともにその可能性を探っていましたが、私自身の力不足もあり、候補者を擁立することができませんでした。他府県では野党候補が乱立し自民党候補が勝利したケースも目立ちました。野党として共有できる理念・政策を見出し、本当の改革を行うための政界再編。それが健全な政治を機能させるためには絶対に必要です。

 ねじれ国会が一旦終了したことで、スピード感のある政治が実現できる可能性は生まれるでしょう。また、現政権が進める経済政策への期待も感じています。しかし、安倍総理が成長戦略を発表するたびに株価が下がり続けたように、市場はアベノミクスの成長戦略を評価していません。それは改革が生ぬるいからです。農業、医療、電力を成長産業にするには、健全な競争が機能するための新規参入を容易にする規制緩和を進めることが必要ですが、この分野に既得権を持つ団体に支持された自民党には絶対にできません。

 私たち日本維新の会は、通常国会においても与党の政策で正しい方向性と思うものには賛成、そうでないものには反対と、是々非々で臨んできました。国民の未来を守る政策なのか、支援団体の利益を守る政策なのか、政府・与党に対して追求・提案を行うこと、野党の力を結集していつでも政権交代が可能な基盤を作ることが、今後の目標です。橋下共同代表は、その時は党利党略は捨て、維新を解党させてでも力を結集させる旨の発言をしていましたが、私もその基本姿勢で良いと思います。ただ、共有できるミッション、そして理念・政策を見出すことは全ての基本です。民主党の改革勢力、みんなの党の改革勢力ともに政策ごとに議論を重ね、議論を通して信頼醸成を図ることが重要と考えています。
 
 日本維新の会の外交安全保障分野の政権公約、そして政策実例の草案は、将来の野党連携の可能性を踏まえ、私が書きました。日本だけが良ければいいと考える狭い国益追求ではなく、地球益、人類益に貢献できる意識を持って「尊敬される国」を目指すことこそ、本当の国益、そして安全保障にもつながると考えています。維新は「右寄り」政党と思っている方もいますが、右でも左でもなく真っ直ぐ前に進む改革政党でなければなりません。少子高齢化やエネルギー問題など、人類が未だ経験したことのない国内外の問題解決に貢献する意識を持った政策集団として力を高め、自民党には絶対できない真の改革をやり切る仲間の力を結集させていくことが次の大きな使命だと考えています。



清水貴之参議院候補、えいきまゆ美候補(神戸市議選)を応援する橋下共同代表


いわしげ候補の応援に鹿児島に入る


水戸将史候補の応援で入った神奈川17区で、かつての支援者から「トルコ桔梗」を頂く


候補者の応援で全国を駆け回っていた森夏枝衆議院候補予定者


和歌山では後援者訪問を行い、維新への投票をお願いしました。


 

地域の社会や経済に貢献する企業-株式会社「協和」の経営理念に学ぶ

2013年07月07日 00時09分37秒 | 日常

 今日は、株式会社「協和」の創立50周年、株式会社設立25周年、そして社長交代のパーティーがあり、出席させて頂きました。私は社長(現会長)の上田義徳氏の経営理念には非常に感銘を受けており、日頃もご指導を頂いています。どうしても経営哲学を学びたく思い、先日、インタビューをさせて頂き、「和歌山新報」のコラムに投稿させて頂いたので、紹介したいと思います。


写真上:株式会社「協和」のパーティーで挨拶する私

 社会に対する最大の貢献の一つ、それは雇用を作り出すことだ。仕事がないがゆえに人材の流出が続く和歌山県のような地方において、その意義はとりわけ大きい。印刷業界は、コンピューターの高性能化によって業界全体のパイが小さくなり、大半の企業が売り上げを減らしている。株式会社協和は、その中で、関連企業との共存を図りながら、一貫して売り上げを伸ばしてきた貴重な企業だ。

 昭和38年3月、21歳の時に協和名刺店を設立してから50年。一代で年商4億円を超える企業に育て上げた上田義徳社長はこの7月に一線を退き、会長に就任する。中学卒業後、段ボール製造会社に就職し、ガソリンスタンド勤務を経て独立。どのような理念と戦略で会社を経営してきたのか、話を伺った。

 「お客さんが喜んでくれることが一番!」「来てくれる社員が幸せでいてくれることが私の幸せ」「仕事が楽しくて楽しくて…」

 国会と地元事務所のマネジメントに苦労している自分自身の向学のため、企業経営の極意について勉強させていただこうと質問を繰り返した。しかし、何よりも仕事を通して人に喜んでもらうことを追求した結果が今の結果と、上田社長は語る。従業員約40人の協和は決して大企業ではない。しかし、上田社長にとっては、大企業を目指すよりも、幸せを作り出す企業であることがより大きな価値なのだ。

 子供のころから豚のえさになる残飯集めなど、アルバイトを続けた。中学卒業時、経済的な理由から高校に行く選択肢はなく、早く自立したい思いで懸命に働いた。仕事を続けるうちに次第に起業したい気持ちが募り、貯金を貯めて12万円で買った活字印刷機をもとに「協和名刺店」を設立。「協和」と名付けた意味は「3人の力を+(プラス)して、和やかに」だったという。

 上田社長は短期的な利益追求より、常に共存共栄を経営哲学としてきた。一方、勝ち抜くために業界の常識を破るチャレンジもしている。印刷業界では、版の作成、印刷、そして製本は分業制が常識だった。それぞれの業者がお互いの領域には踏み込まないことで利益を確保していたが、トータルのコストが高額になっていることを痛感していた上田社長は、全てを自社で請け負うことでコストダウンを図った。新しい領域に踏み込むには新たな設備投資が必要であり、経営上の大きなリスクを伴う。しかし、大きな負債を抱えながらも、結果的に経営の安定につなげた。その結果、設備投資できない零細企業の外注も請け負うことが可能になり、それらの企業が倒産せず、存続できるようなサポートも可能になった。「下請けを泣かせて儲けるのは嫌いやさかい、ウチが請け負うから会社つぶさんといてよ」こんな心意気で、家族経営の零細下請け企業とも共存を図る。

 一方、競争力強化のため、最高レベルの設備投資に向けた努力を惜しまない。ドイツで行われる展示会には毎回出席し、ハイデルベルグ社の最新機器を購入するなど、最高の品質を提供できる環境作りを行っている。仕上がりの早さ、色の美しさには定評がある。私自身、政治関係の広報物の印刷を頼む機会が多いが、以前使っていた業者に比べると、例えば政治活動に使用するポスターの色も格段に長持ちするようになったのを実感している。見えないところにも配慮を尽くす精神がこんなところにも表れている。

 7月6日にはロイヤルパインズホテルで設立50年と社長交代パーティーを行う。これまでお世話になった方々に感謝の気持ちを伝えるのが目的だ。「みんながいて、今の協和があるんやさかい、みんなが喜んでくれたら、それが私の幸せよぉ」上田社長の笑顔がさらに輝いた。


写真上:株式会社「協和」現会長の上田義徳氏の挨拶