阪口直人の「心にかける橋」

衆議院議員としての政治活動や、専門分野の平和構築活動、また、趣味や日常生活についてもメッセージを発信します。

草の根民主主義の実践のためには

2020年01月16日 22時47分41秒 | 政治

 この3日間は郡上市に近い関市の山間部で訪問活動をしました。活動の効率や戦略以前に、限界集落と言われて久しい地域で何が起こっているかを肌身で感じることはとても重要なことだと思います。「川上から歩け」というのは小澤一郎民主党元代表に教わったまさに金言。私自身も政治活動は一番奥地の集落から歩いてきましたが、一昨年洪水に見舞われたこの地域にも一年ぶりに入り、生活状況が深刻になっていることを実感しました。

 地域のお年寄りにとっても猿は子供の頃は動物園で見るものだったそうですが、今日は電柵が張り巡らされた畑の小さな穴から猿が自由に出入りし、数十匹が民家の屋根の上を飛び回っているのを目の当たりにしました。畑作をしても全てやられてしまうので、手の施しようがないとのことです。電柵にも一定の効果はあるそうですが、とても根本的な解決にはつながらないことは明らかです。

 目の前の人々の思いを受け止めること、同時に、様々な制約要因の中で、どのように未来のデザインを描き、効果的な税金の使い方をすべきなのか、これは政治家こそ持つべきビジョンです。そのためには地域を歩くこと、そして大局的な見方を涵養するための絶え間ない勉強の両方が必要といつも感じています。

 この3日間でポスターは19枚新規に貼ることができました。田舎に行けば行くほど野党のポスターを貼るのは大変勇気がいることだと思います。皆さんの思いに応えるためにも、未来を見据えた、同時に血の通った温かい政治を行うべく頑張りたいと思います。









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今年は『よじ登るさかぐち』からもっと『走るさかぐち』へ

2020年01月01日 23時35分27秒 | 政治

 皆さん、あけましておめでとうございます。

 昨年は立憲民主党から公認を得て、国政を目指して再挑戦を開始した一年でした。地道な草の根活動に徹し、少しでも私の存在と目指す政治の在り方を知ってもらうために奔走した日々でしたが、皆さんのご支援のおかげで少しずつ輪が広がっていること、心から感謝しています。

 昨年は、まずは存在を知って頂くこと、私が来る以前から応援してくださっている方々を捜し歩くことが必要と考え、わずかな情報をたどって懸命に地域を歩きました。特にポスターを増やす必要を感じたので、『歩くさかぐち』『よじ登るさかぐち』が中心の活動でしたが、今年は『走るさかぐち、マイクひとつの再挑戦』のキャッチフレーズそのままに、路上で走って、訴えて、引き続き数多くの対話の機会も作っていきます。普段のハンドマイクに加えて1月半ばには政策広報車として『走るさかぐち号』がデビューしますので、マイクふたつの再挑戦になるかもしれませんが...。

 私のライフワークについては、カンボジアでの活動中に射殺された元同僚・中田厚仁さんについての絵本を作り、彼が亡くなった場所にできた「ナカタアツヒト学校」を絵本の収益金などで支援する活動を始めました。この活動は、とにかく長く、できる限り多くの方々と一緒に続けていきたいと思います。『絵本を読む会』も各地で行なっていきます。

 プライベートは二の次でしたが、二胡を習い始めたり、支援者が脚本演出を手がけている演劇に出演させて頂くことになったり。公演は来年2月にありますので、私が演じる惟喬親王の台詞を「まろは...」とひとりでつぶやくことが増えそうです。

 今年もよろしくお願いいたします。阪口直人




















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中村哲医師の殺害と日本だからこそできる平和貢献の在り方

2019年12月06日 11時12分52秒 | 政治

 アフガニスタンで30年間にわたって人道支援を行ってきた日本人医師・中村哲さんが殺害された。私は米国の対テロ戦争についての現地調査や、アフガニスタン大統領選挙などに関わっていたこともあり、国会内でアフガニスタンについての連続勉強会を主催していたことがある。中村医師には何度かお話を伺ったが、テロとの最大の闘いは貧困の撲滅であると語る姿にとても共感した。未来に希望を持てない人々たちが現状への怒りをテロに託す連鎖を止める唯一の方法は未来への希望をつくることだと長年の思いが確信になった。

 中村さんは現地の人々に溶け込んだ活動を通して信頼関係を築いていた。米軍とは距離を置いているから武装勢力を怖いと思ったことはないと強調していた。米国の戦争に盲従することがいかに日本への信頼を失わせ、日本が行える平和貢献の可能性を喪失させるかと力説していた。また軍によるエスコートなども徹底して断っていた。私とは活動のレベルは違うが、これらの点は、現場での活動を通して心から共感することだった。私自身が襲撃を受けた経験、銃撃によって仲間を失った経験を経てもなお、武器を持たず信頼関係を築くことこそ最大の安全対策だと確信する。もちろん、綿密な準備や経験に根差している必要があり、本当に危険な状況になれば撤退する勇気も併せ持っていないと成り立たないことではある。

 2001年10月、中村さんは米国によるアフガニスタンでの対テロ戦争を自衛隊が後方支援するためのテロ対策特別措置法を審議する特別委員会で参考人として発言した。私は、当時、首藤信彦衆議院議員の政策秘書としてこの委員会に出席していた記憶があるが、紛争のリアリティーを知らず、降り注ぐ爆弾の下で生きる人々への想像力もない小泉政権に対し、米国に追従し、自衛隊派遣をすることが日本に対する信頼を失墜させるとの訴えには現場を知る人だからこその説得力を感じた。

 このような意見も取り入れ、また首藤信彦議員の提案もあり、当時の民主党はパキスタンのペシャワール、そしてアフガニスタンのカブールに事務所を作り、私はペシャワール事務所に派遣されることになった。現地では街頭募金で集めた約2400万円を、復興を支援する現地NGOに寄付することになった。鳩山由紀夫代表(当時)も参加するペシャワールでの会議を主催し、支援する団体を決めるためのセッションを準備するのが私の主な役割だった。70を超える現地NGOから寄せられた提案書を読み、プレゼンテーションを行ってもらう準備に奔走した。(この時滞在していたパールコンチネンタルホテルはその後爆弾テロによって破壊された)

 武力に頼らず平和に貢献する国家としての信頼を勝ち得ること、その結果として米国にはできない平和貢献をするのが日本の役割だ。それは現地にとっても、日本にとっても、米国にとっても遥かに意義があることだと思う。中村さんの遺志を引き継ぐ政治に変えたいと強く願う。










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野党共闘に向けて党大会で訴えたことーお互いを尊重しつつ共有できる政策を見出す

2019年10月12日 17時04分05秒 | 政治

 台風19号が近づいてきました。台風情報を収集、発信しながら、今日は様々なテーマでブログの更新をしています。

 連日『歩く、さかぐち』として地域を歩いていますが、政権交代前に比較すると野党に対する期待感が著しく下がっていることを感じます。一方、安倍政権に対する批判の声、不安の声も多く聞きます。この状況は何とか改善したい。でも、今のバラバラの野党に期待してもなぁ…という諦めの気持ちが政治への無関心を招き、結果的に政権を利することになっている今の状況。我々野党の責任は重大です。

 では、全ての勢力が同じ政党になる、つまりかつての民主党に戻ればいいのか?というと、残念ながら国民がそれを求めているとは現時点では思えません。民主党が目指した政治の枠組みは、米国のように政権交代可能な二大政党制を構築し、お互いが競い合い切磋琢磨することで政治の質を高めることでした。一方、欧州各国の政治を見ると、多様化した社会の中で複数の政党がそれぞれの主張を持ち、その中で考えの近い者同士が連立を組んで政権を担当する。中規模、小規模の政党がお互いの政策を尊重しながら、国民の未来を守る政治にするため、少なくとも混乱を避けるためのできる限りの知恵を発揮するという方向になっています。もちろん、全て上手くいっているとは言えません。しかし、今の日本においては二大政党という理想に至る過程で、このような政治の在り方を目指すことも選択肢にあると実感しているところです。野党結集を目指す『一丸の会』の馬淵澄夫会長も同じ考えであることに意を強くしました。

 野党共闘は基本的には下記のような考え方であるべきです。

 1.各党がお互いの政策を尊重しつつ、政権公約として、共通の政策を見出す

 2.その上で、選挙においては与党を利することがないように候補者を一本化する

 3.共通政策は与党には決して真似ができないもの、徹底して庶民に寄り添うものであるべき


 先月『れいわ新選組』の山本太郎代表と4時間近く意見交換をする機会がありましたが、山本代表も基本は同じ考えでした。何よりも訴えていたのは庶民の生活を守るための税制改革であり、そのためには消費税を廃止して、あるところから取る税制に変えること。その過程として消費税5%は共通政策として譲れない。れいわ新選組として衆議院候補を100人は擁立したいが単独で立てるような状況にはしないで欲しいとのことでした。

 私自身も、庶民の生活を直撃する消費税はできる限り下げ、国際競争力とのバランスを考えながら、大企業の法人税を収入に応じた累進課税にすること、株の売買の金融所得課税の強化によって稼いでいるところから適切に取ることなどを訴えてきました。

 大きな利益を上げた企業や個人には応分の負担を頂き、そのお金で庶民の安心を作り、ひとりひとりの能力・可能性を高め、消費を生み出すことができれば、やがてより多く税金を払った企業や個人にも利益が循環します。このような経済の循環を作るために政治の英知と良心を結集することを共通政策の柱にするのです。

 また、原発の是非を問う国民投票の実施も共通政策に入れるべきです。

 今、関電幹部や一部の政治家をめぐる不明瞭な原発マネーの存在が明らかになってきています。この問題については徹底追及するのは当然ですが、そのようなことも踏まえて、日本の未来における原発の存在を問う諮問型国民投票の実施を野党の政権公約にするのです。

 原発問題は野党が結束しにくいテーマです。しかし、問題点やメリットなどを全て議論の俎上に乗せた上で、国民自身が決める国民投票を行うことは、原発反対派はもちろん、原発ゼロには慎重な政党も乗れるのではないでしょうか?

 このようなことを9月30日の立憲民主党の党大会で訴え、野党共闘のための共通政策の議論を進めることを求めました。また、その一部は10月5日の県連党大会でもお話ししました。

 無理に違いを埋めるのではなく、違いは違いとして認めた上で、それを乗り越えるための知恵を絞る。こんな考えに立って、是非、野党共闘の体制を構築していきましょう。










  


 
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草の根活動としてのポスター貼りー今は、歩くさかぐち、よじ登るさかぐちだ

2019年10月11日 16時29分07秒 | 政治

 今の地域活動はひたすら訪問活動をして私の思いを訴え、地域に住む方々の思いを受け止めて、可能ならポスターの掲示をとお願いする日々です。参議院選挙が終わった8月下旬からこの活動を開始し、実質1か月半あまりで約150枚を貼りました。今のところ、95%は私自身がお願いし、また、自分自身で貼っています。『走るさかぐち、マイクひとつの再挑戦』が私のキャッチコピーですが、今は頭に蜘蛛の巣、足にはくっつき虫を沢山つけて、歩くさかぐち、よじ登るさかぐちの日々です。

 ある程度の知名度・認知度がないと街頭演説などの効果も限定的なので、残念ながら、今の選挙システムの中ではポスターを貼ることは不可欠な活動になっていること、実感しています。

 人にお願いをすることが苦手な私は、もともとポスター貼りは大の苦手。明らかに地域の美観を損ねますし、家の方にとっても、政治的な意志を示すことはコミュニティーの中で人間関係に支障をきたすこともあるでしょう。それでも、いきなり飛び込んできた私のポスターを貼ってくださる方々にはなんと感謝をすればいいのか。共通する思いは、今の政治を変えてほしい。もっと庶民の声、声なき声を反映して欲しいという一念だと思います。

 そんなこともあり、年内いっぱいは、ポスター掲示依頼を中心にした草の根活動に徹したいと思います。貼ってもいいよ!という方がいたら、是非、下記までご連絡ください!

 
 立憲民主党岐阜県第3区総支部 総支部長 阪口直人

 各務原市蘇原中央町3-164 ファイナンシャルプラザ岐阜2F
 
 電話:058-322-7719


















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国家権力と国民の闘い―参議院選挙

2019年07月20日 23時55分11秒 | 政治

 参議院選挙が間もなく終わろうとしています。

 岐阜県からは梅村慎一候補が、また全国で立憲民主党候補、また野党統一候補が闘っています。

 今回の選挙は、国家権力と国民の闘い。国民の生活の不安に向き合おうとしない安倍政権と庶民の闘い。都合の悪い情報は隠匿し、なかったことにできると考えている安倍総理の政治姿勢を問う闘い。そして憲法の平和主義を守るための闘い。

 民意の逆襲を信じて、民主主義を守るために闘ってきた候補者たちがひとりでも多く当選することを祈ります。

 可児市議会選挙も行われていて明日が投票日です。立憲民主党岐阜県連幹事長・渡辺仁美候補と副代表山根一男候補が立候補しています。

 無所属で当選する力と実績がありながら、あえて立憲民主党に入り岐阜県の草の根民主主義の強化に奔走する。これは可児市議会議員として自分の選挙のことだけを考えれば大きなリスクだと思いますが、このような仲間の存在が政治に緊張感を与え、民主主義を進化させる大きな力になると思います。

 私も連日応援に入り、何十回も応援演説をしました。お二人ともキビキビとよく走り、できるだけ有権者の近くで訴えを続ける候補者。本当に温かい熱い応援団の方々に支えられていて、私も本当に温かい気持ちで応援することができました。

 どうか皆様、是非力をお貸しください。
 










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明日は羽島市で参議院候補・梅村慎一個人演説会

2019年07月12日 23時21分00秒 | 政治

 参議院選挙は中盤戦。昨日は長妻昭立憲民主党代表代行を迎えての梅村慎一総決起集会でした。激しい雨の中、1000人を超える方々にお集まり頂いたこと、感謝申し上げます。

 明日13日には羽島市個人演説会を行います。ご参加宜しくお願い致します。梅村慎一参議院候補の渾身の訴えをお聞きください。

 日時:7月13日(土)19時~20時
 場所:不二羽島文化センター(羽島市竹鼻町丸の内6-7)

 『ミスター年金』こと長妻昭代表代行のお話は、私が街頭でよくお話する切り口と全く同じだったことに驚き、意を強くしました。

 今から12年前の参議院選挙は『消えた年金5000万件』が大きなテーマでした。長妻昭衆議院議員を中心とした民主党の追及に『国民の不安を煽り立てる』と情報開示を拒んだ安倍総理に対し、国民の皆さんが安倍政権への怒りの一票を民主党に託して参議院選挙で大勝。その後、第一次安倍政権の崩壊、そして政権交代へとつながりました。

 国民の皆さんの後押しにより消えた年金の解明は進み、現在は2億7000億円が本来払われる方々の元に戻っています。また、被用者年金の一元化や基礎年金の財源確保などの成果をあげました。また、これまでは25年間払わなければ年金が支払われなかったのですが、それを10年間に短縮することもできました。これらは、まさに参議院選挙における皆さんの後押しによって実現したものです。

 『年金2000万円問題』の指摘について、安倍総理は相変わらず、野党が国民の不安を煽ると非難していますが、選挙を前に、政権が国民生活の実態を見ようとせず、情報を隠し、不安に向き合おうとしないのであれば、問題提起するのは当然のこと。年金改革は道半ば。参議院選挙で私たちに再び力を与えて頂き、与野党が協力して安心できる年金制度に改革する大きな転機にしましょう。


















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アントニオ猪木議員の政界引退に思う-真横からみた闘魂外交

2019年06月28日 23時45分49秒 | 政治

 アントニオ猪木参議院議員が政界引退を表明した。

 猪木議員とは北朝鮮、キルギス、そして2度のスリランカと4度にわたって海外での議員外交にご一緒させて頂くなど、人道問題や紛争解決をテーマに行動を共にした。

 とにかく現場に行って対話をし、その包容力で相手を魅了してしまう『闘魂外交』について、私なりの視点で振り返ってみたい。

 子どもの頃から私はアントニオ猪木の大ファンであり、異種格闘技戦を次々に仕掛ける格闘家として、また、政治家としてイラクの人質救出に尽力するなどスケールの大きな生き方に大きな影響を受けた。中学を卒業したら新日本プロレスに入門して鍛えてもらおうと本気で考えていたほどだ。

 国会議員としてご一緒した印象はプロレスラーとしてのイメージとは異なり、徹底して平和主義、そして人とのつながりを重んじる人ということだ。

1.北朝鮮外交-拉致被害者を返しやすい環境作り

「そもそも猪木議員は何しに北朝鮮に行ってるんだ?」という批判の声も多く聞く。

 プロレスラー・アントニオ猪木の師匠である力道山の娘がスポーツ大臣を務めていたこともあり、金日成主席が亡くなった時にはメーデースタジアムで延べ38万人を集めた平和の祭典を実施した。その雄姿が北朝鮮では切手にもなっている。北朝鮮は猪木議員には大きな恩があると考えているようだ。だからこそ猪木議員は対話の窓口としての存在であり続けている。国交がない国だからこそ、貴重な対話の窓口を守り抜く猪木議員の決意と、その意義を強く感じた。。

 私たちは核開発、レアアースなどの資源開発、スポーツ・文化交流などについて意見交換をしたが、もっとも大きな関心のひとつはもちろん拉致問題を含む人道問題だ。一日も早い帰国を実現させるなど拉致問題解決の努力を求めるのは当然だが、1959年に始まった帰国事業で北朝鮮に渡ったものの、現地で筆舌に尽くしがたい苦難を味わっている日本人、あるいは日本人配偶者やその子供たちの存在も決して忘れてはならない。拉致問題については、北朝鮮は拉致被害者の現状を公式に発表している。その真偽は極めて疑わしいが、金正日総書記の時代に公式発表したものを現在の金正恩政権でひっくり返すと、これまで嘘で固めてきたこととは辻褄が合わなくなる。事実、安倍総理が拉致問題解決を叫んでも誰一人帰ってきていない。

 従って、いかに北朝鮮側が拉致被害者を返しやすい環境を作るかを考える方が現実的と考えた。それをいかに北朝鮮在留日本人の帰国とリンクさせるかが私たちの問題意識だった。

 猪木氏との訪朝では、姜錫柱(カン•ソクジュ)書記と3回にわたって意見交換をする機会を得た。姜錫柱書記は元副首相で、その時点でも外交の責任者だった。金日成・カーター会談や、2002年に小泉首相が訪朝した際の金正日総書記との首脳会談に同席するなど金日成主席、金正日総書記、金正恩第一書記と3代の外交を支えてきた重鎮だ。私たちは相手のメンツも立てながら、『人道的配慮によって』希望する日本人全体を対象に帰国を認めさせ、結果的にその中に拉致被害者も含まれるストーリーを描けないものか考えていた。そのためには、徹底して信頼関係を構築する必要がある。政府としては言えないことを議員外交で伝えて可能性を探り、政府と協力して成果を引き出す戦略だった。

 日本政府との連携、役割分担についてはアントニオ猪木議員は予算委員会などで再三安倍総理に呼びかけていたが、安倍首相は極めて冷淡な反応だったことが残念でならない。

 日本政府の交渉窓口だった宋日昊(ソン・イルホ)朝日国交正常化交渉担当大使は党内序列では当時61番目。アントニオ猪木議員は政府の交渉窓口より遥かに力を持った外交担当者と交渉できる唯一の存在だからこそ、「猪木をもっと使ったらいいんだ!」との叫びを聞きながら、私も本当にもったいないと思った。

 湾岸戦争時、イラクでは日本人46人が人質となったのだが、その際に当時のサダム・フセイン大統領と交渉し、費用も私費で賄って彼らを救出したのは外務省でも時の政府でもなく、アントニオ猪木議員だったではないか。

 米国とイランの関係を緩和する『安倍仲介外交』は何の成果もなかったが、相手政府だけではなく、あらゆるルートを駆使して可能性を探るのが本来の外交の姿であろう。政治は結果責任であり、猪木外交が拉致被害者救出という結果を出せていないことについては、この試みは未だ道半ばというしかない。しかし引き続き、今度は国会議員という縛りのない中で、このライフワークに取り組んでもらいたいと思う。

2.キルギスーペレストロイカ・ボクサーとの再会

 私は20代の頃、協栄ボクシングジムに通っていたことがある。一緒に練習しながら旧ソ連出身のユーリ・アルバチャコフ、そしてオルズベック・ナザロフが世界チャンピオンに昇り詰める様子をそばで見ていたが、彼らはアントニオ猪木議員が『ペレストロイカ・ボクサー』として招いたボクサーだった。ソ連が崩壊し、素晴らしい才能を持ったボクサーの活躍の機会がなくなってしまっていたが、彼らにチャンスを与えたのがアントニオ猪木議員だった。

 2010年夏、10月に行われる選挙監視活動を効果的に行うためのリサーチでキルギスを訪問した時、私はオルズベック・ナザロフ氏に再会した。彼はキルギス共和国初の世界チャンピオンとして国民的英雄だった。その彼が「日本に帰ったら是非、猪木さんにお礼の気持ちを伝えて欲しい。あの時チャンスをもらえなかったら今の私はなかった」と切実に訴えてきた。

 その時は、同じ日本人というだけではアントニオ猪木氏と連絡が取れるわけもなく、私からは伝えようがなかったが、その後、何と同じ国会議員として議員外交のパートナーになった。

 様々な議員外交に取り組む中、満を持してオルズベック・ナザロフ氏のことを猪木議員に伝えたところ、「是非、行きましょう」と同意してくれた。タイミングを図っているうちに私は落選し、衆議院議員ではなくなってしまったが、2015年5月、私が実行委員長として第1回大会開催に奔走したキルギス・シルクロード国際マラソンの第4回大会に参加してくれたのだ。貴重なGW期間中、世界中から招待される中、すでに国会議員ではなくなっていた私の求めに応じて、首都ビシュケクからも遠く離れたイシククル湖畔まで来てくれたのは、まさに、人のつながりを大切にする猪木議員らしい判断と行動力だったと思う。

 「先生、一緒に議員外交の本を出しましょうよ」首都ビシュケクに戻った時、猪木議員は提案してくれた。「私が本を出せば必ず買う読者がいますから、私で良ければ少しでも先生の力になりますよ」

 アントニオ猪木議員は、企画書を一緒に考えたり、一緒に出版社を当たったりしてくれたが、この提案は未だに実現していない。猪木議員が国会議員を引退し、もう少しフリーに活動・発信できるようになれば、是非、実現したい私の夢だ。



スリランカのテレビ局でインタビューを受け平和外交とジャヤワルダネ元大統領の思想について語る(2014年)


北朝鮮に向かう途中の北京で作戦会議(2014年7月)


姜錫柱(カン•ソクジュ)書記との会談後


第1回キルギス・シルクロード国際マラソンでオルズベック・ナザロフ氏と(2012年5月)


第4回キルギス・シルクロード国際マラソンのレース後、オルズベック・ナザロフ氏と(2015年5月)


第4回キルギス・シルクロード国際マラソンの子どもたちの駅伝大会で(2015年5月)


『闘魂外交』に自筆のサイン(2014年)


衆議院選挙を前に詩を頂く(2014年12月)


スリランカでの宗教行事に招待される(2014年)


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国民の不安に向き合うのが政治の役割ー不都合な事実から目を背けるな

2019年06月20日 22時58分23秒 | 政治

 明日は立憲民主党枝野幸男代表を岐阜県に招いての演説会を行います。今日は明日の告知を目的に、梅村慎一参議院候補予定者とともに街頭演説を行いました。

 日時:6月21日(金) 開演:18時45分
 場所:岐阜市文化センター 小劇場

 私は2007年の第一次安倍政権での5000万件もの『消えた年金』を例に挙げ、野党であっても政策を実現できることをお話ししました。安倍政権は12年前も「国民を不安にさせる」ことを理由に情報開示を拒みましたが、国民の激しい怒りが当時の民主党を後押しし、参議院選挙で勝たせて頂きました。与野党を超えてこの問題に取り組む状況を作り出し、3000万件余りが明らかになった結果、2兆6000億円もの年金を本来受け取るべき方々にお支払いすることができました。

 国民生活の実態を見ようとしない安倍政権。国民の不安と向き合う政治に変えさせるためにも、国会でまっとうな議論が成り立つ議席を得られるように頑張らなくてはなりません。

 先日路上で聞いたのは子どもたちの間では『スタンスが異なるので受け取らない』という言葉が流行っているらしいということです。誰だって自分のスタンスと異なる方針で悪い点数をつけられた成績表は受け取りたくないし、自分のスタンスと異なる人だからと借金の支払いを拒否できたら、こんな楽なことはありません。

 公的年金以外に2000万円の蓄えが必要とする金融庁の報告を、政府のスタンスと違うと受け取らない政府の対応に国民が不安を感じるのは当然です。しかし、私は、この問題の本質は、安倍政権が国民の不安の本質を見ようとしないこと、不都合な真実でもなかったことにすれば、それで事が済むと考える傲慢さだと思っています。

 そもそも年金制度が実質破綻しているのはとっくの昔にわかっていること。だからこそ、その事実に正面から立ち向かい、解決のために与野党を超えて知恵を絞る政治に変えていきましょう。







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草の根民主主義のグローバルな連携を-香港200万人デモの衝撃

2019年06月20日 22時27分38秒 | 政治

『逃亡犯条例』改正案に対して200万人(主催者発表)の香港市民が反対の声をあげている。刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にするこの条例は、香港返還時に中国が約束した高度な自治と一国二制度をないがしろにするものだ。

中国は国中に張り巡らせた監視カメラで、顔認証技術を使って国民を監視している。デモに参加するのは命懸けの行為でもあるが、その中で工夫を凝らし勇気ある行動を続ける香港市民には連帯の気持ちを伝えたいと思う。

香港のデモについては、台湾のひまわり学生運動、5年前の雨傘運動からの流れとして注目してきた。この条例は中国本土のみならず、台湾、香港におよぶ支配体制を作ろうとする試みだからだ。2014年3月、台湾と中国の経済自由化を促進するための『両岸サービス貿易協定』に反対する台湾のひまわり学生運動に参加した時は、市民と一体になってのモラルの高い運動に感銘を受けた。何より驚いたのは学生たちのモラルの高さ。人々に埋め尽くされた路上にはゴミ一つなく、あちこちで分別を呼び掛ける学生たちによって、路上はデモの前以上にきれいに清掃されていた。座り込みをしながらも一生懸命本を読む学生も多く、私がインタビューした学生の中には医学書を読む医大生のグループもいた。「台湾を救うためにここにいるのだ」との高揚感が伝わってきた。

https://blog.goo.ne.jp/xday0321/e/7036e99fc01e223c5793a2a34c8716ed(『若いハートが変える社会ー台湾のひまわり学生運動から改めて学ぶ』)

市民による草の根運動は国際的に相互に連携し、様々な学びを得てきた。人口約750万人の香港の人口のうち200万人が参加している事実は重い。アメリカやEUなどが懸念を表明する一方で、日本は沈黙を守ったままなのも情けない限りだ。

林鄭月娥行政長官は市民の理解が得られない限り改正作業を再開しないと表明したが撤回しない限り市民は納得しないだろう。しかし、行政長官自身には撤回も辞任もする権限もないのが現実だ。市民が実質的に中国の政治を動かす様子を見られるとすれば画期的なことだし、まさに草の根民主主義の勝利である。私たちも市民の力を信じ、草の根民主主義を掲げる世界各国の勢力とも連携し合って理想の社会を目指していきたい。

写真はJorge Silva/Reuters(最初の1枚)、South China Morning Post(2枚目、3枚目)から引用









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そもそも安倍総理に『仲介者』としての可能性があったのか?ーイラン訪問

2019年06月14日 18時35分52秒 | 政治

 安倍総理は米国とイランの『仲介役』として、ロハニ大統領、最高指導者ハメネイ師と相次いで会談した。両国の対立の構造的な要因もあり、もともと各国の期待が高かったわけではなかったが、ハメネイ師には米側との対話を即座に否定されるなど、『会談した』ということ以外には全く成果を挙げることはできなかったようだ。

 戦争を回避するための仲介というのは、本来はもっとも価値のある外交交渉だと思う。

 私は日本にはこの点において大きな可能性があると考え、インドネシアのアチェ和平で大きな成果を挙げノーベル平和賞を受賞したマルティ・アハティサーリ元フィンランド大統領を国会に招き、鳩山由紀夫元総理などとともに仲介外交について、具体的な手法などをヒアリングしたことがある。仲介者は徹底して中立であること、また双方が受け入れ可能な提案を行う権限を持っていることが必要条件になるが、そもそもイラン側は、安倍総理はトランプ大統領に追従するだけのメッセンジャーボーイと見ているに過ぎないことが改めて浮き彫りになった。これでは交渉にならない。

 アハティサーリ元大統領がアチェで仲介役を果たす過程では、紛争当事者双方に信頼を築いているユハ・クリステンセン氏など、交渉に向けて徹底した準備を行う有能な人物の存在があった。しかし、日本側はハメネイ師に影響力のある宗教指導者との信頼関係を築いているとは言い難い。そもそも、トランプ大統領が一方的にイラン核合意から撤退し、核合意を守っているイランに経済制裁をしているのだ。この矛盾をトランプ大統領に直言し、イランが受け入れ可能な対応に改めさせる力を持つ人物でなければ仲介などできるはずがない。

https://blog.goo.ne.jp/xday0321/d/20111126 鳩山vsアハティサーリ会談の意義-国際紛争の調停者としての日本を目指すために(阪口直人ブログ『心にかける橋』)

 私は2002年のアフガニスタン大統領選挙の支援活動でイラン国内のアフガニスタン難民キャンプを担当したことがある。この際に通訳やドライバーを務めてくれた方はもともと空軍のパイロットたちだった。今も私の家にあるペルシャ絨毯をプレゼントしてくれるなど尋常ではホスピタリティを発揮してくれた好人物だったが、彼らは断言していた。

「アメリカは必ずイランを攻めてくる。イラクとアフガニスタンで戦争を起こして親米政権を作ったのは最終的にイランの石油をターゲットにしているからだ。戦争の理由なんて何とでも作るだろう」

 彼ら自身は決して戦争を望んでいるわけではなかった。しかし、イランの石油が早かれ遅かれ米国によるイラン攻撃の要因になると極めて冷静に分析していたのが印象的だった。

 今回の『仲介』が参議院選挙に向けた国内パフォーマンスが主目的であり、国際社会における日本の仲介外交の将来の可能性を失わせるものになるとすれば非常に罪深いものと言わざるを得ない。

 ノーベル平和賞受賞者・アハティサーリ元フィンランド大統領を囲んで

 イラン国内のアフガニスタン難民キャンプにて

 大統領選挙に向けてトレーニングを積む投票所監理要員と

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立憲民主党・岐阜県第3区の総支部長として承認されました

2019年06月04日 23時45分46秒 | 政治

 今日、立憲民主党本部で常任幹事会が開催され、岐阜3区の総支部長として承認を頂くことが決まりました。

 5月18日の岐阜県連の常任幹事会で党本部への公認申請が決定され、各社新聞報道もされていました。この間は関係者、支援者の方々への挨拶まわりや様々な準備を行っていましたが、これからは国政復帰を目指して本格的な活動を行っていきます。(写真は5月19日の毎日新聞です)

 立憲民主党は日本で初めて『草の根民主主義』を掲げる政党です。奇しくも今日は天安門事件から30年。キヤノン株式会社で中国やソ連・東欧への輸出事業に携わっていた私は、命懸けで自由を、民主主義を求める人々の姿に接し、そんな人々をサポートすることを一生のテーマにしたいと決意。11月9日のベルリンの壁崩壊でその思いは確かなものになりました。その後、カンボジアやモザンビーク、ボスニア・ヘルツェゴビナなどの紛争地域での民主化支援という活動に飛び込みました。

 民主主義の基本はひとりひとりを大切にすること。衆議院議員としては、何より憲法の平和主義を守る考えに立ち、多様性を力にする、全ての人に公正にチャンスが開かれた共生社会を実現する。そんなテーマでに取り組んできました。政治は、みんなの希望をつくる道具。全ての人に居場所と出番がある温かい社会を作るため、そして、一部の人だけが恩恵を被る社会からみんなが希望を持てる社会に改革するため、力を合わせましょう!

 

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『原発の是非を問う国民投票』を野党の共通政策に!

2019年05月03日 16時25分32秒 | 政治

 このGWは、政策の勉強として、数多くの本を読むことにしています。『原発国民投票をしよう!-原発再稼働と憲法改正(飯田泰士著 えにし書房)』という本を読んでいたら、安倍総理に対して原発の是非を問う諮問型国民投票の実施について問いかけた衆議院予算委員会での私の質疑(2014 年2月3日)が詳しく引用され、この本はまさに私の質疑をベースに国民投票の在り方や、安倍総理の答弁の矛盾点について法学的な原則を踏まえた検証がされていることがわかりました。思いがけず自分の名前が出てきたので驚きましたが、興味深く読み終えました。

 私自身は、東日本大震災に伴う原発事故の被災地に何度も入ってヒアリングやボランティア活動を続けた結果、私たちが原発を完全に制御する術を持たない以上、原発に依存したエネルギー政策は改めるべきとの考えに立ちます。そして、全国民の生命、そして未来を大きく左右する原発政策については、国民ひとりひとりが熟考し、それぞれの場合のメリットとデメリットを理解した上で、自ら一票を投じて未来を選択する。このような機会を作る政治の挑戦があっても良いのではと考え、原発の是非を問う国民投票の実施について提案をしました。人を選ぶ選挙とは異なり、ひとつの政策について様々な角度から検討し、議論し、自らの判断で投票する国民投票は、国民の政治参加の意識を高め、民主主義を鍛える効果があることが、諸外国においても実証されているからです。

 ところが安倍総理は、国民に選ばれた国会議員が政策の決定を国民投票に委ねることは、自らの責任を放棄する危険性につながるとの答弁でした。エネルギー政策については、専門的知識や深い洞察が必要であり、各選挙区で国民によって選ばれた議員が、国会において議論をしながら判断していくべきというのが、予算委員会で示された安倍総理の基本的な考え方です。

 国民の代表として、たゆまぬ自己研鑽によってより深い知識と洞察力を磨き、国会での議論によって政策をより良いものにしていくのが議員の責任であることには異論はありません。しかし、本当に、専門的な知識と洞察だけが判断基準なのか?電力会社から多額の政治献金を得ている国会議員も沢山います。私が質問した日の朝日新聞1面には、原発を抱える各電力会社は、2006年以降、原発再稼働を主導する甘利明経済再生相のパーティー券を水面下で分担して購入してきたことが分かったと報道されていました。平均的な年間購入額は数百万円とみられ、各社の1回あたりの購入額を政治資金規正法上の報告義務がない20万円以下に抑えるという法律の抜け道を利用し、資金源の表面化を防ぐ狡猾な方法です。

 また、憲法改正は国民投票によって決まりますが、安倍総理が言うように国民はエネルギー政策については専門知識や洞察は持っていないとした場合、では、憲法については専門知識や洞察力を持っているのか?何を根拠にそのように判断し得るのか?という矛盾が露呈することになります。

 民主主義が完璧な制度とは思いませんが、自分たちの未来を自分たちで真剣に考え、議論することは、民主主義の可能性を引き出すことにつながります。私は、情報が十分に開示され、権力によって不当な圧力をかけられたり情報操作されることがなければ、日本国民はより良い判断をする知性を持っていると考える立場を取ります。

 私は、民主党政権下でこそ、原発の是非を問う国民投票を行うべきであり、その実現のために自分に何ができるかを考え続けていました。当時の民主党政権は、国民への約束であるマニフェストの実現が十分にできていないこと、政権交代時には触れていなかった消費税増税を行う方向であること、また震災時の原発事故対応などについて大きな批判を受けていました。そうならざるを得ない困難な事情もありましたが、「政権交代に期待した国民の声が伝わっていない」という厳しい声が多く寄せられていました。当時、報道各社の調査では原発の未来を国民投票で問うことについては過半数を大きく超える支持が示されていました。
 
 原発の是非を問う国民投票という国民が望む政策を、文字通り国民参加型で行うことで、政権交代に期待した人々の思いに応える可能性を見出せるのではと考えました。

 従って私は、まずはこの方向で全力投球すると宣言し、首相を選ぶ民主党の代表選では私の提案を受け入れてくれる候補者を応援することを決め、2012年の代表選を前にした9月には、国会内で代表選挙の候補者の方々にも参加してもらって中高生を招いての討論会を行いました。代表選挙の結果、民主党政権では実現できないことがわかったので、当時、脱原発の急先鋒であった橋下徹代表が率い、大阪都構想を住民投票により実現することを目指していた日本維新の会と民主党が連携して実施できないものかと新たな可能性を探りました。
 
 再び自民党政権になり、チャンスが遠のいたかに見えましたが、細川護熙元首相と小泉純一郎元首相が脱原発を掲げて臨んだ東京都知事選挙が行われていたこの機を逃してはならないとの思いで予算委員会での質問になったのでした。その後、日本維新の会は原発輸出に関する考え方の違いで分裂。私も議席を失いましたが、次の国政選挙では、野党勢力の共通の公約として、原発の是非を問う国民投票の実施を掲げ、国民とともにストーリーを描いていく戦略で臨んで欲しいと思います。特に立憲民主党には期待しています。

 これまでにブログなどで発信していた原発の是非を問う国民投票実現に向けての私の取り組みについて、添付しておきます。

予算委員会で原発政策などについて安倍総理に質問
2014年02月03日
https://blog.goo.ne.jp/xday0321/e/5319b8b7442bb47971359adf8b274539

① 民主党代表選挙-『国民投票』実施を約束してくれた候補を支援
2012年09月12日 23時52分00秒 | 政治
https://blog.goo.ne.jp/xday0321/e/0cdd4261de51a181bb4c7aac44418793

② 大切なことは国民投票で決めていいのか!?中高生ディスカッション

2012年09月01日 23時57分05秒 | 政治
https://blog.goo.ne.jp/xday0321/m/201209

④ 大切なことは『国民投票』で決めよう!-原発、そして日本の未来について中高生が国会で議論します
2012年08月23日 13時53分11秒 | 政治

https://blog.goo.ne.jp/xday0321/e/80e6d7e648894d32369bca7881ba1229

⑤ 原発の在り方を問う「国民投票」を!
2012年07月15日 01時29分10秒 | 政治

https://blog.goo.ne.jp/xday0321/e/6e201a08d599e2f216ff793ec63ff2e5

⑥ 未来のエネルギー政策における原発の在り方を問う「国民投票」を
2012年05月31日 19時11分09秒 | 政治

https://blog.goo.ne.jp/xday0321/m/201205








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衆議院議員・阪口直人が主人公の小説『大接近2020』が出版されました

2019年05月01日 22時59分39秒 | 政治

 今日から令和が始まりました。GWはできる限り読書をしたいと考えていますが、衆議院議員・阪口直人が主人公の小説『大接近2020』がアマゾンから電子出版されました。

 人類滅亡の危機が迫った時、政治に何ができるのか?政治家はどのような心構えで未曽有の難局に立ち向かうべきなのか?そんな問いを自分自身に投げかけながら、あっという間に読んでしまいました。

 人類を脅かす太陽系の惑星ニビルの接近によって、甚大な自然災害が頻発する地球。情報を独占し、我先にと逃げ出そうとする権力者や大国の指導者に対して、日本が進むべき道はどうあるべきかという問いに、痛快なラストの展開は明確にあるべき方向性を示しているように思います。

 宇宙規模に展開するストーリー。ダイナミックな発想力で読者を惹きつける筆力は圧巻です。火星に巨大な宇宙船を作って移住し、人類の絶滅を防ぐという大義で自分たちだけは助かろうとする米国大統領の目論見は無惨な結末を迎えます。一方、自分たちは地球にとどまり、より多くの普通の日本人や、世界中の、特に発展途上国の人々が身を守れる方法を考え出し、産業界も巻き込んで奔走した主人公、そして仲間が人類の未来への可能性を切り拓いていくというラストにも希望を感じます。

 政治家というのは本来、無私の心で、人種や貧富の差に関係なくみんなの未来を守るのがそのミッション。そして、より弱い側に寄り添い、声なき声を聞く共感力が特に重要だと思います。主人公の阪口直人衆議院議員は、そのような優れた資質と人間性を持った人物として、あるべき政治家像を示しているようにも思います。

 …とここまで書いていて、大変面映ゆく思うのは、気鋭の小説家でもある作者の瀬比亜零氏は、実は小学校時代の友人で、このストーリーはどうやら私をモデルに書いたものだからです。このストーリーは2年前、41年ぶりに再会した時に着想したとのこと。思い出話に花を咲かせただけの飲み会がこのような果実を生み出すことになりました。

 私自身がモデルに相応しいかどうかは、これからの人生、そして政治活動において答を出していかねばと少なからずプレッシャーも感じています。一方、地球の救世主になれるか否かという活躍をする割には、友人たちに引き摺られるように関西のおっちゃん然としたキャラクターとして描かれています。自分たちだけが助かろうとする権力者たちが独占していた情報を知ってしまったゆえに陰謀に巻き込まれ、2度にわたって襲撃を受けて一度は女性のボディガードに助けてもらうなど、颯爽としたカリスマ政治家からは程遠いキャラクターです。個人的には納得できないところではありますが、信念を貫く粘り強さなど、この主人公から学ぶことは多々ありました。

 瀬比亜零氏は2014年に『ブレークダウン』という作品を出版しています。巨大彗星の襲来とオゾン層の破壊によって地球が滅亡する危機に立ち向かう主人公は、坂口直友という内閣総理大臣。自転車に乗って人々と対話を続けるスタイルを含め、彼も私にとても良く似たキャラクターです。地球の危機に指導力を発揮する総理大臣の姿を通して、人としての真価が問われる局面での生き方について問題提起する小説です。経済発展至上主義がもたらす代償は未来の世代が払わなくてはならないと現実に警鐘を鳴らしているこの作品は、『大接近2020』とは姉妹作品として読むことも可能です。

 『ブレークダウン』を書いている時点では40年近く瀬比氏とは接点がなかったのですが、彼は私のブログや著作を読み込んだ上で、役作りをしてくれたようです。全く取材を受けたわけではなく、内容について事前に知らされていたわけではないので、こちらも瀬比亜零氏の創作です。

 どうやら、今後の作品にも私をモデルとしたキャラクターを登場させるべく、構想を練っていくようです。「次はもっとカッコ良く書いてね」と言う言葉を呑み込み、新たに想像力、構想力をインスパイアする政治家にならねばと自分を奮い立たせているところです。次回は、私の専門分野である平和構築や人道支援などの分野にもフィールドを広げるとのこと。楽しみに待つことにしましょう。

 『大接近2020』には、主人公が人類全体を救いたいとの考えを持つに至った経験として、私の著書『心にかける橋(学陽書房)』の文章が数多く引用されています。1992~1993年にかけて国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)において、実質は内戦状態だったカンボジアで平和構築に奔走した当時の仲間も沢山登場します。活動中に襲撃を受けて亡くなった中田厚仁氏、私の通訳だったソバーン氏も登場します。ソバーン氏は、現在は災害対策委員会というカンボジア政府機関の高官になっていて、まさに、カンボジア人の生活を災害から守るために活躍しています。

 現実の人間の営みと、地球規模、宇宙規模の世界がダイナミックに交錯する世界を描く気鋭の作家・瀬比亜零氏からは今後も目が離せそうもありません。








下記は『大接近2020』に登場する実在の人物の写真です。

国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の一員としてカンボジア・ラタナキリ州で活動する阪口直人


阪口直人の通訳だったソバーン


UNTACでの活動中に銃撃を受け殉職した中田厚仁


クメール語の先生だったポーリン


23歳の校長先生、キャサリン
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統一地方選挙を終えてーともに闘う仲間が次々に当選

2019年04月23日 01時38分33秒 | 政治

 統一地方選挙が終わりました。

 自民党王国と言われる岐阜県において、分厚い壁を破るために一緒に闘う仲間を増やせたという意味において大きな成果があったと思います。

 岐阜3区においては、私が応援した新人2人、元職2人の全員が当選しました。

 前半の県会議員選は、各務原選挙区から6選を目指す伊藤正博氏の無投票当選と予測されていたため、合区になった関市、美濃市選挙区から立候補した林幸広氏の県政復帰に全力を注ぎました。2月から連日一緒に地域を歩き、多くの方々と対話をしました。

 選挙戦になってからは、その時々でやるべき最善は何かを考えながら、来客対応を中心に、時に街宣車を追いかけて、一緒にマイクを握りました。自民党現職3人が議席を独占する状況は何が何でも打破しなくてはならないとの思いが通じ、169票差で一角を崩すことができたのは、本当に意義のある勝利だったと思います。

 岐阜市は旧柳津町だけが3区になるのですが、応援依頼を頂いて何度かマイクを握った立憲民主党の渡辺嘉山候補が2位で6度目の当選を決めた一方、国民民主党から立候補した太田まさひさ候補は議席を失うことになってしまいました。お二人同時の当選を願っていただけに本当に残念でなりません。

 統一地方選挙の後半戦は、岐阜3区の野党系、市民派、働く人の側に立てる候補、特にまだ支持基盤が確定していない新人や元職の方々のために微力を尽くしたいとの思いで駆け回りました。

 応援した羽島市議選の川柳まさひろ候補、岐阜市議選の小森忠良候補、関市議選の林ひろゆき候補、美濃市議選の松嶋哲也候補、皆さん、立派な成績で当選され、心から嬉しく思います。

 昨夜は川柳まさひろ候補の、築120年の古民家であるお宅に上がり込み、支援者や、ウグイスも務められたお母様と一緒に開票の様子を見守りました。元気いっぱいだったお母様が当選の知らせに座り込んでしまった姿に、子を思う親心を感じました。

 次は参議院選挙。そして衆議院選挙も決して遠くはありません。選挙準備モードに徐々に切り替え、次の衆議院選挙で議席を頂けるように最善を尽くしていきたいと決意を新たにしています。


















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