もしも,この世界からビートルズの存在がなくなってしまったら。リチャード・カーティスの脚本は,監督を務めるダニー・ボイルの「28日後…」シリーズ路線を補助線として,ビートルズの楽曲をBGMにリアルな異世界を構築してみせる。「ボヘミアン・ラプソディー」と「ロケットマン」という,先行して公開された音楽映画の足跡を丹念に辿りながら,慎重かつ大胆に大衆音楽における史上最高のグループにリスペクトを捧げつつ,夢のような時間を作り出した手腕は,手練れのボイルならでは。平均年齢の高い観客層ながら週末ランキングでベストテンに入るという快挙を成し遂げたことも含めて,心躍る奇跡と敬意を表したい。
期待していた「ロケットマン」が,ミュージカルとしてもエルトン・ジョンの音楽を楽しむ伝記映画としても不出来に終わった最大の理由だった「音楽がオリジナルじゃない」という要素を排除するために使った,世界でたった一人だけビートルズを知っている売れないミュージシャン,という設定が見事にはまっている。才能があるとは言えないフォークシンガーのジャックが,まったくのオリジナルでもなく,かといって極端に印象が異なるアレンジでもなく,ただ素直な弾き語りでビートルズの曲を歌ってみたら,楽曲の力だけでスターになってしまった。そんなシンプルな粗筋を衒いのないオーソドックスな演出で映像化しただけなのに,こんな夢のように楽しい時間が生まれてしまうこと自体が,まさに映画の持つマジックなのだということを痛感させられる。
オーソドックスと言っても,世界規模の停電によってこの世界からビートルズが消えてしまったことを示唆するエピソードとして「何故64歳なの?」とジャックの恋人エリーが尋ねたり,エド・シーランを本人役で巧みにフィーチャーさせるなど,小技はあちこちにちりばめられている。モスクワとリバプールでジャックを密かに追跡する謎の壮年の男女が現れて,奇跡が完璧ではなかったことを示しつつ,秘密の暴露というミステリアスな要素を水面下で機能させることで,ジャックとエリーの恋というメイン・プロットを立体化させる脚本の巧みさは「ラブ・アクチュアリー」を遥かに凌ぐカーティス畢生の仕事だろう。
他にも消えたアーティストはいないかと検索するジャックが,オアシスも消えていることを確認する一方,チャイルディッシュ・ガンビーノを探して安心するプロットなど,笑えるエピソードも満載。大団円で使うアイデアが,「はじまりのうた」で使われたものと同じなのには少々腰が砕けたが,リリー・ジェイムズの可愛さがそれを補って余りある。ビートルズ世代だけではなく,若者も今すぐ劇場へ。
★★★★☆
(★★★★★が最高)
期待していた「ロケットマン」が,ミュージカルとしてもエルトン・ジョンの音楽を楽しむ伝記映画としても不出来に終わった最大の理由だった「音楽がオリジナルじゃない」という要素を排除するために使った,世界でたった一人だけビートルズを知っている売れないミュージシャン,という設定が見事にはまっている。才能があるとは言えないフォークシンガーのジャックが,まったくのオリジナルでもなく,かといって極端に印象が異なるアレンジでもなく,ただ素直な弾き語りでビートルズの曲を歌ってみたら,楽曲の力だけでスターになってしまった。そんなシンプルな粗筋を衒いのないオーソドックスな演出で映像化しただけなのに,こんな夢のように楽しい時間が生まれてしまうこと自体が,まさに映画の持つマジックなのだということを痛感させられる。
オーソドックスと言っても,世界規模の停電によってこの世界からビートルズが消えてしまったことを示唆するエピソードとして「何故64歳なの?」とジャックの恋人エリーが尋ねたり,エド・シーランを本人役で巧みにフィーチャーさせるなど,小技はあちこちにちりばめられている。モスクワとリバプールでジャックを密かに追跡する謎の壮年の男女が現れて,奇跡が完璧ではなかったことを示しつつ,秘密の暴露というミステリアスな要素を水面下で機能させることで,ジャックとエリーの恋というメイン・プロットを立体化させる脚本の巧みさは「ラブ・アクチュアリー」を遥かに凌ぐカーティス畢生の仕事だろう。
他にも消えたアーティストはいないかと検索するジャックが,オアシスも消えていることを確認する一方,チャイルディッシュ・ガンビーノを探して安心するプロットなど,笑えるエピソードも満載。大団円で使うアイデアが,「はじまりのうた」で使われたものと同じなのには少々腰が砕けたが,リリー・ジェイムズの可愛さがそれを補って余りある。ビートルズ世代だけではなく,若者も今すぐ劇場へ。
★★★★☆
(★★★★★が最高)