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映画「チェイサー」:後味の悪さ抜群の傑作

2009年05月10日 21時51分09秒 | 映画(新作レヴュー)
何年か前,まだ韓流ブームが起こる遙か以前,「シュリ」が話題になった後くらいだったと思うが,連続殺人事件を題材にした「カル」という韓国映画が公開された。直接的な暴力シーンは少ないのに,正に鮮血飛び散る,という表現がピッタリ来る画面作りが印象的だったが,話題の韓国映画「チェイサー」に出てくる薄汚れた浴室が漂わせる空気は,それを遙かに凌駕するおぞましいものだった。そしてそんなおぞましい場所を舞台にした,身も凍るような一夜の殺人捜査劇を,重量感あるスリラーにまとめ上げたナ・ホンジンは,先に挙げた作品の作り手や,本作と比較されている「殺人の追憶」のポン・ジュノなど,先人が築き上げてきた土台をしっかりと踏みしめて,新人監督とは思えない程の高い跳躍を見せた。

異常な性格と性行を持ち,警察の杜撰な捜査の網をかいくぐって殺人を続ける犯人と,売春婦の派遣業を営みながら,犯人に売られたと思いこんだ女を必死になって探し続ける警察上がりの男との,文字通り血が滲むような「追跡」劇だ。
丸一日という限られた時間に,詰め込まれたものは多い。中でも,体面に拘り,柔軟な対応が出来ないまま,結果的に殺人を看過し続けてしまう警察に対する舌鋒は鋭い。「グエムル-漢江の怪物」もそうだったが,そういった要素を娯楽映画の「娯楽」たる部分を強化する方向に機能させる術を,韓国映画は知り抜いているような印象を受ける。

冒頭の浴室における犯行シーンや,犯人を追って,若くはない主人公が肩で息をしながら路地を走り続けるシーンなど,画面の尋常ではない迫力もさることながら,話を動かすための小道具としての携帯電話の使い方が巧みで,緊張感を持続させる術を心得た繊細な演出は,心憎いばかりだ。

出演者では,犯人を演じるハ・ジョンウの造形力が凄かった。気弱さと陰湿さと傲慢さと猟奇的性向が共存する男を,冷静に定規で測ったような正確さで立体化して見せた技術は,刮目すべきものがある。
また魔の巣窟から何とか逃げだそうと必死の努力を続けるミジン役のソ・ヨンヒの美しさも映画の推進力の一つになっている。70年代の日活ロマンポルノに出演していたとしたら,確実に人気を博していたであろう陰のある横顔は,けなげで薄幸のシングルマザーに完璧にフィットしていた。

有無を言わせぬ迫力に満ちた導入部から,ミジンの一人娘の可愛らしさが,理由のない狂気が跋扈する都会の恐ろしさを増幅させるラストまで,文字通り一気に見せる傑作だが,再見するにはエネルギーが必要だ。しかしこの後味の悪さも含めて,確信犯としか言いようのない監督の力量は,紛れもなく本物だ。出来ることなら,黒澤明の感想が聞きたいところだ。
★★★★☆


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