子供はかまってくれない

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映画「ムーンライト」:孤独と救いと月明かり

2017年04月15日 11時37分42秒 | 映画(新作レヴュー)
アカデミー賞作品賞発表時の大混乱は,ひょっとしてセレモニー全体に溢れていた政権批判への意趣返しとして,トランプ側が仕組んだものではなかったのか。何年か後に,そんな顛末が映画化されることもあるのではないか。そんな風に思わせるほど,波瀾の展開を経て作品賞に輝いた「ムーンライト」だったが,作品自体はそんな騒ぎとはほど遠いクールなスタイルと,相反するような噴出寸前のマグマのように熱い思いを内包したシリアスなドラマだった。「ラ・ラ・ランド」と「ムーンライト」。作品賞取り違え事件の「主役」は,作風もテーマも感動の質もまったく異なる作品ながら,結果的にはアメリカ映画界の懐の深さを期せずして象徴する,傑出した2作だった。犯人扱いされてしまったボニーとクライド(フェイ・ダナウェイとウォーレン・ビーティー),ご愁傷様でした。

主人公の年齢に合わせて3章で構成される本作の脚本と監督を担当したバリー・ジェンキンスが落ち着いた色調の画面に描き出すのは,物語を進めるために必要最小限の情報のみ。同じく出演者に喋らせるのも,観客の想像力によって補うことが必要な台詞だけ。前章に登場していた人物の退場についても,大河ドラマで登場人物の死亡をナレーションによって告知する所謂「ナレ死」を更に進めて,一片の台詞で言及するだけ。
こうした,音楽も含めた映画を構成するあらゆる要素をミニマムなレヴェルに留めることによって,ドラマの骨組みを限界まで透徹させた結果,スクリーンには主人公の孤独と苦悩が,声は低くとも深く鮮やかに刻み込まれることになった。同じく月明かりを重要なモチーフとして使っているという点で,奇しくも因縁の間柄となってしまった「ラ・ラ・ランド」とはその色調や明度で,見事な対照をなしているのもまた運命と言えようか。

主人公シャロンを演じた3人の役者とその母ナオミ・ハリスの演技はどれも実に素晴らしいが,特にシャロンを見守る養父母のような役を演じたマハーシャラ・アリとジャネール・モネイが出色。新世紀のソウル・クイーンとして,以前からビヨンセよりも遥かに高く評価していたモネイが宿す,包容力溢れる眼差しは忘れがたい。

有色人種,移民,ゲイ,薬物。トランプ大統領が排除すべき標的として常に言及してきた要素を数多く取り上げながらも,決して声高ではない,しかし簡単には脅しに屈しないという強い姿勢と表現が,アカデミー会員の共感を得たという事実は,主人公の顔に初めて心からの安堵が浮かぶ幸福感溢れるラストシーンと共に,アカデミー賞の新たな歴史となった。
★★★★☆
(★★★★★が最高)


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