子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「音響ハウス」:13歳の少女が引き継ぐ素晴らしき職人芸

2021年02月11日 11時25分28秒 | 映画(新作レヴュー)
映画の冒頭,スタジオ機器のメンテナンスを担当するエンジニアが「職場」である「音響ハウス」に「出勤」してくる姿が映し出される。毎日同じ時間に仕事を始め,同じ時間に帰る。日々クリエイティブな作品を産み出す現場を支えているのは,こうしたプロフェッショナルである,と最初に宣言することで,映画「音響ハウス」は「お仕事ムービー」としての性格をどーんと打ち出す。アーティストの頭や心に浮かんだアイデアやインスピレーションを,リスナーに届けるために彼らが呻吟するプロセスと,その過程で欠くことの出来ない職人芸が矢継ぎ早に繰り出される,音楽ファンにとっては至福の99分だ。

1974年の設立ということは,日本のポピュラー音楽史を俯瞰してみると「日本語ロック」の勃興期を少し過ぎた辺り。まさに今,SNSや配信の拡大によって世界にその名を轟かせている「シティポップ」の総本山と言っても過言ではないだろう録音スタジオ「音響ハウス」から飛び立っていった多くのアーティストの証言で綴られる音楽ドキュメンタリー。
サディスティックミカバンド時代の高橋幸宏から始まって,これからここを拠点に活躍していくであろう13歳のヴォーカリストHANAまで,数多くのミュージシャンが「音響ハウス」にまつわる想い出や体験を,次々に熱い思いを込めて語っていく。
良い音とは,と問われて「私にとって『良い音』としか言えない」と語りながら,HANAに歌唱指導をする大貫妙子の,40年近く変わらぬ崇高な空気感が際立つ一方で,「スタジオによって声は変わるんですよね」と極々当たり前のコメントを,さもミュージシャンぽく語るプロデューサーと元天才少女の夫妻が放つ俗物オーラの対照も,非常に面白かった。

加えて,たとえどんなに貴重な言葉であっても,関係者の証言インタビューだけで1本の映画が成り立つとは考えなかった監督の相原裕美が選んだ二の矢,すなわちギタリストの佐橋佳幸がスタジオ・ミュージシャンを集めてこのスタジオで新曲を作るという戦略がぴたりとはまる。佐橋のメロディに大貫が乗せた歌詞をHANAの透明な歌声が綴る「Melody-Go-Round」は,半世紀近いスタジオ歴史だけでなく,ジャパニーズ・ポップスの良質なエッセンスを湛えて軽やかに響く。銀座には高級な飲食店だけではなく,こんな空間もあるのですよ,政治家の皆さん。
★★★★
(★★★★★が最高)


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