今村夏子の小説が映画化される,と聞いた時,最初に思い浮かべたのは「監督はミヒャエル・ハネケが適任」ということだった。社会の不条理によって歪んでいく人間の心の闇と,それとは相反する一途な人間の強靱さ,といったモチーフを描くのにぴったりのディレクターは,「ピアニスト」のハネケを措いていないのでは,という単純な連想だった。
オーストリアに日本の芥川賞作家の名前が届いているかどうかは分からないが,蓋を開けてみると勿論そんなことにはならず,「日々是好日」の大森立嗣がメガホンを取ったのだが,天才少女と誉れの高い芦田愛菜を主役に迎えた「星の子」は,勝手に想像していたハネケ版の作品よりも,遥かに温かく柔らかな作品だった。
ちひろ(芦田愛菜)は,生まれてすぐに患った疾患の治療に,新興宗教が薦める「特別な水」を使って治癒した経験を持つ中学3年生。その霊験あらたかな水の力を信奉する両親(永瀬正敏,原田知世)は,その後もその宗教への信仰を持ち続け,結果的に経済的に困窮を極めていくが,ちひろは友達に囲まれながらすくすくと育っていた。そんな時,憧れの教師(岡田将生)はちひろの家庭の状況を知り,ついにはちひろへの怒りを教室で爆発させる。
作中の人物のキャラクターが一体どんなものなのかを推し量りながら読むのが醍醐味である今村夏子の小説の中でも,主人公の内面的な葛藤が比較的分かり易い形で物語に組み込まれている「星の子」は,映像化に最も適した作品だろう。そんな制作陣の見立ては,芦田愛菜以下,「言いたいことはあるけれど…」というニュアンスを湛えた俳優陣の抑制的な演技によって,充分に立体化されている。象徴的なのは,ちひろのことを「世間一般」という地点から,しかし真剣に親身になって心配する伯父の役を,本来なら拳を突き上げて謳い上げてしまう筈の大友康平が,拳をポケットにしまって静かに語りかける演技だ。「笑う警官」での見るも無惨な改悪の犠牲者からの,見事な復活だ。
物語の構成面では,世間から好奇の目で見られる両親を,ちひろが生後すぐに受けた愛情への恩返しの思いだけで,肯定し続ける展開にやや難があった。ラストで描かれる宇宙に通じる無償の愛を,しっかりとスクリーンに昇華させるには,両親との交流にもう一工夫が必要だったはず。
だがそんな欠点を,ちひろの同級生たちが見せる適度な距離感を保ったつきあい方が巧みに補っている。多様性の尊重という大きなテーマをそっと提出してみせた大森監督は,弟のナギサさんにも通じる包容力で,子供たちを包み込む。「日々是好日」に出演した樹木希林の達観が,ここにも静かに息づいているのかもしれない。
★★★
(★★★★★が最高)
オーストリアに日本の芥川賞作家の名前が届いているかどうかは分からないが,蓋を開けてみると勿論そんなことにはならず,「日々是好日」の大森立嗣がメガホンを取ったのだが,天才少女と誉れの高い芦田愛菜を主役に迎えた「星の子」は,勝手に想像していたハネケ版の作品よりも,遥かに温かく柔らかな作品だった。
ちひろ(芦田愛菜)は,生まれてすぐに患った疾患の治療に,新興宗教が薦める「特別な水」を使って治癒した経験を持つ中学3年生。その霊験あらたかな水の力を信奉する両親(永瀬正敏,原田知世)は,その後もその宗教への信仰を持ち続け,結果的に経済的に困窮を極めていくが,ちひろは友達に囲まれながらすくすくと育っていた。そんな時,憧れの教師(岡田将生)はちひろの家庭の状況を知り,ついにはちひろへの怒りを教室で爆発させる。
作中の人物のキャラクターが一体どんなものなのかを推し量りながら読むのが醍醐味である今村夏子の小説の中でも,主人公の内面的な葛藤が比較的分かり易い形で物語に組み込まれている「星の子」は,映像化に最も適した作品だろう。そんな制作陣の見立ては,芦田愛菜以下,「言いたいことはあるけれど…」というニュアンスを湛えた俳優陣の抑制的な演技によって,充分に立体化されている。象徴的なのは,ちひろのことを「世間一般」という地点から,しかし真剣に親身になって心配する伯父の役を,本来なら拳を突き上げて謳い上げてしまう筈の大友康平が,拳をポケットにしまって静かに語りかける演技だ。「笑う警官」での見るも無惨な改悪の犠牲者からの,見事な復活だ。
物語の構成面では,世間から好奇の目で見られる両親を,ちひろが生後すぐに受けた愛情への恩返しの思いだけで,肯定し続ける展開にやや難があった。ラストで描かれる宇宙に通じる無償の愛を,しっかりとスクリーンに昇華させるには,両親との交流にもう一工夫が必要だったはず。
だがそんな欠点を,ちひろの同級生たちが見せる適度な距離感を保ったつきあい方が巧みに補っている。多様性の尊重という大きなテーマをそっと提出してみせた大森監督は,弟のナギサさんにも通じる包容力で,子供たちを包み込む。「日々是好日」に出演した樹木希林の達観が,ここにも静かに息づいているのかもしれない。
★★★
(★★★★★が最高)