「前」 蕨市議会議員 おおしま公一活動報告

2015年5月31日。まさかの落選を果たした?「前」蕨市議会議員おおしま公一の修行の日々をお伝えしていきます。

佐倉市訪問

2012-04-12 13:30:00 | Weblog
民主党蕨市議団の2人で、千葉県佐倉市を訪問させていただきました。訪問先は、その名も「蕨」和雄市長。奇遇なこともあるものです。元々は、源頼朝を支えた千葉氏の家老を務めた家系だそうです。

訪問の目的は、災害時相互支援協定締結に向け、その感触を伺うことにありました。前の任期の最後に、一関市議が提案をしていたものです。蕨市としては、既に群馬県片品村と同様の協定を結んでおります。しかしながら、災害の発災は規模、種類、時期及び地域を問わずに発生をいたします。複数の支援協定を結んでおくことで、復旧・復興をより効果的に進めることができるとの趣旨から提案をさせていただきました。

訪問の趣旨を蕨市長(蕨市の市長ではなく、蕨という名前の佐倉市長)にお話しすると、支援協定の話題をかわきりに、佐倉市が先進的に取り組んでいる「ファシリティー・マネジメント(FM)」にも話が及びました。その管理が部署ごとに行われ縦割りの弊害が出ている、公共施設運営を一括して実施し、運営コストの削減を図る手法の様であります。また、市議会事務局にもお邪魔をし、佐倉市議会で行われている議会改革の取り組みについて事務局長様よりお伺いをいたしました。やはり、議会報告会の開催は不可欠との思いを新に致しました。FMの件は思わぬ収穫となりました。

支援協定についてはあくまで提案という段階かと思います。

市庁舎を後にすると、庁舎すぐ横の国立歴史博物館へ。石器時代から現代までの日本史をビジュアルとして認識することができる展示でありました。戦後の展示の中で、月刊誌「世界」の創刊号が。和辻哲郎、美濃部達吉・・・。私にとっては歴史上の人物が、戦後間もない論壇で力強く活躍する姿が見えてくるようでした。同じく月刊誌の「前衛」創刊号も。毛沢東の論文が掲載をされていました。彼の思想が戦後に想像以上にシンパシーを得ていたという事でしょうか。

お時間を割いていただいた蕨市長をはじめ佐倉市の皆様、そして突然の訪問に関わらずご対応いただきました佐倉市議会事務局の皆様、ありがとうございました。

<写真:「蕨」佐倉市長との一枚>