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映画「私というパズル」 ヴァネッサカービー

2021-01-22 12:31:24 | 映画(洋画:2019年以降主演女性)
私というパズルはNetflix映画


映画館で観たいのが少ないとNetflix映画で探す。気になるのがヴァネッサカービー主演の「私というパズル」だ。死産の後、夫婦に災難が続くという展開は好きな題材ではないが飛びつく。これは想像よりも良かった。一見の価値がある映画である。心理描写も見応えがあるし、カナダロケだという冬景色に馴染む音楽も実に適切なタイミングと音色だ。

映画が始まって出産を待ち望んだマーサ(ヴァネッサ・カービー)とショーン(シャイア・ラブーフ)のカップルの姿を映した後で、臨月のマーサが破水するシーンとなる。いきなりの出産シーンが一筆書きのように30分近く続くのに驚く。いつカットが入るのかと思いながら、自宅での出産を望んだ主人公夫婦とお産婆さんが奮闘する。

そもそものお産婆さんの代理できた女性だが、手際は悪くない。本来は病院に行かねばならないのであるが、マーサは強情だ。普通に聞こえてきた心音の調子が悪くなる。それでも、苦渋の表情の中で赤ちゃんが生まれ、小さな鳴き声が聞こえる。生まれた後が弱い。赤ちゃんは冷たい。異常に気づきやがて救急車がくる。


その後、落胆する2人を映す。死亡原因が特定されない。沈滞ムードが続く。2人の仕事にも張り合いがない。お墓の文字のスペリングで内輪もめ。妻の自分の母との関係は微妙、これまで何かあったのかあまり良くない。母親も変な女だ。夫もどこか変だ。家の中は洗っていない食器が散乱、観葉植物も水やりせずに枯れる。

世間では、お産婆さんへの魔女狩りが始まっているようだ。「え!何で?」という印象を持つ。別に悪いことしていないじゃない。でも、夫や妻の母親は親類の法律家(弁護士?)を通じて訴訟しようとしている。これっておかしくないと観ながら感じる。

そして気がつくと映画は法廷モノの要素を持ってくる。



この辺りはコルネル・ムンドルッツォ監督が観客への印象づけを意図的にやっていることなんだろうけど、徐々に引き込まれる。個人的な2015年日本公開のベスト映画ホワイトゴッドの監督だということに見終わった後に気づく。そうなんだ。この映画ホワイトゴッドは凄かった。あのレベルでつくれる人の映画であれば間違いない。でも、この映画をつくっているとは知らなかった。

1.ヴァネッサカービー
ヴァネッサカービーは昨年スターリン政権下のソ連を取材する英国記者が飢えた人々を見つける顛末の「赤い闇」で、肝になるニューヨークタイムズのモスクワ支局に勤める女性支局員を演じていた。魅力的な存在だった。今回の演技で、黒沢清監督が監督賞を受賞したヴェネツィア映画祭で主演女優賞を受賞している。ミッションインポッシブルでは重要な謎の女を演じて、これがまた色っぽい。次作にも登場する模様だ。


橋ゲタの現場監督の旦那を持つけど、ヴァネッサカービーのここでの役柄はインテリで自立した女である。自分というものを持っている。周囲が何を言おうが自分の道は自分で決める。それなので、自宅で子供を産むのにこだわる。途中でのお産婆さんを追求する動きにどう振る舞うかと思ったけど、最後に向けては素直に彼女に気持ちが同化できた。

2.絶妙な音楽
バックに流れる音楽がいいのに途中で気づく。肝心なところはむしろ無音だ。この主人公ヴァネッサカービーは雪景色が似合うクールビューティである。ヴァネッサと風景にピッタリのリリカルなピアノとストリングスを使い分け、ジャズピアノが入る場面もある。ハワードショア、「ロードオブザリング」でアカデミー賞音楽賞も受賞したことのある名作曲家だ。格が違う。

最後に向けて、リンゴの木の下でアレ?というシーンを映す。そこで流れるピアノとストリングスが併せ持ったピアノ協奏曲的エンディングは最後までずっと聴いていたい衝動に駆られた美しい曲だった。

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