映画とライフデザイン

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映画「ある画家の数奇な運命」 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク&ゲルハルト・リヒター

2020-10-03 11:25:11 | 映画(自分好みベスト100)
映画「ある画家の数奇な運命」を映画館で観てきました。

重厚感があり、実に見応えのある作品である。今年のナンバー1に評価していい!
大学の第二外国語がフランス語でドイツ映画は縁が遠い。でも直感で初日に行くことにした。美術家ゲルハルト・リヒターの若き日の物語に現代ドイツ史の出来事をかぶせる。


基調は美しい叔母への幼き憧れ、戦後知り合った妻への絶えなき愛である。その恋愛を軸にしながらナチスドイツの優生政策、戦後ソ連が強く関与する東ドイツの社会主義、ナチスの残党への追跡、ベルリンの壁による東西分断など現代ドイツ史の裏面を浮き彫りにしていく。

ゲルハルト・リヒター「何が事実で何が事実でないかはお互いに絶対に明かさないこと」を条件に取材に応じたとのことである。てっきり真実と妄想を交差させる幻想的なシーンとかがあるのかと思ったらまったく違う。硬軟とりまぜた重層構造でおいしいフルボディの高級ワインを飲んだような味わいがある素晴らしい映画となる。主要な出演者が若くてルックスがいいのもこの映画の大きな特徴である。 3時間の長丁場も退屈せずに見させる。傑作だと思う。

久しぶりに気に入った新作だったので、長めに振り返ってみる。
この後は映画を観ていない人は読まない方が良いです。(ネタバレあるので)

1937年のドイツドレスデン、少年クルトは美しい叔母エリザベト(ザスキア・ローゼンタール)に可愛がってもらっていた。ある時クルトが部屋に入ると、叔母が全裸でピアノを弾いていて、ガラスの灰皿で自分の頭を打ちつけている。そこにクルトの祖母が帰ってきて、一緒に医者に見てもらうと統合失調症の疑いがあるという。ここだけの話にしてくれと医者に言うが、衛生局に通報され、精神病棟へと運ばれる。

衛生局ではナチスの高官でもある婦人科医のゼーバント教授(セバスチャン・コッホ)に診断を受ける。教授が席を外した隙にエリザベトが診断書を読むと統合失調症と病名が書いてある。慌てふためきエリザベトは自分はまだ子供が生めると強く主張するが、職員によって無理やり運ばれて断種手術をすることになる。やがて、第二次大戦が始まり多数でる見込みの負傷者を収容する病棟が不足するという懸念から、今入院している優生政策にそぐわない人物を処分するということでエリザベトもガス室送りになった。


その後ドイツ軍は劣勢となり敗れた。東ドイツ側で残ったクルトの父親は本来反ナチスであったが、党員に籍があるということでまともな職にありつけず掃除夫となる。1951年青年になったクルト(トム・シリング)も労働者扇動の宣伝看板を書いて働いていたが、美術のセンスを周囲に認められ美大に行くことになった。美大では教授に認められて、壁画の仕事を紹介されたりした。美大で名前が叔母エリザベトと一緒でよく似ている通称エリー(パウラ・ベーラ)と知り合う。


一方で、ゼーバント教授はナチスの大量惨殺の首謀者である元上司の行方を執拗にソ連将校から拷問を受けていた。自分は知らないと言い張り刑務所に入れられていた。そんな時、陣痛に苦しんでいる声が刑務所中に響く。その声は将校の妻だった。自分は産婦人科医であり、声を聞くと胎児の異常事態がわかるので自分が処置したいと監守に申し出る。そして、ゼーバントが診て胎児の位置を調整したおかげで無事に赤ちゃんが生まれる。父親であるソ連の将校は喜び、そのことで、ゼーバントは特別待遇を受け、刑務所を出所して医師の仕事に戻れることになる。

クルトは一気にエリーと恋に落ちていた。エリーの家で下宿人を求める話を聞き、クルトに応募させ、クルトは同じ屋根の下で暮らすようになる。やがて、エリーは懐妊する。産婦人科医である父親は娘の動きを見て懐妊を察知する。しかし、育ちが違うクルトの子供を産ませる訳にはいかないと、エリーが子供の頃に患った婦人科系の病気のことを理由に自ら中絶手術を自宅で執刀する。それでも恋愛感情は収まらず2人は結婚する。

年が経ち1961年、ゼーバントを優遇していたソ連将校に本国よりモスクワに帰還せよという辞令がでた。ゼーバントは呼び出され、そのことを伝えられると同時に、後任の将校が大量惨殺の首謀者を再度探すことになると言われる。西側に出国するなら配慮するよという言葉に慌ててゼーバントは夫婦で西ドイツに引越す。

クルトとエリーはそのまま東ドイツに残った。クルトが労働者たちを喚起させるための絵画は政府当局の評判もよく、美大時代の仲間をつかって大きな壁画を描いていた。しかし、これで良いのかと感じたクルトはエリーと一緒に西ベルリンに向かい列車に乗ると、思ったよりもあっさり離国することができた。


クルトは30歳になるところであった。西ドイツでも美大に入学して美術を究めて行こうとするが、スランプにぶち当たる。。。。

⒈命の尊さとゼーバント教授
いくつかの逸話を通じて、命の尊さについて問いている。
まずは、ナチスの優生政策によって、精神障害者などを強制的に断種手術する法律が1933年に成立している。まさにヒトラーが強力な権力を持った年だ。そして、1939年ドイツ軍がポーランドに侵攻して第二次世界大戦が始まるその時、「不適格」と判断された人たちへの安楽死政策が施行された。エリザベトはその時に犠牲になっている。ゼーバント教授は政策を履行する立場だ。


その後、産婦人科医であるゼーバントが戦後ナチスの戦争犯罪で囚われている時に、取調べるソ連の高官の妻がお産で苦しんでいる場面に出くわす。母子ともに亡くなってもおかしくないのに、無事出産に導く。多少の打算はあったとは言え、純粋に命を守る処置をするのだ。大量殺人に関与する人間が逆に新しい命を産む。

映画を観ていて、この映画はクルトとゼーバントのそれぞれの逸話をかたっているな。これってどういう意味を持つんだろうなあと思ったら、なんとクルトが美大で知り合った恋人エリーの父親がゼーバントなのである。もちろん、クルトの叔母がゼーバントの執行命令で断種手術をするなんてことはわかるはずもない。わかっているのは映画をみているわれわれだけである。

クルトとエリーは恋に落ち、映画の中でこれでもかというくらい愛し合う。当然懐妊してしまう。父であるゼーバントはプロの産婦人科医なので、娘の懐妊を見破る。でも恋人のクルトをよく思っていない。できたら別れさせたい。そこで、子供の時の婦人科系病気のために、出産すると支障があると娘を説得するのだ。真意は中絶すれば別れるだろうという訳である。さっさと自宅で処置してしまう。

あえて対照的な命をめぐる逸話を取り上げることでフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督は「生命って何?」と言いたいのであろう。

⒉ソ連に影響を受ける東ドイツ
第二次大戦後ドイツは分断された。東西の分断で、東ドイツはソ連の強い影響が及ぶ国家となる。ブルジョワ文化は糾弾されて、映画の中でもあらゆるところにスターリン像が貼ってある。美大での課題絵画も労働者が働く姿を描いて気分を高揚させるものである。教授に認められたクルトは公共の場にある壁画を描く仕事につくのだ。

「灰とダイアモンド」のアンジェイワイダ監督によるポーランド映画残像(記事)で社会主義当局に反発して落ちぶれる美大の教授が取り上げられたことを連想した。クルドが壁画に描いているような社会的リアリズムのある作品は自分には描けないと反抗しても、当局はまったく許さないのだ。

でも、本当にこんなことやっていて良いのかと疑問に思い、西ベルリンに向かう。スティーブンスピルバーグ監督「ブリッジオブスパイ(記事)でこの時期のベルリンが描かれている。ほんの少し前まで行き来できたのがベルリンの壁ができてまったくできなくなる。壁を越えようとして殺された人も多いようだ。そう考えると、あっさり抜けられたクルトとエリーは強運の持ち主と言える。

西側では自由に満ちあふれ、美大でも前衛美術に関わる学生たちが多かった。ラムゼイルイストリオの「ジインクラウド」が流れる中、ヒッチコックの「サイコ」を映画館で観るシーンがある。いつもながら思うけど、共産主義は最低だよね。もっとも、今の日本は世界でもっとも成功している社会主義国という人もいるけどね。

⒊クルトの思いつき
美大では強い影響力を持ったフェルテン教授がいる。彼も戦争に従事し空軍に所属していた。飛行機が墜落して、タタール人に助けてもらい九死に一生を得たとつぶやく。そんな教授がでたらめな数字をあげてそれがどういう意味を持つかという問いに満員の階段教室でそれがロトくじの当選番号だったら意味を持つんだとクルドはいう。


そのココロは何?と思ってしまうが、白いキャンパスに何も描けなかったクルドが写真の模写を始める。戦後しばらく潜伏していて逮捕されたナチスの惨殺責任者や叔母と幼い頃の自分の像などを描いていくのだ。仲間からは「お前模写をやっているのかよ」とからかわれるが続ける。そしてそれをボカしたり、組み合わせて1つの絵画にしてみるのだ。このあたりは何が良くて何がよくないのかが自分にはよくわからない。それでも、クルドが最後に美しい叔母と同じことをしたあるパフォーマンスがある。これがよかった。

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