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本の一ページを図の上半分にあるような黒い四角形で埋め尽くしたとします。
ページの中央に視線を視線を向ければ、誰でもすべての四角形を見ることができますが、これが普通の本のようにすべて活字になってしまうと、すべての文字を見極めることはできません。
文字があることがわかっても、なんと言う文字が印刷されているかは分らないのです。
目を向けた位置を中心にして3~4文字程度が読み取れる程度というのが普通です。
これは文字になると文字を読もうとして、神経を集中するため視野が狭まるためで、本当はその周りの文字も眼に入っているのに、意識から遮断してしまうからだという説明があります。
図形なら読む癖がないので、広い範囲を見ることができ、文字になると狭い範囲に神経を集中してしまう習慣が教育によって身についているからだというのです。
図形を見るときは右脳がはたらいて、広い範囲を同時に見ることができるが、文字を見るときは左脳がはたらいて、狭い範囲しか見えなくなってしまうというのです。
そのため文字を左脳で読むのではなく、右脳を使って図形のように見れば、ページ全体とか行全体を一度に読むことができるという主張もあります。
ところが人間の目は中心部分に視細胞が集中していて、周辺部分はまばらになっているので、感度が悪くぼやけてしか見えません。
図の例のような黒い四角のように、単純な形でハッキリしたものであれば、ぼやけてしか見えなくてもそれと見分けることができます。
もしこれが複雑な図形で、一つ一つが違っていたりすれば、離れたところにある図形がどんな形かは分らなくなります。
ヨーロッパ人の中にはTシャツに漢字をプリントして楽しむ人たちがいますが、これは漢字を知らないので単に面白い図形として使っているのです。
そこで、漢字で埋め尽くされたページを漢字を知らない子供やヨーロッパ人に見せて、周辺視野にある漢字を書き写させようとしてもできません。
周辺視野にある漢字はぼやけてしか見えないため、どんな形かハッキリ見分けられないためです。
文字でなく図形として見ても、形が複雑なら見分けられないのです。
こんどは逆に図の下の例のように、形が簡単な文字を並べてみるとどうでしょうか。
文字であっても簡単なものであれば、たとえページ全体が文字で埋め尽くされていても視線を動かさずに全部見ることができます。
「く」とか「つ」とかいう文字は一目で一行全体を読み取れます。
周辺視野にあってぼやけて見えても、字形が単純であれば細かい部分が見極められなくてもそれと見分けることができるからです。
簡単に見分けやすい文字なら注意を集中する必要もないからです。
図形と文字による見え方の違いという説明は面白いのですが、論理トリックなのです。
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