タイトルの肩書きを見て、誰のことか関西の学会員さんならすぐに頭に浮かぶものなのでしょうか?
創価学会「常勝関西」の礎築いた西口良三氏の葬儀、多くの政界関係者駆けつける(産経デジタル)
学会の副理事長兼関西総主事であった西口良三氏が亡くなられ、その葬儀に議員さんたちが駆けつけた、ということが新聞記事になっています。以下に一部抜粋。
15日に死去した創価学会副理事長兼関西総主事、西口良三氏の葬儀が18日、大阪市内の斎場でしめやかに営まれた。斎場には多くの政界関係者が駆けつけ、「常勝関西の総帥」といわれた人脈の広さをうかがわせた。
葬儀には自民党の二階俊博総務会長のほか、古賀誠・元同党幹事長、樽床伸二元総務相らが参列。17日の通夜には民主党の前原誠司元外相らの姿もあった。
西口氏は、「病弱で気が弱い性格を鍛えたかった」との理由で入会。池田氏の運転手役を通じて最側近となり学会の関西トップを30年以上勤め上げた。
日ごろは物静かだが、選挙となると必ず学会が支援する候補者の街頭演説に出かけ、聴衆の最後尾からサングラス姿でにらみを利かせた。公明党幹部には低所得者政策を充実させるよう求め、選挙戦では学会員に知人への投票勧誘を徹底。「確実に計算できる集票組織」(公明党幹部)作りに余念がなかった。公明党幹部は「風格があり、怖かった」とも振り返る。
私は名前も顔も存じ上げない方でしたが、まずは御冥福をお祈りいたします。
この記事を読みまして、私は見落としたのかと再び読み返しましたが、この西口氏という方は公明党議員ではないのですね。
ということは、イチ宗教団体の幹部の葬儀に、国会議員さんたち政治関係者の方々が参列されたと。しかも一人や二人でなく、そこそこの知名度のある議員さんの名前が連なっています。
これを見て、学会員さんたちは「さすが学会!」みたいに誇らしく思うのかもしれませんが、それ以外の人間が見ると違和感満載というか、ちゃんと読まないと西口氏は公明党議員であったと勘違いする人しかいないと思います。
その上、創高公低(創価が上で公明が下の力関係)の空気が文中から滲み出していますね。
しかし参列した議員の顔ぶれ・・・。
たまに学会員さんが「現在の公明党はすっかり保守政党になった」とか嘆いている声が聞こえてきたりするんですが、全然大丈夫ですやん!
「えっ!?公明党が保守化?あれで?私の知らないところでそんな動きがあるのか?」みたいに思うこともありましたが、全然大丈夫ですやん!
きっと公明党の在り様を嘆いていた学会員さんたちも、この参列した議員さんの名前を見て安心したことでしょう。学会・公明党は根っこの部分では全くブレていないと。
記事中、赤字にした部分を読んで、学会そのものを現していると感じると同時に、そのことに慣れてしまってきている自分にも嫌気がさしました。
学会の用語で「F(フレンド)票」「F取り」と言われる、非学会員の友人知人、知り合いとも呼べない人までへの公明党への投票依頼。
完全な組織票の実態をあっさりと晒されています。外部の人間にとっては非常に評判の悪いこの投票依頼行動。
選挙のたびに連絡が来るが、選挙の時にしか連絡が来ない人とか、迷惑以外の何者でもありません。以前ネットでそのことを言われた学会員さんが「選挙が連絡を取り合ういいきっかけになって向こうも喜んでいる」と反論していましたが、それは恐らく相手の方の「優しさ」です。
今の時期、そのような思い込みがあるのかないのか、「F票」獲得に学会員さんは奔走中でしょうか。
笑顔で応えてくれたからと言って、それが肯定であったりましてや好意であったりとは微塵も思わないことです。普段付き合いのある友人であっても、です。
友人と言えば、この西口氏の葬儀は学会推奨の「友人葬」ではなく、普通の「家族葬」であったとネットで見ましたが、本当でしょうかね。
会長クラスの幹部が軒並み「友人葬」を敬遠しているので驚きはありませんが、それでもなお会員には「友人葬」を推奨する学会。こちらも違和感を覚えないのは中にいる人だけなんでしょうか。
外部との感覚の乖離が激しすぎることへの恐怖みたいなもの、ないんでしょうかね。
学会員さんたちとしか付き合いがなく仲間内で集まってばかりいるとうっかり忘れてしまうのかもしれませんが、外部と呼ぶ社会の方が圧倒的に多いというか母体でありますから、いくら周囲を学会員さんで固めても常識は外部にあり、なのですから。
友人葬であるにしろないにしろ、お葬式と言うのはやはりご遺族や親交のあった方たちが「お別れ」という区切りをつけるためのものだと思いますので、やはり見送る側が落ち着いてできる形を選択すればいいと思います。
それこそ友人葬以外の葬儀にしたとしてあーだこーだ言う人たちは、結局後々までその葬儀のことなんて覚えていないんですから。
色々難しいこともあるかと思いますが、こうして心の準備ができるだけまだヨシとしましょう。
それまでに学会が崩壊したり、覚醒する方が増えたりして、状況が変わるのがいいですけどね。
何気に書いた私のことで、ご心配頂き、ありがとうございます。
自分が非活とか脱会ならいいんですが、葬儀となると、
親族だけでも大変なのに、組織の知らない人がでてきて、
あーだこーだ言われそうで…。イヤですよね、そんなの。
葬儀は突然その時がきて、急いで決めないといけないことが
盛りだくさん!と父の時に学んだので、多少は考えを
まとめておかないといけないな…と思っています。
組織に煩わされて、お別れも適当…じゃ困りますもんね。
ありがとうございました。
なんと言うか、ワロタ。
激励というか、ハッパ掛けたいのは分かるんですが、その日本語のチョイスはどうなのよ?的なw
>「大阪の○○市、○○市の友が猛撃! 新時代の『まさかが実現』を断じて」
猛撃しているのに「まさか」なんだとしたら、答えは苦戦しかない。
>「大阪市○○区・○○区よ、勝利を決する時だ。 限界突破の驀進を! 世界が声援」
大阪市のどこぞの区での公明党の議席を、世界が声援するかいなw
世界って何処よ?新世界か?
>「大阪市の○○区が本領発揮の大攻勢! 常勝の闘魂光らせ猛然と競り勝て」
今まで本領発揮していなかった、と・・・。いつまで「常勝」の看板は掲げるの?
>「…時は来た! 勇気・誠実・納得の対話を」
誠実になったら納得と対話はできない。
>「…青年よ縦横無尽に激戦地を駆けよ」
自分の選挙区だけでお願いします。
>「新潟・○○市の友よ、不死鳥の如く羽ばたけ! 勇気の行動で勝利の春へ飛躍」
不死鳥ってことは、今は死んでいるという理解ですか?
>「神奈川の心臓部・○○区が猛進。 正義の獅子吼で執念の大逆転劇を綴れ!」
どこも苦戦しているんですね。執念の大逆転より、鉄板の地盤で余裕の当選にした方が学会の優位性を煽れるのでは?
・・・ふぅ、やれやれだぜw
>皆が『人間革命』し、皆が『宿命転換』できる大闘争を、仲良く、朗らかに、貫き通していこう。
明らかに矛盾している。
大闘争を仲良く朗らかにって、サイコパスになれってことですか。そうですか。
まともな人間性を残していては人間革命は無理らしいという、名誉会長のお言葉ですね。
・・・ふぅ、やれやれだぜw
年度末、何かとお忙しいですよね。コメントありがとうございます。
>組織や家庭の悩み、○月○日(投票日)まではぜーんぶ風呂敷に包んでしまってくださいね!!!
組織の悩みも!?
その悩みは選挙活動に駆り出す組織側が何とかしてやれよ!てツッコミたいw
でも投票日が過ぎても、風呂敷の中身は変わらないどころか、時間が過ぎて悪化していることもあるんじゃ・・・。
しかも子供を人質にとられているようなものですね。ダシにされているんじゃなくて、子供の幸福を人質にしているんだと思いますよ。ここまでくると。
それで結局、人質にされたまま返してもらえないわけでしょう。
人質が誘拐犯の元で誘拐犯と同じ思想に育てば、それはある意味当人たちだけは幸せかもしれませんが、そうならないご家庭も多くあるわけで。
やはり最初から無くていいものは無くていいんですよ。
>『立正安国の戦い』だそうですが
学会は立正安国のなんちゃらってよく言いますが、日蓮さんは「政権を取れ」とは言ってないですよね。
政権側を監視しろ、みたいな趣旨だったと思いますが、日蓮さんの思想は誰の意向とすり替えられているんですかね。
>このN口氏の虚栄心が、創価の『報告地獄』の始まりだとか。
なんと。マジですか。
そうなんですか~。「もっと数もってこい!」って、こりゃ政治家が弔問に来るはずだ。
それでこの西口氏はどういう方でしたっけね?はて?宗教団体の幹部じゃないですよね、まさか。
肩書きに何か間違いがあるような気がして仕方ないのは私だけですか。そうですかw
拙ブログを読んで頂いていたとのこと、こんなド素人のブログでお恥ずかしいのですがありがとうございます。
アズラさんのブログ、拝見しました。
今時こんなことしでかしちゃう人がいるんだな、とビックリです。
普通に友人同士と分かっていても、勝手にメアドなど個人情報は教えないのはマナーであり常識です。
創価学会の中では、学会員同士というだけであらゆる領域がオープンになっていると思い込んでいる方が結構いると思います。
「創価家族」とか「同志」とかいう名前で許されていると思ってしまうんですかね。
そう考えれば、やはり学会員さんの非常識は個人個人の問題ではなく、組織の体質でそうなってしまっているといわざるを得ません。
特に専業主婦の婦人部の方は、外部との接触が少なく「組織の体質」のみで構成されてしまいがちなのかもしれません。
だからこそ組織にとっても都合の良い人材であり褒めて煽てあげる→より熱心になる・・・という黄金の法則となっちゃうのかも・・・。
それに加えて選挙ですからね。
形振りを構っていては功徳・福運が減ると必死になる。
学会で言う功徳や福運は、今ある状態から活動でプラスされる、という話ではなく、頑張らなければマイナスに転ずる、という恐怖物語ですからねぇ。
それなら最初からやらないほうがマシなんですが、中にいる人ほど気づかない。悲しい仕組みです。
ご家族の中で学会員、非活、非学会員と分かれていると葬儀関連は頭が痛い問題ですね。
アズラさんご自身が喪主の場合は、やはりアズラさんが良いと思う形で執り行われるのがいいと思います。
よほど故人が周囲に遺言のように触れて回っていたら難しいですが。
全然参考にはならないですがうちで言えば、母親だけが自覚ある学会員でそれも家族に快く思われていないのを自覚しているものですから、両親ともに(どっちが先に亡くなっても)家族葬でいいとの話になっています。
まあ、実際学会員さんの人間関係があるのが母親だけなので、事実上誰が喪主になろうが母親の葬儀では友人葬が難しいという状況ですが。
母親にしてみれば内心は分からないですけれど、それだけ学会員である母親に冷たいうちなんですよ、クロ家。
そう思うと、アズラさんの悩みは母親思いの心が滲み出ていて、お優しさを感じます。
優しい人ほど悩むんですよ。
アズラさんが学会に煩わされることなく、家族の葬儀にしてもこれからの人生にしても、自分の意思で歩めるように願っています。
お忙しい中コメントありがとうございます。
「1000万人脱会」発言で広報室長を解任されたのが、同じく西口という方なのですね。
学会は噂にたがわず、言論統制の厳しい社会のようでw
問題発言として解任するのはいいとして、任命責任は誰か取ったのですかね?
創価学会の家族葬、ですか。
新しいスタイルが登場しているのですね。苦肉の策、というのがなんともまた・・・。
創価学会は日蓮正宗から破門されて、葬式事業(?)を始めるべきではなかったのですよ。
そうせざるをえない、という理屈もあるでしょうが、一番混乱を招いてはいけない部分ではないでしょうか。お葬式なんて。
流出文書や会則改正の件についてのスルーぶり、そうでしょうとも。
出たときから分かっていたことじゃないですかw
創価学会も恐らく、スルーされることを見越しての動きだったのかと思います。
それだけ思考停止を浸透させているということなんでしょう。
今思えばですが、これは最初のステップかもしれませんね。
会則変更でも思考停止のまま通り過ぎられることが実証されたのです。ここから色々また動きがあるかもしれませんね。
特に名誉会長のことでは色々変化を乗り越えなければならないでしょうから、変化を変化と思わせないために段階を踏ませているのかもしれません。
>これね、別に名前が欲しいわけではなく、はがきを書けるような“活動家の数”が欲しいだけなんですよね。
なるほど。
さすが、元幹部!ってこれは貶し文句になってしまいますかね?
こうして名前を書いてもらうようにお願いしに行く、という行為自体もMCの強化ですしね~。
組織としては活動家の育成と確保も同時にできて、やはり選挙はオイシイ活動なのでしょう。票も取れれば勢力も維持できますしね。
しかし票を取る、ということはそれだけの責任を同時に負わなければいけません。
学会の中みたいに責任の所在を有耶無耶にして逃れられては困るわけですよ、日本の社会が舞台では。
120の要求で譲歩した20で責任を取っているとでも思ってもらえているとでも。
それは学会の中の、架空の婦人部でだけの話ですからねぇ。
一般にコウモリ政党と認識されていることをご存知でないのかもしれませんね。
責任は勿論投票する側にもあるわけで。
有権者以上の政治家は存在しないというくらいです。
こんなことがブログで書かれている状況は、日本全体にとって喜ばしくないことですから、ここの底上げが必要不可欠なんでしょうね。
最近の寸鉄は激しいです(笑)
「大阪の○○市、○○市の友が猛撃! 新時代の『まさかが実現』を断じて」
「大阪市○○区・○○区よ、勝利を決する時だ。 限界突破の驀進を! 世界が声援」
「大阪市の○○区が本領発揮の大攻勢! 常勝の闘魂光らせ猛然と競り勝て」
「…時は来た! 勇気・誠実・納得の対話を」
「…青年よ縦横無尽に激戦地を駆けよ」
「新潟・○○市の友よ、不死鳥の如く羽ばたけ! 勇気の行動で勝利の春へ飛躍」
「神奈川の心臓部・○○区が猛進。 正義の獅子吼で執念の大逆転劇を綴れ!」
いやはや宗教団体の機関紙に似つかわしくない文言ばかり。
なんのことはない、統一地方選の重点区を次から次に挙げてはゲキを飛ばしてる? プレッシャー与えてる?(笑)
きのうの【わが友に贈る】は
「車の事故に注意! 疲れや油断など心の隙に魔は競う。 互いに声を掛け合い安全第一の運転を!」でした。
笑えます。 F活動に東奔西走させておきながら 疲れや油断などの魔は心の隙に競うから注意しろとはねえ。
同じくきのうの2面、【名誉会長と共に 新時代を駆ける】の文中に面白いところがありました。
これは名誉会長の記述(とされている)ですが、やはり選挙戦を意識した内容。
大見出しが「勇気で開け 勝利の歴史を」です。 ホントに「勝利」って言葉が好きですよね。
文中に
「…大切な大切な宝友と励まし合い、皆が『人間革命』し、皆が『宿命転換』できる大闘争を、仲良く、朗らかに、貫き通していこう。……未来のために、偉大なる絶対勝利の歴史を共に! 共々に! 異体同心のスクラムで!」とありました。
バリ活時代、「選挙活動に頑張れば『宿命転換』できる」と言う言葉を信じきって家庭のことより優先してやりました。
名誉会長の記した「『宿命転換』できる大闘争」ってのはズバリ選挙活動に邁進することでしょう。
冷静に考えれば他人様に「○○さんに投票してね」と頼むことが、宿命を変えるなんてありえないのに。
よく考えればわかるはずが、その当時は疑いもなく信じきってたわけですよ。 「法戦」なんて言ってたし。 すっかり騙されてました。
選挙活動して何を得たか?
貴重なお金と時間を浪費しました。
そうそう今日の1面の名誉会長の詩にも、これでもかって言うくらい「勝利」「団結」「勇気」「底力」の言葉が溢れてました(笑)
学会の葬儀、まあ全体で見れば少ないっちゃあ少ないと思いますので、たまたまという可能性が一番でしょうか。
あくまで学会の勢力は「自称」ですから。
また、学会員さんが亡くなっても「友人葬」と呼ばれる学会葬ではないことも少なくありません。
ひとつはご遺族が学会員ではないなどの理由。
ひとつは外部の方の参列が多く見込まれる場合、体面と言うか何でしょうね~、ひかれないように?普通に見えるように家族葬などの形式を取るような。
やはり外部から見て異様に思われるという自覚は少なからずあるようです。
大勝利さんの参列されているご葬儀に関しては、会社関係の参列者がおありのようなので後者の理由があるかもしれませんね。
あと、友人葬であろうと学会の会館では学会員さんの葬儀はしないと思います。
たぶんですけど、そんなの見たことも聞いたこともないですから。
しかし私は学会員としての経験は皆無なので、その辺は確信はないので申し訳ないですが。
少なくとも、盲信者である私の母親が「会館に葬式に行ってくる」と言っていたようなことはないですし、学会の会館で誰かのお葬式をしているのを見かけたこともありません。
学会の会館は学会の為に使用するのであって、学会員の為に使用するのではない、みたいな感じですかね。
もし学会員さんの葬儀を引き受けていたら、それこそ見かけないわけがないと思うので。
会館の怖いもの見たさ、分かる気がしますw
私も子供の頃に行ったことがあるだけですが、建物自体ではそんなに驚くことはないかと。
問題はハードではないのですよ、ソフトですよ、ソフトw
何故音声のみなのか。今時テレビ電話なんてそれぞれの場所にパソコン一台あればできることです。
それをあえて「しない」ことの意味が分かりませんよね。
批判的な立場から見れば「しない」ではなくて「できない」だろうと判ぜられるのは当然かと。
しかし弄ばれているのは批判しているアンチ学会の人間ではなく、卒業式で名誉会長の登場に沸いたであろう卒業生と保護者の方々です。
この方々は学会が大事にすべき信者の人たちのはず。
あ、いや、弄んだと結論付けるには証拠はありませんでしたね。
ちゃんと人前に姿を見せるか、双方向会話可能なテレビ電話などで我々の疑いを吹き飛ばしてくれるかもしれませんからね。
弄んだと結論付けられるのが早いか、上層部の方々は早急に対策を練って下さいますかね~。
お忙しい中、こうして訪問くださり嬉しく思います。
西口氏、聖教新聞では知られた顔だったのですね。
学会関係者以外(ある意味政治家は関係者か?)の参列が多く見込まれたので、あえての家族葬なのかもしれませんね。
・・・そこは外部の人に胸を張って学会独自の葬儀を見せ付ける場面では?とも思いますがイジワルですかね。
名誉会長ネタ!今回もまた新たにやってくれましたね!
誰かと会ったり会わなかったりで、その選別は誰がしているのか?
いっそ会わないなら会わないを徹底した方が、余計な詮索を減らせるのではと思うほどです。
その極め付けが音声のみの珍入です。
中継で卒業式を見守るという行動も不可解ですが、大丈夫ですかね?
嬉しいと思う学会心酔者の皆様には思い至らないのかもしれませんが、卒業式を中継で見守っている姿とその発想をよくよく想像してもらいたいものです。
常軌を逸している。この一言に尽きます。
そして「音声のみ」での参加でしょう?それができるなら何故テレビ電話ではないのか。
一緒に歌ったんでしょう?歌声はぶった切るのも意味不明。
「できることをしない」ことの方が、不自然さは際立つものです。
それにしても卒業式で歌うのが「負けじ魂ここにあり」とはwどんな歌か知りませんけど、タイトルだけ見ると似つかわしくないような・・・。
名誉会長の健在をアピールするがため、上層部はあの手この手を頭を捻って考え出しているのでしょう。
希望さんとの裁判もあることですし、何が何でも健在であることにしなければならないわけで。
私も次にコメントを下さっためがねさんの意見と同じく、恐らく合成ボイスか過去の音声の編集ではないかと思います。
だから一方通行の音声垂れ流しにしかできなかったのでしょう。
そのうちCGで登場しかねない勢いですね。
おかげさまで日々元気に忙しく過ごしております。
地に足が着いている、丁寧に生きる、とはこういうことなんだなと思います。
さて、選挙ですね。
創価では、真面目な人ほど疲労困憊の頃ではないかなと思っています。
特に子育て中の婦人部なんて、入卒やら進級やらとなにかと子供に心を砕くべき時期なのに。
そんなことに気をとられていては、子供に福運がつかないわよ!
なんて叱咤されているのかと思うとお気の毒としか言いようがありません。
選挙になると必ず幹部が言ってました。
皆さん。
組織や家庭の悩み、○月○日(投票日)まではぜーんぶ風呂敷に包んでしまってくださいね!!!
それを背中にかついで全力で法戦を戦うのです!!!
それこそが宿命転換の直道なのです!!!
・・・とかなんとか。
なんのことはない、
個人的な課題からは逃げてしまえと。
取り組むべき問題など野となれ山となれとほっぽらかしてしまえと。
全部かついで全力で逃げろとか夜逃げですやんw
こんなことを強制するのですから酷い話です。
アズラさんの記事のようなキチガイメール一斉送信などからもうかがえるように
現場はさぞかし狂気が渦巻いてることでしょう。
キモい替え歌にキモいシュプレヒコール、怪しい配布物に徹底事項、あり得ない名簿提出、報告、報告、報告・・・
『立正安国の戦い』だそうですが
かれこれ何百年かかってますのん?
出来もしないことを言うたらあきませんね。
そうそう、記事のN口氏。
何様のつもりやねんコノクソジジイと言いたくなる振舞いが思い出されます。
亡くなられた方をどうこう言っては失礼ですけど、
誰が見ても感じが悪いクソジジイが最高幹部だというあたり、創価が麗しい組織などではないという分かりやすい証明になると思います。
ついでに言いますと、
このN口氏の虚栄心が、創価の『報告地獄』の始まりだとか。
「常勝関西がこんな数ではセンセーにご報告できないぞ!」
「数や数や!もっと数もってこい!」
と年がら年中煽りに煽ったそうです。
池田氏にしたら内心は
「いいぞN口もっとやれw」だったことでしょうね。
アズラさん、ご挨拶が遅れまして。
はじめまして。かな?カノンです。
いつかは訪れるお母様のご葬儀。
私も同じような立場です。
私は身内だけでこじんまりと済ませて、組織には事後報告するつもりですよ。
お経は私があげればいいことだと思っています。
枕経からお通夜、葬儀、初七日、四十九日、一回忌・・・
ずっと組織に関わり続けるなんて耐えられません。
アズラさんもきっと何かしら方法はあると思いますよ。
まだまだ先のこととはおもいますが・・・
創価の葬儀社もなかなかの商売人ですので
どうぞお気をつけになってくださいね。
ここ最近、穏やかで、クロさんのブログを拝見して、
ふむふむ…と学んでいた日々でした。
が、選挙が近づいて、とんでもない実態を知りました。
(私のブログに書きましたので、一読頂ければと思います)
あまりにも非常識で、ゾッとしました。
どこまで非常識の道を突っ走るんだろうか…と。
葬儀についてですが…
私の父は、5年前に他界し、母が喪主となって友人葬でした。
娘の私はサポートする形でしたが、順序からいえば、
次は母です。喪主は一人娘の私となるでしょう。
既に創価から覚醒した私ですが、創価脳の母ですから
儀典長を呼んで、頭を下げて、取り仕切ってもらわないと
いけないのかと思うと、頭が痛いです…。
クロさんこんばんは。
いやー、何時になくいっそがしい年度末でした。
まだ暫く続きますが、ちょっと一息です。
副理事長の西口氏の件、副会長で若くして亡くなった「1000万人脱会」の西口氏とごっちゃになりますね。
お二方ともインパクトのある発言でセンセイから睨まれていた?ような。
関西が選挙でボロ負けした時、センセイは「負けるが勝ち」とか意味不明なことを言ってましたが、直後に西口関西長は外されてお坊ちゃま君1号が充てられました。ロイヤルファミリーにとっての「負けるが勝ち」ですかね。ワタシも全く接点がありませんでしたが、御冥福をお祈りいたします。
友人葬とか家族葬とか色々言われていますが、実は週末、親類学会員の葬儀に参列しました。
そこで驚いたのは・・・「創価学会の家族葬」が行われたことでした。
喪主はワタシの影響で覚醒者だったのですが、思い悩んでこのスタイルを取ったそうです。
一般人はおらず、他人さんは地域幹部だけだったこと以外は友人葬と同じでした。
儀典部が創価学会の家族葬についての意義、というか僧侶がいないことの言い訳じみた説明をするのも同じ。
読み上げる台本も、「仏教の本義に基づく家族葬」という言葉以外は全く同じ。「センセイを人生の師として求め」という余計なひと言も入ってます。本人が全然求めてなかったことをワタシは知ってます。
それにしても学会が割り込んでくるような名ばかりの家族葬は御免被りたいです。バリ活と非活、外部親族が混在する学会式葬儀の雰囲気の悪さと言ったら・・・一般外部がいない分、ホント濃いんですよ。
しかし無関係に借り出された儀典部の人は実に気の毒です。ワタシも過去、失礼ながら面識のない方の葬儀に上の指令で派遣されたことが何度かあります。今思えばセンセイの喧嘩の尻ぬぐいでしかないんですよね。
さて、去年、流出文書や会則改正の件で地元の幹部達に感想を求めていたのですが・・・
お見事としか言いようがないスルーぶりなんです。蓮華に祈りすぎて脳が蓮根みたいに穴だらけなのか?
先日は婦人部幹部が嫁さんに“選挙支援はがき”を持ってきて、「近所の〇〇さんに出したいのだけど名前書いてくれない?」とか。
「混迷党には不信感が強いし支援者とも思われたくないので」と断ると、「誰も支援者だなんて思わないから。あなただって届いた選挙はがきで推薦人なんて覚えてないでしょ? 軽いノリでサインしましょう」だとか。
あなたがどう思うではなく、受け取った人がどう思うかが全てなんですけどね。
これね、別に名前が欲しいわけではなく、はがきを書けるような“活動家の数”が欲しいだけなんですよね。
報告できるKが全然足りないんでしょ、知ってますとも。我々、何年幹部してたと思ってるんだ。
あなたより全然長いぞ。蓮根脳でお忘れか?
イラク派遣で散々批判を浴びた混迷党ですが、唯一の成果として「特措法で対応」とか言ってましたね。
今度の「自衛隊の海外派遣関連法の恒久化」でも当初同じことを主張していましたが、期待どおり?容認なんですよね。混迷党が無節操に権力にすり寄る時、ポーズとしての苦渋感をアピールするために一般紙などで「支持団体の学会婦人部が難色を示しており…」というフレーズをよく目にしますよね。
その婦人部って誰なのさ?
そんな見識があって声をあげる婦人部なんてワタシの周囲を広く見渡しても未だかつて見たことないぞ。
軽いノリでサインしろ、みたいな軽薄で破廉恥なおばちゃん達が溢れる迷惑団体ですから。
100のものを通すのに120を要求して20を譲歩したと見せかける。
どこぞの党はこの20のために存在するんですよね。
そして実はこの20は裏でどこぞの党が要求してたりするんでしょうね。
あ、手下は踊ってるだけで背後に振付師がいましたっけ。
ボクは、仕事柄、あまり知らない人の葬儀にも参列したりします。
先日も、よく知らない、どっかの社長さんのお父さんの葬儀に参列しました。
年平均4件ほど、そんな感じの葬儀に参列します。
先日、同僚と話していたのですが、
こんだけ葬儀に参列するのに、創価学会の葬儀には
参列したことがねぇなぁ~。と
キリスト教なんかの葬儀には参列したことがあるのに...。
中小企業の社長さんとか、部長さんやその家族の葬儀なんで、公称1.000万世帯の学会の葬儀に出くわしても、何ら不思議ではないはずなのになぁ~と。
会館って怖いもん見たさだけど、ちょっと行ってみてぇよなぁ~。と。
なんででしょうかね。
周りにいないわけはないと思うんですが...。
もし、ご存知でしたら、教えてください。
すいません。
あんまり記事と関係のないコメントで...。
ミルフィーユさんのコメント読んだら居ても立っても居られなくて。
生声って、演出だとしたらほんとにいやらしいですね。
恐らく昔の音声を使ったのではないですか?
だって、生声聞かせられるくらいだったら映像付きで流せばいいですよね?一昔前ならいざ知らず音声だけなんて違和感たっぷりです。
そんな演出するよりいつも通り長文メッセージだけ送った方がかえって疑いを招かないのに・・・。
いつも欠かさずblogは覗いていたんですが、バタバタしていて落ち着いてコメントを投稿できませんでした。
西口さん 亡くなられたんですね。
よく聖教新聞に載っている方でしたので顔も浮かぶほどです。
会員には友人葬を強く勧めるくせに、最近は大幹部と言うと小じんまりと身内のみでの家族葬が多いですよね。
西口さんの場合は国会議員やらが参列するような大々的な葬儀だったんだぁと思いきや『友人葬』ではなかったってことなんですね。
だったら名誉会長からの弔電披露も『名誉ナンチャラ称号』授与もないってことかな?
あっ、あれほどの大幹部に1つ上げて称える役職は会長くらいしかないのかな(笑)
そういえば亡き両親は、いらないって断ったにもかかわらず『名誉地区部長』『名誉婦人部長』証を無理やり持って来て凄いことだから感謝しなさいと。 あんな紙切れなんの意味が(笑)
最近の聖教ネタと言えば、相変わらず名誉会長健在アピールがあちらこちらに。
まずは2日。 名誉会長と奥さんが東京創価小の6年生に会って激励したんだとか。
なんでも良く晴れた日の出来事だったそうですわ。
杉本婦人部長が4面座談会で話してるんですが、可笑しいことに『東京・新宿区内で』と言ってるんですよ。
いやはや 2ショット写真の説明書き『東京・新宿区内で』と同じパターンですかね(笑)
そうそうその2日と言えば、モスクワ大学の総長さんご一行様が創価大学を訪問し名誉博士号を授与され特別講演を行ってます。
モスクワ大学と創価大学の交流40周年を慶祝しての来日らしいです。
そんな大事な日に名誉会長からは真心の『伝言』だけだったとか。
創価小の生徒に会うよりも海外からのお客様を優先させるべきなのでは…
それと16日。 17日付聖教の創価学園の卒業式の記事で次の文章が。
「式典が閉会に近づいていた時だった。 『みんな、おめでとう! 卒業おめでとう! うれしいよ』ーー会場に創立者の優しい、力強い声が響き渡った。
この日、創立者は卒業式の様子を中継で見守っていたのだ。
音声をつないだ突然の¨参加¨に、生徒・児童、保護者から歓声が上がる。拍手が高鳴る…」とありました。
へぇ~ 名誉会長のナマ声を聞いたわけ?
そのあと名誉会長の呼び掛けで学園愛唱歌を歌ったそうです。
「皆で一つになって歌い上げると、創立者は再び音声をつなぎ、包み込むような声で語り掛けた。
『一緒に歌ったよ。上手だったよ。 おめでとう! おめでとう! よかったよ』」
中継で繋いでるのにこういう喋り方、なんか違和感あります。
そして
「重ねて創立者は『最高に素晴らしい卒業式だったよ。 本当におめでとう!』との万感の伝言を寄せた。…」とありました。
つい突っ込みたくなるんですが、『重ねて創立者は』 『伝言を寄せた』ってのがどうしても気になるわ(笑)
散々 「卒業おめでとう、うれしいよ、一緒に歌ったよ…」とナマ声が流れたんでしょうに「重ねて創立者は……万感の伝言を寄せた」って表現がねえ。
ナマ声聞いてんのに『伝言』寄せた?
あれれ?と思ったミルフィーユなのでした(笑)
20日付け聖教3面に長谷川副理事長がまたまたその卒業式について話してました。
「今月16日に創価学園の卒業式に出席しました。 式典の様子を中継で見守られた池田先生が直接、卒業生に声を掛けてくださいました。
『みんな、おめでとう! 卒業おめでとう! うれしいよ』ーと。
皆、泣きました。……師と共に、愛唱歌『負けじ魂ここにあり』を熱唱しました。…」と。
そういえば私がよくコメントに「名誉会長と奥さんの2ショット写真や旗振り写真なんかは聖教に載るけど たまにはナマ声を聞きたいもんですねえ…」と書いたりしたのでその期待に応えてくださったのかしら…なんてね(冗談)
それにしても学園卒業式に寄せた名誉会長のメッセージは長文で1面にわたってました。
ナマ声で話された紋切り型のような言葉とは、えらい違いですわ(笑)これが同一人物か?
中継で繋いで名誉会長のナマ声を聞くなら、長文メッセージのほうがもっとみんな感激したでしょうにね(笑)