真実と幻想と創価学会

創価学会について色々書いています。ほぼ毎週日曜更新。

はじめに

2025-04-20 00:58:58 | はじめに

はじめまして。クロの「真実と幻想と創価学会」においでくださり、ありがとうございます!

母親が学会員の元2.5世(祖母と母親が同時入会)学会員によるアンチ創価ブログでございます。

私自身、創価学会に悩まされ、創価学会の事を調べていくうちに、多くの方に創価学会の問題を知ってもらいたいと考え、このブログを立ち上げました。

創価学会に悩まされ、とは言ったものの私は学会活動・信仰共にしたことはありません。

ほぼ外部目線での創価学会の情報発信の場として、あるいは同様の悩みを語る場(愚痴吐き場)として記事を書いています。

基本的にリンクフリーですが、その際にはコメント欄にて一言残して頂ければと思います。

また、コメントは承認制です。ご了承ください。非公開を希望の方は、その旨を添えて頂ければ公開いたしません。

なお、コメント欄のルールとして投稿されたコメントの全削除には対応いたしかねます。詳しくは「コメント欄の扱いについて」をご覧ください。

書き込む際には良識ある言葉遣いでお願いいたします。

毎週日曜日に更新(たぶん)。勤め人なので土日にコメントの返信は集中します。

追記(2009/9/26):少し記事も増えてまいりました。初めて訪れた方は「自己紹介」の記事にて私・クロのことを簡単に紹介していますので、ご覧ください。

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謹賀新年 2019

2019-01-02 20:57:37 | 我が家の創価問題

皆さま、明けましておめでとうございます!

久しぶりすぎて何をどうすればいいのやら・・・。

この冬、一つ確かに言えることは「コタツはやはり魔物だった」ということだけですw

えー、前回の更新から間が空きすぎているのですが、その間にあった大きな出来事と言えばうちの母親がまた骨折して入院したことでしょうかね。

もう片手で数えられないような回数の出来事ですが、酔っ払って自宅で転倒したわけでして。

手術も無事に済んで今は退院してリハビリに励んでいるようです。

外でよそ様に迷惑をかけたわけではないだけ今回はマシでしょうか。

もうあれですね。驚きや呆れる気持ちすら沸かないという。だって別にあれですもんね。前にそうして酔って骨折してから酒を控えるとかしてたわけじゃないですからね。いつかはやるし、いつでもやるわけで。

で、私は弟から母親がそうして入院したと連絡を受けたのですが、そうした時に本気で思っているわけではないのですがふっと頭に浮かぶ台詞がありました。「信心が足らないにも程がある」と。

重ねて言いますが本気でそのようなことを思っているわけではありませんし、もちろん口に出しても言いませんよ。

でも皮肉のように、ふっと思い浮かんでしまうんですよねー。

しかしそう考えた後、これまたふっと思ったんですよね。「いや、信心が足らないかどうかは分からないんじゃ?」と。

つまり信心は足りているが、怪我をした。

これは学会的に考えると、信心をしているから本来もっと酷い怪我をするはずだったがこの程度(骨折)で済んだ。或いは、一見不幸な出来事だが骨折&入院することでより大きな幸福を今後手に入れられる。というような可能性が在るという理論でしょうか。

そう思い至ったとき、今更ですが頭を抱えるような気持ちでしたね。

そうだった~!と。

どのような場面に遭遇しようと、全ての(都合のいい)答えが用意されている。それが創価学会だった、と。

・信心が足らずに怪我をした→信心頑張ろう!

・信心していたのでこの程度で済んだ→これからも信心頑張ろう!

・信心していたのでもっと大きな幸せが来る→引き続き信心頑張ろう!

となるわけですよね~。知ってたw

親戚にちょっと厄介な学会員さんがいる友人と話していたのですが、どうして(私の母親やその親戚のような)学会員さんは同じ失敗を繰り返すのか、と友人が本気で疑問に思っていたのです。

で、私は「そりゃあ原因の根本を反省しないからじゃない?」と答えました。

友人は「え?何で反省しないの?」と普通に分からないようだったので私は考えるよりも早く「思想教育の賜物」と口をついて出ましたねw

「あ~(納得)」と友人はそれだけで分かってくれました。さすが。

でも母親のこの怪我の件からも明らかですよね。母親は病院の主治医の先生に「もう次はありませんよ!」と叱られたそうです。

母親はそれに対して「私も好きで転んだわけじゃないわ!」とほざいていました。

そりゃあそうでしょうが、お医者さんが言っているのはそんなことではありません。「自分の体をコントロールできなくなるまで酔っ払うな」という当たり前のことです。

母親にとっては、その根本が見えません。

それは創価学会の用意した答えの中にはないものだからです。ですから何度でも同じ失敗を繰り返すのです。一事が万事この調子。

学会員ではない人でも、酒癖の悪い人、お酒好きなために失敗を重ねる人というのはいるでしょう。

母親もその要因を持っているのでしょうが、まあそういう人はたぶん飲酒による失敗というリスクよりも酒を飲みたいという自分の欲望が勝ってしまうのだと思います。私は一切飲まないので想像ですけど。

でもそこに原因が在ると自覚していれば、私の母親のように責任を他に擦り付けたりはしません。

間違ってもお医者さんに反論などしないでしょう。飲み過ぎた自分の責任だと思っていれば。

こうして思考を紐解いていけばいくほど絶望的になるという、創価学会に関わった者の悲劇が昨年のブログ休止の間にあった思い出ですかね~。まあほんと、今更ですが。

お休みしている間にシニフィエさんの「対話を求めて」では800万アクセスを達成しているし!おめでとうございます!!

ブログの更新もたまに思い出してはこんなこと書こう、あんなこと書こうと頭の中では文章を考えるのですが、一旦不定期更新にしてしまうとなかなか実行できず・・・。

また次の更新がいつになるかはお約束できませんが、私もにゃんこらも元気に過ごしている証拠ですので気長に気軽にお付き合いくださいませ。

あまり明るい話題ではありませんでしたが、こんな感じの新年一発目ですw

皆さまにとって2019年が笑顔の溢れる幸多き一年でありますように。

本年もよろしくお願いいたします。

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残暑お見舞いと罰の話。

2018-08-14 16:42:46 | 創価学会問題

大変ご無沙汰しております。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?

ご無沙汰すぎて何を書けばいいのか分からない・・・w

私や猫らは特に変わったこともなく、元気にしております。

ついこの間、4匹中3匹が年1回のワクチンの時期だったので動物病院へ行きました。マダラ君の腎臓病が去年分かってから、ワクチンの時期に合わせて血液検査もするようにしたのですが、去年、今年に続いて特に重大な疾患もなくまたこの1年元気に過ごせるかな、といった所です。

ブログをほぼ手放してしまってから、あまり創価ネタに触れる機会もなくなってしまいまして・・・。これは間違いなく良いことなのですがw

最近感じたこととしましては、所謂「罰論」に捉われる人の感覚というのを不思議に思いました。

前々からそういった人が多いことや、何故そういった心理に陥るのかは、マインド・コントロールなどを調べる上で自分なりには理解していたつもりです。

このブログ上でもそういった心理作用について幾度となく取り上げてきました。そういう理論を知ることで、「罰論」に捉われる人が少しでも自分の心を整理できたらと思ってきましたが、実際そこから脱却するのはかなり時間を要するようです。

私からしてみたら何故創価学会の言う「罰」をそこまで恐れるのだろう?と不思議なのですが、逆に創価学会を信じているからこそ「罰」も恐れる(信じる)ことになるのだろうと思います。

しかし、創価学会の功徳・福運に見切りをつけ辞めたいと思っている人ですら、「罰が怖くてやめられない、踏ん切りがつかない」という声も珍しくありません。

「功徳・福運」を信じられなくなったのに「罰」だけは信じる。これはおかしな話です。

でもネットで意見を聞いていると頭で理解できても心がついていかない、そんな感じのように見受けられます。

逆に考えてみればもう少し心もカタがつくのかな、と思います。「罰」を与えられるほど何らかの力を持っているなら、「功徳・福運」を与えることもできるはず、と。

きっと辞めたいとまで思っている学会員さんたちは、今まで学会で得たとされる様々な功徳・福運は「何もなかった」か「手放せる程度のもの」、または失ったものの方が大きかったのだったのだと思います。あるいは大きな得難い幸福であったとしても、それが全て学会の力によるものではないと分かっているか。

では、罰も同程度の「受け入れられる程度」のものであり、大きな不幸は学会の力によるものではない、と分かるはずです。

もしこのバランスが罰に大きく傾いているものならば、本当にそんな力が在るならそんな邪悪で恐ろしい力を持つ団体と関わりたくないものですねよね。罰という手切れ金を支払ってでも縁を切るしかないでしょう。

身近なことで置き換えてみるのも分かりやすいかもしれません。

どこかに100円落としたとして「あ~あ」と思うことはあるでしょう。

けれど100円を拾えずに悔しがる人はいますか?「今日も100円拾えなかったなんて・・・!」とかw

それが千円なら?一万円なら?

金額が大きくなれば落とした時の落胆、あるいはきちんと管理していなかった自分を責める気持ちはかなり大きなものでしょう。

けれど「今日も一万円を拾えなかった!くっそ~!」と考える人がいるでしょうか。

創価学会で信仰に励んでいる人も同じで、功徳や福運に恵まれなかったといって「くっそ~!」といちいち悔しがる人はいないですよね(たぶん)。あれは活動していること自体に充実を感じている人が多いみたいですから・・・。

けれど悪いことが起きたときだけ「信心が足りない」とか「信心のお陰でこれくらいですんだ」などとなります。

お金は大事なものなので、紛失したり盗まれたりしないように軽率には扱わず、きちんと財布に入れて皆さん持ち歩いていると思います。

日々の悪いことも同じく、健康に気をつけ、人間関係が円滑になるよう気を配り、社会の一員として文化的な生活が出来るように真面目に働き、困ったことにならないように私たちは生活しています。

上述から分かるように創価学会の信仰では、功徳・福運のメリットの裏側に罰がリスクとして存在しているわけではありません。

一万円を拾えないことを悔しいともおかしいと思わず、一万円を落とすことだけ怯えている。

あるいは拾えても100円だと考えているのに、落とす時は100万円だと思っている。

罰論は随分と幸せなこととは釣り合わない、気持ちの上で損をしていることだと思います。

けれど人は得てしてそういうものでして、幸運を拾いに行くアクティブさは持ち合わせていなくても、不運を回避するためには労力を厭わないものです。

そういう人の心理に付け込まれている、ということなんでしょう。

パッと目の前が拓けるような分かりやすい喩えではなかったかも知れませんねw

そういう「一発解決!」みたいな方法はマインド・コントロール、人の心に巣食う歪には存在しません。

創価学会を辞めても尚、罰論に怯えるという人もいらっしゃるでしょう。本気で思っていなくても「つい」頭に浮かんでしまう、というような話はよく見かけます。

けれど学会で言われていたこととは全く別のものに置き換えて考えてみると、客観的に捉える事ができるかと思います。そういった小さな煩わしさからも少しでも早く解放されるように、発想の転換の一つとして試してみては如何でしょう。

とても暑い日が続きますね。災害レベルの暑さとかどんだけだよ、と思っていたのですが先日墓参りに行きましたら、そのレベルの暑さを実感できましたw

普段日中は会社に閉じこもっているので、日中の暑さをあまり実感していなかったのですよ。それでも通勤時の暑さは充分地獄だと思っていたのですがね。

皆さまも体調にはくれぐれも気をつけて、この夏を乗り切ってくださいね。

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ご無沙汰しています PART2

2018-05-06 18:32:56 | 創価学会問題

ゴールデンウィーク最終日、皆さま如何お過ごしでしょうか?

大変ご無沙汰しております。やはり定期更新じゃなくなると間が空いてしまいますね。自分の性格的に分かっていたんですが。

私も猫たちも相変わらず元気にしております。

私のストレートネックも症状はほぼなくなり(ストレートネック自体は治っていないでしょうが)、通院ももうしておりません。

猫の腎臓病も大変調子がよく、点滴の間隔もだんだん空けていっているところです。毎日元気に過ごしております。

さて・・・久しぶりすぎて何を書けばいいのやら、ですが。学会ネタにも最近疎くなってしまって。これは間違いなく幸せなことなのですがねw

少し前にちょっと変わった夢を見ました。

夢の中で母親が一人で海外旅行に行っていて、予定していた帰国間近になった頃電話をかけてきたのです。電話で母親は今ロシアにいて、海外で見るもの体験するもの全てが興味深くとても視野が広がるというようなことを話してきて、まだもっと色んな世界を見たいから帰国を先延ばしにする、という連絡の電話でした。

その中で最後に母親は「お母さんはやっぱり学会員やってんなぁ」と言いました。前段の話とニュアンス的に、学会員としてとても狭い世界でしか物事を見ていなかった、という悔恨が滲んだ言葉でした。

リアルの母親は足が悪く、もう歳も歳ですし海外にも行ったこのとない人なので、一人で海外旅行に(しかも諸国漫遊!)など行けるわけがありません。でも一人ではないにしても海外、あるいは違う世界に訪れて体験すると何か意識の変化が訪れるものなのでしょうか。

目が覚めて「変な夢だなぁ」と思うと同時に、私は心の底では未だに母親に対してそういった「気付き」を諦め切れていないのだと自覚しました。

夢の中で電話を受け取った私は「今頃気付いたのか!」と呆れながらとてもホッとしていたのです。

まあ実際には海外に行こうが何を見聞きしようが全く変わらない、という可能性も少なくないのですがね~。しかし何がきっかけになるかは分からないものです。人生何が起こるか誰にも分からない。

そんな日が来るかもしれないと、夢を見る程度には期待するのもいいのかもしれません。

話は変わりまして「文春オンライン」にて学会関連の記事が出ていたのをご存知でしょうか?


創価学会「極秘資料」が暴く負の歴史 そこには「反戦・平和の団体」とはかけ離れた事実が記されていた(文春オンライン)

学会の現状を割と客観的に眺めるによい資料になると思います。

卒寿を迎えた池田名誉会長が第二別館に籠もりきり(?)とされる中、学会上層部の権力闘争の様子が描かれています。

その中の分析で興味深いのは、よくネット上ではXデー後に学会は分裂するとされている大方の予測とは違い、分裂させることができるほどの人材は今の学会にはいない、とされていることです。

またこのブログを訪れて下さっているような方々には今更な話ですが、かつての牧口、戸田氏時代の学会とはいかなるものであったのか、その時代から続く学会の歴史がどのように隠蔽され、都合よく捏造されていっているのかも紹介されています。

それは現代の公明党のあり方や理念とは全く方向性の違う事実であり、その違いを見ることによって創価学会は過去の経験や歴史、そして永遠の指導者と崇める牧口氏、戸田氏の生き様を踏みにじってでも何を守りたいのか、ということが伺えるのではないかと思います。

そのスタンスこそが、創価学会である、と。学会員さんたち以外にとっては今更ですがね。

割と読みやすい記事ですので、興味のある方は目を通してみて下さい。

さて、これでちょっとは学会ブログっぽくまとめられましたでしょうかw

なにせ久々のブログだったもので。

以前のように頻繁には更新できないとは思いますが、気長にお付き合い下さって頂ければ嬉しく思います。

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ご無沙汰しています

2018-02-18 23:09:42 | 創価学会問題

さぼり気味のこの拙ブログ、意外にもアクセス数が横ばいのままで訪れて下さっている皆様、温かく見守ってくださりありがとうございます。

少し週末お出かけが続いたり、コタツで寝ることをやめられなかったり・・・!健康に悪いのでやってはいけないですよ、コタツ寝。幸いにも私は体調は良好ですがw

少し遅れてしまいましたが、コメント欄にて時空無限さんがサイトの開設をお知らせくださいました。

「創価学会批判の常識」(時空無限さんのブログ)

分かりやすく、簡潔ながらも的確で要点をついた内容となっていてとても読みやすいです。

まだご覧になっていないという方は、どうぞ一度訪れてみて下さい。

今年は冬の寒さが厳しいですね。雪の被害も深刻です。

私は夏の暑さより冬の寒さの方がマシ、という人間ですが、それもこれも雪で困るほどの地域に住んでいないから言えることかもしれません。

まだ冬の厳しさは続くような予報ですので、皆さま体調とともに、路面の凍結や雪で思わぬ怪我などされませんよう、どうぞご注意くださいませ。

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