真実と幻想と創価学会

創価学会について色々書いています。ほぼ毎週日曜更新。

連休最終日!?

2019-05-06 20:32:51 | ブログ

10連休であった方もそうでない方も、明日から仕事という方が多いのではないでしょうか。

超、お久しぶりです!タイトルの「!?」には「えっ、もう10連休終わり!?」という感情が込められていますw

いくつか全回の記事にコメントを頂いていたのですが、こちらでまとめてお返事させて頂きます。

その前にひとつ、コメントは名前を入れて頂きませんと原則として未承認とさせてもらっています。公開を望む方は必ずお名前を入れて下さい。

・・・ということをトップページに表示しているつもりだったのですが、今更読み返すと書いていませんでしたね。以前はコメント欄のやりとりで何度かそのようにルールを説明していたのですが、これでは知らない人がいても仕方がありません。

ので、トップページにはコメントの注意事項として追記させて頂きます。今後はこの旨、ご了承下さい。


トニーさんへ。

小説読ませて頂きました。やっと一気に読む時間が取れた・・・。

私は特に短編なら一気に読みたいタイプなので、時間が取れるまで我慢していましたwなので返事も遅れに遅れたこと、申し訳ありません。

小説の内容についての感想はコメント欄に別途、書かせて頂きますね。

でも、出版社の方からリアクションがあったとのこと。凄い!これが最高と言わず、更なる高みを目指して下さい。最高で完璧なものなんてつまらないと思いませんか。今はそう思っていても、いづれここも通過点にすぎなかったと思う日が来るはずです。

ですので是非、夢を追いかけ続けて下さいね。

それとは別に、トニーさんのご経験が予想以上のもので驚いております。今まで、ブログに綴った私の経験に対してのトニーさんが下さった言葉の数々を思い返すと、納得できる部分もあるのですが。

事実は小説より奇なり、ではありませんが、現実に起こる出来事はただただ事実という無慈悲さがあります。そういった経験をして尚、力強くそして思いやりを持って歩んでおられるトニーさん。私にはない強さだと思いました。


希望さんへ。

希望さんのほうこそ、想像以上にお忙しい生活を送っていることと思います。なのにわざわざ私のブログのことまでいつも気に掛けていただき、ありがとうございます。

新しい展開を始められるようですね。これからのご活躍も応援しています。


河童さんへ。

私もトニーさんと同じく、河童さんの軽快でウイットに富んだ文章が大好きです。はい、残り半分ちょっととなりますが今年もよろしくお願いいたします!

そうなんですよ。骨粗しょう症なんですよ。私の母親は30代の頃にリウマチを発症しまして、その頃の薬の副作用ということらしいですが。生活習慣が決してよろしいものではないのでそのせいだけにするのはどうかと思いますね・・・という感じです。

みかんが骨粗しょう症に良いんですね。一応母親には言ってみますが、私の母親、果物嫌いなんですよね・・・。みかんなんて食べている姿を想像できない位に、食べないですね。

晩御飯がビール(発泡酒?第三のやつ?)と漬物の人間ですからねぇ。困ったもんです。

マインド・コントロールは社会心理学の分野に分類されるようですが、日本ではオウムの事件で認識が広まったこともあり、誤解や誤用も多いのが残念なことです。

仰るように「M・C=悪」などではなく最たるM・Cは教育でしょうね。学校教育だけでなく、社会で生活する上での所謂社会常識など、M・Cと言ってしまえばそうなるでしょう。

悪いM・Cというよりも、あらゆる道具と同じくただそれだけの存在を悪く(特定の利益のためだけに)利用するのがカルト宗教の手法、と言うべきなんでしょうが、実際は河童さんのご指摘のように一般的には悪いM・Cが横行しているような印象ですね。

創価をはじめとした悪徳新興宗教やセミナーなどのやり口が酷似するのは、目的が同じなので最適化された手段としてM・Cが利用されているってところでしょうか。新しく出来た組織などは分かりませんが、創価のようにある程度古い時代からあるものは知識ではなく経験論としてこのM・Cを利用してきた、ということでしょう。

私はこのブログを始める前後くらいから常々思っていたのですがね。義務教育課程でM・Cについて簡単でもいいので教えて欲しい、と。

自分でちょっとでも調べた方なら分かるのですが、M・Cは実際の生活に実に根深く取り込まれております。クーリングオフの制度は学校で学びます。それと同列のような感じで、M・Cが学べればいいのに、と。商品の解約についての制度も大事ですが、必要のない商品を購入してしまうセールスに踊らされない心構えも同じく大事です。そう、多くのセールスはM・Cの手法を利用しているんですから。


セイコさんへ。

お互い、学会は遠くなりにけり、ですね!心穏やかなこと。充実したご様子で何よりです。

セイコさんが恋愛マンガについて触れておられて最近本当に年代を感じる思いがあるのですがね・・・。

学生時代は面白い、面白くないは別にして普通に恋愛ものの少女マンガを読めていたのに、今はほんとーに受け付けなくなったな、と・・・w

何ですかね、あの登場人物(多くは女子中高生)たちの一喜一憂についていけない感じw

でも未だに少年漫画(面白い、面白くないは別にして)は変わらず読めるんですけどね。その中に恋愛要素があっても別になんともない。青年マンガやギャグマンガでも特に見方が変わったこともないんですが、少女マンガだけほんとーに読むに耐えない。女子高生とかの日常の恋愛マンガとかはもう読める気がしないですね。・・・これが歳か!!!

寂しい気もするんですが、面白くないものを面白いと思いたいという思いがあるわけじゃないので、別にいいんですがw←言っていること分かりますか?

エレカシの宮本さん、椎名林檎とのコラボがカッコいい!と思いました。大人の雰囲気で。曲こそ椎名林檎カラーが満載ですが、そのカラーに負けない宮本さんの独特の世界観がマッチしていると思います。


えー、コメントを下さったみなさま、お待たせして本当に申し訳ありません。

言い訳めいたことを報告しますと、実家で飼っていたにゃんこ三兄弟の飼育環境(両親が世話をしている)があまりよろしくなく、週末に通っておりました。両親も年ということもあるのですが、言いたいことを吐き出すととんでもない量になるので割愛します。

それで、様子を見ておりましたがこの先どうも改善の兆しはないと判断しまして、三兄弟全員引き取っております。これが最善の方法であるかどうかは、私自身非常に悩みました。最善とは、うちの4匹の猫らと三兄弟の猫らにとっての、最善か、です。

もう踏み切ってしまったので、最善にするしかありませんが・・・。思ったより大変ではない。けど、びっくりさせられることも日々起こりますw

ではでは、最後に創価ブログらしいことを少し。

人気ブログランキングに登録されているのでご存知の方も多いでしょうが、こんまんきさんの「創価学会はカルトです」というブログが最近読みやすくて拝見させてもらっています。

私と同じく、学会関連の書物を中心とした情報源でブログを展開されているのですが、圧倒的に情報量が違います。割と客観的なのはやはり学会員経験がないからでしょうか。

知らなかった、という方はよければご一読下さいね~。


13 コメント

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嬉しい限りです (希望)
2019-05-07 19:56:18
 久しぶりにブログを更新され、しかも、私のことにも言及して頂き、ありがたい限りです。心より厚く感謝申し上げます。

 ご紹介されたブログを、少しずつ拝読しています。私のブログでも紹介させて頂く所存です。

 今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
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Unknown (トニー)
2019-05-08 13:00:38
クロさんへ。
取り急ぎ、読んで頂いたことに感謝の意を送ります。

書き直せば書き直すほど、あちらを立てればこちらが立たず、こちらを直せばあちらが直らずで苦しむ毎日。それでも仕事の合間を見てはチクチク修正している次第です。

二十代の頃のあやふやな記憶だけが頼りですが、確かザードのマイフレンドは、100回ぐらい録り直してようやく納得のいくクオリティになったと判断して発表したのだとか。それに比べて、発表してから後出しジャンケンのように直しているどこかの誰かさんのまあ才能のないことないこと。

猫さんのお世話、お疲れさまです。正直、感想は聞きたいのですが、まずはご自愛くださいますよう、くれぐれもお願いします。
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ありがとうございます。 (希望)
2019-05-26 20:31:26
 ブログ「創価学会はカルトです」のことは、全く存知ませんでした。ご紹介頂き、心より厚く感謝申し上げます。
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トニーさんへ (クロ)
2019-05-26 21:26:24
感想を書くと言いながらとても遅くなって申し訳ありません。
ゴールデンウィーク明けにがっつり風邪をひいてしまいました。
この時期、よく風邪ひいてしまうんですよ。連休でリズムが狂うのと、暑くなってきて布団を跳ね除けて寝てしまうのが原因のようです。
トニーさんもお気をつけください。

感想の前に少々誤字や「ん?」と思う表現がありました。修正を重ねているとのことなのでいずれ直るかと思いますが、注意して読み返せばすぐに気づかれると思います。
誤字報告機能ってログインが必要なようなので・・・。
前回の感想では、私の意見を汲んで下さったようで恐縮です。
今思うと私も、いち読者というよりは編集者のようなつもりで作品を良くしたいと意見を出してしまいました。
でも別に特に読書家でもなければ編集者・小説家でももちろんなく、そんな人間が人の作品に口出しするのはどーなの?と恥ずかしくなった記憶があります。
なので今回はどうしようかと迷っていました。

でも出版社へ持ち込むとのことですし、私もトニーさんには夢をつかんで欲しい。
今回もやはり少し口出し的な意見を書きたいと思います。
あくまで素人読者の感想の範疇なんで、的外れなこともあるでしょうから軽く受け取ってください。

前回と同様、短編小説としてとてもよくまとまっていると思います。
特に後半にかけて盛り上がるというか、引き込まれていくのが読んでいて良く分かります。
主人公のユータ君は「まっとう」な感じで、それ故の不安や拒否反応がありつつ嫌なこと、ダメなことを「なあなあ」にしない強さがあって、いわゆる普通の子であるはずなのに魅力的に映りますね。
河童さんは告白のシーンに感動したようですが(それも分かる)、私は春休みの神社でのシーンが印象的です。
情景の描写と、静かなコスモの台詞にぐっときました。
詳しい描写でイメージした風景の中で、「死のうと思った」けど「今は違う」という感情が、あえて平坦に話すことと未来の話をすることで伝わってきて、「良かったなぁ」と思えて一番リアリティの感じられた場面でした。

出版社の方が指摘されていたことは、頷けることです。新旧を読み比べていないので改善部分が分かりませんが。
二人の仲睦まじさというか、ちょっとしたエピソードがあると奥行きがあるのにな、と思う部分がありました。
たとえばコスモが夏祭りで浴衣を着ますが、普段から着慣れているはずもない女の子があっさりしすぎです。
着付けに手間取った、髪型に悩んだ、着てみて何度も鏡の前で確認した、みたいなことをコスモが回想なんかでチラッと思うだけで凄く実感と奥行きが出ると思うんですよね。
かえってユータはそんなことに気づきもしないで単に「似合っている」と受け取っていると、男女の対比が出たり。
あと、前回のときからちょっと感じていたことですが、メインの女の子がトニーさんの理想かな?ちょっと理想像的なものが感じられるのが私には気になりました。
それが良いと感じる人もいるでしょうし、作品にプラスになるのかもしれませんが、私はあまり作者の意図が感じられるのは好きではないんですよね。
魅力的に書くなということではないんですが、「抱いて」って言う奴いるか?とか、エアメールで「殺した」ではなく「殺った」と書くのは現実的か?とか、追伸はちょっと可愛さを演出してる?とか・・・。
そういった部分にちょっと違和感を覚えました。あくまで私の個人的な感想ですが。
もっとナチュラルに描かれていればな~と思った部分がやはりヒロインに集中しているので、トニーさんの理想像があるのかと思った次第です。
それが良いか悪いかは、ほんと読み手によると思うのでなんともですが。

もう一つ注文ですが、商業ベースで考えるならば、一箇所くらいは細部&深部まで描写した場面があるといいかなぁと。
細部の描写はよりリアリティを、深部の描写はより共感を与えてくれると思います。
そういう場面が多いとくどいですが、メリハリがあると読了感が充実します。
本当に今回も文学の何たるかなど考えたこともない素人の無責任な感想なので、一つの意見とだけ受け取って頂ければと思います。

改めて、お返事が遅くなって申し訳ありませんでした。
次回作が仕上がりましたら、また報告していただけると嬉しいです。
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Unknown (トニー)
2019-05-27 04:01:29
クロさんへ。
真夜中にパッチリ目が覚めてしまいました。ブログを拝見したら感想があったので、ただ今お返事している次第です。本当にありがとうございます。

編集者的なご意見、感謝します。むしろ逆に、ただ単純に「面白かった」と言われても、正直嬉しくないんです。何故って敢えて自惚れたようなことを言いますが、「面白い」のは分かっているからです。そのさらに先へと突き抜けることが目的である以上は、むしろ編集者的な意見を言って頂いた方が有難いのです。

以前申し上げた通り、某出版社の方から指摘され、特に転と結にあたる三章のチェインジ・ザ・ワールドと四章のティアーズ・イン・ヘブンはだいぶ構想が膨らみました。ここまで長くなるともはや短編ではありません。中編か、無理やり分類するなら長編といってもよいくらいの長さになりました。作ろうと思えばこれだけで一冊の本を作れるぐらいの長さになっています。
河童さんやセイコさんに読んで頂いたときはまだ、ユータがいじめられたとか、スタジオのことが原因で二人が授業中に喧嘩したとか、三年の夏休みはたいへん充実しましたなどといったエピソードはありませんでした。しかしエピソードが出てくる順番、各エピソードのバランス、全体を通したメリハリや展開に関しては概ね納得のいく仕上がりになりました。クロさんがいつの段階のものを読んで下さったのかは不明ですが、いくつか思うところを書こうと思います。

まず初めに、自分から「抱いて」なんて言い出す中三の女の子なんているわけありませんよね。自分でも分かってはいるんです。あれはクロさんもご指摘して下さった通り、物語としてカッコよくしたいがために敢えてやったことです。言い訳でもなんでもなく、ツレに話したこともありました。
「大人が創造する子供のキャラなんてみんなどこか大人びているもんだよ。"魔法少女まどか☆マギカ"だって、中学生が言う台詞じゃないと思うものがいくつかあったもの」
このブログには、酢いも甘いも知り尽くした大人の男女しかいないでしょうから敢えて率直に書きますが、あれはコスモの「処女性」を強調するためにはむしろ必要だと判断してやったことです。したがって、「作者の意図が透けて見えるのが嫌だ」と言われたらそれはもうその通りだと白旗を挙げるより他ありません。

浴衣のくだりは全くもってご指摘の通りだと思いました。かれこれもう二十年ぐらい前ですが、当時付き合っていた彼女に浴衣を買ってあげたことがありました。花火大会の日の朝、同じ会社で美容師の資格を持っている女の子に帯を締めて貰ってましたね。その姿を、手のひらに顎を乗せてデレデレと見ていたら、視界の外側からやって来た上司に、「じゃあ今夜はゆっくり楽しんで」と嫌味を言われた思い出が(笑)。言われるまで完全に忘れていましたが、浴衣の着付けは、あれはあれで大変なのでしょう。

僕の描く女性キャラって、活発な子が多いですよね。おっしゃる通り、そういうタイプが好みです。これはもう、僕の作風だと許容してもらうより他はないのかも知れません。以前、「コスモにはモデルがいる」と話しました。僕の感性にはどうも女性的なところがあるようで、男性的な感性を持つ女の子が好きなんですよ。

「殺った」のくだりは、直そうかと思っています。確かにあれはやり過ぎですね。「親のせいで被った不利益を跳ね返すことに成功した、ところが結局、親のせいで不幸になってしまった」という残酷な現実。「中学生のカップル」という圧倒的弱者を引き離した、「死をもってしても全く同情されない父」。その二点をあの台詞で強調したかったのです。
まあ、他にも部分部分で自分なりの考えを文章に変換して思考を整理したいところはあるのですが、あまり長くなり過ぎるのもご迷惑でしょうからこの辺で切り上げることにします。
ともあれ改めて感謝の意を表します。

実はすぐ近くの飲食店にて、「自習会」なるものを主催されてる方がいます。週一回みんなで集まって、なんでもいいからとにかく勉強しましょう、といった会です。そこの方たちからも色々ご意見を頂いています。「確かにこれは面白い。そこそこ行けるんじゃないの」と。また中にはオリジナルで小説を書く方もいて、自分で書く者同士でしか分からない部分を相談したりもしているのですよ。人生最後のチャレンジになるかも知れませんが、行けるところまで行ってみます。

風邪を引かれたとのこと。寒暖差の激しい季節です。お互い体調には気をつけましょう。
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Unknown (セイコ)
2019-05-28 19:54:02
クロさん
季節の変わり目は体調壊しやすいですよね。
このところの異常な暑さにも身体がついていけない感じです。
大好きな庭も朝から暑くて外に出るのも憚られます。年だなぁと感じる日が増えてます(笑)

トニーさん
この作品が世に出たらファン1号です。
私は素人なので文章や難しいことはよくわかりません。
イチ読者として主婦目線で感じたこと、というか違和感を感じたことを一点だけ。
何かの参考になればと思い書かせていただきます。
一人息子のユータ君、娘が欲しかったといっても、中学生の息子を持つ母親にとって彼女と娘は違います。
ましてや異端ともいえるちょっと変わった女の子に初めから好印象は持たないんじゃないでしょうか。
娘がいたら一緒にお菓子作りをしたかったとか、母娘でお洋服なんかを一緒に買いに行けたのにとか、娘がいたら
そんなことを期待すると思うんですよね。
でもそんなタイプの女の子とは違うように見えるし、何より母親って息子にとっての危険な存在は本能的に
察知するところがあるんじゃないか、と。
上手く言えないんですが、母親にとって可愛い息子は異性なんだと思います。
親しくなるにはそれなりのエピソードがあった方がわかりやすいかなと思いました。
例えば浴衣の話が出ていましたが、着付けを手伝ってあげてる時に自分の思ってたイメージと違って
優しい娘さんだなぁと思う出来事があったとか。
まあ、母親は脇役なので作品自体には影響ないかと思いますが。
それにこれは私の個人的な感想ですしね。
wーン、余計なことでしたかね。

トニーさんも体調には気を付けて素晴らしい作品になりますよう頑張って下さい。
応援しています。
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Unknown (トニー)
2019-05-28 22:58:14
まず始めに、クロさんへ。
僕の小説の相談会のような状況になっていることを深くお詫びします。しかしもう少しだけ身勝手をお許しください。

セイコさんへ。ご意見感謝します。
かえってあれこれ反対意見を頂いた方が有難いです。自惚れたことを敢えて言いますが、あの物語が「面白い」ことには自信を持っているのです。しかしそれをただ「面白かった」と言われても、原作者としてはかえって「面白く」ありません。その更に先へと突き抜けるためにも、一般の方の編集者的意見への傾聴は大事なことだと考えています。

セイコさんに言われるまでまったく気づきませんでした。しかし、ご指摘の通りだと思いました。
家庭を守る母にとって、引っ越してまだ間もないアウェイの土地のマイホームです。いきなり毛色の違う女の子がやって来たら、普通は警戒しますよね。いきなり家にあげたりはしませんよね。たしかに展開が強引に過ぎました。
しかしこれには僕なりの、差別で傷ついた過去から生まれた言い分や言い訳があります。僕のおじいちゃん、実はアメリカ人なんです、…つまり母がハーフなんです。中途半端な混血なため、かえっていらぬ誤解を受け、イジメを受けたこともありました。しかも、日本生まれ日本育ちのため、英語も実は全く出来ません(自虐爆笑)。人種に対してもっとオープンであるべき、という理想を、ユータの母に重ね過ぎてまったのだと、ご意見を頂きはじめて気づきました。あらためて感謝します。

クロさんから、浴衣についてご意見を頂き、また自身の経験をもとに修正を行いました。セイコさんのご意見も尊重し、さらなる高みを目指し頑張りたいと思います。ありがとうございます。
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Unknown (トニー)
2019-06-02 17:25:36
みなさん。様々なご意見・ご感想をいただき、本当に感謝しています。それに基づき更なる改修を加えました。加えた以上、報告をする必要があると思いたち、このコメントを書くことにしました。だからあともう少しだけ身勝手をお許しください。

クロさんへ。
ありがとうございます。
以前のコメントにてお話しした通り、浴衣を着るのがどれだけ大変か、クロさんに言われて実体験を思い出しました。結果、三年の夏休み、花火大会を観に行ったときのコスモの台詞に、指摘されたような内容の台詞を書き加えました。
「帯の締め方を間違っていたことに今更になって気づいた。鏡を見ながら笑ってしまった。去年は会うなりいきなり喧嘩してしまったから言いたくても言えなかった、浴衣を着るのってけっこう大変なのよ」、だいたいこういった内容です。
また、「殺った」は「殺した」に変更しました。
やはりやり過ぎと判断し、「抱いて」も削りました。女が男を部屋に誘っているのだし、神社での約束という伏線もあるのだし、「薄暗い部屋の中で、桜の花びらが艶めかしく揺らめいた」で締めくくれば十分だと思ったからです。これだって年齢を考えれば色気があり過ぎますしね。

セイコさんへ。
ありがとうございます。
コスモに対する母の認識を書き換えました。
「部屋でのやり取りが下まで聞こえきてたけど大丈夫?ドラムを教えにきたという言葉を信じてうっかり家にあげてしまったお母さんもどうかしていた。元気なのはいいけど、ちょっと変わってるわよね」。1回目の訪問のときの台詞を要約して書きました。
ところが2回目の訪問のとき、「ご馳走さまでした」と、自分たちが使ったグラスを洗うコスモの姿を見て、「最初はちょっと警戒してたんだけど、案外いい娘ね」と感心しだし、しまいにはキッチンで昼食の準備を共にするようになる、といった展開へと繋げました。
「コスモに娘を見るのなら、一緒にお菓子を作ったりしたいはず。しかしコスモはそういうタイプには見えない」といった趣旨のご意見をいただきましたが、つまりそのイメージを逆手に取ったのです。コスモの家庭は共働きのため、すでに家事が身についていた、そう説明されれば無理なく読者は理解してくれるでしょう。また、肉食文化が根付いたアメリカ人の母の影響で、ハンバーグがユータの母より美味しい、といった設定を付け加えました。知っての通りあの時点でのコスモのイメージは二転三転しています。更にもう一捻りが効いて、かえって良い効果を発揮してくれました。

河童さんへ
ありがとうございます。
正直、病院での告白のシーンに、それほど破壊力があるとは思っていませんでした。原作者の意図を超えていました。「自習会」というグループに参加しているのですが、そこの方たちからも、あのシーンは良いと概ね好評なんです。しかし最初にそれを指摘してくださったのは貴兄でした。感謝しています。
ただし、告白シーンに限った話ではありませんが、煩雑に過ぎる台詞のやり取りはだいぶシンプルに生まれ変わりました。また、実は文字数のフォーマットが70,000文字までしかなく、ほとんど限界ギリギリまで構想が膨らみました。結果、70,000文字=原稿用紙175枚が、あの物語にちょうど良い長さだと半ば強引に決めつけ、修正を行いました。その中に収まるよう、余計な文章が減り、その分重要な情報が書き加わりました。
またユータが同じ高校へ行きたいと望んだ理由をもう一つ書き加えました。曰く「コスモの成績が悪いのはコスモのせいじゃない、コスモの親のせいだ。それを親や先生たちに証明したい」と。動機がより明確になったため、分かりやすい内容になりました。河童さんのおかげです。

もう少し煮詰めたら賞に送ってみようと思います。みなさん本当に感謝しています。ありがとうございます。
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Unknown (セイコ)
2019-06-02 20:52:55
トニーさん
少しはお役にたてたようで嬉しく思います。
トニーさんもお母様も他人にはわからないご苦労があったことでしょうね。
今でこそハーフというと美男美女、スタイル抜群のイメージですが。
これも相手のお国によりますし、人種差別ってなくなりませんね。
トニーさんはクヲーターですか?
イケメン男子かもしれませんね。

より良い作品となりますよう、ご自身で納得のいくものに仕上げてください。
心より応援致しております。
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Unknown (トニー)
2019-08-25 07:20:53
皆さんお久しぶりです。
以前読んでいただいたオリジナル小説「あの日の二人はもう居ない」ですが、いよいよもうこれ以上直すところはほぼないだろう、と言い切れるぐらいにまで仕上がりました。感謝とともにご報告させて頂きます。

以前から思っている事なのですが、親子の問題と創価学会の問題には共通点がある、と僕は常々考えています。ザックリ言うとどちらも共に、
「悪いことは全て本人のせい、良いことは全て体制側のおかげ。だから体制側である親や学会には感謝しなさい、疑ってはいけません」と主張しているからです。
しかし僕にはどうしてもそうだとは思えないのです。体制側に対して「間違っているものは間違っている」、そう指摘することの一体何がどういけないという言うのでしょう。
以前、「宮本輝は虐待をまるで理解していない」と指摘しましたが、それもまたそういった指摘の一環のつもりでいました。しかし学会員の文芸ファンにはまるで理解してもらえませんでした。なぜ理解されなかったのか。親子の問題と創価学会の問題は似ているが為に親和性も高いのが理由ではないかと今では考えています。つまり、「体制側に都合よくMCされている人達」には、宮本輝の何がどう問題なのかを考えようという意識がそもそも芽生えないのだろうと思っているのです。・・・他の作家は平気で批判するくせに。

僕は宮本輝とほぼ同じ時期に芥川賞を受賞した村上龍が小学生の頃から好きでした。小五の時に「コインロッカー・ベイビーズ」を読んで完全にヤラれてしまったのです。しかし単純に文章を書く事だけなら宮本輝の方が遥かに上手いと思っています。つまり村上龍だろうと宮本輝だろうと、良い所は良い、悪い所は悪いと認知して読んでいるという自負があるのです。宮本輝の何もかもを批判する意図はないのです。しかし「体制側に都合よくMCされている人達」には、それが解らないのでしょう。むしろ学会員の文芸ファンからは、僕の方が異端的に見えるのでしょう。果たして冷静に文学を理解出来ているのは一体どちらなのか、心ある学会員の方の意見を伺ってみたいところです。

つい最近、映画の「タイタニック」を、今更もいい所なのですが生まれて初めて視聴しました。一緒に暮らすツレがDVDを借りてきたのがきっかけでした。
以前セイコさんから、「母親は、自分の子供には近寄って欲しくない相手を本能的に嗅ぎ分ける」という趣旨のご指摘を頂きましたが、あの映画を観てその意味が本当に良く分かりました。愛娘であるローズ(ケイト)に近づこうとする貧乏な絵描きジャック(ディカプリオ)の事を、母親が辛辣に見ていたからです。また、男女の立場やパワーバランスこそ真逆ですが、身分違いの恋を描いているところとか、拙著「あの日の二人はもう居ない」と、僭越ながら似ているなと感じました。
他にも共通点がありましたね。物語の序盤で、なぜ過去の話が語られるのか、その理由が説明され、本編である過去の恋の話が始まり、エンディングで時間軸が現在に戻って来る。そして思い出を象徴するアイテムであるブルーダイヤなりブラッキーなりを手離してお終い。・・・似ている、という事は親和性が高い、という事でもあります。世界的に成功した映画にあやかれると良いのですが、ワハハのハ、まあまず無理でしょうね(笑)。

今思うと、初期の頃の「あの日の二人はもう居ない」は、漫画で例えたら鉛筆の下書き、いわゆるネームと同じくらい稚拙な内容でした。「何だこの文章、下手くそだな、何が言いたいのかこれじゃ分からないよ」と、書き直した部分も多々ありました。また無駄な情報や重複する文章は徹底して削り込み、伏線を始めとした技術的な部分もだいぶ作り込む事が出来ました。構想も膨らみ、エピソードも増えました。ひとえに皆さんのおかげです。恐らく来年になりますが、何かの賞に出してみようと思っています。

無理とは言いませんが、もしご興味がありましたら、再読頂きたい、と願っています。ここまで漕ぎ着けた上で、それでもまだご意見がありましたら、どうぞ遠慮なく言って頂きたいからです。その方がむしろ有り難いのです。

何とぞ宜しくお願いします。

「あの日の二人はもう居ない」
https://ncode.syosetu.com/n1740fj/
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