真実と幻想と創価学会

創価学会について色々書いています。ほぼ毎週日曜更新。

お墓の記事

2017-09-24 23:05:06 | 創価学会問題

最近サボリ気味なのですが、私や猫らは元気に過ごしています。すっかり秋めいてきた今日この頃、いかがお過ごしですか?

またマインド・コントロールや学会関連書籍から記事を紹介したいと思うのですが、なかなか時間が取れず。

それ以外ではネタも少ないので・・・。

ところでこのgooブログではこのブログの「人気記事」が各記事の下に表示されるのですが、今の1位が「購入の決め手は価格より・・・」という学会墓苑に関する記事なのですね。

一般的な墓地購入の決め手となるニーズと、学会墓苑ではまるっきり逆のニーズで商売が成り立っている、というような内容です。

逆のニーズというよりは、本来は売れるはずのないものを有難がって買うように仕向けられている、という感じですが。

だって学会員さんたちだって一般的な上位のニーズである「交通・アクセス」や「価格」が満たされる方がいいですよね。それらが満たされない方がいい!というドMな人は、個別の問題として論ずるより他にありません。

満たされた上で創価学会が管理運営し、販売しているものであればいいわけです。

それができるのにしないのが、創価学会。

だから殿様商売であり、会員は足元を見られ蔑ろにされていると言わざるを得ない。2014年の古い記事ですが、改めて読み返しながらそう思いました。


8 コメント

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恐縮ながら長文失礼します。 (トニー)
2017-09-26 21:33:25
あの頃の俺ってほんとうに創価脳だったんだな、と思うような出来事がありました。
つい先日、百田尚樹の「カエルの楽園」という本を読んだんですよ。内容はまあ、おそらくだいたいのことは知ってるでしょうし、知らないのなら調べてもらえればと思います。読み終えたあと、いろいろ考えるところがあり、ネットにて他の方々の感想を読んでいたら、長らく忘れていた諺と出くわしたのです。
曰く「平和を欲するなら次の戦いに備えよ」。

まだ創価をやっていた頃のこと。東大を出た人が書いた、実在する兵器と、実在しない兵器を比較し、その実在しない方の兵器がいかにすぐれているか、ということを検証するという、頭がいいのか悪いのかよく分からない本を読みました。タイトルは「機動戦士ガンダム・モビルスーツ」。その本を読み、西側諸国で正式採用されている拳銃に使われる9ミリの弾丸のことを「パラベラム弾」と呼んでいると知りました。パラベラムとはラテン語で、「平和を欲するなら次の戦いに備えよ」という意味です。やはり学会にガンダムやミリタリーやらが好きな友人がいて、「パラベラムってそういう意味なんだって」と話をしたら、「なんか違くね」と首を傾げたんですよ。「うん俺もそう思う」と僕は答えました。当時は創価脳だったせいで、この諺の意味を正しく理解出来てなかったんです。あのような勘違いをしていたのは、聖教新聞紙上の「平和」という文字に踊らされ、脳ミソをお花畑色に染め上げられていたせいなんです。でも、今だったら本当の意味が分かります。これはより正確に言うなら、「平和に暮らしたいなら、常に警戒する必要がある」という意味なんです。解散総選挙、僕は自民党と決めています。自民党にもいろいろ問題はありますし、あくまでも消去法で選んだだけですが、中国や北朝鮮からの脅威に対しまともに対応できるのは自民だけとしか思えないのです。

ところで、安室奈美恵が引退すると発表がありましたね。いぜん読んで頂いたオリジナル小説「忘れ花火」は、『CAN YOU CELEBRATE?』が元ネタだと話しましたが、ようやく納得のいく形に仕上がったと思ったら引退と言い出したことに、やはり縁があったのかしらと思わずにいられないのです。で、ものすごく久しぶりに曲を聴いてみたんです。熱心なファンではないので、歌詞を暗記していた訳ではないのですが、元ネタだけあってやはり世界観が似てるんですよね。特に、「ずっと見守っていてくれる誰かを 探して 見つけて 失って」というくだりは、まさに「あの人」そのものではないかと感じたのです。ただし、初期の設定では「あの人」はいませんでしたけどね。

『CAN YOU CELEBRATE?』が発表されてすぐの頃、僕は学会員でもあったバンドのメンバーに、「『CAN YOU CELEBRATE?』って英語おかしくね?」と言ったことがあるんです。
「だってこれ直訳すると、『あなたも祝福してくれますか?』だぜ。普通二人きりの夜にそんなこと言うかな?」と。当時メンバー内で本を読むのはほとんど僕だけ、英語が分かるのはもっと僕だけ、という有様でしたので、「まあトニーが言うならそうなんじゃない」ぐらいにしか聞いてもらえませんでした。余談ですが仲が良かった女ヴォーカルのバンドによく詩を書いてあげてもいたんです。その女の子、歌は上手いのですが詩も曲も書けなくて苦しんでいたんですよ。「トニー君って女の気持ち書くの上手いね」と、当初からよく言われていました。一度全部英語の歌詞を書いたら一発でボツにされましたがwww。

いま改めて『CAN YOU CELEBRATE?』について調べてみると、やはり僕と同じ疑問を持つ人が少なくないようなんです。知りたいことはすぐに調べられる、ネット時代の恩恵ですよね。これは第三者に対して発言して、初めて正しく機能する台詞でありタイトルなんですよ。手前味噌な喩えをするならこういうことです。
「キヨちゃん良かったね。素敵な出会いがあったのは、ものすごい遠まわりをしたからこそなのよ」
「琴子、あなたも祝福してくれるの?」
「もちろん。キヨちゃんも言ってた通り、ムダなことなんてなかったんだよ」

「忘れ花火」の完成は、僕にとってもものすごい遠まわりでした。いま思うと若い頃は、情熱に任せて駆けずり回り、空まわりしていたようなところがあったのでしょう。「忘れ花火」のおかげで、小説の書き方というものが自分のなかでようやくカチッと見えてきたような感じがするんてす。先のことは分かりませんが、せっかくなんであと二つ三つ、短編を頑張ってみようと思っています。すでにもう一つ、物語の導入部分はある程度書きあがりました。

遠まわりをしただけに、「良いものが書けた」という手ごたえをよけいに強く感じてしまうのは仕方のないことなのかも知れません。しかし40過ぎの気持ちだけは若いつもりのおじさんが、若いお姉ちゃんを主人公にして書いた小説にいつまでも酔っているなんて、傍目に見たらイタイだけですよね。分かっちゃいるんですが、実はこの前、もう一度だけよく読み直してみたんです。「この言い回しクドイ、もっとシンプルにしよう」とか、「これ文法的におかしい」とか、やはりアラが見えてきた部分があったので書き直しました。その辺は、長くブログで記事を書いているクロさんにならよく分かってもらえるだろうと思っています。特に、起承転結の転にあたる仔猫の死のシーンで、本来なら「埋葬」と書かなければならないところを、「埋蔵」と誤っているのを見つけたときには、思わず自分で「徳川かよ!」と突っ込んでしまいました(笑)。また、クロ編集長から受けた「女の子の好きだったという気持ちに感情移入が出来ない、もったいない」という指摘には、やはり従うべきだと考え直したたのです。ノーウーマン・ノークライには僕なりの思い入れがあるんです。なので二人きりで車に乗っているときに「あの人」の台詞としてそれを語るシーンを追加しました(もし良かったら再読をばと願います)。「埋蔵」に代表されるような明らかな間違いは別として、もうこれで脱稿だ、と思っています。あまり人にあー言われたからこー言われたからと書き直してばかりいたら自分をなくしてしまいますから。「忘れ花火の完成に酔っているおじさん」からは卒業です。

ただ一つだけ親バカが許されるなら、やはり後半ですね。ちょっぴり不思議ちゃん、けれど陽気で友だち思いな琴子によって、この物語はハッピーエンドで幕を閉じるのだと読者に想像させるシーンは、自分でも生き生きしていて好きなんです。同じソファーに座って読んでいたツレが、それこそ琴子のようにニヤニヤしたときは我が意を得たりと満足でした。
「ねえ、これ、この人好きなんでしょう?好きなんでしょう?」
「原作者がすぐそばにいるからっていちいち聞くなよ。最後まで読めばおのずと分かるよ」
本当は嬉しいのに、わざと怒っているふりをしました。

創価批判とは関係のない、昔話や自慢話が過ぎましたね。たいへん失礼しましました。しかし胸にたまっていたものを一通り吐き出せてスッキリしました。

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ご無沙汰しております。 (セイコ)
2017-09-30 13:19:25
クロさん、お久しぶりです。
初めてコメントしてから4年が過ぎようとしています。
月日がたつのは早いですね。
お蔭様で、私個人は全く創価とは縁のないゆったりとした日々を過ごしております。
あの狂ったような忙しい毎日はいったいなんだったのでしょう、今思い出してもゾッとします。
笑えるほど嵌ってましたね。
クロさんはじめ、お声かけくださった皆様、その節は本当にありがとうございました。

クロさんの記事の中で心に残っていること。
沢山あるのですが、その中でもマインドコントロールについて書かれていたなかで、
「そちらの道は危ないよ(オバケがでるよ) こちらの道は安全だよ(景色もいいよ)」
とゆう話を聞き続けるとこちらの道を行くようになる。」
そんな感じだったような、違ってたらごめんなさい。
ただ、これを読んだ時、なるほどな、と思ったのです。
産まれた時から、ご本尊様はすごい、創価は正しい。他は邪宗だ、間違ったものを信仰すると不幸になる。
おまけに、ご本尊、創価から離れると地獄におちる、なんてことを、家でも会合でも、ことあるごとに聞かされて生きてきたんですよね。何十年も。
そりゃ、魂に染み込みますわ。
だから、会合に連れ出されるんですね、その度に聞かせて、それが目的なんです、あと、数合わせと。
自分では自分の意思で動いてると思ってても、心はマインドコントロールされたままだったのですね。
気づくのも大変ですが、心の癖のようなもので、なかなかすぐには抜け切れません。
最近、とくに母を見てておもいます。
根底に「自分は悪くない、間違ってない。」とゆう想いがあるから、絶対あやまらない。
あと、自分を信じられないから、ばかにされたくない、今にみてろ、ご本尊があるかぎり、必ず貴女より幸せになってやる、とゆう捻くれた闘争心のようなものも感じます。
まあ、それもこれも離れてみれば、とゆうことですが。
私の場合は打ち上げ花火だったかもしれません。
今は線香花火かな。これからが長いです。

「カエルの楽園」読みました。
考えさせられますよね。
スピ系といわれる本も何冊か読みましたが、最近たまたま、物語の中で宇宙の始まりとか生命を形作るものとか語られてる本を読みました。
南無妙方蓮華経は宇宙の法則とかじゃないですから(笑)
ああ、そういえばありましたね「宇宙と仏法を語る」でしたっけ?
よくわからなかったし、既に学会関連の本はすてましたが。
最近読んだのはとても興味深く読めました。
思うのですが、以前読んだ本も覚醒前と後では全く感じ方が違ってたりするんです。
アレ、この本こんなこと書いてあったっけ?とか感動するところが全く違ってたり。
普通の人でもそうゆうことはあるのかな?
うまく言えませんが、素でよめるようになった気がします。

さて、又とりとめもなく書いてしまいましたが、季節の変わり目、クロさんも体調管理頑張ってください。
私のガーデニングも日課となっております。
花も野菜も、ヘタの横好きですが、やめられません。
最近はゆっくり楽しむことをおぼえました。
又、寄らせてください。


 




セイコさんへ (トニー)
2017-10-01 18:17:23
はじめまして。百田尚樹、読みやすいですよね。僕は永遠の0が好きで、小説・まんが・映画ぜんぶ見ました。

ところで覚醒前後では見え方が違うとおっしゃってましたが、確かにその通りかも知れませんね。今までになかった新しい観点を得た気がします。
むかし男子部の先輩から、遠藤周作の深い川を勧められたことがあるんですよ。キリスト教を賛美する内容で、曰く「読んでいて腹が立った」そうです。僕も読みました。確かに腹が立ちましたが
、だんだん可哀想に思えてきたんです。「間違った宗教に対して何という自己犠牲なんだろう。命を粗末にして」といった感じといえばいいでしょうか。
学会辞めてから知り合った友人に、三浦綾子の「塩狩峠」を勧められました。その友人が言うには、感動して涙したとのお話でした。読んでみたのですが、泣けませんでしたね。「遠藤周作の深い川のときにも同じことを思ったんだけど、どうしてキリスト教の人たちって自己犠牲が好きなんだろう?」と友人に言いました。
前述した通り、塩狩峠は学会辞めてから読んでいます。しかし深い川はまだ信じていた頃に読んでいます。いま読んだら違う何かを感じる可能性は高いかも知れませんね。

ところでセイコさんも、良かったら僕の小説、読んでみてくれませんか。やっとの思いで書き上げて、気に入っているんです。お願いします。

http://ncode.syosetu.com/n6108ea/
トニーさんへ (セイコ)
2017-10-03 13:13:24
はじめまして。こんにちは。
読ませていただきました。
とてもきれいな文章ですね。
私は文学少女でもありませんし、批評はもちろん、たいした感想も書けませんが、私が感じたことだけ書きますね。

全体的にとても読みやすいし、ほんと良く書けてるなあと思います。
指に魅かれるって、よくわかります。(実は指フェチ)笑。
指に魅かれてあこがれて、いわゆる初恋のような淡い感情から、5年の月日の間に少女から大人の女性に変わる時、その指に対する感情も綺麗からセクシーに変わるんでしょうね。
たとえば、見ているだけで幸せだったのが、触れてみたい、触れてほしいと思うように。
その指で私の髪や頬をやさしく包んでほしいとか、恋焦がれる切ない感情があると、もっと感情移入できたかな。ナンテネ、恥ずかしながらこれは指フェチの私の過去の経験です。
短編小説はあまり読まないのですが、短い中で、起承転結、盛り上がりをつくるのは難しいのでしょうね。
すごい才能ですよね。
クロさんもおっしゃってたかな(最近物覚えが悪くて)「忘れ花火」とゆうわりに花火の印象があまり感じられないように思うのは。
すみませんね、ど素人が生意気いってしまって。
最後のハッピーエンドの予感は幸せな気持ちで読み終えました。
それから、車は詳しくないのですがRX-7、シルビア懐かしいですね。
私の青春時代のど真ん中はちと古くてケンメリのスカイラインとかセリカあたりだったかな。
うちの旦那も結婚当初は赤いスポーツカーでした。
子供が産まれてからフォードア(セドリック)にかえましたけど。なぜか、今は旦那様が軽で私が普通車です。


作家さんって、情報収集すごいですよね。
ずっと以前に東野圭吾の「天空の蜂」を読んだ時にはじめて、原発の怖さをしりました。まだ、震災前です。
あのお花畑頭だった私でさえも目覚めさせられるんですから、それに比べハム党のいいかげんさにはあきれるばかりです。
混沌とした情勢ですが、しっかり考えて投票したいものです。
組織に居る時は、平和のため、人々のためだと思い込まされひた走りましたが、何も見えてなかったし、何より自分が何をしているのかがわかっていませんでした。
これも遠回りをしたけれど、おかげで、考えることができるようになったのだからよかったとゆうことなのかもしれませんね。
創価に関してだけは、こんな経験をする方がはやくいなくなるのを願うばかりです。

クロさん
この場をおかりして私のつたない感想を書かせてもらいました。
トニーさん
次回作楽しみですね。




セイコさんへ (トニー)
2017-10-07 01:19:07
ありがとうございました。
はい。作家さんはすごいと思います。たった今、小池真理子の直木賞受賞作品「恋」を読みました。その前に、島本理生の短編集「君が降る日」も読んだので、1日に2冊読んだことになります。

小池真理子の「恋」、ものすごく良くできた構成で、ほとんどイッキ読みでした。もし、浅間山荘事件がなかったら一面記事に出てきていたであろうと作中で紹介される、痴情のもつれから生まれた架空の殺人事件。一緒に暮らすツレから、小池真理子の「ソナチネ」という短編集を貸してもらってそのエロティックな世界観は理解していました。しかしこの「恋」はそんなのを完全に突き抜けた世界観を妖艶に描いているんです。最近でこそ「ポリアモリー」という恋愛観が認知されつつあるようですが(僕は嫌ですが)、もう10年近く前にそれを題材にしていた人がいたとは、と驚きでした。
僕は才能ないです。あんな少女マンガみたいなのをちょろっと書いたぐらいで自惚れている凡人です。長編なんて夢のまた夢。あんまり変なことを言っておだてないでください。
トニーさんへ (クロ)
2017-10-09 16:49:02
こんにちは。
「忘れ花火・改訂版」のお知らせありがとうございます。
編集長だなんてとんでもない。イチ読者の感想なんでw
再度読ませていただきましたが、素人の私の意見を汲みいれてくださりありがとうございます。
これは私の個人の好みかもしれませんがぐっと感情移入できるようになったと思います。恋心の切なさと言うか、甘酸っぱい感じが一気に広がった気がします。
この切なさを感じて初めて、それを一旦終わらせるという気持ちの整理に共感できるのではないかと思います。

アムロちゃん、引退ですね。全然現役でいけると思っていただけに少なからず驚きでした。
私も別にファンというわけではないので「CAN YOU CELEBRATE?」についてあまり深く考えたことはありませんでしたが、「誰に向かって言っているんだろう?」と最初思って、いやいや彼氏(旦那)?だろう、ということは「私が幸せになることを喜んでくれますか?」って意味かな、などと勝手に解釈してました。
遠回りをして結果、得るものが多かったというのは古今東西に言われることですね。
それこそ「無駄なことなんてない」ということのように。
人間万事塞翁が馬、にも通じることでしょうか。でもやはりそれは人間の心がけ次第で、経験を活かすということができない人は、成長できないということもあるのでしょうが・・・。私の母親を含め学会員さんを見ているとつくづく思ったりw

「カエルの楽園」は読んではいないのですが評判が高かったので大体の内容は知っています。
百田氏の話や「平和に暮らしたいなら、常に警戒する必要がある」という言葉でふと思い出しますのは、小学生のクラスメイトで「将来スイスに移住したい。だって永世中立国だから」と言っていた子がいたんですね。
私はその頃、まだスイスがどんな国かよく知らず「へー、じゃあ絶対に戦争にならないんやね。いいなー」くらいのことを言っていた気がします。
しかしご存知とは思いますがスイスは戦争放棄を謳っているわけでもなく、立派な軍隊を持ち、あまつさえ一般家庭に市街戦闘の手引きのような本と自衛用の銃が配布される「国民皆兵」を制度としている国です。
他国の侵略があれば焦土作戦も厭わないとか。
平和の定義は色々あるでしょうが、いわゆる日本人にとっての「平和」は恐らく日本でしか味わえないものではないでしょうか。ボケていられるくらい平和なのは日本くらいのものです。
今現在、北朝鮮問題では緊張が高まっています。たまにテレビでも「北朝鮮の話を聞くべきだ!」という人が出てきたりしますね。
話し合いは勿論必要ですが、それで解決するなら今の状態にはなっていないでしょう。
暴力を背景にして「対話しないと酷いことするぞ!」と言っている相手に対して、暴力に屈して仲良くすることは果たして平和への道となるでしょうか。
日本でも平和を訴えてデモをしている人たちのまあ暴力的なこと。「平和」という言葉を鵜呑みにせず、それがどんなものであるかを考える必要があるのだと思います。今の日本人は特に。
セイコさんへ (クロ)
2017-10-09 17:11:16
お久しぶりです。穏やかな生活を送られ、お元気そうなご様子で何よりです。

マインドコントロールは意図的に作られた思い込み、と表現すると分かりやすいかもしれません。
思い込みは誰にでもあるものです。食わず嫌いだったり、勘違いだったり、先入観だったりと。
それぞれほとんどが、生活の中で自然発生するものなので、誰かに操作されるということになかなか思い至らないのでしょうね。
たとえ操作されるとしてもテレビコマーシャルのような宣伝に引っかかる、程度の認識なのでしょう。
高度に熟練された手法では自身がマインドコントロール下にあるということにそもそも気付きません。気づかれるのは三流以下です。
創価学会は超一流といってもいいほどのマインドコントロール技術を駆使していますからね。というか、宗教という世界の中ではアドバンテージが高すぎるんですけどね。
けれどそれだけに、宗教の世界から抜け出し、マインドコントロールにあったことを知った人はそのアドバンテージが無効になります。三流以下のものにしか見えなくなるんですよね。
時間はかかるとしても、そこから踏み出せたことが一番重要なことです。その一歩が、できない人が多いのですから。
逆に一歩さえ踏み出せれば、それこそ無闇な努力など必要なく時間が解決してくれるでしょう。

昔読んだ本の感想が全く違ってしまうというのは、普通にあることだと思います。
大人になって色々経験を積んで視点が広がれば、昔は見えなかったことが見えるようになったり、昔はスルーしていた登場人物の考えに共感するようになったりとか。
その違いによって、自分がどう成長したのか、どういう経験をしてどう変わったのかを自覚することも多いですよね。
そういった自分自身の再発見も楽しかったりします。
「宇宙と仏法を語る」は読んだこともありませんがw、誰にも分からないことをしたり顔で説いた上で費用が発生する状況に持ち込む人間ほど信用ならないことだけは分かりますね。

ガーデニングは秋の収穫の頃でしょうか。楽しい季節ですね。
まさにご自分の庭。好きなように手を加え、愛でてあげてください。
是非また、近況報告などお寄せ下さいね。
Unknown (トニー)
2017-10-10 00:17:06
暴力を背景にして「対話しないと酷いことするぞ!」と言っている相手に対して、暴力に屈して仲良くすることは果たして平和への道となるでしょうか。
日本でも平和を訴えてデモをしている人たちのまあ暴力的なこと。「平和」という言葉を鵜呑みにせず、それがどんなものであるかを考える必要があるのだと思います。今の日本人は特に。

カエルの楽園で訴えていることって、まさしくそこなんですよ。スイスの国防に対する意識についても、日本人はもっと学ぶべきだと思うんです。彼らは本当にしたたかに、第二時世界大戦で荒れていたヨーロッパ荒海を泳ぎきりました。自国のエリコンというメーカーが開発した20ミリ機関砲のライセンス生産権を日本に売って儲けたり(ゼロ戦の99式2号銃として採用されていました)、金塊を蓄えヒトラーとの商談を成立させることで領土を守り、褒められた話ではありませんがユダヤ人難民の入国をキッパリ拒否したというエピソードもあったのです。
もっともっと国防について学ばなくてはいけませんよね。返信不要です。

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