『やんちゃジジイ・ゆうちゃん』のイカすセカンドライフ

我儘で『やんちゃ』な爺さんの目標は、
周りに笑顔を振りまいて、楽しくセカンドライフを生きる事。

出張好きな人々

2006年01月29日 | Weblog
明日から一週間の予定で、福岡へ出張。
家を一週間空けるのは、8年ぶり。

去年の地震で、九州大学の所有する大型の電子顕微鏡が
壊れ、一年以上研究がストップしてしまっているために
緊急予算で復旧することになった。
そのための調査とテストに出向く。

会社の仕事で一番嫌いなのが出張。

出張嫌いの理由は沢山ある。
荷物を持って出かけるのが嫌い。
移動で疲れる。
お客様と会って話すのが面倒。
飲みに行ったりで無駄遣いが多い。
熟睡できない・・・・など等・・・・・

でも本当の理由は僕が設計技術者だから。
設計者が客先に行くというのは自分の感覚では
ヘボな設計をしたから、後始末に行くという感じ。
それでも、自分の作っている装置は地面の振動や
磁場、電源の問題で社内と同じ性能を出すのは
結構大変なこともある。

だからといって、設計者が出張するのはおかしい。

たとえば乗用車。
調子が悪いからといって、設計した人が来るだろうか?
大体はディーラーで処理をしてお客様に戻すだろう。
それは、サービスマニュアル等が充実しているのに加え
整備士にきちんとその内容が解る様につくられているから。

自分の装置はいわゆるカスタムメイドなので
そこまでは出来無いが、社内で十分に教えている。
つまり、デスクから指示を出して済ませられるというのが
僕の考え。
実際に去年、ドイツで事故があり復旧に出張要請が
あったのを、メールで指示を出して事を収めた。
お陰で出張回避出来ただけでなく、現地のエンジニアが
自信をつけたのと、僕との信頼関係も深まった。

会社には出張好きというのがわんさと居る。
出張に行くと小遣い稼ぎになるからなのか?
それとも旅行みたいな気分になれるから?
とにかく、自慢げに「出張なんですよ・・・」
という御仁が本当に多い。

他人はともかく。僕は大嫌い。

ただ、今回は例の地震で壊れた装置を復旧するためなので
設計者が判断しないとならない部分があって引き受けた。

出張は一難半ぶり。前回は12月の札幌。
今回は九州。でも、福岡も寒いらしい。
風邪をひかないように気をつけねば。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

脱走

2006年01月27日 | Weblog
わが家でウサギを飼うようになって、早くも3ヶ月。
最初は手の上に乗る大きさだったのが、みるみるうちに大きくなって
今じゃケージの上を開けると、首から上が出る程の大きさに成長。

ウサギに限らず、動物は成長が早い。
なんでも、生き物で一番成長が遅いのが人間だそうだ。

わが家のウサギ、帰宅してケージの前に立つと八の字を描くように
くるくる回って、遊んで欲しいとおねだりする。
それでも、ケージから出して貰えないと、後ろ足をケージの底にある
すのこに「タン!!」って音を立てて、まるで不満をぶちまけているような
いわゆるスタンピングという行動を取る。

これを見ていて、長女の小さい頃を思い出した。
長女は2,3歳の頃、自分の思った通りにならないと
「ドンドンしてやる、ドンドンドン!!」
って言いながら足踏みしながら親を脅かして、
自分の思い通りにさせようとしていた。
その仕草が可愛くて、
「ドンドン」見たさに嫁さんとわざと意地悪してみたり・・・

飼い主に似たのかも?
でも、そんな事を思い出しながらウサギを見ている。

成長して、ケージから首が出るようになって
近頃はケージの柵を跳び越えて脱走することが多くなった。
昨夜も、夜中に脱走。
ガタガタと音がするの、が電気をつけてみると玄関で靴をかじってる。

でも見つかった途端、慌てて隠れようとするのだが、
フローリングの廊下で足をツルツル滑らして慌てている。
ウサギって足の裏も毛が生えていて、滑るらしい。
これがまた見ていて楽しい。

そんな事もあって、最近は朝に少しだけケージから出してやっている。
洗面所と廊下のあたりを散策して、隙間があると潜り込む。
でも足が滑るので、まるでボートに乗ろうとして船が動いちゃった時のような
ビヨーンって体を伸ばして、尺取り虫みたいに動いている。

ウサギって、こんなに可愛い動物だとは思わなかった。

もう一匹増やすとしても、わが家の子はオス。
増やすのがオスだと、縄張り争いで年中喧嘩らしい。
逆にメスならば暇さえあれば交尾。ドンドン増えちゃいそうで増やせない。
ちなみにプレイボーイのマークがウサギなのは
ウサギのそういった処から来ているらしい。
嫁さんに
「そんなところも飼い主に似ているのかな・・・・・?」
と言われるので
「オスっていうのはどんな動物でも同じなの・・・・」
と言って笑っているものの
「そうかも・・・・?」と空しくなる自分。
随分、ご無沙汰だよなぁ・・・・

さらに嫁さんと話している事。
「このまま彼女も出来ないで一生終わっちゃうんだね・・・・」
どんなに大事に飼われても、ウサギは本当に幸せじゃ無いのかも?

わが家の子供達には、沢山人を好きになって大人になって欲しいと思う。
人を好きになって、振られて・・・・人の気持ちが解るようになる。
人を真剣に愛した事が無い人生程、不幸なものはない。

たかがウサギの事で、こんな事まで考えてしまった。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

レッツ、ダンス

2006年01月25日 | Weblog
ある知り合いの旦那様が運動神経は抜群なのに、
サルサダンスについては何処かおかしい
という話を聞いて、何となく解るような気がした。


なんでも、ステップする時に脳からの信号が
ちゃんと伝わってないのでは?と思う程だそうだ。

実は僕も今、演劇をやっていて今度の公演はダンスが入る。
その旦那様のようになりそうで心配。

踊りも大別するといわゆるバレエ(モダンダンスなんかもバレエのたぐいなのだろう)、
そして最近流行ってるブレイクダンスやヒップホップ系のダンス。
もう一つは日本舞踊等の東洋系の踊りに分けられるんじゃないかな?

バレエは大きく高く舞い、美しさを追い求める。

それに対してブレイクダンスなどの黒人系のダンスは
地を這うような低いところでの踊り。

日本舞踊は腰のラインが上下しちゃいけない。
いわゆる上下動の無い地に足のついた踊り。

元々、日本人は人前でキスしたりする習慣がないから
ダンスなどの腰の動きっていやらしいイメージがあって
本能的に苦手なんじゃないかって思う。
特に男性はそうなんじゃないかなぁ?
ただ、今の若い子は別の種族のように結構上手に踊る。

戦後、日本がこぞってアメリカ文化を取り入れたけど
洋服の着こなし一つ取っても、欧米の物とは何処か違う。
歩き方だって、欧米人のようにしゃなりしゃなりと
リズミカルに歩いていない。いわゆるすり足、ベタ足。

洋服の文化で育った世代なのに何故かがに股、ベタ足。
これだから着物なんか着るのはとうてい無理。
案の定、成人式で見る女性の何ともだらしない着物姿。
がに股で歩くから、裾が割れてしまう。
着物は腰を動かさず内股で歩くのが美しい歩き方。
これは日本舞踊の足の運びや、仕草につながる物がある。

逆に洋服を着た場合の歩き方は、体の中心線を境に出す足を
気持ち中心より反対側にかかとから出すように歩くと美しく歩ける。
ファッションショウでモデルが歩く時のイメージ。
モデルさんは、このモデル歩きの訓練が重要だと聞いた事がある。
この歩き方は、リズミカルに背筋がピッと伸びてないと出来ない。
基本的に日本人の歩き方は、どちらともつかない中途半端。

話を元に戻そう。
運動神経が良くても、リズム音痴はいる。
逆にリズム感のある人は、運動をやると意外に上達が早い。

ダンスなんて、リズム。基本はステップ。
ソシアルダンスや街角でダンスの練習している若い子達を見ていると、
ステップとリズム、音楽のビートが合っていないのをよく見かける。
ダンスの基本が解ってないんだね。
ソシアルダンスなんか、僕は足元しか見ていない。
プロとアマチュアは歴然と違う。

ステップは音楽でいうと、パーカッションと同じ。
リズムが合っていないと、無い方がいい。

自分はダンス、どうなんだろう?
なんだか、リズム音痴のドン臭い踊りになりそうで心配。
ドジョウすくいみたいになったら、手ぬぐいでもほっかむりしようっと・・・・

なんだか、今日はまとまりのない日記になっちゃった!
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

残雪

2006年01月25日 | Weblog
先週の土曜日に、東京も積雪となった。

雪かきする人は、自分の都合のいいように雪をどかす。
雪は小さな山になって、溶けずに長いこと残っている。
氷になったら最悪!
滑るし、溶けないし寒さを増幅するし・・・・・

都心の雪は、出来れば放っておくほうが元に戻るのが早い。
雪かきするなら、日向に捨てないと・・・・
でも駄目なんだよな・・・・

今日は、会社のグランドでも同じことがあった。

いつもミニゲームをやる場所の一部が、積雪するといつも雪が残る。
陽が当たるけど、ボールが外へ出ないように張ってある
ネットの薄い影で、お日様のエネルギーが半減するらしい。

雪が溶けるまで我慢できない馬鹿ども!
昨日は雪の無いところだけでゲーム。
でも、少しでも広くやりたいから、
今日はグランドをならすトンボで雪かき。
驚いたことに今年の雪は、非常に軽い。
それだけ寒かったのだろう。
簡単にどかすことが出来た・

それで、サッカーをやるスペースは5m幅で増えた。
ゲームはそれでも、雪かきした反対側中心でボールが動く。
雪のあったところは、滑るしドロドロ。
案の定、ヘタクソが一人コケた。(僕じゃないよ!)

そして、ゲーム終了。
気がつくと、グランドの端っこに雪の小山が出来ている。
これ、春先まで溶けないんだよな・・・・・

やっぱり、自然に解けるのを待った方が良かったかも・・・・

家の周りでもそうだが、雪が溶けるまで
ゆっくり待つくらいの、心の余裕が欲しいもの・・・・・
自分を含めて、何か慌しい。

子供の頃、積雪すると長靴で足跡つけたり、
顔を雪にうずめて、デスマスクみたいなの作ったり・・・・
大人になっても、そういう心を持っていたいものだ。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

50thのバースデーカード

2006年01月21日 | Weblog
豪州に住む姉と、同い年の旦那、姪の2人から
50歳の誕生日を祝うバースデーカードが贈られて来た。

中身は、ローマ字の日本語と英語のメッセージ。
姉貴のメッセージは
「人生の半分を過ぎ、さらに充実した毎日を・・・・」
自分は、残り15年のつもりで生きている。
姉貴は100年生きるつもりなのだな・・・・・・

旦那の方は同い年なので、奴も今年3月に50歳になる。
なんでも、新しいギターを買ってご機嫌みたい。

姪のメッセージは、また会いたいという内容。

豪州では、50歳の誕生日を盛大に祝うようだ。
姉は3年前の誕生日にコンサートを聴きに行ったそうだが
その時に、ステージからおめでとうのメッセージを貰ったとか・・・・

日本で還暦を特別なお祝いにするのと同じ感覚だろう。
日本には写真にあるようなカードが無いので
3月に誕生日を迎える、義兄のために子供たちと一緒に
手製のカードを作るつもり・・・・・・

昨夜は劇団の女性たちからお祝いしてもらったり、
今日は、突然やってきたバースデーカード。
今年の誕生日は、派手さは無いが印象に残る誕生日になりそうだ。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

麻薬中毒になった自分

2006年01月18日 | Weblog
今に始まった訳じゃないのだけれど・・・・・
最近また、仕事で帰宅が遅く、12時過ぎになることが多くなった。

帰宅してから子供たちと、一緒にイビキをかいて寝ている
嫁さんの顔を見て風呂に入る。
たまに長女がベッドの中で、漫画を読んでいたり、
何やらこそこそとやりながら、起きていることもあるからだ。

風呂に入って、部屋に戻る。大体、ここで12時半から1時。
髪の毛乾かして、日記書いて、パソコンでメール確認、
ブログに書き込みしたり、ソーシャル・ネットワ-クを開いて
日記を書いたり、コメント書いたり・・・・

自分でも感心するくらい書くことが好きだ。日記なんか、
最初は高校の時にオリジナルのフォークソングの
詩を書いていて、それをノートに日付を入れて
適当に書いていたのが始まり。
それが社会人になって今の会社に入ってから。
仕事で使っている手帳に、その頃始めたウィンドサーフィンの
情報や風や気圧配置などを書き込んで「週末は何処へ行こうか?」
なんてコメントをつけて毎日書いていたのが、
いつの間にか毎日記入するようになっていたり・・・・・

結婚して子供が産まれる前あたりから、
その頃タレントの堀ちえみが書いてベストセラーになった
「おこがれママ日記」にもじって、「たそがれパパ日記」
なんて言いながら、今の常用日記をしっかり書くようになった。

子供が生まれて、今度は子供の成長記録。
普通は、こういった記録は母親が作るものだろうけど
嫁さんの場合、家計簿すら3日で挫折。
そんなことは絶対に無理。

成長記録は長女が未熟児で生まれたのがきっかけ。
生まれた日の感動を記憶に残して起きたくて、
最初は毎日、新聞の切抜きをスクラップブックに貼って
コメントを入れていた。
次女が生まれて2人分になり、日記、スクラップ2冊の三つ巴。
仕事がここ3年で異常に忙しくなり、帰宅が夜中になると、
コメントを書いて寝るのが精一杯。
切り抜きはしたものの、貼り付けずに溜まってしまった。
引越しを境に切抜きの整理が出来なくなり、さらにコメントも
去年の2月以降記入していないで12年続けた記録も昨年ついに挫折。
長女の卒業まで続ければ、区切りが良かったのに・・・と少々後悔。

今でも毎日書き続けている日記は万年筆で書く(写真)
手書きの日記は、書く前に内容や文章を考えたり、
書き始めると修正が出来ない、漢字を思い出す、
などのワープロでは無い作業が必要で面倒だ。
が、ワープロに慣れてしまうと、文章を書くときの
緊張感を味わったり、漢字を書くという脳みそを使うこと等
出来なくなってしまう事をやるという意味で手書きにこだわっている。

そうは言っても、ブログやMIXIなどは逆に
パソコンが使える上に、携帯で気が向いた時に
書き込みも出来るので、最近は、日記やこういった書き物が、
別の意味で気軽に出来るようになってきた。

こうなると、書き物は麻薬。
ブログ、ソーシャル・ネットワ-クはドラッグか、大麻。
気分転換や、気持ちを切り替えるのにもってこいのインターネット・・・・・
パソコンというメディアが病みつきにさせる。

いけない!????と思いながら、つい手を出してしまう・・・・・
夜中になっても、夢中になって書き込みしてるから体を壊したり・・・・・
これって、絶対に麻薬と変わらないと思うけど・・・・・・
取り締まられたら、たまらないよなぁ・・・・・
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「錨を上げて」

2006年01月17日 | Weblog
去年の9月から、とある劇団に加わっている。
先月までの4ヶ月間は、何度か日記に書いた通り基礎練習だけだったが、
ついに今年の6月公演の台本が、劇団から送られてきた。

題名は「錨を上げて」。
ジーン・ケリー、フランク・シナトラ、キャスリン・グレイソンが出演した
同名のミュージカル映画があるが、あれとは内容も全く違う。

土曜日に届いた台本、総ページ数109ページ。結構読み応えがある。

今回の「錨を上げて」は3年連続でヒューイ・ロックフィールドの脚本を
劇団代表の伊藤さんが演出したもので、舞台はカリブ海クルーズの
豪華客船の中で繰り広げられる様々な物語。
一応、ミュージカルなので挿入歌も12曲ほどある。

台本を開ける時、自分の配役が何なのか?ちょっとドキドキ・・・・・
子供の時に、テストや通知票をもらって開ける時の感覚に似ていた。
で、開けてみる・・・・・

自分の役は、客船のマネージャー。
客室係といった方が解りやすい。
台本を読んで行くと、さすがに台詞そのものは少ない。
だけど、芝居の中でちょっとしたアクセントをつけるという意味では
結構、見せ場がある役柄だ。

途中、お客さんとの恋物語もある。台本を忠実に読んでいると
えぇぇぇぇ・・・・・キスシーンまであるじゃないか!・・・・・・

それと、芝居の一番最後の台詞が僕の台詞になる。
これって、凄いよね?ラストシーンの台詞だよ・・・・・・
映画でも、演劇でも、最後の台詞がヘボだと締まりが無くなる。
そういう意味では、凄く大変な気がする。

もう既に2回目を通した。
今週の金曜日は、初めての本読み。
その時に初めて目を通すんじゃ格好悪い。
悩みの種は、3月からほとんどの休日は稽古で潰される。
子供と遊んだり、出掛けたりしたいけどちょっと難しそう。
だけど、他の人も出られない事があるらしいので、その辺りは臨機応変に・・・・

今年は、音楽も本気でやるつもり!
刺激があって不安が一杯だけど、、とにかく楽しもうと思う。
楽しもうと思ったら、何でも一生懸命やらないと楽しめないからね・・・・
一生懸命やれば、それが本当につまらなかった時に、
胸を張って「つまらん!」って言えるし・・・・・

よく、一生懸命やりもしないで、判ったような顔をして挙げ句の果てには
上手く行かないと、本気でやってないからとか言う輩がいる。
そういう人って、何やってもそうだと思う。

逆に、一生懸命やってつまらなかった事ってそんなに経験無い。
でも、今回の場合「一生懸命」と言うより「必死」という言葉の方が
適切な表現かも知れない・・・・・・
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

徒歩通勤の楽しみ

2006年01月13日 | Weblog
正月明けから、早くも2週間。
あっという間に13日。
今年はいきなり13日の金曜日なんだ・・・・

この間、徒歩通勤に切り替えた事を書いた日記に
僕の音楽仲間から
「・・・・知っての通り、うちの方は周りに何も無くて、
真っ暗で人通りも少なくてつまらないんだよね・・・ 」
ってコメントが入った。

奇しくも昨日は、帰宅の途についたのが12時近く。
駅から深夜バスで帰ろうかと思ったが、
折角始めた徒歩通勤、歩いて帰る事にした。

昨日は夕食も摂らずにいたから、途中のコンビニで
何か買おうかな?なんて考えているうちに、
既に住宅街に入り込んで、コンビニどころか明かりも
電信柱の外灯があるだけ・・・・・・・

仲間じゃないが、真っ暗で何もない。

でも、空の真ん中に月が煌々と明るく光ってる。
月齢で言うと14日くらいかな?と思って調べたら
http://www.moonsystem.to/
ぴったり!
という事は、今日が満月・・・・・・
あいにく曇りで、月は見られそうにない。
てぇ事は、これから夜中に狼男や吸血鬼に変身して
可愛い女の子を、襲えないわけだな(残念!)

でも、昨日は月を見ながら歩いていたら、周りの星が
どんどん見えてきた。
今頃見えるのは、何座だったかなぁ?
理科の勉強しときゃ良かったな・・・・等と考えながら。

星の光は何光年、何万光年もの遠いところから届いている。
たとえば100光年の距離の星の光は、100年前の光。
もしかして今はもう無いかも知れない。
星の光を考えると地球上の時間の感覚はせせこましい。

でも、冬の星空は本当に星が綺麗に見える。
冬は空気が冷たくて、いわゆる空気の分子運動が鈍く
光の直進を妨げない。夜空に限らず、昼間の景色も同じ。
こういう事、書いておくと一応科学技術に関わった
仕事をしてるように見えるかな?(見栄)

仲間は周りに何も無くて、真っ暗でつまらないなんて
言ってたけど、昨日は逆に周りがもっと暗かったらと思ったくらい。

また、一つ徒歩通勤の楽しみを見つけた気がした。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

徒歩通勤

2006年01月11日 | Weblog
今週から、徒歩で片道約25分の道のりを歩いて駅まで行く事にした。
歩いている間に町並みを眺めながら、英会話教室のポスターが目に入る。
そこに移っているのは、NHKの朝の連続ドラマの主演女優。
『へぇー、こんなところに出てたんだ・・・・・』と、納得やら感心やら・・・・・

ついこの間まで、車で通勤していると時間が短い代わりに、
行き帰りの事はほとんど記憶にない。
10月から3ヶ月は自転車に切り替えて駅まで通勤していた。
途中で見かけた物や電車の中で見た広告など、結構頭に残ってる。

そんな事を意識して歩いて駅まで行くと、更によく見えてくる。
ベランダに干された布団や洗濯物、家族構成や趣味みたいな物まで
見えるような気がしてくる。
これって、凄い事だよね。だけど当たり前の事のようで気がつかない。

人生もそうかも知れない。
何かに夢中になって、必死でやってきている時には気がつかない。
ふと足を止めると、今まで見過ごしてきた些細な事に感動したり・・・・・

そういえば昔、ウィンドサーフィンに夢中になっていた頃は
遊び心があって、音楽やスポーツも同じように思い切り楽しんでいた。

最近は仕事中心から、半分プライベートに時間を使うように変えたので、
その頃のように音楽や演劇を楽しみ、人生の楽しみが
再び、見えてきたような気がする。

「アンテナ高く、頭を低く」
街並み、途中で会う人々、足元の雑草や春に備えて膨らみつつある蕾・・・・
歩きながら、ゆっくりと周りを観察しようと思う。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ラジオへの思い

2006年01月06日 | Weblog
ニューヨークで安田ラジオ(http://www.yasudaradio.com)
という放送局を開局されているAkiさんこと、
(本名:安田明弘さん)とやり取りを通じて
自分にとってのラジオを考えてみた。

そもそもラジオは関わりが深い。
今の仕事である電気設計は、中学生の頃に納屋に転がっていた
埃まみれの真空管ラジオを掃除して、壊れた部品を交換したら
音が出て、電気工学に興味を持ったのが始まりだ。

その後は高専の電子工学科に進み、
実験レポートを作成したり、試験勉強したり、
200ページにも及ぶ通信関係の卒論を書いた時も、
深夜放送を聞きながらやったものだ。

ラジオで聴いた音楽を、自分もやりたくてフォークソングにのめり込み
組んだバンドで演奏した曲を、作曲者のメンバーがラジオ番組に投稿したら
その番組のディレクターに気に入られ、別のコンテスト番組に予選無しで出場、
決勝大会まで進みラジオでオンエアーされた事もあった。
その時に獲得したトロフィーはバンドの仲間が大事に保管している。
バンドは今でも続いていて、かれこれ30年になる。

とにかく僕の人生とラジオは関わりが深い。

ラジオの良さは、沢山ある。
目の見えない人にとって、ラジオは唯一の情報源となる。
ラジオドラマは、テレビよりも想像力を刺激される。

「ながら族」等とかつて言われたように、もう一つのラジオの利点は
ラジオを聴きながら仕事をしたり、運転したり、他の事が出来る。
本を読んだり、テレビを観ながらでは絶対に出来ない。

コマーシャルだって、映像だと出演者の表情や仕草でイメージが
出来てしまうが、ラジオの場合は出演者の顔や表情、仕草は
聞き手側の想像力で作られる。
多分100人聴いたら100人、聴く人数分のイメージが出来上がるのだと思う。

ラジオはテレビの映像のように、勝手に入り込んでこない。
聴く人間にとって優しく、刺激が少ないようで、逆に印象は深い。
要は、心に浸みる、心に残るのだ。

実際、子供達の反応を見ても感じる事がある。
自家用車で出掛ける時は、いつもFMラジオをかける。
コマーシャルが流れる。コントだったり、ラジオ小ドラマだったり・・・・・
子供達は、台詞の一つ一つに大笑いしたり、テレビでは無い反応をする。
しまいには、台詞を覚えて喋りまで真似をする。

こんな事が出来るのは、いつでも何処でも場所や時間をを選ばず
聴く事が出来るラジオならではの事。

『ラジオこそ近代文化の象徴で、一番人間的で、心に優しい、
名実共に「文明の利器」と言える物だ』と僕はいつも思う。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新年挨拶

2006年01月03日 | Weblog
昨日は、兄貴と弟夫婦と娘2人、従兄弟の一家4人と我家の4人が荻窪の実家で恒例の新年会。
従兄弟のところの子供は中学1年の女の子と小学5年の男の子、
我家は同じく中学1年の女の子と小学4年の女の子。
子供は、集まるなり早速ゲーム大会。
実家の2階にある3部屋は普段使われておらず、
子供たちが来ると集会場に早変わりする。
昨日は6畳間に炬燵とストーブをセット、
専用テレビまでセットしてまるで王様の様。

こんな時にしか会うことが無いのが親戚。
何所の家でもそうなんだろうけど、何だか寂しい気もする。

我々は1階の茶の間(リビングとは言わない)で、世間話に花が咲く。
団塊世代の端っこで今年56歳になる兄貴と、2歳下で年男の弟、そして8歳年下の従兄弟。
それぞれ生きてきた時代が少しずつ違い、全く違う考えの話もあれば、世代に関係なく共通する根性論など・・・・・話していて、きりが無い。

今回、初参加の従兄弟は高校の時に突然喧嘩に目覚め、10代に2000人の手下を従える暴走族のヘッドにまでなった。
会社や出来上がった集団に入って仕事をすることに馴染めず、20代からソフトウェアハウスを立ち上げ、今は安定した生活を営んでいる。

そんな従兄弟が暴走族時代に、仲間と数台の車で千葉の銚子まで行った時に、数千人の暴走族に囲まれてしまい、テトラポットに張り付いて隠れ、「テトラポットがこんなに安全なんだって判った」と実感した話。
そして、海水浴中に海岸へ停めていた車を砂で埋められてしまった話など、今となっては笑い話に花が咲く。

自分は、整備士の学校に通っていた頃に、東京の暴走族の間で伝説になっている「青山ゼロヨン」に参加した事や、今はテレビゲームのソフトにまでなった「ルーレット族」と言われる首都高速環状線での暴走レースの先駆者だったこと。
さらに結婚前の弟夫婦らと共に、今で言う正月の初日の出暴走に出かけた時に、着いた先の駐車場に車を四角形に駐車して真ん中を自分たちのスペースとして確保して、七輪や炭、鍋に餅網を持って行き、雑煮をこしらえて日の出を迎えた事・・・・・
春や秋に恒例行事のように、日光方面への爆走ドライブに出かけたこと等など・・・・・

従兄弟が居ると、そういった悪行も笑い話として出来る。

親戚の集まりは、基本的に好きだ。
兄弟、従兄弟、叔父、叔母・・・・・年に何回か会って話をする。

昔話を聞いて、いつしか親戚の言い伝えみたいに語り継がれる。
そういうのがとても好きだ。
自分も、親戚の間で伝説の男として語り継がれたら・・・・なんて思う。

そう・・・・、親父の23回忌の時に、自分の父の事を話してくれた叔父が
「若い頃からずっと憧れの兄だった」と今でも誇りにして話してくれたように・・・・

そういった話で盛り上がり、食事は寿司の出前。
最近はこれが定番になりつつある。
手土産に、お袋手製の漬物を待たされ夜9時過ぎに解散。

いつも思うのは、みんなが帰った後のお袋のこと。
賑やかだっただけ、みんなが去った後の静けさは、いつも以上に寂しくなるんじゃないかな?って・・・・
そんなこともあって、帰宅したら子供に必ず「今、帰ったよ!」と電話させる。

一足違いで、豪州の姉から新年の挨拶で電話があったそうだ。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

元旦

2006年01月01日 | Weblog
毎年のことだが、元旦は朝が無い。
というのも、大晦日は12時までテレビを観て
それからおもむろに年賀状を書き始める。
大体書き終えるのが夜中の4時。だから朝は起きられない。

普通の人は、賀状が元旦に到着するように、12月中に年賀状を書いて、郵便局に出す。
自分も昔はそうだった。
だがいつの日か、ひと月も前に「明けましておめでとう」と
賀状を書くことに疑問を感じるようになった。

それから、年賀状は大晦日から元旦の夜中に書くことにした。
昨日は、夜9時過ぎから格闘技や紅白歌合戦を見ながら、
約100枚の年賀状の宛名書きをした。

一人ひとりの名前を確認しながら、1、2行のコメントを書く。
今年も宜しく!一つでも、手書きのコメントにこだわる。

最近は宛名をパソコンに入れて、自動印刷が当たり前。
僕は、子供にも宛名くらいは自分で書くように言う。

まぁ僕の場合、文章を書くことに加え、字を書くのが好きで
ここ25年以上毎日、手書きの常用日記を書いているから、
年賀状の宛名書きなどは苦にならず、結構楽しんでやっている。

字が汚いのが少々気になるところだが、賀状の字が汚いぞ!!って
文句を言われることはないし、それが手書きの良さって訳で・・・・

そんな訳で、我家の元旦は正確にはお昼前から始まる。
今日は、起き抜けに初詣で近所の八幡神社へ行き、
鏑矢と交通安全のお守りを買って、その足で近くのスーパーの初売りへ出かける。
昼ごはん食べて、福袋を買って帰ってきた。
最近は元旦から営業しているスーパーやショッピングセンターが当たり前になっていて、福袋でもないと正月だかクリスマスだか、区別がつかないだろう。
いいのか?悪いのか?は判らないが、人が休むときに金を稼ぐ商売をするのは日本人ぐらいだろうな・・・・って思ったり。
クリスマスじゃないのに、街の飾り付けが一年中電飾だったり、クリスマスの飾りが11月上旬から飾られたり、季節感が乏しくなった東京。
文化も何も無いんだよなぁ・・・・・
そういう意味でも、やっぱり下町の方が、季節感があって好きだよなぁ・・・・
誰が、東京をこんな風にしちゃったのかなぁ?・・・・

たった2時間だったけど、売り場に居ると人の多さと熱気に負けて、帰宅したら疲れて、軽い頭痛。
都心に出て人ごみに入った時も同じで、本当に田舎者になったとつくづく思う。

雑煮やおせち料理を食べたのは夕食。
やっとお正月らしいひと時。
あすは、兄弟が家族を連れて荻窪の母親の元に集まる。
毎年、正月らしい時間は、意外とこの日だけだったり・・・・
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする