笑顔の伝道師 ゆうちゃんのイカす『やんちゃジジイ』

音楽、サッカー、演劇・・・・
還暦を過ぎた『やんちゃ』な爺さんの目標は、
笑顔を振りまいて、毎日を楽しく生きる事。

パテント(特許)提案

2017年01月31日 | Weblog

定年後に始めた新しい仕事。
設計業務なんて、まず無いと思っていたけれど、
意に反して全く未知の装置を作ることになった。

そして、紆余曲折を繰り返しながらも、何とかものになった。
エンドユーザーのお客様の立会の時に
『これ、欲しがる人がいると思うよ』
と言われて、ちょっと良い気分になった。

それならば、製品としてもしも受注が有ったときの為に、
今回はその装置で使ったオリジナルの技術のパテントを、
ダメ元で出してみようと『発明考案提案書』を作成した。

この『発明考案提案書』
前の会社の本社でも年間2通の提出ノルマがあって、毎年書いていたから、
そんなに苦労はしなかった。
本社に居る頃は普通にやっていたけれど、子会社に出向したら、
そんな文化が無いので驚いた。

考えてみれば、設計と言っても新規技術の開発などやったことが無い連中。
開発と言っても過去のものをコピーして、見た目を替えるだけの新製品の開発。
いわゆる開発・設計の部署ではなく、ほぼ生産技術的な設計でしかない。

それでも設計検討して、いろいろ試してたどり着いたならまだしも、
何も考えず『今まで通り』と、自分の考えを入れたり、新しいことにチャレンジしない。
そういう人達に、『発明考案』なんて書けるわけがない。
この時に、本社と子会社のレベルの違いを見た気がしましたね。

さて今回書いた『発明考案提案書』。
詳しいことは書けないけれど、要素として4件ほどのものになった。
パテントが取れるかどうかよりも、実際に実施居ているということを
世間に公示して、他社からパテントのことを言われないようにする。
一種の『抑止力』の意味合いもあるのです。

最初は、今の会社の申請書類の書式が判らず、
とりあえず前の会社で使っていたフォームに下書きした。
それを書き終えたところで、今の会社のフォームを貰ってみたら笑っちゃった。
何のことはない、記載することは
1.技術分野・背景
2.従来例と問題点
3.発明のポイント又はクレーム案
4.実施例(図を添付)
5.発明の作用・効果
6.応用・その他
と、形こそ違うが申請に必要な項目を書くという内容はほぼ同じ。
考えてみれば『パテント申請』という目的は同じなのだから、当たり前の話ですね。

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まいったなあ!

2017年01月30日 | Weblog

昨日は、また芝居の稽古。
あきる野市代表との練習試合があったのだけれど、
昨日出来なかった、唄の初めての練習があるので、
試合の方は若手に助っ人要請して欠場することにした。

芝居の稽古に行って、唄の練習の前に少しだけでも
姉さんと声出ししておこうと思っていたのだけれど、
なんと、殆ど唄を覚えていないという。
何でも音源のダウンロードが出来るのは、3日間だけで
座長が先生から受け取って僕に渡したのがすでに二日目で、
姉さんがダウンロードしようとした時にはタイムアウト。
何だか、呆れてものを言う気にもならなかった。

それでも稽古が始まる前に1回聴いて、譜面を見ながら歌えば
何とかなるだろうと思っていた。
でも、唄が得意だと言っている姉さんも、
1回聴いたくらいで譜面を見ながら唄うのは無理みたい。
僕は下手くそとはいえ、完璧では無いにしろ音をなぞるくらいは出来る。
そう言う意味では、僕もミュージシャンの端くれなんだなと思ってしまった。

1時から始めて、僕らが唄うM10まで待つこと30分。
唄を唄い始めたら、唄の練習を仕切る、若手の山中君が怪訝な顔をする。
『譜面通り唄って下さい』って…。

実はこのM10のキーはG(ラの音)。
基本的にE♭(ミとファの間)のキーである僕には、ちょっと高い。
とは言え、出ない音でもない。
嫌なのは、自分の声が作り物の声になることです。

バンドをやっているときはコーラスで高音パートをやることが多かったけれど、
その時は他の人の声と重なるので気にならない。
イーグルスの『Take it Easy』のカバーをやる時には、
2オクターブ上のE(ドの音)まで出していましたからね。
ところが、ソロパートとなると話は別です。
自分の声が作りものになってしまう。
これが僕がバンドでリードボーカルをやりたがらない理由なのです。

それでも、悔しいから唄いましたよ、譜面通りにね。
まるで、『もののけ姫』の主題歌を唄った、カウンターテノールの
米良一美さんになった気分(彼ほど素晴らしい声ではないですが)。
とにかく頭のてっぺんから声を出している気分。
なんだかねぇ・・・・

笑っちゃうのは、それを聴いてオペラの『テノール』みたいでいいと言う意見。
僕はオペラ歌手のようなエッジが効いていない、パーン!と立ち上がらない、
ヌルリとした音の立ち上がりの唄い方は好きじゃない。
オペラ歌手がロックンロールを唄っているような違和感でした。

でも、悔しいから1週間で、自分の唄い方にしてやる。
キーを変えて貰うのはその後です。

しかし、まいったなあ・・・・。
12年目にして初めて回ってきたソロパート。
せめて、僕のキーに近い音にして欲しかった。

でも、見てろよ!唄いこなしてやる。

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ボランティア

2017年01月29日 | Weblog

『PTAやめたの私だ ひとりの主婦の静かなる抵抗』を読んで思う事。

そもそも、PTA活動なんてボランティアだったはず・・・・
ボランティアとは、自らの意志により参加した志願兵のこと。
長じて、自主的に社会活動などに参加する奉仕活動そのものを指すこともある。
ボランティア活動の原則として挙げられる要素は、自発性、無償性、利他性、先駆性。
近年では、無償性の原則に関して「無償」の範囲をより柔軟に考えることによって
実費の弁済や一定の謝礼を受ける「有償」ボランティアが出現し、受け入れられてきているが、
微々たるものでも利益を生んでいるのであれば、決してボランティアではない気がする。

介護ビジネスなんていうのは、その典型じゃないのかな?
それでも、介護ビジネスに対しては『ありがたい』と感じることが多い。

さて本題のPTA。
実は次女の中学校と、長女の高校の入学式の時にその日程が重なってしまい、
僕が次女の入学式に出向いたことがあった。
どちらかに行かなければいいのに・・・・と思ったのだが、嫁さんが言うには
欠席すると役員を押し付けられる可能性があるというので、
仕方がなく、僕が休暇を取って出席したのでした。

入学式の後に、保護者だけの集まりが始まり、その場所でPTAの役員を決めることになっていた。
僕の事だから、『それなら俺がPTAの会長をやってやる・・・・』
と、集まりの場で発言したら、周りがザワザワし始めた。
なんでも、PTA会長や役員はほぼ決まっていて、その他の幹事みたいな
いわゆる『使い走り』の役を決まるものらしかった。
まぁ、それはそれで良いのですけれどね。

今のPTAって、ちょっとおかしいですよ。
子供会やお祭りをPTAがやっている。
僕らが子供の頃は、子供の自主的な企画でやっていた。
大人の物差しで作ったものじゃないから、出来が悪くても
子供自身は楽しんでやっていた。

教育委員会、PTA・・・・
今の教育で、子供たちのためになっているものは無い気がします。
だから、遣り甲斐もない。
PTAは本来『ボランティア』活動だったはずなのに、
今や『ボランティア(志願兵)』や『奉仕活動』ではなく、
嫌でもやらされる『徴兵』、『強制労働』だよね?

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時間がもったいない

2017年01月28日 | Weblog

今日も芝居の稽古。
座長から昨日の夕方に、僕が唄う曲の音源がメールで送られてきた。
幸い、車で仕事へ出かけたので、さっそくダウンロードして
車の中で聞きながら帰宅した。

帰宅してから、音源を聴きながら譜面チェック。
今回の公演では、4年ぶりに楽曲担当へ大塚彩子先生が復帰された。
譜面って、改めて見ると個性が出ますね。
当たり前の話なのだけれど、去年まで作曲されていた、
片野真吾先生の楽曲とは全く違う。

片野先生はビートがハッキリしている、僕にとってノリの良い楽曲だった。
ところが我が劇団のメンバーはこのビートに乗れない人が多い。
高齢者が多いと言うのが、その一番の理由。
大塚先生は、その点では高齢者向きの流れるような曲が多いですね。
出遅れても余り目立たない。

強いて言うならば、大塚先生はクラシックをベースにした『音楽家』、
片野先生はロックなどをベースにした『ミュージシャン』。
どちらも楽曲は素晴らしいです。

その音源を聴いて、今日の稽古までに全部覚えちまおう・・・・
そう思って、明け方5時まで述べ100回ほど練習してほぼ覚えちゃった。
こうなったら、最初から譜面なしで練習しようと意気込んで出かけた。

ところが、一緒に唄う姉さんには音源も譜面も届いていないと言う。
と言う訳で、今日は唄の手合せが出来ないで終わっちゃった。
おまけに夕方5時まで、他の唄の振り付け。
この間、僕は全くやる事が無くて、台本を読み直すしか無かった。

唄も、全然覚えていない人、個人練習していない人が居て、
その為に、振りつけもやたらと時間がかかる。

今年は4月1日の公演だから、もう台本なんか持って稽古している時期じゃない。
意識が低いと言うか、意識の差が余りにも大きくて、
何だか一生懸命やってる自分が、滑稽に思えてくる事があります。
正直言って、こういう時間は無駄な時間だなぁ・・・・そう思います。

かつて世界チャンピオンだった辰吉丈一郎が言っていた言葉。
『今日やらなければ、明日なんかない』
その言葉が、いつも僕の頭にあります。
世界チャンピオンになる人は、やっぱり違いますね。

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稀勢の里、おめでとう

2017年01月27日 | Weblog

今日、日本中が待っていた稀勢の里が横綱として、
明治神宮で『奉納手数入り(でずいり)』が行われた。


メンタルが弱くて、ここ一番に弱く、横綱になるまでずいぶんと時間がかかったけれど、
やっぱり日本人の横綱を、日本中の相撲ファンが待っていたんだね。

僕は中学校の頃に『月刊大相撲』という雑誌を購読していた。
当時の横綱は、引退寸前の大鵬に玉の海、北の富士の3人。
大鵬が引退し、玉の海が急逝して北の富士が一人横綱だった頃。

その後、北の湖と輪島が一時代を築き上げ、相撲人気は最高潮だった。

いつの間にかモンゴル人が相撲を取るようになり、
今や横綱、大関の半数以上がモンゴル人。
最初は旭山部屋だった気がします。

確かに強いけれど、『相撲道』みたいなことを
外国人が語るのを見て、あまりいい気はしなかった。
国技である相撲を、モンゴル勢に奪われてしまったって
そう感じていた日本人は多かったんじゃないかな。

色々な意味で、稀勢の里が横綱になるのを、
多くの日本人が待ち望んでいた気がします。

明治神宮の『奉納手数入り(でずいり)』を見に来た観衆が1万8千人もいたらしい。
凄いですねぇ。頑張ってほしいです。

ちなみに報道では『横綱土俵入り』って言ってるけれど、
土俵なんかないじゃないの・・・・
昔、購読していた相撲の本には『奉納手数入り(でずいり)』
と書かれていたから、何だか『土俵入り』っていう呼び方に、
僕はちょっと違和感があります。

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『頑張りが報われた一言』

2017年01月26日 | Weblog

今日は、去年から開発していた『ガルデントラップ』の立会い。
この装置は、去年の4月に急に話が出て、急遽ゼロから開発した装置。
アイデアが浮かんだのはお風呂の中でした。

炭酸ガスが出る入浴剤を入れて、湯船につかっていた時に、
『そうだ・・・・水蒸気を含んだ空気を水の中に潜らせたら空気しか残らない』
って思ったのでした。

それで、ガルデンと言う厄介な溶液を含んだミストを、
ガルデン溶液の中を潜らせることを真面目に考えた。
アイデアが浮かぶと、すぐに風呂から上がって漫画にした。

池や水槽に空気を押し込むエアポンプを使えばいいじゃないか・・・・
これでミストは溶液に溶け込んで、出てくるのは空気だけ。
アイデアは完ぺきでした。

まずエアポンプを買ったけど、空気の吸入口がハッキリしない。
それでバラバラにして、構造を検証した。
吸入口を改造してみたら、ポンプの能力が倍以上出るようになったものの、
とんでもない音が出るようになってしまった。

それでも、目的は溶液の完全回収だから、音の事は後回しにした。
ところがそこからが紆余曲折の繰り返し。
隙間がちょっと有るだけで、エア漏れして全く性能が出なかったり・・・・。
新たに加える電源やカバー等の物が、数ミリの単位で合わなかったり・・・

その度に組み直しをする現場のメンバーは、根気よくやってくれました。
今回は浮き袋に空気を入れる時に使う、足踏みポンプと同じ原理の
ダイヤフラムポンプというポンプを使ったけれど、こいつの出す音よりも、
むしろその排気音の方が凄かった。
車のマフラーを外すと、とんでもない爆音が出るのと一緒です。
ところが、今回はそういった消音機を付けられないのです。

そんな音の対策途中で、実験しながらポンプの代わりに、
掃除機を使ってみたら、思いの外上手くいった。
ただ、掃除機では、長時間回すとモーターが発熱するから、
24時間の連続運転が出来ないから使えない。
それでも、別の方法が見つかっただけでも、大きな収穫だった。

その他にも色々ありましたが、何とか立会いに漕ぎ着いた。
エンドユーザーである研究所の責任者が、
『努力や苦労の後が見えますね』と言ってくれた。

技術者は、そういう事が解るのですよ。
解る人には、大変なことが判るんだ・・・・って思いましたね。
その一言で、これまでの頑張りが報われた気がします。
これから音対策のため、また改造に着手します。

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爺さんの遠吠え:その2『横浜のいじめ認定』

2017年01月25日 | Weblog

『横浜市の原発いじめ問題』
教育委員会の判断は本当にひどいですねぇ・・・・。
正直言って、こんな連中が教育に携わっていること自体がおかしいと思いませんか?

そもそも、150万円もの金を出させる子供の感覚がおかしい。
金を出せば手出しをしない・・・・
やくざの『みかじめ料』と全く同じです。
まだやくざの方がマシかも知れません。
少なくとも、外敵からは守ってくれますからね。

余程、こういう子供は育ちの悪い親が育てたのだろう。
こういう子供が、いまは沢山居るのだろうか?

実はうちの長女も虐めみたいな目に遭っていた。
体が小さくて、僕のような変な親に育てられたから
個性が強く、いわゆる周りとはちょっと違う子だった。

子供っていうのは残酷な生き物です。
集団を作って、あるカラーに染まって行く。
自分とは違う色の人間には、無視するなどして仲間外れにする。
特に女の子のこういった行動は、陰湿だ。

小学校へ行って、何も人の迷惑になっていないのに
村八分と言った、目に見えない虐めに遭っていた長女。
担任の先生も、それに気が付いていたけれど、
子供なんて、先生の見えないところで陰湿なことをする。

つまり学校に虐め撲滅をいくら言っても無駄なのですよ。

虐めをする子供の家庭は、親や家庭に問題がある。
そういう親は、大人になっても同じような虐めをやっていると思う。

僕の知り合いの職場で、ある人をいつも虐めている人がいるそうです。
それも管理職。ちょっとトロいところがある人を、徹底的に虐めるそうです。
友人がそれを咎めても、そういう人間は気にしていないのです。

他人の気持ちを判らない人間ていうのかな?
自分がそういう目に遭ったら・・・・なんて発想は持っていないでしょう。

僕も退職前に、後釜の管理職からの虐めに遭った。
『パワーハラスメント』っていうらしいけれど、単なる虐めです。
会社も知っていながら、見て見ぬふりをする。

そう言えば、あの男・・・・どうしてるのかなぁ?
そういう事をする人間は、やっぱりどこか普通じゃない。
何かコンプレックスを持っているとしか思えませんね。

虐めをする人間は『弱虫』『負け犬』なのですよ。
自分の立場を利用して虐める。
自分より強い人間とは決して争わず、媚を売る。

親も、子供が奢ってもらったと胸を張って言ってるのなら
やましい事は無いはずでしょう?
だったら、名乗り出て世間に顔を見せなさい。
そして『奢ってもらいました』って堂々と言ってみなさい。

少なくともこんな判断しかできない教育委員会なんて、要らないね。
教育的じゃないもの・・・・・



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爺さんの遠吠え:その1・『電通』の自殺事件

2017年01月24日 | Weblog

今日から社会で話題になっていることについて思っていることを書こうかと思います。
題して『爺さんの遠吠え』
今日はその第一回目。
読んで気分を害する方もいらっしゃるかと思います。
逆に賛同してくれる方もいると信じてます。
炎上するほどコメントが来たら嬉しいけどなぁ・・・・
そうしたら、全部論破してやります。

さて、その第一弾。
最近はたまにしか聞かないようになった『電通』の自殺事件。
正直言って、私は『自殺する奴が悪い』と思っています。

うちの次女は毎日10時間以上の労働をして、帰りは夜中が当たり前。
次女が居るアニメ業界なんて、信じられないほどブラックな業界です。

朝出勤して、夕方に帰るという普通のサラリーマンとは天と地の差があります。
次女の場合、出勤は午後1時。
休憩などを入れて、早くても事務所を出るのが11時。
この時点で毎日10時間の労働時間。
そんな日は滅多になく、普通で終電。

休日は週1日。基本的に日曜日は休みだけれど、土曜日の仕事があると、
帰宅が夜中になるから、翌日の日曜日は夕方近くまで寝ている。
その上、それだけ働いても給料は8万円。手取りで6万ちょっとです。

労働基準法や優生保護法とか、まったく無視している法律違反。
契約書に書いてあることは契約時に
『こう書かないと労働基準監督署に通らないから』
なんて言われている、いわゆる確信犯なのです。

業界全体がそういう体質らしく、映画で大儲けしているのは配信会社と
それに近い連中だけと言うとんでもない業界と会社です。

本題の『電通』問題。
自殺した方には申し訳ないけれど、そんな事して何の得になるのか?
そんなに辛かったら『辞める』という選択肢があったはずです。
派手な業界で、夢を見ていたのでしょうけれどね。

それでも、その業界で生きて行こうと志している人もいるのですよ。
そんな中で一生懸命やっている人に対して、非常に失礼だなって思うのです。

綺麗事並べて、まるでヒロインみたいに扱われて・・・・
メディアにとっては格好のネタで、親も被害者面している。
だから、僕は同情どころか、軽蔑の目で見ています。

僕は娘に言っています。
好きな事やるなら、修行だと思って文句を言わない。
体を壊しそうなら辞めろって・・・・
生きていて、なんぼだろうってね。

 

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姉貴と電話

2017年01月23日 | Weblog

母親の7回忌のために帰国していた姉貴。
2週間の滞在で、木曜日の夜の便で豪州へ戻るそうだ。
日本に来てカードを作ったはいいけれど、僕のアパートに送られるようになっていて
不在の間に配達に来たらしく、再配達の手続きをしないとならないらしい。

そんな事があって、姉貴と一緒に日本へ来ている姪に宛てて、
どうしたらいいのか?メールした。
再配達してもらって、受け取っても渡さないといけないし、
法事の時に会ったきり、全然連絡もして来ない。

と思いながら、考えている矢先に携帯電話へ電話がかかって来た。
で、結局は自分で郵便局へ出向いて受け取って来たらしい。
まぁ、これで一つ厄介なことが片付いた。

姉貴とは子供の頃からすごく仲が良かった。
僕の生き方を肯定してくれ、背中を押してくれた一人でもある。
兄貴が海外赴任、弟は嫁さんの両親を面倒見ると言って家を出た。
僕が27歳の時に親父が他界。
それから祖母とお袋と姉貴と僕の4人暮らしになった。

姉貴は小学校の頃からの秀才。オール5は当たり前。
学校で成績がいつも三本の指に入るほどで、高校、大学でも変わらなかった。
そんな姉貴が、海外の日本人学校の教諭試験を受けた。
希望したのが一番倍率の高いシドニー日本人学校。
それも、簡単に合格してしまった。

それでも、いざ合格となって姉貴は躊躇っていた。
祖母とお袋を残して、日本を離れる事に後ろ髪をひかれたのでした。
帰国するまで僕が二人の面倒を見るから・・・・そう言って、送り出した。

ところが帰国寸前に、姉貴が電話してきて、
何か言いたいことが言えない様子。
僕はピーンと来た。
姉貴が豪州で知り合った豪州男性と結婚したいと言う。
祖母やお袋が反対するんじゃないかって・・・・
僕は姉貴に『大丈夫、俺が話するから思うように生きろ』って・・・・

姉貴が帰国するまでと、9年間も待たせていた彼女が居た。
祖母とお袋を抱えるのは、お互いにやりたいことがあったから
姉貴が帰ってくるまで待っていたのだけれど・・・・
そういった計画も、何だか無駄になってしまった気がして、
お互いに別々の道を歩もうって、別れることにした。

その彼女とは今でもたまに連絡を取り合っていますけどね。
嫁さんもその事を知っているので、問題はありません(笑)

ただ、今回の帰国で姉貴と色々話したかった。
本当に豪州に骨を埋めるのか?
電話でその事だけ聞いたら、もう少ししてみないと判らないと言う。

僕は親から貰った実家にアパートを建ててしまったので、
姉貴が日本に帰りたくても、帰る場所が無いのではないかって・・・・
何とかしてやらないといけないなって思っている。

色々とあって、一時は絶縁状態だったんだけどね。
やっぱり、姉貴の事が気になるのです。

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最後は勝って終わり

2017年01月22日 | Weblog

先週、準決勝で敗退した『小平市長杯』。
今日は3位決定戦がありました。

僕の感覚ではトーナメント方式の場合、優勝しなければ2位でも最下位でも同じ。
優勝と準優勝はそれくらい嬉しさが違います。
その理由は最後の最後に負けて終わる事でしょう。
高校の時に、補欠だったけれど全国高専大会で決勝まで進みました。
それでも、決勝で敗れて全然感激なんて無かった。
それ以外に小学校の頃の陸上競技でも同じ思いをした。
一番になるものと二番になるものは、精神的なものを含めて
やっぱり負けているんだと思う。
だから、逆に僕はどんな小さなことでも『一番』と言う事に拘ってきた。
このブログに何度もそういった事を書いています。

そんな訳で、今日の3位決定戦は違った意味で大事な試合。
勝って大会の最後を締めくくる・・・・・その結果が3位なのです。

対戦相手は西東京選抜。2年前に決勝で敗れたチームです。
このチームとは、この後開催される三多摩大会の初戦で当たる相手。
この試合に負けると、どちらも連敗で次の大会に臨むことになる。
そういう意味でも、絶対に勝って終わりたい試合でした。
ところが相手の西東京選抜のメンバーを見ると、明らかにメンバーを落としてきている。
舐められたものだな・・・・と思い、絶対に勝つという気持ちが強くなった。

今日はエースのナベちゃん、I倉が先発に名を連ねて、
この日が最後で、暫くチームから離れるK原とO崎の二人も先発出場させた。
僕は、いつも通り3点差がついて試合が決まったところで出場の予定だった。

ところが前半はお互いに得点が奪えず、0-0のまま折り返し。
守備の上手いメンバーを先発に使ったので、ここまでは想定内。
勝ちに行くため、後半からサイドバックに攻撃的なメンバーを残し、
センターバックの二人以外は、攻撃的なメンバーに入れ替えた。
その采配が功を奏して、後半の早い時間に1点を奪う。
その後は、エース・ナベちゃんが2得点。この時点で勝負はほぼ決まった。

その直後、フィールドのI倉から『行くよ』の合図。
久しぶりの『オーナータイム』になりました。
ナベちゃんが、僕の飛び出しに合わせた絶妙のパスが来た。
僕は抜け出してGKと一対一、GKをかわした所までは上手く行って、
仲間も『やった!』と思ったらしい。
ところが、その後に練習不足が露呈して、足が揃っちゃって、
一瞬、シュートのタイミングが遅れて、ゴールを外しちゃった。

その後のチャンスもゴールに向かえず、そのまま試合終了。
ゴールをお膳立てしてくれた仲間には申し訳なかったけれど、
目標通り、勝って大会を終わらせることが出来た。


つぎの大会で再び対戦する西東京選抜。
是非とも勝って、悲願の三多摩大会初勝利と行きたいところです。

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今度は左肩腱部分断裂

2017年01月21日 | Weblog

ずっと痛みが続いている左肩。
今朝は、先週受けたMRI検査の結果を訊きに、朝一番で整形外科へ行きました。
結果は『左肩腱板の部分断裂』だそうです。

今回の怪我は、右肩の時のような痛めた時の覚えがない。
レントゲンで骨に加齢性の棘が出来ていて、激しい運動をした時に
その棘が腱板に当たって、損傷したらしい。

部分断裂しているうえに、その棘は無くなっていないために
この先、完全に切れてしまう可能性もあるとのこと。
今は損傷部分に水が溜まっている可能性があって、白く映っている。
暫く様子を見て、その水を抜くのか?手術で縫合するのか?判断するそうです。

生まれてこの歳まで、体にメスを入れたことは無いし、
怪我で縫合したこともないのが、唯一の自慢だったから
手術には物凄く抵抗と、不安がありますね。

今朝は次女が夜中に泊まりに来て、まだ寝ていたので、
次女が出かける前に食べる、フルーツ入りヨーグルトを作って
冷蔵庫に入れてから、芝居の稽古に出かけました。

今日の稽古は、夕方まで唄の練習。
出来上がっている唄を、一通り唄ってからの通し稽古。
僕は唄にはほとんど参加しないので、その間は座長と話し合い。
その時に、作曲の大塚先生から頂いたメッセージに目を通した。

大塚先生は、今はカウンセラーとして活躍されていて、
その経験から、今回の芝居で僕と主役の姉さんが演ずる役について、
気持ちの持って行き方をアドバイスしてくれた。

今回はちょっとした心の傷を持った主役の女性と僕が演ずる
重度の糖尿病を抱えて、先行きが解らない男性の話。
先生のアドバイスは心の傷の事についてだった。

具体的なことは、ネタばらしになってしまうので書きませんが、
そのメッセージを読んで、僕と二人で唄う曲の詩の原案を見ました。
その歌詞を見るだけで、心が揺さぶられるような気がしました。

劇団に入って、12年目にして初めてソロで1曲唄う。
何だかちょっと荷が重い気がしますが、楽しんでやろうと思います。

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61歳の誕生日

2017年01月20日 | Weblog

今日は、61歳の誕生日。あっという間に定年退職から1年が過ぎた。

定年後はノンビリと過ごすつもりで居たけれど、意に反して2月から新しい仕事をやり始めた。
それでも、出社時間や退社時間は好きにしていいと言われ、なおかつ時間給のレートも悪くない。
前の会社で雇用延長して貰う給料と遜色なく、残業したらその分手取りは増える。
有給休暇も10日あるけれど、使わなくても自由に休んでいる。
僕がアマチュア劇団に居ることも承知してくれているから、芝居の公演の時は4日間休んだし、
9月にはスイス旅行で10日間、11月の東北行きも5日間休ませてもらった。
そう言う意味では、今の会社以上の雇用条件は無いでしょうね。

そうそう、今週だって四国旅行で3日間休んでますからね。

その四国旅行から帰った水曜日、お土産を届けるついでに、
例によって次女を迎えで、三鷹の自宅まで送って行った。
その時に、誕生日のプレゼントが用意してあった。
次女は神戸屋のプリンのリングケーキ、長女は僕の好物チョコレート。
翌日が嫁さんの誕生日なので、同じものが2つ。
毎年、忘れずにプレゼントしてくれています。



ところが、チョコレートは一人で居るとほとんど食べない。
その結果、冷蔵庫には去年のバレンタインデー以降に貰ったチョコレートがたくさん入っている。
賞味期限は過ぎちゃっているのだけれど、チョコは大丈夫だからと言ってるんだけど、
最近、次女が来るたびに冷蔵庫のチェックをされて、賞味期限が切れたものを捨てられちゃってる。

3年前のものまであったりして、ゴミを冷蔵庫に保管しているようなもの。
そんなわけで帰りがけに『さっさと食べちゃいなよ』と次女が釘を刺す。
このプリンのリングケーキ、美味しいです。

長女は今年25歳、次女も22歳になる。
いくつになっても忘れずにいてくれる娘たちに感謝です。

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四国の魅力

2017年01月19日 | Weblog

今日はいつも通り昼過ぎに出勤。
何だかちょっと疲れていたのですが、仕事をしていたら8時になっちゃった。

四国旅行は期待以上に楽しくて、また行きたいなぁと思いました。
四国=小さい・・・・っていうイメージが有ったのだけれども、
実際に行ってみて、高知県の広さには唖然としました。

宿泊した高知市は高知県のほぼ中央。
西の足摺岬まで120km、東の室戸岬まで70kmと少し東寄りにある。
昨日の写真で見た通り、海岸から山が隣接していて、街はあまり大きくない。

気になって、高知県の事を調べてみました。
高知県県土の面積は四国地方全域の約38%、日本全土の約1.9% を占め、全国18 位の大きさです。
高知県の地勢をみると、山地が多く、森林が県土の約84% を占め、可住地面積の割合は約16% と、
なんと全国最下位という事です。意外ですねぇ・・・・
高知県の市街地は、高知平野に広がる比較的まとまった規模の市街地を除くと、
小規模市街地が河川流域や海岸地域の低地に散在する状況にあると書いてありました。

でも、この土地から明治維新から偉人が沢山出ている。
高知駅前の観光案内所にこんなものがありました。

まずは坂本竜馬
武智半平太

岩崎弥太郎

中岡慎太郎

板垣退助

弘法大師も高知出身者らしいです。

その他に、ジョン万次郎も土佐清水の出身。
坂本龍馬の大政奉還を藩論として山内容堂に進言し、その実現に寄与した後藤象二郎なんかは
明治の偉人としては好きなタイプかなぁ?

初めて出かけた四国。
高速道路はまだ半分も出来ていないうえに、出来ている部分も殆どが1車線で、しかもトンネルばかり。
海を観ながら車を走らせているのに、山道が多く、ドライブには最高の景色だったけれど、
それでも車の量を考えたら、これで十分なのかな?なんて思いました。

一番の驚きは、水の美味しさ。
口当たりが良いうえに、ホテルの風呂に張ったお湯がまるで温泉のように柔らかい。
風呂に入ると、肌がつるつるになるほど良い水でした。
ご飯が美味しかったり、酒が美味かったり、すべてはこの水の成す技なのかも知れません。

会う人、すべてが優しい対応をしてくれて、ガツガツしていない。
時間の過ぎ方も、どこかのんびりとしていたり・・・・
あまりにも僕の感覚に合っているので、四国旅行がやみつきになりそうです。

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あっという間の四国旅行

2017年01月18日 | Weblog

突然決めた今回の高知旅行。
あっという間に帰る日になってしまいました。
今日は午後から天気が崩れるそうで、昼過ぎには雲が出てきました。

午前中にホテルをチェックアウトして、一昨日の夕方に行った高知城まで行き、
その時に入れなかった、高知市内を一望できる天守閣を見学してきました。





こうやってみると、高知という土地は海に山が隣接して居て
なおかつ周りをぐるりと囲んでいる。
土佐藩が領地で戦をしなかった理由の一つかも知れませんね。

高知城を見学した後のお楽しみは『路面電車』。
実は、僕は『路面電車』が大好きで、高知に来るのが楽しみでした。
独特の振動と、金属音を響かせながら走る路面電車。
乗り降りが楽だから、お年寄りにも優しいし、排気ガスも無い。
僕は東京にどうして路面電車を復活させないのか?不思議でなりません。

高知市の路面電車は明治37年(1904年)から市内を走っていて、
現存する路面電車としては日本最古のもので、
土佐電気鉄道が運営している電車なので
「土電(とでん)」と呼ばれているそうですが、
高知ではJRのことを汽車、土電のことを電車と言うそうです。(ほんとかなぁ?)

一昨日の写真に『ごめん』って書いてあった路面電車。
『後免』という名前の路面電車の最東端の停留所の事でした。
市内は、はりまや橋を中心に東西南北に路面電車が走っていて料金は200円。
車両はいろいろな都市で使われたものがあるので、観ていて楽しかった。




上町2丁目から、はりまや橋で乗り換え。
乗り換え前に昼飯でクジラのすき焼き定食

を食べて、お土産を買って高知駅まで再乗車。
お土産は職場と家族にえびせんべい、
娘たちにはカツオせんべい、ゆずせんべい、徳用サイズの塩ケンピ、
嫁さんには最近集めているという手拭い、それにかけご飯用の醤油を作る宗田カツオ、
自分用には『高知家』の布製ガマ口を買いました。

帰りの飛行機は夕方16時発。
雲行きが怪しくなってきたので、帰りの景色は期待できなかった。
それでも飛行機の中で一生懸命外を見て、時折見える地上の形をみて、
地図で現在位置を確認しながら写真を撮ったりして居ました。
伊豆大島上空で富士山もうっすらと見えたし、

よほど田舎から来た爺さんに見えたのでしょう。
綺麗なCAが笑顔でやってきて、日本航空のステッカーをくれました。

このステッカーは欲しくても滅多に貰えないレアものだそうです。

予定通り飛行機で東京に到着。

窓から東京の夜景が見えて綺麗でした。
通勤時間帯にかち合って、電車は込んで居ましたが自宅に到着したのが7時半。

お土産を持って行くついでに、娘を迎えに行ってやろうか?ってメールしたら、
寒いから来てほしいというので、12時頃に迎えに行って自宅まで送り届けた。
嫁さんに手拭いを渡したら嬉しそうにしてくれて良かった。

というわけで、今回の四国旅行は無事終了したのでした。

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足摺岬までドライブ

2017年01月17日 | Weblog

今日は、足摺岬までドライブして来ました。
本当は電車とバスを使って行く予定だったのだけれど、JRを使って四万十市まで片道4100円。
そこから足摺岬までバスで1時間半、1900円と往復したらレンタカーを借りるのと大差がない。
おまけにバスの待ち時間はロスタイムになるので、朝一番でレンタカーを借りに行きました。

借りたのは日産NOTE。
僕のCUBEとほぼ同じ諸元なのだけれど、どこか運転しづらい車でした。

最初の休憩は須崎の道の駅
二回目の休憩は大岐の道の駅。
クジラの骨や、5月に海岸でTシャツを飾るイベントの応募作品が飾ってあった。


高速道路はまだ四万十市までつながっていないけれど、他に車が居ないので楽々運転。
初めてカーナビのお世話になりましたが、僕の頭の中にある地図の方が頼りになった(笑)
高知から約150㎞、所要時間は休憩2回を含んで3時間のドライブで足摺岬に到着。

海岸まで降りて白山洞門を観て、太平洋の大海原を眺めて気持ちが良かった。

海岸に若い女の子が一人で居たので、声をかけてみたら、
1月に仕事の関係で四万十市に来たばかりで、ノープランでバスを使ってきたらしく
帰りのバスまで1時間以上待つらしいと聞いて、僕の車に乗って一緒に回らないか?
って訊いたら、嬉しそうに快諾。
こういうの、ナンパっていうのですかね?
怪しいオジサンではなさそうなので、安心したのでしょう。見る目がある子ですね。
一緒に洞門が見える無料の足湯に使った後に、

竜串にある海洋公園に行きたいというので、帰りがけに寄ることにしました。

話を聞いたら23歳で三月まで、研修で四万十市に住むらしい。
この子と一緒に竜串にある海底館に行って、海の中を眺めてきた。

他にお客さんが居ないので、完璧な貸切状態。
一時間以上も、海の中を観て居て、レンタカーを返す時間に間に合わなくなりそうなので急いで帰ることにした。
途中で夕食を一緒に食べて、ご馳走してあげて別れました。
高知まで8時に到着しないとならないのだけれど、時間はすでに6時過ぎ。
そのあとは車を飛ばして、高速道路までは暗い国道をハイビームで走行。
やっと着いた高速道路は1車線、合流地点の手前から交流後までの短い区間だけ2車線になるので
その区間で追い越しをかけて、飛ばすこと1時間半。
結構ハードな運転になりましたが、何とか閉店2分前に到着したのでした。

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