笑顔の伝道師 ゆうちゃんのイカす『やんちゃジジイ』

音楽、サッカー、演劇・・・・
還暦を過ぎた『やんちゃ』な爺さんの目標は、
笑顔を振りまいて、毎日を楽しく生きる事。

トランプ政権

2018年11月08日 | ジジイの呟き

ドナルド・トランプ大統領。

僕は『アメリカ合衆国』が自由と民主的で、フェアプレーを好む国だった。
すべてにおいてこの国のあり方は、若い頃から僕の憧れの的だった
その憧れだった国の大統領に、この人物が就任したことが信じられなかった。

『彼』が本当に大統領にふさわしい人間ならば、
色々と取りざたされている疑惑に対しても、
堂々と立ち振る舞ってほしかった。


どこかの国の首相も似たようなもの。
この二人の共通点は、疑惑隠しや隠蔽に奔走して、
国民の目を誤魔化している事。

景気回復をエサに、国の富裕層を動かし、見せかけの政策を見せて
目先の成果だけを見せて庶民を騙し、自分が退いた後の
その先の事など考えちゃいない。

いいですかねぇ?
こういう人達を『リーダー』なんて言って担ぎ上げて。
警察や裁判所まで私利私欲のために動かしてしまう人を・・・・
なんて言っても、あくまでこれは僕の感じている事。
事実はそのうち明かされると信じています。

中間選挙で負けたトランプ氏。
疑惑隠しで今度は誰を辞めさせるのやら・・・・

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『人の物差し』の話

2018年11月05日 | ジジイの呟き

先週書いた『人の物差し』の話。

「物差し」という言葉は、物の長さを測るという意味から転じて
人や物事の価値を測る尺度とい意味も持っている。
人は誰でも、それぞれ違った『物差し』を持っていて、『好き嫌い』もその一つです。

逆に誰もが同じ長さの『物差し』を使わなければならないのもが有る。
たとえば身長計や体重計と言った物理的な判断をする道具。
長さを計る『物差し』、時間を計る時計などもそう云った道具です。

法律も最低限の判断をするための『物差し』なのかも知れません。
ただし時と場合によって、その『物差し』は同じものでは無くなる。
いわゆる『情状酌量』なんて言う部分が、その辺りなんでしょう。

人とお付き合いする場合、この『物差し』を幾つ持っているか?が凄く大事になる。
たとえば外見。
人は見た目がすべて・・・・なんて言う事をよく目にする。
確かにそう云う部分も否定はしません。
歳を取ると若い頃には気にしなかった事も気になるようになりますからね。
経験から来る物事の判断基準が変化した部分なんでしょう。
それは『好き嫌い』というものではなく、会社では制服を着用するとか、
上着にネクタイを締めるとか、単純に判断出来るものです。

『好き嫌い』は人によって違う。
痩せた人が好きな人も居れば、ふくよかな人を好む人も居る。
外見など全く気にしない人は、そう云う部分の『物差し』を使わないのです。
甘いものが好きな人も居れば、辛いものが好きな人も、両方好きな人も居る。
『好き嫌い』は一つの『物差し』で、人によって目盛の幅も違う。

そういう事を理解せずに『好き嫌い』を人に押し付ける人が居ます。
いわゆる『自分の物差しで他人をはかる』人ですね。
多分、本人は「押し付け」とは思って居ないのでしょうけれど、
自分の価値観だけで物事を判断して、目盛の違いなどお構いなしなのです。

もっと面倒なのは『自分の物差し』を持ち合わせていなくて、『他人の物差しで物事を見る』人ですね。
こう云う人は信用できない上に、一緒に何かをする場合に依頼心が強くて疲れる。
今時のネット社会では、この両者が異常に多くて、バッシングなどは一方向に流れる。
虐めも、そう云った類の人間が引き起こす問題だと思っています。

残念ながら最近はそういう『残念な人』に遭遇する事が多くなりました。
僕はそう言った方々とは距離を置くようにしています。
ハッキリ言えば『付き合いたくない』人達です。

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いよいよ11月かぁ・・・・

2018年11月01日 | ジジイの呟き

気が付いたらもう11月。寒いはずです。
昼間こそポカポカと暖かいけれど、夜になると急激に冷え込む。
僕の大嫌いな、寒い季節がやってきました。

そもそも寒いとか、冷たいとか、そう云った言葉はネガティブな言葉。
僕の場合は単純だから、日が短くなって暗くなるのが早くなったり、
寒くなったりすると気持ちがウキウキしなくなってしまう。
とは言え、そんな僕の意に反して11月は色々と予定が多いですね。

サッカーはリーグ戦と八王子代表との定期交流戦AH杯の試合があって
12月は市民大会の決勝なども控えていて意外と試合が多い。

明後日の土曜日は帽子作りの教室に行く事になっているし、
翌日の日曜日は劇団の会合があって、いよいよ来年の公演に向かって動き出す。
来週は週末の金曜日に中学校の同窓会幹事会の会合があるし、
一時帰国しているサッカーチームのメンバーを囲んでの飲み会もある。

翌週は『ハゲを増す会』の秋季定例の会合を招集しているなど、
年末近くになると、酒を飲む機会が格段に増える。

ついこの間、隣地を取得した輩が『囲繞地通行権(いにょうちつうこうけん)』
を僕に対して主張して、訴訟を起こされたばかり。
結局、こちらも弁護士を立てて対抗するしか無くなった。
弁護士費用は思いの外高く無かったのだが、やっぱり心は落ち着かない。

年明けには確定申告があるので、その準備も始めないといけない。

毎年思うのだけれど、11月の声を聞くと一気に年末までの時間が進んで
気が付いたら大晦日、正月・・・・なんて言う慌ただしい感じです。

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『持っているお互いの物差しが、あまりにも違った』

2018年10月29日 | ジジイの呟き

今年は色々な人と出会って、人間関係が広がりました。
でも、その一方で関わるのが面倒臭くなった人も数人いました。

その中で、フェイスブックで繋がっていた人を二人、断舎利。
そのうちの一人はフェイスブック上での繋がりを切っただけ。
実際には顔を合わせるし、話だってする。

フェイスブックで『いいね』を集めるのに躍起になっていて、
僕が『いいね』しなかった・・・・とガタガタ言われて、面倒になって
フェイスブックの友達から離脱しただけです。
所詮、SNSの友達なんて本当の意味での『知り合い』じゃないですからね。

僕は基本的に人の繋がりを大事にする。
人の出会いは偶然の結果だけれど、だからこそ『運命』だと思っているからです。
僕は、電話番号や住所が変わったりして、連絡が取れなくなったという事以外では、
その後の付き合いが殆どなくても、繋がりを切る事はしなかった。
連絡してきてくれる人は繋がりを切ろうとしていない人ですからね。

たとえ別れた元彼女でも、憎み合って別れた・・・と言うような事がない限り、
連絡先を教え合って、いまだに連絡を取り合ったりしている。
浮気だとか、二股だとかで相手を傷つけたり、騙したり・・・・
そんな事は全く経験がないので、相手と憎み合って別れたっていう事がないのです。

元彼女と別れた理由の殆どが、生き方などの人生観、
物事に対する考え方などの世界観の違いだった。

『持っているお互いの物差しが、あまりにも違った』
と言うだけです。

ところが、世の中には色々な人が居る。
自分の持っている『物差し』でしか物事を判断しない。
そう云う人に多いのは、その『物差し』を他人に押し付けること。

ついこの間、僕がフェイスブックで
『ハロウィンなんて興味ない』
と呟いて、仲の良い友人とのやりとりの中で僕が
『子供の楽しみを大人が奪って居るようで阿呆みたい。観ていて恥ずかしい』
と呟いたことに喰らいついて来て、
『(前略)
日本人はアメリカと同じ事をしようとか何も考えずにやってると思いますよ!
ただ何となくたのしければいいんですよ、少なくとも私はね・・・・!
(中略)
本当にお気の毒な人になってしまいましたね!お元気でお過ごしくださいませ??』
と、フェイスブックに誹謗中傷の書き込みをしてきた。

何が勘に障ったのか?これにはちょっと驚きました。
僕に対する誹謗中傷はいくら言われようが平気です。
でも、これがSNSで公開されるとなると話は別。

後で判った事なんだけれど、その人は日曜日に自分の経営するお店で
『ハロウィンパーティー』を開いたみたい。
ハロウィンをネタにして、金儲けに使ったわけです。
だから僕が阿呆みたいといった書き込みが、自分の事を書いたと思ったのでしょうね。
自意識過剰・・・・その人の事なんて全く意識していません。

SNSでの誹謗中傷は、皆が集まるパーティーの会場で、大声で悪口を言うようなものです。
流石に、このコメントは削除しましたが、それは僕のためじゃない。
こう云った書き込みを平然とやる事で、その人の人格を疑われそうだからです。

結局、その人は捨て台詞を吐いて友達を解除、ブロックまでしてきた。
まぁ卑怯なやり方だけれど、そんな人間とこれ以上関わらなくて済んで、
むしろ良かったと思っています。

誰もが物事を判断する『物差し』を持っている。
法律なんて言うのは、必要最低限の部分で使う『物差し』。
その他は、その人の価値観や、好き嫌い、立場や状況で物差しが変わる。
個人的な部分では、『物差し』は沢山あって良いのです。それが個性なんだから・・・・

自分の価値観と違うものを認められない人間は、小さいです。
喧嘩や戦争なんて、結局はそういう事から始まる。
『物差し』を使い分けられない人は、人の繋がりも広がりません。
まぁ、それも個人の範囲で自由ですけどね。

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人の行動や意識は育った環境で育まれる

2018年10月28日 | ジジイの呟き

昨日は東北から娘さんの家に骨休めしに来ている時江さんと
甲府まで出かけて、色々と話をした。
一緒に行ったモモちゃんが、愚痴も色々聞いてあげました。

それでも、楽しい話の方が多かったかな?
愚痴は、下手をすると他人の悪口になったりする。
悪口は闇のエネルギーを増殖するから、ガス抜きしたらおしまい。

僕はこの間開催した、敬老の日のイベントで知り合った、
洋裁の先生の事を話し始めた。
時江さんの話では、有名人だそうです。

僕が『先生の物腰、所作がとてもエレガントで憧れる…』
と言う話をしたら、何と時江さんは凄く近しい関係だったとか。

詳しい事は書けないけれど、海産会社の社長の奥様だった先生は、
子供に恵まれず、悲運な人生を歩むことになったのだけれど、
凛とした態度で、旦那様が亡くなるまで女を貫いたそうです。
その話を聞いて、僕は凄く幸せな気分になった。

なるほど・・・・
やっぱりあのエレガントさは、いい家庭に育って育まれたものなんだ。

人の行動って言うのは、悲しいかな後天的なもので育まれる。
いわゆる『育ちの良さ』は、ちょっとした仕草や言葉遣いに現れる。
逆に『育ちの悪い人』は、どんなに頑張っても根っこからは変わらない。

そして、類は友を呼ぶ…の言葉のとおり、品の無い人や意地の悪い人には
そう言う人間が集まってグループを作る。
お金が有っても、そう云った品格は買えないですからね。

僕の劇団には、品のある女性や男性が多いです。
僕は唯一、品が無くて、育ちの悪い人間の気がします。
でも、そう言う方たちと付き合う事で、色々と勉強になる。

懐の深い先輩たちに囲まれて、ヤンチャなオヤジで居るのだけれど、
そう云う方たちの中に混じっているだけで、居心地がいいのです。

自分の子供には、エレガントな人間になって貰いたい。
お金持ちになるとかじゃないです。
心が豊かな、凛としたエレガントさを持った人間に…です。

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『ほろ苦い事』を思い出した、横浜

2018年09月10日 | ジジイの呟き

今日は久しぶりに朝の始業時間に出勤。
朝の6時半に出て来たにも関わらず、朝の時間帯は各駅停車ばかりで、
結局2時間弱も費やして、ゆっくり珈琲を飲む計画も叶わず。
事務所に着いたのが8時15分。
事務所のドアを開けた途端、事務所のメンバーがビックリした顔してた。

先週書いた通り、今日は修理品の納期だったのに、
明日と勘違いして納期遅れが発生しそうだった。
とにかく僕は前の会社に居る時から
『一日は24時間ある』
と言って、部下にも日程を厳守する事をしてきた。

そんな訳で、今日の予定は午前中に修理を完成させて、
午後一番で出荷テストと、性能試験をやった後に報告書を2枚書いて
それを持って、手持ちで納入に行くつもりで居た。
ところが、こういう時に限って修理に手間がかかる案件だった。

でも、あらかじめ受け入れ時に故障診断して、ある程度の故障個所は
解っているので、午前中の3時間半あれば、余程の突発的な新たな故障個所が
出て来ない限り、電気回路の修理は終わる。
予定通り午前中に修理を終えて、昼休みに1時間のランニングテスト。
昼過ぎから、性能テストと試験データーを取って、さらに1時間のランニング。

その間に試験成績表と、修理報告書を書いて出荷の梱包。
もう一度、一通り動作確認をしてから、電源を切ってプチプチで包んで、
段ボールの箱に緩衝材を入れた後に、納品書等の書類を入れて封入。
手持ちで運ぶために、紐かけして雨で濡れないようにビニールを巻いて完了。

八王子の事務所を3時半に出て、京王堀之内駅からJR橋本駅へ行き、
横浜線の菊名で東横線に乗り換えて地下鉄の新高島まで。
客先に到着したのは5時過ぎだったけれど、取り敢えず納品の期日は守った。

久しぶりに来た横浜だったけれど、若い頃とは全く違う景色ですね。
帰りは横浜まで歩いたのだけれど、本当に全く違う町になっている。

20歳の時に『サウンドウィズコーク』と言うコカコーラがスポンサーだった
TBSラジオの番組主催のアマチュアコンテストに出場したのだけれど、
その時の会場だった『横浜スカイビル』は今は無くなって、
完全リニューアルされた、高層のビルを抱えるツインビルになっていた。
その頃は駅前にあって、最上階に回転式の展望レストランのあるビルだったのだけれどね。

そこで開催されたコンテストの南関東大会は見事通過して、トロフィーを獲得して
次に赤坂のTBSホールで行われる関東甲信越決勝大会まで進んだ。
ここで、オリジナルの他に既成の曲を一曲やる大会規定になっていて、
我々はデイブメイスン『EVERY WOMAN』という曲でエントリーした。

これが荒削りでも、普通に演奏すれば、番組のプロデューサーが敷いた
決勝大会まで進めるようなレールに載っていたはずだったのだけれど、
結局は、プロデューサーの期待を裏切るように、我々がミスの少ない安全パイの
つまらないビートルズの『アクトナチュラリー』を、練習なしで演奏したために、
番組プロデューサーがガッカリして、その先には進めなかったんだけれどね・・・・。
練習していなくても通用するって、舐めてかかっていたのが見事にばれちゃった。
まぁ、そう言う事も含めて実力不足だったのです。

そんなほろ苦い事を思い出した横浜。
帰りは湘南新宿ラインで35分で帰って来た。
朝の2時間は一体なんだったんだよ・・・・

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地図マニア

2017年05月18日 | ジジイの呟き

昨日の朝日新聞朝刊の15ページ、オピニオン欄に掲載された
『不便は手間だが役に立つ』という記事。
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京都大学デザイン学ユニット特定教授の川上浩司さんが書いたものです。

たまたま昨日のブログを書いた後に目にしたもの。
昨日、僕は『洗濯機が意外に使いにくい・・・』と言う事を書いたのだけれど、
この記事にも似たような事が書いてあった。
この中で共感したのが『カーナビ』の話。

昨日書いた通り、僕はカーナビを持っていません。
その理由は単純です。僕は地図マニアだからです。

小学校の頃にあった『白地図(はくちず)』が好きで、それに出会ってから
僕の愛読書は『地図』。
ちなみに白地図とは、海岸線、国、地域等の境界の輪郭を線で描いただけの地図。
地形等は一切表現されず、陸地、海ともに単色で表現されている。
地図にはメルカトル図法など、色々な図法が存在するが、どんな地図であっても、
海岸線等の輪郭線だけで表されている地図を白地図と呼ぶのです。
これは用途に応じて利用者が追記、着色などして用いるもので、
僕の子供の頃は社会科の授業で。色鉛筆で色分けした記憶がある。

小学校5年生の時に、学校の地理クラブに入っていた。
ボール紙を地図の等高線に合わせて切り抜いて色分けして、
それを糊で貼り合わせて立体の日本地図を作ったり、
白地図を都道府県別に切り抜いた、自作のジグソーパズルみたいなものでゲームしたり。
そういう意味では、高校生の時にアルバイトで地図を見ながら、
住居などの調査をやった時は楽しくて仕方が無かった。

そんな訳で、僕の頭の中には大まかな日本地図が殆ど入っている。
だからカーナビなんて、関東地方なら不必要です。
この間、出かけた高知も初めてだったけど、カーナビなんて使わずにドライブしたのでした。

そもそも、地図には地形を読み取るという楽しみがある。
若い頃に日本100名山踏破を目指して山登りしていた事も、
地図で地形を読む楽しさに拍車をかけた。
3年連続で行ったスイスで山歩きしたときも、地図を見ながら山の地形を想像して、
想像通りだったときは何だか嬉しかったり。
山歩きは、地図を読めるとその楽しさが増す・・・
と言うことを一緒に歩いた人に話したけれど、あまり理解出来なかったかも知れませんね。

基本的に北が上の地図が頭に入って居るから、運転する時も頭の中で
地図のどっちに向かって走っているのか?自然に変換しているのですよ。
だから、カーナビを使うと進行方向に地図が回転しちゃうから、僕はかえって判らなくなる。

実は、定年退職した今でも、地図に関わる仕事ならやりたいと思っていたけれど、
この業界はハードルが高いのでなかなか入りこめなかった。

地図が好きと言うより、僕は地図マニア。
海外旅行で必ず現地の地図を買って帰る。
帰国してから見ることは無いですけれどね。

大人になった今でも、地図は僕の変わらない愛読書です。

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