ジュリエットオスカー634受信ブログ

ラ・テ受信雑記他・私の得意ジャンルでの情報を発信します。このサイトは個人的な趣味により制作されています。

旧碓氷峠受信点

2014年08月31日 14時46分19秒 | 放送送信所めぐり・電波無線関連施設めぐり
ネット情報では旧碓井峠の方にも受信アンテナがあるとの事
でしたので、国道18号碓井峠から林道に入り旧碓井峠を目指す。
この林道、狭い場所もあるので、車ですれ違う時に
ちょっと注意が必要です。(普通にすれ違える場所も多いですけど)


旧碓氷峠・熊野神社。
すでにアンテナが写真に映り込んでいます。



角度を変えてみました。
一番上の八木が群馬方向を向いています。


こっちの拡大の方がわかりますかね。
左が軽井沢方向、右が群馬方向。


こちらは使用者がわかりました。
地元の軽井沢共聴組合が使っているようです。

ちなみに、群馬の横川に寄るため、
国道18号旧道を下りました。
なんか、カーブに番号が振ってありました。
その数150以上(正確な数は失念)。
群馬側への下りだから良いけど、
長野側への上りでこの道は走りたくないですね。

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国道18号碓氷峠

2014年08月31日 14時42分42秒 | 放送送信所めぐり・電波無線関連施設めぐり
今回の旅の中では結構メインです。
いわゆる諏訪・松本地区のCATVがおこした
区域外再放送に関する問題がありました。

その後、東京波受信点を軽井沢の碓氷峠に移したとの事。
さらに、ネット情報でも県境に八木アンテナが設置
されているとのことで、いずれは見に行こうと思っていました。

ここへきて、区域外再放送の視聴習慣激変緩和措置の期限が
来ました。アンテナが撤去されるかはわかりませんが、
とにかく、無くなる前には見ておかねばという
気持ちがあり、今回の旅の中核となっています。


こちら国道18号碓井峠の県境。
長野から群馬方面。
群馬県を示す看板。


こちらは逆に長野県を示す看板。


群馬県の看板前に八木アンテナが設置してある。






別角度見上げショット2点。


受信基地の局舎。

ただこれらの、使用者はわかりませんでした。

先ほどの県境の写真を見るとわかるが、

群馬県の看板の脇には道が分岐していて、
この道は旧碓氷峠へとつながる。

この分岐に立つとわかるが、じつはもう1セット
受信用と思われるアンテナがある。
それがこちら。

ミラーの奥側にありますちなみに
写真左が群馬側、右が長野側となります。


アンテナのアップ。
水平スタックです。

なお、私も手持ちのワンセグ対応ガラケーで
受信実験しましたが、
37chのNHK前橋しか受信できませんでした。
でもこれで、前橋中継局の電波がいくらかは
届いているという事にはなりますね。

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SBCラジオ軽井沢中継局

2014年08月30日 15時20分28秒 | 放送送信所めぐり・電波無線関連施設めぐり
前の記事で、AMの送信アンテナはデカイから結構
見つけやすいと書いた訳だが、
このSBCラジオ軽井沢中継局では
そうは問屋がおろさなかった。

佐久から軽井沢方向へ車を走らせていると、
1度はアンテナの頂冠部が見えたのだが、
いざ、現地近くまで来ると何処にあるのか
サッパリわからん。
下調べでは国道18号バイパス塩沢付近
ということであったし、
一度だけ頂冠部が見えているので
どこかにあるはずなのだ。

鳥井原地区の某お店の駐車場に車を置いて
徒歩で探す決断をした。(お店の方スイマセンでした)。



鳥井原から塩沢に向けて歩きます。

すると

よく見ればここにアンテナがある。
しかし、通常に18号バイパスを車で走っているだけでは
このアンテナは見えない。歩きなおして正解だ。

そして見つけました。

こちらがSBCラジオ軽井沢中継局。


別方向からも撮影。


局舎前。


概要看板。

ちなみに送信所のある場所は、別荘地域の
区画の中にあります。
林になっているのでわかりにくいです。
ちなみに歩いて訪問して分かりましたが、
一応、送信アンテナの下まで車で行けます。
但し、別荘地の区画からはダート(未舗装)。


塩沢交差点歩道橋から撮影したものです。
速度標識50kmがあると思いますが、
そこ左に延びているダートを行きます。
入ってすぐ道がまっすぐと右に分かれますが
これを右に行くんですね~
私ははじめ分からなくて、まっすぐ別荘地域の
林を進みましたが、ある程度(5分ぐらいして)
見つからないので引き返し、こちらを見つけました。

冬ならもう少し見えるのかもしれません。
夏の送信所訪問は植物で見えないという
罠があります。


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SBCラジオ佐久中継局

2014年08月30日 14時53分45秒 | 放送送信所めぐり・電波無線関連施設めぐり
長野県の佐久・小諸地域のAM放送の置局は
NHKとSBCで多少違っています。

NHKでは小諸に置局していますが、
SBCでは佐久と軽井沢に置局しています。

ちなみに山梨県民からすると
甲府一高の強行遠足があるので、
小諸は国道141号や小海線でつながって
いることもあり、
ある程度の親近感はある。

さて、今回は佐久のみ訪問。
小諸以北(上田など)はまた機会ができたら
行います。

まずは、佐久平PAの「パラダ」で確認できた
SBCラジオ佐久中継局の全景。


ラジオの送信塔はこのように大きいので、
テレビの送信塔よりは見つけやすいのである。
SBCラジオ佐久中継局は上信越道佐久インター近くにあります。


全景です。


放送局舎です。
水面に浮かんでいる。
このような中継放送局は珍しいですね。


恒例の概要看板。


局舎アップを2枚。





この後は軽井沢方面に向いました。

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佐久中継局 遠景のみ

2014年08月29日 20時30分57秒 | 放送送信所めぐり・電波無線関連施設めぐり
佐久PA立ち寄りの本来の目的は
佐久中継局の撮影なのだが、
「パラダ」の施設内から中継局の位置が
分からない。


こちらは案内の看板。
平尾富士までは施設の中を通ればいけそうだが
だいぶ時間がかかりそうである。


「パラダ」から通常のPAエリア内に戻ってきた。


PAエリア内から確認だけでもできないだろうか?

よく確認すると・・・

これのようです。送信アンテナのみ確認できます。


さらに拡大。


その後訪問しましたSBCラジオ佐久中継局付近から。



拡大してみます。




全景が確認できました。


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FM佐久平送信所

2014年08月29日 20時22分37秒 | 放送送信所めぐり・電波無線関連施設めぐり
まずは上信越道佐久平PAへ。
このパーキングエリアは
「パラダ」という施設に併設されていて
施設の利用が可能になっています。

早速駐車場に停めて山の方を見ると

FMの送信所らしきものが見えます。


拡大撮影。


違う位置から。

アスレチック広場に向かっていきますと、
局舎が見えました。


さらに回り込みます。

エフエム佐久平の送信所の表札が出ています。


最後は送信アンテナ見上げです。


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今年の夏は

2014年08月29日 20時12分43秒 | 放送送信所めぐり・電波無線関連施設めぐり
今年の夏休みは、
日帰り送信所訪問を2日行いました。

訪問先は
佐久・軽井沢・横川方面
そして、
沼田・川場方面です。

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調べれば、見えてくる 静岡編2

2014年08月27日 20時50分57秒 | その他
続いて、静岡朝日テレビの社史から、静岡第3局目について。
だんだん、新聞社は自社ニュースを電波を使って流すことを考える。
静岡地区では3局目をめぐっては朝日VS読売の2大勢力対決が軸だ。

東京と名古屋には4局あるのに中間の静岡は2局しかない。
電波格差として、テレビ静岡開局後間もなく次の開局要望が高まる。

特に浜松では「テレビの創始者、高柳ゆかりの地に本拠地を置く局を」
としたスローガンがあったそうである。
1973年10月チャンネルプラン修正案発表。
静岡県に新しい局の開設が認められる。
新しいチャンネル案では広島と宮城の4局目、
静岡、長野、新潟の第3局目開設を認めた。

新潟や長野でも朝日・テレビ朝日系と読売・日本テレビ系の
取り合いとなったらしい。

この頃に、NETテレビ(日本教育テレビ)は教育局から総合局に
変更することを認められ、1977年にNETから全国朝日放送(通称・テレビ朝日)
となる。

申請合戦
この3局目の戦いでは申請者集め合戦となった。
知人にも申請者になってもらうなど、ネズミ講のような方法で
増やしていったそうだ。
もちろんこの中にテレ朝派と日テレ派がいる訳である。

これ以後、申請合戦という方法は各地で当然のように
行われるようになった・・・と記されている。

これらの申請の一本化のため1978年まで開局が遅れることになる。

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調べれば、見えてくる 静岡編

2014年08月26日 21時12分01秒 | その他
山梨の隣接県である静岡県の放送歴史を調べてみました。
ネット(wiki)によれば、山梨放送(野口家)と静岡放送(大石家)は
姻戚関係にあるらしい。
自分の手元にある「日本放送年鑑80」によれば
確かに静岡放送は山梨放送の主要株主として名を連ねる。

さて、その静岡放送の社史を閲覧してきた。
本当は山梨放送と静岡放送の関係について触れているか
確かめたかったのですが、
静岡の放送歴史を読んでいたら面白く、
この記事に書き留めておきます。

当時、静岡新聞はラジオ局(民間放送)の設立には関心も持つものの
放送事業が未知数、三島製紙経営問題等で後手に回る。
その間に他のグループ(元毎日新聞社員)が中心となり
静岡民放開設に動きだす。
静岡新聞としても、万一に備え申請書を準備し、
この元毎日新聞社員グループの発起人のひとりとして参加。

その後、新聞社経営に放送事業が必要と判断し、
静岡新聞主体の申請の動きに出た。

しかし問題がある。これは静岡新聞の後だし申請。
先に元毎日新聞社員のグループの免許申請が出ている。
静岡新聞主体の免許を得る可能性は薄かった。
静岡銀行の仲介で元毎日新聞社員グループの発起人を
説得し、先に出ている申請の代表発起人を大石氏(=静岡新聞)に
変更したのである。電波監理委員会(当時)としてもこれでは新規の申請と同じ、
今までの申請は白紙に戻すという態度をとったようだ。
電波監理委員会副委員長だけには実情を理解してもらえ、
電波監理委員会から郵政省に引き継がれ、予備免許がくだったという事である。

ラジオ静岡(当時の名称)の開局後、浜松地区にもラジオ局の機運。
静岡放送出資による「浜松放送株式会社」と、同地に設立申請をしていた
中日放送。結局、静岡放送の中継局として予備免許が下りる。

難航したのが熱海方面の開局。つまり伊豆東方面の電波である。
東京各局は同地方を関東放送区域と考え中継局を計画。
対して静岡放送としては伊豆は静岡県下であるから、
ラジオ静岡の放送区域であると対立。
郵政省(当時)は伊豆東海岸だけ特例を認めるのは混乱を招くと
静岡放送側の主張を認め、この問題は解決する。

なんかこう見ていくと、放送区域、視聴区域の考え方論争って
この頃(ラジオ開局時)から変わっていないんだなと思いますね。

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気になるアノ場所は?

2014年08月25日 21時22分25秒 | 時事
引き続き、山梨放送60周年記念誌からの話題。

新しくなったラジオスタジオ「ラララ」では
ワンマンDJスタイルで放送ができるようにしたようだ。
これはもちろん、一人でも放送が続行できるようにである。
だいぶ以前に、埼玉のコミュニティーFMの話題で触れました。

山梨放送ではアナログ終了後、送信所の敷地の有効活用に
つとめている。
坊ヶ峯放送所のアナログの敷地はJモバ(VHFハイ放送)の
送信所として賃貸。
双葉ラジオ放送所ではメガソーラの完成。
発電した電力は東京電力に。

そして中継局の空き地はソフトバンクにと
アナログの空き地を順次活用中。

で・・・ここからが本題だが、以前甲府CATVで
新しい東京受信点について話題にしたことがあるが、
今回、その場所が判明した。
甲府CATV(公式HPなど)では場所を明かしていないので、
私もヒントだけ残しておくことにする。

つまり、中継局の空き地を東京波受信所として
甲府CATVに売却したとあった。
(つーか、グループ会社に売却してんじゃんけ?)

その中継局の跡地が新しい東京波受信所になったようですね。
(場所に興味をある人は・・・
山梨は中継局が少ないですから、しらみ潰すか
記念誌で確認してください)








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