おはようございます。今日の話はまとめて3-3)です。全部失敗事例です。
当時の出力はプロッターでした。要素数が多くなると印刷に時間がかかりました。最小移動距離の印刷パスを見つけるのは一筆書きの応用で作りました。凝っていたのでデバッグが必要になりました。
ところが高価だったプロッターはCAD/CAMの開発部隊と使用時間はバッティング。急ぎでない私のデバックは空いている時間帯になりました。既存事業が優先される新規事業の悲しい定め。残業代など要らない私は参りました。有限要素法のシステムは適用範囲に限界がありました。
要素分割した要素の座標データを入力する作業はなお大変な課題でした。計算精度が不十分のCPUのため、応力の知識がない人が要素分割すると計算は収束しませんでした。私は結果を予想し、応力集中が起きる部分を細かく分割。全体は大きな要素にしました。結果が出ました。これでは使えないシステムです。
私も座標のデータをキー入力していました。座標入力用のペン型デジタイザーの利用はまだ高価、一部の大学の研究課題でした。ACMなどの論文には色々な先端事例がありました。私は自動要素分割のアメリカの論文を見つけ、勉強し、似た方式を試作しました。中学校の幾何学の知識が使え、楽しめました。上手く動きました。
でも大学の大型計算センターの商談に使ったら、1年後にバグがあったと私は元の所属のシステム部から言われました。私は検証する前に異動したので仕方なしでした。周辺機事業部は、1時間も離れた工場でした。自由に直してくださいと言いました。冷たい奴と思われたようです。でも、大学が研究開発を継続し、完成させたようです。少なくとも商談に貢献できました。
当時は数億円のホストコンピュータシステムも、CPUのスピードやメモリ容量や計算精度を決める語長や周辺装置の性能機能も不十分でした。ボロイ計算機を上手く使うのがSEのみそでした。ですからビルの梁の問題が主でした。連続体は単純な構造の問題でした。設計の知識があれば、一目で分かる問題の計算結果を得られるだけ。矛盾でした。
面白いテーマは入出力だけと感じました。今、私が大学にいたら、台風の進路解析や地震の発生予測まで、また航空機やロケットの振動問題、また安価な地下室の防空壕などなど、面白い課題がありそうです。パソコンでも複雑な問題に挑戦できるでしょう。でも3-3)はいけません。
今のパソコンは凄いです。生まれたのが早すぎた、いいえこれは冗談。私は新規商品が好きです。創造性が命。今なら何をやったか、今の老人には分かりません。南無大師金剛遍照。
今日はここまでにします。