思いつくまま感じるまま。

身辺雑記です。
何でもありの記録
HN天道(てんとう)

宗教って

2006年12月15日 | Weblog
時々、宗教ってなんだろうと言う疑問を持つことがある。
無宗教な凡人が考えることだから、勿論たいしたことではない。

ヨーロッパの人と話していて「日本には宗教はない」といったら「えっ、じゃ子供はどのようにして育てるんですか」と質問されたという話がある。
つまりキリスト教やイスラム教は生きるうえでの倫理観として人々の中に浸透しているということだろう。

同じ宗教でも宗派が分かれると大量の血を流す抗争になる。
イスラム教シーア派とスンニ派、少し前までは同じ地域に宗派の違いさえ意識せずに隣同士だったものが、今や敵のように憎みあって血を流している。

宗教とは何ぞやと考えてしまう。
人はかく生きるべし、という教え?、人間の暴走する欲望を制御する教え?

仏教で言う「無常観」が一番性にあってる感じがする。

「いわしの頭も信心から」という言葉がある。
だから無数の宗教があってもおかしくない。

魔女狩り

2006年12月15日 | Weblog
昨日の映画の中に「魔女狩り」という言葉が出てきた。
魔女狩りの真実は歴史的には明確にされていないが、多くの女性が魔女の烙印を押されて拷問され火あぶりの刑で殺されている。

中世末期にヨーロッパ各地とアメリカ北東部で行われたとされる、民間による私法廷で裁かれたりしている。
集団ヒステリーに近い原因不明の事件だったようだ。

映画ではカトリックを脅かす宗教的な秘密結社をバチカンが秘密裏に弾圧したような描かれ方をしている。

集団ヒステリーとは集団的なストレスの暴発のことだろう。
現代社会の学校でのいじめ、職場でのいじめが「魔女狩り」に似ている。
中国で多くの人が殺された「文化大革命」も魔女狩りと類似している。

日本では毎年3万人が自殺している。
10年で30万人が自殺することになる。
魔女狩りに匹敵する静かな虐待かもしれない。

ダ・ヴィンチ・コード

2006年12月14日 | Weblog
市民会館で映画を見てきた。
「ダ・ヴィンチ・コード」
午前と午後の2回上映する。
映画を見る会というのがあって、名作を中心に月に一度上映会がある。
会員の料金900円。

訳の分からん映画だった。
ストーリイが分からないのではない。
あまりにも現実離れしていて迫ってくるものがない。
荒唐無稽、西洋の歴史・美術史に造詣がないと理解し難いというはるか前の前評判を思い出す。
暗号やら記号やらヨーロッパの人達はそんなことが好きなのかもしれない。
絵画にもいろんな隠された意味を見つけ出そうとする。
殆どはキリスト教に起因する意味だ。

マグダラのマリア、十字軍、テンプル騎士団、聖杯、ルーブル美術館、ダ・ヴィンチの絵画、盛りだくさんに出るわ出るわ。
長い歴史を生き抜いてきた秘密結社。
オカルト映画の美術史版のような。
スパイ映画のような。

パリの刑事役で出てたあの男優は良かった。
昔の映画で孤独な年老いたスナイパーの役を演じて好演していた。
これぞ男、という感じの俳優だ。

映画が始まる10分ほど前に、古典講座で講師をつとめている人が車椅子で観に来ていた。
奥さんが車椅子を押している。
奥さんもかつて国文学の教師をしていて、ご主人が半身不随になって職を辞したと聞いている。
講座にも2人一緒だし、今日も2人で来ている。
ご主人を座席に座らせてから車椅子を最前列のステージの横においてきた。
そういえばこの近辺に住んでいるといっていた。

映画が終わったら挨拶しようかと思っていたが、終わったときには居なかった。
好みに合わない映画だったのか、途中で気分でも悪くなったのか分からない。
少し寒かったからかもしれない。
先日風邪をこじらせて2週間も入院したといってたから。

そういえば、カラオケの店のママさん、この本が出たとき上下巻を買って上巻だけは読んだと言ってた。
数ヶ月前の話だ。
下巻を読む気力が失せたらしい。
「えっ、もったいない」といったら
「貸してあげるよ、持ってこようか」と言われた記憶がある。
私もここ数年長編小説は読んでない。


度忘れ

2006年12月14日 | Weblog
今日の演劇練習で、肝心のセリフを度忘れした。
最後の締めの長セリフの冒頭で、ここでつまずいては話にならない。
完全に覚えていたつもりなのに、一挙に自信喪失した。
本番までの練習はあと2回。
やれやれ。

それはそうと午前の英会話のサークルで、この前「私も見に行きたい」という人がいたのでチケットを渡したら「ごめんなさい、急な用事が出来て行けない」ということ。
それを聞いていた前回欠席のある人が「なになに?」というので演劇の説明をしたら「あら、私見に行きたい」という。
更に「私も昔演劇やってました」という。
劇団への入団候補生として記憶しておこう。

モロッコ

2006年12月12日 | Weblog
年末モロッコに行くことになっている。
えっ、モロッコってどこにある?。
世界地図を見るとアフリカ大陸の西北部にその国はある。
スペインと狭い海を挟んで隣り合っている。
地理を選択しなかったので地理に疎い。

アフリカ大陸というと砂漠を連想するので、年中夏の気候かと勝手に思うが、「モロッコは大阪とほぼ同じ気温ですから今の冬の服装で参加してください」ということだ。
予備知識はゼロに近い。
地中海に面しているから、古代からギリシャ・ローマとの交易もあって古くから反英があったと想像できる。
昔性転換手術に長けた優秀なイタリア人医師がいて、モロッコに行って女になってきた話を良く聞いた。
それは事実らしいが今はそんな医師もいないみたいだ。
カサブランカ、傭兵とか言う貧弱な知識とイメージしかない。

世界地図をみて南半球と北半球を眺めて殆どの国が北半球にあることが分かる。
アフリカもその大部分は北半球にある。
南半球はアフリカの一部、南米、オーストラリア、そして南極大陸、あとは大洋が大半を占めている。

人類の歴史は北半球で営まれてきたのが分かるような気がする。
南半球に人類が住み始めた歴史は短いのかもしれない。
地球規模の南北格差という言葉もある。

しかし北アメリカも歴史は短い。
オーストラリアも移民の国だ。
歴史はユーラシア大陸で育まれたということかもしれない。


プレゼント交換

2006年12月11日 | Weblog
クリスマス間近の英会話のサークルで恒例のクリスマスパーティをやることになっている。
各自500円前後のプレゼントを準備して交換する。
いつも何がいいのか迷う。
500円で買えるものってなんだろう。
さっぱり思いつかない。

カラオケの店にママさんに聞いてみる。
「相手は何歳ぐらいのひと?」
「爺さん2人に50代60代の女性7,8人かな」
「ハンドクリームなんかどう、あって便利よ」

女房に聞いてみる。
「家にいろいろあるよ、ハンカチ、ポーチなんかどう、クリスマスの包装もあるよ」
女房はどんなガラクタでもとっておく癖がある。

プレゼントの習慣がない私には目下の悩みの種だ。



知り合い

2006年12月11日 | Weblog
今日は年中無休の格安床屋に行った。
「それじゃ、ついでにこれを振り込んできて」といわれたので銀行も寄った。
片道僅か10分ほどの散歩がてらの道でいろんな人と会った。

一人め。
「あら○○さんどちらへ」
「床屋さんです」
「そうやろね、床屋は一人で行くよね、奥さんも一緒というわけにはいかんもんね」
彼女は劇団で一緒のおばちゃん、市の「第9」の合唱も一緒していた。
言われてみれば私が彼女と会うときは必ず女房が一緒にいる。
劇団の打ち上げの後有志でカラオケに行ったときも彼女は女房と一緒の私を見ている。
俺を「濡れ落ち葉」のように思ってるのかも。

二人め。
「あら、久しぶり」といって彼女は自転車を降りる。
「おう、えっとどこで一緒してましたっけ」
「金曜のダンスよ、ずっと行ってる?」
「ああ、そうでしたね、行ってますよ」
「私ね、11月と12月は仕事が忙しくてダンス休んでるの、また1月からよろしくね」
そういわれてみると金曜のダンスの生徒が3分の一くらい休んでいる。
年末にかけて皆仕事が忙しくなっているのかもしれない。
毎日日曜日の私はそういう感覚がなくなっている。

三人目。
昔のダンスサークルで一緒だった床屋のおじさんが自転車ですれ違う。
彼は気が付いて自転車を降りる。
半年振りくらいかもしれない。
顔色が悪いし白髪が増えて一挙に老け込んだ感じだ。
彼の奥さんは私が通ってるダンスレッスンに来ている、何故か夫婦一緒には行動しない。
一時隣家が火事を起こし大変だったときいていた。彼も手に火傷したという話を思い出した。
両手に軍手をはめている、自転車が寒いからだろうとは思うが火傷のことも気になった。
しばらくの間立ち話をする。
彼が主催しているダンスサークルは来年3月で止めるという。
利用している市のホールが有料になるからだそうだ。
今日は整骨院に行った帰りだそうだ。
まだ老ける年ではないのに、目の動きが鈍くなって言葉も少したどたどしいような感じを受けた。
私達の年代は老い始める年代で、半年ほど間を空けて会うとドキッとすることがある。
人にもよるが老いの進行の激しい人が出てくる。

四人目。
近所のカラオケの店のママさん。
近づいてきながら、私の歩き方を真似する。
歩くのが遅い私の歩き方をいつもからかう。散歩しても遅すぎて運動には全然なってないよという。
「おや、今日はえらい早いね、どこへ行くの」
「買い物よ、早いっていつもこの時間に買い物いってるんやで、最近来てないよ、また来てな、今日はどこへ行ってたの」
「と・こ・や」
「またね」

追加で。
そういえば昨日は市の音楽祭に参加していて一緒に練習していたある女性に久しぶりに出会った。
今までずっと気が付かないでいた。
彼女は女房と立ち話をしていた。
女房が私のほうを指差して何が言っている。
そして、思い出した昔ダンスサークルで一緒だった女性だ。
彼女はあの笑顔で微笑んでいる。
その笑顔で瞬時に記憶がよみがえった。
いつもは氷のような表情をしているから気が付かなかったのかもしれない。
あのダンス教室が解散してもう1年半になる。
懐かしさに思わず握手した。
懐かしさに私はしばらく彼女の手を握り締めていた。
女房の目がキラ~ンッと光ったような気がした。
彼女は子供の頃から両親にダンスを教わって父親と子供の頃から踊っていたいう話などを思い出した。
初恋の女性に再会した気分。
あっはっは。

大河ドラマ

2006年12月10日 | Weblog
大河ドラマの最終回見ながら夫婦の会話

私、「亭主死んだのに仲間由紀恵さんはいつまでも若いやん」
妻、「そりゃそうよ、白髪で皺くちゃの映像なんか誰が見るのよ」
私、「そうだよな、お前の姿テレビに映してもどもならんな(これは心の中で)」

私、「俺が先に逝ったら、すぐお前呼ぶからな」
妻、「うへ~っ、地獄に行ってまでも私に世話やかすつもりか」
  ※地獄に行くものと決めてかかってるのが不思議に納得できる。

最高っ!

2006年12月10日 | Weblog
市が主催した「第9」の音楽祭が終わった。
夏頃から練習を重ね、まるで菊作りをするように皆で育て上げたようなオーケストラと合唱団。
よくもここまでやり遂げたと思う。
上手も下手もお互いに助け合って、最後の最後までより良い完成を目指して努力を続けたように思う。

最後の1小節を歌い終わって、達成感と充実感が満ちてくる。
市のホールは2階席まで埋まっていた。

最後に指揮者が合唱団全員とひとりずつ握手して別れた、それも感じが良い。
「男声合唱良かったですよ」
お世辞とは思えない言葉、素直に受け取って感情がこみ上げて来る。

私のイベントがひとつ終わった。





2006年12月09日 | Weblog
今日は舞台装置が完成した中で演劇の通し稽古。
立派な舞台装置で、大道具さんには感謝しないといけない。
舞台も特別熱が入った。

終わって演出のおじさんが、カチ~ンと拍子木を鳴らす。

稽古を観ていたある女性がめを真っ赤にして泣いていた。
勿論感動してだと思う。
現在の彼女の心境に重なって琴線に触れるものがあったのかも知れない。

みんな彼女を見ない振りをしていたが、皆知っている。
涙を流す人がひとりでもいたことは稽古全体を引き締める。