ジッタン・メモ

ジッタンは子供や孫からの呼び名。
雑読本の読後感、生活の雑感、昭和家庭史などを織り交ぜて、ぼちぼちと書いて見たい。

〔身辺雑話〕菜園日記 9月10日~20日

2006年09月24日 | 身辺雑話
20060910
息子一家がやってきて夕刻、七輪バーベキュー。 「立花隆秘書日記」 佐々木 千賀子 ポプラ社を読了。 

20060911
 曇天。 農園へ。
ゴーヤ、キュウリの支柱ネットを外す。
ナスとニンジンに追肥。鈴木リーダーと清水さんが作業でやってくる。ハクサイ苗10株を持ち帰る。
 午後から菜園の作業。ミニトマト、キュウリの支柱ネットを外す。小雨がパラパラ降ってきたが作業に影響なし。
 キャベツ苗もひとまわり大きくなっているがアオムシにやられて葉が無残だ。ムシは見つけ次第捕殺する。苗に飛んでくるモンシロチョウも哀れだが、やむなし。
 映画「猿の惑星」を見ながら昼寝60分。

20060912 曇天。
 佐藤さんと碁は○○。
 ザル碁から、少しは碁らしくはなってきたと両者感想戦で一致。
菜園のキュウリとロール烏賊で炒めものを作ったが、美味い。

20060913
終日の雨。
二階の本棚を整理、在社中の各先輩からいただいた本も一部を除いて整理する。その表紙や目次はデジカメで収めた。
その他、新旧の単行本、文庫本を含めてボランティア団体に寄付。
詰めた本はみかん箱2箱分となった。

20060914
朝から雨。
 老犬チビの犬小屋コトリともせず。
 ブログ 終戦日記7月号の入力了。
雨やむ。午後から菜園を整地。苦土石灰をまき、鶏糞、モミガラ、草肥をすきこむ。
近所のIさん、Jさんの畠ではホウレンソウがまかれていた。

20060915
農村に残る「村八分」という言葉で、それでは残りの二分とはなんなのか。
前から気になっていた。葬儀と火事だけは、つまはじきをしない慣習の意味でこれが「二分」分だったことを知る。
 晩夏を飾るヒグラシは、庭の紅葉の木に2匹、樅ノ木に2匹とまって時を惜しんでいる。
イチゴ苗を整理しシュートの着いた新苗を大きなボッドに移動。

20060916
庭の除草でピラカンサと山椒の木が枯れているのを知る。
すでに 万事手遅れの状態で、これは逃れられない自己責任だ。
あれだけ元気で、毎年冬には赤い実をいっぱい実らせていたピラカンサがどうして枯れたのか。残念。
 町の環境ボランティアの呼びかけで図書館近くの水辺の生態を調べる企画が本日あり、小学生のマゴ2人を連れて参加。
我が家の裏に大きなため池がある。
ヘラブナも釣れたし、ゴムボートを浮かべて睡蓮の花の管理をしていたこともあった。
この池が埋められることになり、その前に生物調査をしようと町のエコグリーンのボランティアが呼びかけて今日の集いとなった。
 長靴姿で網をもって参加。
ボランティア連はジッタンより一回り年かさの人が多いが魚をとるヨツデや大きなタモを持って池をさらう姿になると、遠い日の少年のように元気だ。
 結局、池と周辺を含めてコブナ、ムツゴ、モロコ、メダカが捕獲確認され、ザリガニと同じ場所でバラタナゴもいることがわかった。
ため池は水深は20センチになって浅く、遠いところを泳いでいる鯉などは背びれを水面に出している。
 9月5日のブログ日記に書いたおびただしい数の水鳥がいたわけがこれでわかった。浅くなった水場が絶好の食餌環境を作りだしていたのではあるまいか。
 夜、マゴといっしょに七輪バーベキュー。ハマグリ、豚バラ、海老、秋刀魚、フランクフルトソーセージなど。
火の面倒を見ながらの飲むビールと肴はまことに結構。
夜風も心地よい。

20060917
泊まった小3マゴが夢を見た。
自分の指をしゃぶって目覚めたのだが、昨夜のフランクフルトを食べていた夢だった由。
 午後、テニス。
 夜、行革町民会議の班メンバーが集まって同窓会みたいな小宴を開き盛り上がる。
 来春の町長選の動きや、行革提言への町議らの反応などを聞く。

「会社を辞めて田舎へGO!」樺島弘文 飛鳥新社を読了。
 元「プレジデント」編集長だった樺島が、縁もゆかりもない栃木県と茨城の県境にある馬頭町に移り住む。
47歳での転進だから年金での生活はできない。
退職金をつぶし家族に袋叩きにあいながら月25万円の収入を目指すが、これがむずかしい。
トマト農家のパート作業や半農半ライターで口に糊をしながらの生活。 彼が学んだ田舎暮らしの原則とは
  ・かたひじ張らず
  ・誰にでも挨拶し
  ・もらいものは絶対に断らない ということだったとのこと。
あこがれた田舎暮らしの実際はきつい。

20060918
 
午前中は雨、薄日、また雨。
 午後止んだので、マルチングをしてブロッコリーを植えつけようとしたが土が団子状態なので植え付けは延期。
 ナスはこれで最後の収穫となった。
ながい間、よく我が家の食卓を飾ってくれた。
 枝を短く剪定して秋茄子もと思ったが、もうすでにじゅうぶん大役は果たした。 これ以上は、あこぎと思いやめた。

 20060919
曇り、ときどき雨。
佐藤さんと碁。2番とも実力負け。
 午後、菜園作業。
 農園で育てたブロッコリー、ハクサイ、メキャベツを菜園に移植する。 秋ダイコンの地の下30センチに石灰窒素、その上10センチに化成肥料とサンドイッチ状態に施肥する。
聖護院は同様に20センチとして植える。
ナスも終わって、収穫できるものはオクラとピーマンだけとなった。ひょろひょろ苗だったオクラ苗が4センチほどのがっしりした幹を持ち背高く黄色の花を次々につけている。
このオクラ、朝の納豆に混ぜても美味い。

20060920
あーちゃんと日光・戦場ヶ原を歩く。
 草紅葉ようやくの気配の中、熊除けの鈴をぶら下げて歩く。
途中であった元気な小学生の群れ、まったく驚かず平然と草を食む7匹の鹿、川マスを釣る渓流師の姿、昼飯時の川原でのカワガラス、木道の大蟻などみなそれなりに面白かった。
紅葉時期には、こうしたのんびり歩きはできないだろう。
 「池波正太郎のそうざい料理帖」(池波正太郎 平凡社)を車中に持参したが、これが面白くない。
 池波の手なぐさみ酒食のあれこれが紹介されているが、「鬼平」のあの軍鶏鍋の雰囲気がまるで伝わってこない。
この種のコラムは壇や池辺良のほうがよほど上手い。


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