「殺人者は実は人間ではなかったのだから死刑でも構わない」
こう記すと非常にわかりやすいが、旧約聖書のヒーローである預言者モーセは実際そう考えていたように見受けられる。
ただし、彼が神にシナイ山で授与されたという十戒が記された石板の六番目の言葉には「殺すな」とある。
実はモーセには同胞を守るためとは言えエジプト人を殺害した過去があるというのが問題を複雑にしている。
理由があれば殺人は肯定されるのか。
神の言葉は絶対ではなかったのか。
その自己矛盾を解消するための苦肉の策が「エジプト人は人間ではなかった」というものではなかったか。
何故「人間ではなかったか」というと彼らは人間であるイスラエル人を人間扱いしなかったからである。
要するにモーセは逆差別したわけである。
これは同害報復(タリオ)の範疇だが、誰が彼に生殺与奪の権限を与えたのかという問題が浮上する。
以上は僕の妄想です。