<植生断面調査>
この日の午後に予定していたのは、植生調査だ。玉川上水の動植物を知るためにも、植生を把握しておくことは基礎となる。「自然観察会」というと、どうしても目につく植物をとりあげてその名前や背景を説明して覚えてもらうということになりがちだが、私は少しつっこんだ調査をいっしょにするほうが深い理解につながると考えている。植物はハナをさかせているときにだけ存在するのではもちろんない。緑色の葉をつけている春から秋まででなく、木であれば冬に幹が残るし、草本も地下茎があり、種子として生きている。そのごく当たり前のことを実感するには花のある時期に名前を覚えるだけではまったく不十分であるといわなければならない。
そういう植物一般を観察するということの見直しに加えて、玉川上水の植生とはどういう特徴があるかを知るということがある。繰り返し述べているように、玉川上水の最大の特徴は「長く続いた緑」であるということだ。その連続性に重要な意味があることはまちがいないだろう。だが、「長い」ということはほぼ同義的に「細い」ことでもある。極端にいえば、街路樹が一列並んでいても、「長く続いた緑」である。そうであれば、木の下に生える草本は明るいところを好む雑草などに限られることになる。現に年の街路樹をみるとそうだし、東京などでは雑草さえなくて、コンクリートに囲まれて孤立した木が街路樹となっていることもよくある。玉川上水ではそうではなく、上水をはさむ岸部分にコナラ、イヌシデ、クヌギなどの木が生えて林と呼んでよいほどになっている。その幅は数メートルほどだが、場所によって広い狭いがあり、小平あたりは比較的幅が広い。林が切れるところは日があたるから、林の中とは違う植物が生える。つる植物や低木類がその代表的なもので、フジ、ヤマブドウ、サルナシなどのつる植物やムシカリ、ノリウツギなどの低木は山の林縁でよくみかける。日当たりがよくて高い木があれば、自分では立てないつる植物には格好の条件がそなわっていることになる。里山や郊外の林縁ではヤブカラシやヘクソカズラなどのつる植物、ニガイチゴ、ガマズミ、ムラサキシキブなどの低木が多くなる。玉川上水ではこれらもあるが、センニンソウ、++などのつる植物、アオキ、シロダモなどの低木も多い。
林の縁が道路に接していたり、畑があったりすると、雑草類や外来種が入り込む。こういう植物は明るいことに加えて人による撹乱があって、野草には育ちづらいような場所を好む。
逆に林の内側で直射日光が当たらないような場所があれば、本来林の下に生えるような植物も生えることができる。玉川上水ではギンラン、フタリシズカ、チゴユリなどが見られるがこれらは林の外にはない林床植物である。
このように、主に明るさによって生育する植物が大きく違うから、それを示すために、玉川上水に対して直交するラインをとって調査をすると、その推移をとらえることができるはずである。
さて、9月11日の午後は鷹の台にもどり、さらに西に歩いて朝鮮大学校の南側まで行った。ここは7月に玉川上水の北側で同じ調査をしていたので、その南側を調べて「通し」のデータをとるためだ。ここではその両方をまとめて紹介しよう。
調査は上水に直交するように巻尺をおき、折尺で1m四方の方形区をとって、高さ2m以下に出現した種の被度(植物が被う割合%)と高さ(cm)を記録した。南側は車道の縁から上水沿いの歩道を含む場所を経て、柵の内側まで、北側は崖の縁から柵を経て、遊歩道をすぎ、小さな水路までをとった(図10)。被度と高さの積を「バイオマス指数」とした。これはいわば体積を表現する。もちろん実際には植物の形はさまざまなので、フキのように葉が上で広がる植物は過大に表現されるし、タンポポのように草丈が低いものは比較的正確に表現されるという違いがあるが、被度だけよりは植物の量をより適切に表現できる。
図10. 調査範囲を示す概念図.左が南、右が北.
結果をまとめると、送電線のために上層木が除かれているため明るく、南側ではよく刈り取りがされており、草丈の低いイネ科が多く出現した(図11)。中でも多かったのはシバとニワホコリだった。柵の中はケヤキが覆っており、下にはアズマネササが密生していた。
図11. 南側の歩道沿い
北側もアズマネザサが優占していた(図12)。
図12. 北側の「落葉樹林」の下のようす(棚橋早苗さん撮影)
全体で31種が出現した。これらのバイオマス指数を計算すると以下の9種が平均値が10を超えた、量的に多いものだった。
アズマネザサ、ヤマコウバシ、ヤマブキ、シバ、ニワホコリ、ススキ、サルトリイバラ、ガマズミ、マユミ
これらを南から北に方形枠ごとに表現したのが図10である。バイオマス指数が1000未満のものは最大値を1000として表現した。
最も多かったのはアズマネザサで、南北ともに出現し、しかもバイオマス指数が数千という高いレベルにあった(図13a)
図13a 玉川上水の南側(図左)から北側(図右)に沿うアズマネザサのバイオマス指数の推移.横軸は南がわからの方形区番号.中央の青は上水の崖下部分で調査対象外.
次に南側だけで多かったものに3種あった(図13b)。ススキは道路沿いだけにあり、刈り取られているためにススキとしては小型化していまた。シバとカゼクサは草丈が低いためにバイオマス指数は大きくないが、被度は大きく、出現頻度も高い値をとった(図13b)。これらはいずれもイネ科であったことが注目される。
図13b. 玉川上水の南側(図左)から北側(図右)に沿うシバ、カゼクサ、ススキのバイオマス指数の推移.横軸は南がわからの方形区番号.中央の青は上水の崖下部分で調査対象外.
次に玉川上水の崖に近く、樹木帯のあたりに多かった植物が4種あった(図13c)。センニンソウとサルトリイバラはつる植物で、ここではあまり多くなったが、玉川上水ではまとまって生えていることがある。ガマズミとマユミは低木で、玉川上水にはどこでもよくみかける。このベルトには出現しなかったが、ムラサキシキブ、ナンテン、エゴノキ、ミズキ、ゴンズイ、コマユミなども同様のパターンをとる。これらは林縁の植物といえる。
図13c. 玉川上水の南側(図左)から北側(図右)に沿うセンニンソウ、サルトリイバラ、ガマズミ、マユミのバイオマス指数の推移.横軸は南がわからの方形区番号.中央の青は上水の崖下部分で調査対象外.
そのほか、北側だけで多かったものにヤマコウバシがあった(図13d)。同じように出現するものにイヌシデ、ミズキ、エゴノキ、ムラサキシキブなどもあり、上記の林縁植物と重複する。
図13d. 玉川上水の南側(図左)から北側(図右)に沿うヤマコウバシのバイオマス指数の推移.横軸は南がわからの方形区番号.中央の青は上水の崖下部分で調査対象外.
送電線の下は直射日光があたるために、アズマネザサは林内よりもさらに被度が大きく、密生していた。
この場所は直射日光があたるので、草原に出現する植物が多いのではないかと予測したが、アズマネザサがびっしり被っており、ほかの植物が生育できないほど密生していた。わずかにオニドコロ、センニンソウ、エビズル、ツルウメモドキなどのつる植物がアズマネザサの上に茎をのばしていた。
植生断面調査のまとめ
以上の結果は植物生態学的な視点からは次のようなことが指摘できます。
玉川上水はもともとは用水確保のために、岸に草木が生えると枯葉が入るので、木を切り、草刈りをする管理をされていた。ただし、小金井のサクラのように木を植えていた場所もあり、また周りの畑には雑木林がたくさんあった。上水の機能が終わってからは緑地として保護されてきたので、低木や木が育ち、小平あたりでは雑木林のようなようすになっている。この調査地はそうした場所のうち、送電線管理のために高い木を除いた場所である。
南側には車道があり、一段高くなったところは草刈りをして管理しているようである。そのため草丈の低いイネ科が優占していた(図11)。刈り取りに耐性のあるイネ科が多いのが特徴だが、刈り取り頻度が高いようで、ススキのような草丈の高くなるイネ科は少なくなっている。人がよく歩く道があり、そこにはオオバコやセイヨウタンポポのようなロゼット状で踏みつけに耐性のあるものが散見された。
柵の内側にはアズマネザサが密生しており、ほかの植物は抑制されていた。このことも柵の外側が頻繁に刈り取られていることを示唆する。
北側は遊歩道があり、自動車は通らない。南側のようすとは全く違い、ススキやシバは見られなかった。この場所では、南側に樹林があるせいで、直射日光があたりにくいためだと思われる。ここもアズマネザサが多く、上層木がなくて明るい場所ではさらに多くなってほかの植物を被陰していた。
このように、事前に予想していた「上層木がなくて日当たりがよいから草原的な植物が多いだろう」という予想ははずれた。もしここにアズマネザサがなければ大きく違っていたと思われる。実際、少し離れた場所にはツリガネニンジンやバイモなども見られる。
予想ははずれたものの、南側の日当たりがよく、頻繁に刈り取られるところではイネ科が多くなり、樹林帯沿いに低木類、つる植物が多いことは玉川上水の特徴であり、そのことをベルトトランセクト法はうまくとらえ、表現できる方法だと思う。カバーするのがわずか1メートル幅なので捉えきれない植物もあるが、植物の性質を知っていれば、なぜこれが多いかがベルト沿いに変化する理由がよく理解できる。
というわけで、なかなか盛りだくさんの観察会になった。
この日の午後に予定していたのは、植生調査だ。玉川上水の動植物を知るためにも、植生を把握しておくことは基礎となる。「自然観察会」というと、どうしても目につく植物をとりあげてその名前や背景を説明して覚えてもらうということになりがちだが、私は少しつっこんだ調査をいっしょにするほうが深い理解につながると考えている。植物はハナをさかせているときにだけ存在するのではもちろんない。緑色の葉をつけている春から秋まででなく、木であれば冬に幹が残るし、草本も地下茎があり、種子として生きている。そのごく当たり前のことを実感するには花のある時期に名前を覚えるだけではまったく不十分であるといわなければならない。
そういう植物一般を観察するということの見直しに加えて、玉川上水の植生とはどういう特徴があるかを知るということがある。繰り返し述べているように、玉川上水の最大の特徴は「長く続いた緑」であるということだ。その連続性に重要な意味があることはまちがいないだろう。だが、「長い」ということはほぼ同義的に「細い」ことでもある。極端にいえば、街路樹が一列並んでいても、「長く続いた緑」である。そうであれば、木の下に生える草本は明るいところを好む雑草などに限られることになる。現に年の街路樹をみるとそうだし、東京などでは雑草さえなくて、コンクリートに囲まれて孤立した木が街路樹となっていることもよくある。玉川上水ではそうではなく、上水をはさむ岸部分にコナラ、イヌシデ、クヌギなどの木が生えて林と呼んでよいほどになっている。その幅は数メートルほどだが、場所によって広い狭いがあり、小平あたりは比較的幅が広い。林が切れるところは日があたるから、林の中とは違う植物が生える。つる植物や低木類がその代表的なもので、フジ、ヤマブドウ、サルナシなどのつる植物やムシカリ、ノリウツギなどの低木は山の林縁でよくみかける。日当たりがよくて高い木があれば、自分では立てないつる植物には格好の条件がそなわっていることになる。里山や郊外の林縁ではヤブカラシやヘクソカズラなどのつる植物、ニガイチゴ、ガマズミ、ムラサキシキブなどの低木が多くなる。玉川上水ではこれらもあるが、センニンソウ、++などのつる植物、アオキ、シロダモなどの低木も多い。
林の縁が道路に接していたり、畑があったりすると、雑草類や外来種が入り込む。こういう植物は明るいことに加えて人による撹乱があって、野草には育ちづらいような場所を好む。
逆に林の内側で直射日光が当たらないような場所があれば、本来林の下に生えるような植物も生えることができる。玉川上水ではギンラン、フタリシズカ、チゴユリなどが見られるがこれらは林の外にはない林床植物である。
このように、主に明るさによって生育する植物が大きく違うから、それを示すために、玉川上水に対して直交するラインをとって調査をすると、その推移をとらえることができるはずである。
さて、9月11日の午後は鷹の台にもどり、さらに西に歩いて朝鮮大学校の南側まで行った。ここは7月に玉川上水の北側で同じ調査をしていたので、その南側を調べて「通し」のデータをとるためだ。ここではその両方をまとめて紹介しよう。
調査は上水に直交するように巻尺をおき、折尺で1m四方の方形区をとって、高さ2m以下に出現した種の被度(植物が被う割合%)と高さ(cm)を記録した。南側は車道の縁から上水沿いの歩道を含む場所を経て、柵の内側まで、北側は崖の縁から柵を経て、遊歩道をすぎ、小さな水路までをとった(図10)。被度と高さの積を「バイオマス指数」とした。これはいわば体積を表現する。もちろん実際には植物の形はさまざまなので、フキのように葉が上で広がる植物は過大に表現されるし、タンポポのように草丈が低いものは比較的正確に表現されるという違いがあるが、被度だけよりは植物の量をより適切に表現できる。
図10. 調査範囲を示す概念図.左が南、右が北.
結果をまとめると、送電線のために上層木が除かれているため明るく、南側ではよく刈り取りがされており、草丈の低いイネ科が多く出現した(図11)。中でも多かったのはシバとニワホコリだった。柵の中はケヤキが覆っており、下にはアズマネササが密生していた。
図11. 南側の歩道沿い
北側もアズマネザサが優占していた(図12)。
図12. 北側の「落葉樹林」の下のようす(棚橋早苗さん撮影)
全体で31種が出現した。これらのバイオマス指数を計算すると以下の9種が平均値が10を超えた、量的に多いものだった。
アズマネザサ、ヤマコウバシ、ヤマブキ、シバ、ニワホコリ、ススキ、サルトリイバラ、ガマズミ、マユミ
これらを南から北に方形枠ごとに表現したのが図10である。バイオマス指数が1000未満のものは最大値を1000として表現した。
最も多かったのはアズマネザサで、南北ともに出現し、しかもバイオマス指数が数千という高いレベルにあった(図13a)
図13a 玉川上水の南側(図左)から北側(図右)に沿うアズマネザサのバイオマス指数の推移.横軸は南がわからの方形区番号.中央の青は上水の崖下部分で調査対象外.
次に南側だけで多かったものに3種あった(図13b)。ススキは道路沿いだけにあり、刈り取られているためにススキとしては小型化していまた。シバとカゼクサは草丈が低いためにバイオマス指数は大きくないが、被度は大きく、出現頻度も高い値をとった(図13b)。これらはいずれもイネ科であったことが注目される。
図13b. 玉川上水の南側(図左)から北側(図右)に沿うシバ、カゼクサ、ススキのバイオマス指数の推移.横軸は南がわからの方形区番号.中央の青は上水の崖下部分で調査対象外.
次に玉川上水の崖に近く、樹木帯のあたりに多かった植物が4種あった(図13c)。センニンソウとサルトリイバラはつる植物で、ここではあまり多くなったが、玉川上水ではまとまって生えていることがある。ガマズミとマユミは低木で、玉川上水にはどこでもよくみかける。このベルトには出現しなかったが、ムラサキシキブ、ナンテン、エゴノキ、ミズキ、ゴンズイ、コマユミなども同様のパターンをとる。これらは林縁の植物といえる。
図13c. 玉川上水の南側(図左)から北側(図右)に沿うセンニンソウ、サルトリイバラ、ガマズミ、マユミのバイオマス指数の推移.横軸は南がわからの方形区番号.中央の青は上水の崖下部分で調査対象外.
そのほか、北側だけで多かったものにヤマコウバシがあった(図13d)。同じように出現するものにイヌシデ、ミズキ、エゴノキ、ムラサキシキブなどもあり、上記の林縁植物と重複する。
図13d. 玉川上水の南側(図左)から北側(図右)に沿うヤマコウバシのバイオマス指数の推移.横軸は南がわからの方形区番号.中央の青は上水の崖下部分で調査対象外.
送電線の下は直射日光があたるために、アズマネザサは林内よりもさらに被度が大きく、密生していた。
この場所は直射日光があたるので、草原に出現する植物が多いのではないかと予測したが、アズマネザサがびっしり被っており、ほかの植物が生育できないほど密生していた。わずかにオニドコロ、センニンソウ、エビズル、ツルウメモドキなどのつる植物がアズマネザサの上に茎をのばしていた。
植生断面調査のまとめ
以上の結果は植物生態学的な視点からは次のようなことが指摘できます。
玉川上水はもともとは用水確保のために、岸に草木が生えると枯葉が入るので、木を切り、草刈りをする管理をされていた。ただし、小金井のサクラのように木を植えていた場所もあり、また周りの畑には雑木林がたくさんあった。上水の機能が終わってからは緑地として保護されてきたので、低木や木が育ち、小平あたりでは雑木林のようなようすになっている。この調査地はそうした場所のうち、送電線管理のために高い木を除いた場所である。
南側には車道があり、一段高くなったところは草刈りをして管理しているようである。そのため草丈の低いイネ科が優占していた(図11)。刈り取りに耐性のあるイネ科が多いのが特徴だが、刈り取り頻度が高いようで、ススキのような草丈の高くなるイネ科は少なくなっている。人がよく歩く道があり、そこにはオオバコやセイヨウタンポポのようなロゼット状で踏みつけに耐性のあるものが散見された。
柵の内側にはアズマネザサが密生しており、ほかの植物は抑制されていた。このことも柵の外側が頻繁に刈り取られていることを示唆する。
北側は遊歩道があり、自動車は通らない。南側のようすとは全く違い、ススキやシバは見られなかった。この場所では、南側に樹林があるせいで、直射日光があたりにくいためだと思われる。ここもアズマネザサが多く、上層木がなくて明るい場所ではさらに多くなってほかの植物を被陰していた。
このように、事前に予想していた「上層木がなくて日当たりがよいから草原的な植物が多いだろう」という予想ははずれた。もしここにアズマネザサがなければ大きく違っていたと思われる。実際、少し離れた場所にはツリガネニンジンやバイモなども見られる。
予想ははずれたものの、南側の日当たりがよく、頻繁に刈り取られるところではイネ科が多くなり、樹林帯沿いに低木類、つる植物が多いことは玉川上水の特徴であり、そのことをベルトトランセクト法はうまくとらえ、表現できる方法だと思う。カバーするのがわずか1メートル幅なので捉えきれない植物もあるが、植物の性質を知っていれば、なぜこれが多いかがベルト沿いに変化する理由がよく理解できる。
というわけで、なかなか盛りだくさんの観察会になった。