玉川上水みどりといきもの会議

玉川上水の自然を生物多様性の観点でとらえ、そのよりよいあり方を模索し、発信します

自然の話が聴こえた

2017-12-21 21:32:04 | 講演



2017年12月21日に地球永住計画の連続講義で「自然の話が聴こえた」と題して講演をしました。はじめに、講座終了後にもらった参加者からの感想を紹介します。

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参加者からの感想(お名前は省略)

-- 私は「理系の人」は違う人種みたいな気がして、近づきにくいという苦手意識がありました。でも今日のお話からは、心が温かくなる話題が次々にでてきて、生き物を調べるって愛情のあるおこないなのだと感じました。とてもユーモアがあって楽しかったです。それに「理系の人」がギターで歌を歌うなんて思ってもいなかったので、びっくりしましたが、その歌がお話とぴったりで、いっしょにうたいながら泣きそうになりました。

-- 実際にひとつひとつ解明してゆく成果の偉大さに脱帽します。「知ることが偏見をとく」ということばが私にとって重く響きました。高槻先生の多才さは、多方面に対する好奇心ゆえであると痛感しました。

-- 歌も写真もとても素晴らしかったです😊。イラストを描いたり、子供さんに向かってタヌキや自然のことを教えられるのは高槻先生にしかできないことです。糞は自然に分解するのが理想なのだとよくわかりました。「糞土師」の野沢さんと対談してほしいです。何曲もうたってください。

-- お会いしたかった先生のお話が聞けてうれしかったです。話の最後にカーソンのことばを使う人は今までもいましたが、先生の講演ではイヤミなく、気取りもなく、心から納得できました。

-- 専門家のお話を聞けると気負ってきたのですが、初めのところで「ノートを準備している人がいますが、知識を得て知的になろうなどといういやらしい考えは改めて、ボーッと聞いてください」と言われたので、リラックスしてきけました。そして、聞いたあとで、身近な玉川上水の話が、こんなに深い話にまで掘り下げられるのかと感銘しました。

-- 前回と同様にすばらしい話をありがとうございました。日々ただボーッとした生き方をしている私からすると、コツコツと調査を継続していらっしゃる先生の姿勢には尊敬しかありません。今日聞いた考え方などを自分の生活にいかせるようにしたいと思いました。「ビリーブ」が坂本龍一の曲だと初めて知りました。
たいへん失礼しました。これは私の思い込みで、正しくは杉本竜一でした(高槻)。

-- 歌までうたって、聞けてお得でした😀。ありがとうございました。

-- 先生自身は最後に「長くなってすみません」といってましたが、きく方からすると、ぜんぜん長いと感じなかったし、無駄な話はまったくありませんでした。もっと聞きたいくらいでしたよ。

-- 私は動物が好きで、今日はタヌキの勉強をしようと思ってきたのですが、タヌキのことだけじゃなくて、植物の話もきけたし、最後のほうではアイヌの話や、カーソンの話もでてきて、人が生きることにまでつながっていました、その話が、みな自然につながっていて、すーっと理解できました。

-- 初めから最後まですべてが完璧だと思いました。ひとつの芸術作品そのものだと思いました。最後の歌のところでジーンときて感動しました。

-- シメの歌がとてもよかったです。専門的な知見をうまく心に届ける手立てのひとつは音楽ですね。絵もしかりだと思います。両者がうまくマッチした、とてもすてきな講座でした。

-- スライドが非常にわかりやすくて、お話もおもしろくて、あっという間の2時間でした。

-- とてもおもしろく勉強になりました。いつも論文でお名前を目にしている高槻先生がどれだけ自然を愛し、動物・植物のことを考えていらっしゃるかが伝わってきました。私は現在、宇都宮大学で奥日光の森林植生の変化について研究しています。植生変化はシカの影響が顕著にでているので、高槻先生の論文をたくさん読んで参考にさせていただいています。また、来年度から野生動物調査の会社で働くので、タヌキの食性や糞の話がきけてとてもよかったです。私も、先生のように自然を想う気持ちをわすれずに動植物と向き合っていきたいと思います。また、このような講義があれば、ぜひ参加します。ありがとうございました。

-- タヌキの糞を調べることで食性がわかり、その場所の植物のことがわかるということにつながっていることに驚きました。私はテレビ番組の制作会社に勤めているので、「自然番組のネタはないか」というヨコシマな気持ちでお話を聞いたのですが、反省しました。自分の目で見る、「会話」するためには「単語」を覚え、文法をマスターしなければならないという言葉が心に刺さりました。

-- 科学的に目で見ながら、イラストや和歌、人形や歌で表現されて、わかったことや思いが伝わってくるのがすばらしかったです。自分の目で観るとらわれない自由さが(関野先生もそうですが)高槻先生の魅力ですね。「偏見は知らないことから生まれる」という言葉はすべてに通じていて、大事なことだと、改めて思いました。


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内容は昨年のものと重なる部分が多いので、違いのあるところを中心に簡単に紹介します。

 私が玉川上水の生き物調べを始めたのは、景観としての緑地ではなく、生き物のすむ場所としての緑地としてとらえてみたいと考えたからです。そのとき、珍しい生物だからではなく、むしろその逆で、ありふれている、あるいは誰にも顧みられない、さらにいえば嫌われている生き物に注目したいと思いました。そういう考えから、タヌキをとりあげました。タヌキは誰でも知っているようで、実は誰もその実態を知らない動物です。玉川上水は江戸時代には面積の半分は畑で、残りの半分は雑木林であったことがわかっています。しかしその雑木林は戦後に減少し、断片化しました。玉川上水はやせ細っていきました。タヌキはそこに逃げ込むように生きています。そのタヌキはいま道路建設という危険に直面しています。



 タヌキの「いる、いない」を、玉川上水と周辺の孤立緑地を比較すると、玉川上水のほうが撮影率が高く、玉川上水の連続性がタヌキの生息にプラスになっていることがわかりました。


玉川上水と孤立緑地でのタヌキの撮影率

 調査をするにあたって、私は緑の残っている津田塾大学に着目しました(こちらもどうぞ)。調べてみたら、確かにタヌキがいました。そして、タメフン場をみつけて、マーカーによってしらべたら、その動きがわかってきました。とくに力を入れたのは、糞を分析で、これにより、タヌキの食物の季節変化が明らかになりました。タヌキは果実を軸とし、果実がなくなる冬や春に哺乳類や鳥類を、春と夏には昆虫を食べていました。


津田塾大のタヌキの糞組成の季節変化

ただし、津田塾大のタヌキがよく食べる果実はギンナン、イチョウ、ムクノキなど高木種に限定的で、郊外で多かったキイチゴ類などは食べていませんでした。それはなぜか?
 ここで重要なのは、糞から出てきた小さな種子の名前がわかること、それだけでなく、その種子を含む果実、その果実をつける植物がどこに生え、どういう育ち方をするかという知識がないといけないということです。私は日々、果実や小動物の標本を作っていますから、種子の多くは名前がわかり、その植物の生育状態がわかります。だから、糞を分析すると、そこからさまざまなストーリーが読み取れるのです。それはとても楽しい作業です。


果実と種子の例

 今年になって何箇所かで森林の調査をしました。下生えの調査をしたところ、玉川上水の落葉樹林では落葉低木が多いのに対して津田塾大では量が少なく、アオキなどの常緑低木が少しあるだけでした。それはなぜか?


玉川上水の落葉樹林(右)と津田塾大のシラカシ林(左)の下生えの量と内訳

 森林を構成する樹木の調査をすると、玉川上水ではコナラなどの木が多いのに対して津田塾大ではシラカシが多く、しかも世代交代もおこなわれていることがわかりました。それはなぜか?


津田塾大学での樹木調査


玉川上水(凡例では「中央」とした。これは玉川上水の小平市中央公民館近くのこと)と津田塾大の林の木の太さを太い順に並べた図。常緑樹が濃緑色。玉川上水では常緑樹は細い木だけだが、津田塾大では全体に常緑樹(シラカシ)が多い。

 津田塾大学の記録を調べたら、1929年に都心から移転したとき、砂埃がひどいのでシラカシを植林したという記録がありました。


1929年に撮影された津田塾大学の写真。周囲は畑と雑木林で一軒の家もない。

そのときの木が育って、いま100歳の立派な林に育ったのです。そのために林は暗く、常緑低木しかないために、タヌキは高木の果実が落ちてきたものを食べるしかないというストーリーが読み取れました。
 そこで、これを論文に書きました。観察会の成果が論文となったことはうれしいことでした。



 タヌキの食性の論文といえば、1年前に天皇陛下が皇居のタヌキで、同じ糞分析をして論文を書いておられます。



思えば、世界広しといえど、タヌキの糞をひろって分析する人などそうはいません。それを天皇陛下がしておられることを知り、私は「同志」のような共感を覚えたのでした。そこで私は次のような短歌を作りました。



 さて、タヌキは果実を食べて栄養を得ているので、食べることを通して得をしていると思いがちですが、植物からすれば、ただ果実をプレゼントしているわけではありません。植物側からみれば、果実を提供して、タヌキを利用して種子を散布させているわけです。



実際、タヌキのタメフン場にはムクノキなどの芽生えがたくさんあります。これによりタヌキが森林で種子散布という役割を果たしている、という話が聴けました。

 タヌキが糞をすると種子が運ばれますが、それと同時にその糞を利用する糞虫がいる可能性があります。そこでトラップを作って玉川上水に糞虫がいるかどうかを調べたら、コブマルエンマコガネがよくいることが確認されました。コブマルエンマコガネを飼育したら、ピンポン球ほどの馬糞を1日でこなごなにばらすことがわかりました。


ピンポン球くらいの馬糞をおいた容器に5匹のコブマルエンマコガネを入れたときの分解過程

その動画を紹介したら、会場から拍手が起こりました。

 次に、糞虫もタヌキと同様、孤立緑地ではいないことを確認しようとしました。ところが調べれば調べるほど小さな緑地にも糞虫がいることがわかりました、最初は腑に落ちなかったのですが、44箇所も調べて37箇所にいたので、糞虫にとっては玉川上水がほかの緑地よりもすみやすいとはいえないと結論せざるをえない、つまり私の予測はまちがっていたということがわかりました。
 いずれにしてもタヌキを中心に動物や植物がつながりをもっていることがわかり、「自然の話が聴こえた」と思いました。


玉川上水のタヌキを軸とした生き物のつながり

 こうした調査をする過程でイギリス国営放送(BBC)の取材を受けました。講演ではそのときの取材のようすを紹介しました。私はイギリスの研究者との対話を通じて、自分が日々、標本を作ったり、分析をしたりしてきたことが、国際的に「通じた」と思いました。


クリス・パッカムと玉川上水を歩く


クリスに狸というじを書いて里の哺乳類だという説明をする

 それから2つの子供観察会のようすを紹介しました。ひとつはタヌキの糞分析、もうひとつは糞虫の観察です。
 糞分析のときは、子供にタヌキの話をして、笹薮をかき分けながら進んでタメフン場に行きました。







そしてセンサーカメラの結果をみたり、糞を水洗いして中身を拡大鏡でみてもらうなどしました。

また頭骨の観察もさせたので、子供はしたことのない体験に大喜びしていました。最後に「タヌフン・ミニ博士認定証」と手作りの紙粘土のタヌキをプレゼントしました。これは私にとって初めての、とてもよい体験になりました。



 夏には糞虫観察をしました。



前日にトラップをしかけたところ、9個のトラップ全部に8匹くらいのコブマルエンマコガネが入っていて、子供たちはとてもよろこびました。


トラップにはいっていたエンマコガネ

それを武蔵野美大にもっていって、顕微鏡でみてスケッチを描いてもらいました。



すばらしい作品でした。



この観察会では発泡スチロールでタヌキの模型を作って消化のようすを説明し、100円ショップでみつけた細長い風船と空気入れで、腸の説明をしました。



また紙粘土で糞虫の拡大模型を作りました。


紙粘土で作ったコブマルエンマコガネの模型

最後に糞虫と犬の糞をお土産にわたしました。あとですてきな手紙が届きました。


糞を渡されて鼻をつまむ男の子



 子供観察会は子供たちの心に生き物すばらしさを残したと思えました。

 次に玉川上水での訪花昆虫の調査結果を紹介しました。さまざまな花にさまざまな昆虫が来るが、花を皿形と筒型に、昆虫を蜜を舐める口をもつものと、吸い上げる口をもつものに分けて整理すると、なめる昆虫は皿形によく訪問し、吸う口をもつ昆虫は筒型に多いものの、皿形にもよく来るという結果がえられ、合理的な説明ができました。このことも生き物がつながっていきているという「自然の話が聞けた」例といえます。



 玉川上水の野草はその上に生える木の影響を受けます。したがって森林の管理は花だけでなく昆虫のありかたに影響するわけです。そこでチームを作って玉川上水沿い30kmをあるいて花の分布状態を調べました。こうして作った「花マップ」がちょうど印刷できたので、紹介しました。
 
 このあと、こうした活動を通じて考えたことを話しました。重要なことにしぼって紹介すると、ひとつは、私たちはきれい、きたない、かわいい、君がわるいなど、見かけで、あるいは見もしないで偏見を持ちがちです。しかし糞虫の例でみたように、正しく平明な目でながめれば、きたないどころか偉大な役割を果たしていることがわかります。つまり、知ることは自分が陥りがちな偏見から自分を解放させてくれるということだと思います。知るためには心を平明にして科学的な態度をもつことが一番力になると思います。

 その意味で、レイチェル・カーソンの「地球は人間ためのだけにあるのではありません」ということばと、それとまったく同じことばをアイヌが語っていたことを紹介しました。また、小さな鳥であるミソサザイの話をしました。美しい森にクマが現れての乱行をしました。それをおさえるためにミソサザイが奮闘し、クマを成敗したとき、サマイクルの神がその勇気を讃え、小さいからといってバカにしたり、偏見をもつことはよくないと言いました。またホタルがクマの目のまわりで光って弓をいるときの目印にしてこれた、これは神が小さくても無駄なものは作らないことの例だと語りました。これこそが私が学んでいる生物多様性の最も重要な概念だと思います。











 そう考えると、ここまで残された玉川上水をこれ以上破壊してはならないし、そのための努力をしなければならないという思いを強くします。アマゾンの森林破壊についてE.ウィルソンは「アマゾンの森林を伐採することは、ルネサンスの名画を燃やすような愚行である」という意味のことを言いました。

 私はまだ地球永住計画という大きなプロジェクトを理解できていませんが、玉川上水で生き物を調べることは、どこかで人間と自然のありかたを考えることにつながっているのかもしれないと感じています。こうして話を結びました。

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 いつも「質問はありませんか」という関野先生が「去年は歌がありましたが、今年はないんですか?」と言いました。実はギターを密かにもってきていたのを、めざとくみつけておられたようです。それで準備していた「ビリーブ」という歌を歌いました。歌うときに、モンゴルやスリランカで写した写真を紹介しながら歌詞とギターコードを確認しました。



 玉川上水の話をしたあとだったので、
「世界中の希望をのせて、この地球はまわってる」
「世界中のやさしさでこの地球を つつみたい」
「いま素直な 気持ちになれるなら 憧れや 愛しさが大空に はじけて耀るだろう」
といった歌詞が心に共鳴しました。



うたいながら、会場の皆さんも大きい声でうたってくださったのがわかったので感動しました。

そのあとで質問を受けました。




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