玉川上水沿いの328号線予定地の群落の現状 – 2024年
高槻成紀
工事などで自然が破壊または改変された場合、事後に「変わってしまった」となっても、事前にどうであったかがわからないことが多い。そのために影響の評価ができないことが多い。また工事で直接的に失われる自然だけでなく、その影響は周辺にも及ぶが、これも事前に記録がとられていなければ影響評価をすることができない。その意味で、「小平328号線」の計画が予定されている玉川上水の群落の現状を記録しておくことは意味があると考え、小平市の東鷹の橋と久右衛門橋の間(約340 メートル)の群落の2024年時点での現状を記録した。
方法
調査地は久右衛門橋から東鷹野橋の間で、この中央部分が「328号線」予定地である(図1)。
図1. 調査地の範囲(水色枠内). 赤破線は道路予定の範囲
対象としたのは玉川上水の左岸と右岸の樹林帯の下層群落で、左岸は歩道があり、玉川上水寄りに柵があり、反対側には用水がある(図2a)。右岸は南側に車道があり、歩道を挟んで柵がある(図2b)。
図2a. 調査地の左岸の景観。上流を見たところ。左側が玉川上水で、右側に用水がある。
図2b. 調査地の右岸の景観。東鷹の橋から下流を見たところ。
この右側に車道がある。
調査プロットは久右衛門橋から上流に向かって左岸(北側)と右岸(南側)の歩道の上水側にある柵から上水の「肩」までの緩斜面にとった(図3)。柵は2 m間隔に支柱が立っているので、久右衛門橋近くの支柱を0とし、そこから10 m間隔のプロットをとった。プロットは幅2 mの長方形とし、斜面が崖になる「肩」の部分までとした。この長さは左岸では場所により3 m地度から5 m程度までの幅があったが、右岸では崩壊が進んでいる場所が多く、長くて2 m、短い場合は1 m未満であった。
図3. 調査地を下流から上流に向かって眺めたイメージ図
左:右岸、右:左岸
プロットの左手前を原点とし、そこからスタートして「面積-種数曲線」を得るために、10 cm四方から初めてほぼ面積が倍になるように調査区を拡大して、最終的に2 m × 約4 mの面積をとった。そして、出現した種ごとの被度(%)と高さを測定した。この場合、下生えの植物に着目したので、高さが1.5 m以上は除外した。またプロットの外側に幹があって枝を伸ばしてプロットに入り込んでいるものは記録に含めた。被度と高さの積を「バイオマス指数」として算出した。このプロットは隣接する上流側のものをとったので、10 m間隔に4 m幅を調べたことになる。久右衛門橋から東鷹の橋までは約340 mあり、両岸で68のプロットをとった。
調査は2024年の6月から9月にかけて実施した。
結果
この調査を通じて132種、属名までしかわからなかったものが4種、不明が3種あった。これらは頻度も量もごく小さかった。1プロットあたりの出現種数は左岸で14.1種であったのに対して右岸では7.0種の半分に過ぎず、その違いは有意であった(マン・ホイットニーのU検定, U = 377, Z = 0.001)。
出現種を1)左岸のみに出現した種、2)右岸だけで出現した種、3)両岸で出現した種に分けた(表1)。そしてこれらを高木、低木、つる、単子葉草本、双子葉草本、シダにわけ、生育ちが暗い場所に出るものを「陰性」、直射日光が当たるような場所に生育するものを「陽性」とし、また外来種、園芸種も区別した。
表1. 調査地の左岸のみ、右岸のみ、両岸に出現した植物。植物は高木、低木、つる、単子葉草本、双子葉草本、シダに分け、外来種、園芸種の区別もした。
左岸のみは、52種あり、このうち陰性は12種(23.1%)、陽性は8種(15.4%)で、園芸種は4種あった。これに対して右岸のみは18種あり、陰性はなく、陽性は11種(61.1%)、外来種が1種、園芸種が4種あった。両岸に出現したのは72種あり、陰性が16種(22.2%)、陽性が18種(25.0%)であり、外来種が3種あった。このように、右岸は明らかに陽性と園芸種が多かった。
調査面積と種数
面積-種数曲線のデータをとった30のプロットの平均値を図4に示した。
図4. 面積-種数曲線(平均値)
種数は4 m2くらいまでは急速に増加し、その後のびが鈍くなった。4 m2までのデータが十分取れた左岸では4 m2での平均種数は10.4種であった。右岸では十分な面積が取れないプロットが多かったので図4では1 m2までの曲線を示した。これによると、種数は右岸の方が多く、1m2での平均種数は左岸が4.0種、右岸で5.3種であった。
下流から上流に向かってとったプロットの出現種数を積算したのが図5である。
図5. プロット数-種数曲線
いずれも対数関数と非常に強い相関があり、種数は左岸の方が多かった。これは図4の1 m2あたりの種数と逆の関係がある。これは左岸では樹冠に覆われており、直射日光が当たらないために、下生えの植物はさほど密生していないが、種数は多様であるために面積が増えるほど増えていくのに対して、右岸では直射日光が当たるために、特定の種が繁茂して他の種を抑圧するため、比較的狭い範囲では多種があるものの、面積を拡大してもさほど増えないのに加えて、斜面崩壊のために調査面積そのものが2 m2程度しか取れないという理由があるためである。
出現頻度
プロットへの出現頻度を種ごとに求めて、上位から順に並べたもののうち、左岸のものが図6aである。これには種名を省いているが、この図からわかるのは高頻度種はごく限られており、中頻度が20種ほどで、半数以上はごく低頻度であり、グラフは長い裾を引くということである。これはごく少数種はほとんどのプロットに出るが、かなりの種は半分程度のプロットで見られ、多くの種はたまにしかみられないということである。
図6a. 左岸での各種の出現頻度-順位曲線
出現頻度が上位15位までを取り上げると図6bのようになった。上位3種はスイカズラ、コナラ、イヌツゲであり、これら3種は非常に高頻度であった。これに次いで頻度30程度のものにアオキ、ネズミモチ、ウグイスカグラ、ムラサキシキブなどが続いた。
図6b. 左岸での頻度上位15位までの頻度曲線
この事情は右岸でも同様で、左岸と同様のカーブが得られた(図7a, 7b)。右岸での高頻度3種はアズマネササ、エノキ、スイカズラで、左岸と共通なのはスイカズラだけであった。
図7a. 右岸での各種の出現頻度-順位曲線
図7b. 右岸での頻度上位15位までの頻度曲線
図6aと図7bに示した高頻度種を比較すると、左岸ではアオキ、イヌツゲ、シュンラン、シラカシ、ヒメカンスゲなど比較的暗い場所に生育する種を含んでいた。これらは攪乱がある明るい林や林縁には多くない。これに対して右岸の高頻度種には道端雑草(アキメヒシバ)、明るい場所に生えるつる植物(センニンソウ、ヘクソカズラ)、直射日光が当たる場所にはえる低木(ニガイチゴ)、園芸種(ヤマブキ)などがあり、左岸と右岸の違いを反映していた。それぞれ15種のうち、共通であったのはアオキ、エノキ、コナラ、スイカズラ、ネズミモチ、ムラサキシキブの6種に過ぎなかった。
バイオマス指数
バイオマス指数(被度×高さ)を種ごとに求め、頻度同様上位から順に並べた「バイオマス-順位曲線」のうち左岸の結果が図8aである。これも頻度同様、多い種は少数に限られ、グラフはL字状になった。
図8a. 左岸のバイオマス指数-順位曲線
このうち上位10種を取り上げると、ムラサキシキブ、シラカシ、スイカズラ、イヌツゲ、ウグイスカグラ、マルバウツギ、ケヤキ、エゴノキ、ノイバラ、ナンテンの順であった(図8b)。草本はつる植物のスイカズラだけであり、高木・亜高木がシラカシ、ケヤキ、エゴノキの3種だけで、多くは低木であった。これらの多くは頻度も高く、これらがこの場所の下層植生で重要な位置を占めている。
図8b. 左岸のバイオマス指数の上位10位までの推移
これらの写真を図9cに示した。
図9c. 調査地左岸で量的に多かった10種
同様に右岸のバイオマス指数-順位曲線を描くと図10aのようになった。
図10a. 右岸のバイオマス指数-順位曲線
このうち上位10種を取り上げると、ネズミモチ、ヤマブキ、ニガイチゴ、アズマネザサ、ボタンクサギ、シラカシ、エノキ、テイカカズラ、ムラサキシキブ、ムクノキの順であった(図10b)。草本はなく、高木・亜高木がネズミモチ、シラカシ、エノキの3種だけで、多くは低木であり、アズマネザサもあった。ヤマブキ、ボタンクサギは園芸植物であり、ニガイチゴは明るい場所を好む低木であり、人工的な影響を受けていること、直射日光を受ける環境を反映していた。
図10b. 右岸のバイオマス指数の上位10位までの推移
これら10種の一部を図10cに示した。
図10c. 調査地右岸のバイオマス指数の上位10種。ただし左岸に共通なシラカシ、ムササキシキブとアズマネザサは省略。
バイオマス指数の推移
左岸のバイオマス指数のプロットごとの合計値の推移を見ると久右衛門橋側で大きいが100 – 150 mで少なくなり、その後上流で再び多くなった(図11a)
図11a. 左岸のバイオマス指数の東から西への推移. X軸の数字は距離(m)
これは橋の近くは樹冠がないためにある程度の範囲は明るく、下生えの成長が良いためと考えられる。上流(図11aの150 m以上の範囲)では橋から離れている場所でも多かったが、これは2021年くらいから増えた「ナラ枯れ」のために枯れたコナラ、クヌギが伐採されて樹冠が失われて明るくなったためである(図11b)。
図11b. 左岸の「ナラ枯れ」のために伐採されて明るくなった場所
右岸では全体にバイオマス指数が大きく1000-15000のプロットが多かった。ただし2000未満の場所が点々とあった。バイオマス指数が大きいことは、日当たりがよく植物の成長が良いことを反映している。点々とあるバイオマス指数の小さい場所は上層にシラカシやクヌギが密生した樹冠で覆っている場合もあったが、多くの場合は生育地が崩壊のために面積が狭いという生育とは別の理由によるものであり、十分な面積があれば10000以上であると推察される。
図11c. 右岸のバイオマス指数の東から西への推移. X軸の数字は距離(m)
主要種のバイオマス指数
バイオマス指数の平均値が大きかった10種を取り上げる。左岸ではムラサキシキブは明るい林に生育するが、全体にあったが、0−50mで量も頻度も高かった(図12-1)。
図12-1. 左岸でのムラサキシキブのバイオマス指数の推移
シラカシは安定した林の樹冠を形成し、林床にも生育するが、調査地では広く見られ、特に150-250 m辺りに集中的にあった。
図12-2. 左岸でのシラカシのバイオマス指数の推移
スイカズラは林縁などに生育するつる植物であり、本調査地では0-100 mと200-330 mに集中的に生育した。スイカズラは歩道脇の柵に絡まるのがよく見られたが、同時に林床に水平に伸びて生育しているのもよく見られた。
図12-3. 左岸でのスイカズラのバイオマス指数の推移
イヌツゲは暗い林に生育するが、量的には少なかったが満遍なく出現し、100-150 mでは少なかった。
図12-4. 左岸でのイヌツゲのバイオマス指数の推移
ウグイスカグラは明るい林に生育するが、0-100 mに集中的に出現し、他の場所でも断続的に出現した。
図12-5. 左岸でのウグイスカグラのバイオマス指数の推移
マルバウツギは林縁に生育するが、調査地では50-250 m辺りに出現し、0-50 m、280-340 m辺りにはなかった。
図12-6. 左岸でのマルバウツギのバイオマス指数の推移
ケヤキは樹冠を形成し、実生は明るい場所に見られるが、調査地では30-80 mに集中的にみられた。
図12-7. 左岸でのケヤキのバイオマス指数の推移
エゴノキは明るい林の亜高木層や低木層に生えるが、調査地では場所の偏りはあまりなく、点々と出現した。
図12-8. 左岸でのエゴノキのバイオマス指数の推移
ノイバラは林縁で藪を作るが、本調査地では0-20 mの林縁の他明るい場所で転々と出現した。
図12-9. 左岸でのノイバラのバイオマス指数の推移
ナンテンは林床に生えるが、本調査地では250-300 mで集中的に出現するほか、所々で少量見られた。
図12-10. 左岸でのナンテンのバイオマス指数の推移
このほか量的には少ないが注目される種を取り上げる(図13)。
図13. 左岸での注目すべき4種
アオキは暗い林の林床に生育するが、本調査地では0-60 mと250-330 mで多く生育した(図14-1)。
図14-1. 左岸でのアオキのバイオマス指数の推移
ヘクソカズラは空き地などに生育するが、本調査地では260-340mに限定的に出現した。なぜ0-100 mになかったのか不明である。
図14-2. 左岸でのヘクソカズラのバイオマス指数の推移
図14-3. ノカンゾウのバイオマス指数の推移
右岸でも同様に上位10種を取り上げる。出現のパターンとして、全体的に出現するものと限定的に出現するものがあり、以下の5種は出現が全体的であった(図15)。
図15-1. 右岸でのネズミモチのバイオマス指数の推移
図15-2. 右岸でのアズマネザサのバイオマス指数の推移
図15-3. 右岸でのエノキのバイオマス指数の推移
図15-4. 右岸でのムクノキのバイオマス指数の推移
図15-5. 右岸でのヤマブキのバイオマス指数の推移
図15-6. 右岸でのムラサキシキブのバイオマス指数の推移
これに対して以下の種は出現が限定的であった。ニガイチゴはプロット15前後に限定的に出現し、そこでは量的にも多かった。
図15-7. 右岸でのニガイチゴのバイオマス指数の推移
シラカシとテイカカズラは中央部に出現した。
図15-8. 右岸でのシラカシのバイオマス指数の推移
図15-9. 右岸でのテイカカズラのバイオマス指数の推移
ボタンクサギはプロット60前後だけで出現した。
図15-10. 右岸でのボタンクサギのバイオマス指数の推移
ボタンクサギは園芸種であり、観察でもこの場所近くでオシロイバナ、パスチャーセージなども生育しているのが確認された。そこで園芸種のバイオマス指数を集計したのが、図15-11である。該当するのは、ボタンクサギ、アジサイ、メドーセージ、オシロイバナ、キンモクセイ、シロヤマブキである。これを見るとプロット60周辺に集中していた。ここは東鷹の橋に該当し、中央公園に往来する人が利用するため人通りが多い。
図15-11. 右岸での園芸種のバイオマス指数の推移
このように右岸は直射日光が当たるため植物量が多いが、局所的に樹冠が発達した部分があって下層植物が少ない、壁面の崩壊があって面積が狭い、また人為的な影響が強く園芸種もあるなどの特徴があった。
総合評価
以上を総合的に見ると、左岸においては久右衛門橋で樹林帯が途切れて明るくなるため、0-50 mには明るい場所を好む低木や草本類が多かった(図11a)。これに次ぐ西側の50-80 mは暗く、これらの植物は少なくなった。本来であればこの状態がさらに西まで続くのだが、ナラ枯れに伴う伐採のために明るくなったために200 mより西側でも植物量が多くなっている。ただし東鷹の橋はごく小さく、久右衛門橋のように自動車が走る舗装道路ではないから樹冠は繋がっていて直射日光は当たらない。そのため0-50 mとは違い、植物量が多かった(図11a)。
ただ、ナラ枯れ後の伐採で明るくなったためにムラサキシキブ、マユミ、ガマズミなどが増加したことは間違いないが、ここがこれまでずっと安定的な落葉樹林であったのではない可能性がある。というのは、この辺りにノカンゾウがかなりあったからである(図14-3)。このほか、ツリガネニンジンもあった。これらはかろうじて生き延びており、開花はしていなかった。このことは、この場所がかつては明るい草原状態であったことを示唆し、ナラ枯れ後に明るくなってから侵入したとは考えられない。おそらくかつてこの辺りは現在の小金井のように草原的な環境であり、これら陽性草本はコナラなどの樹木が生育してから徐々に減少しているものと思われる。
これに対して右岸(南側)は、直射日光が当たるため、安定した林内に生育する野草は認められなかった。日当たりが良いため、ニガイチゴなどの陽性の植物があるほか、低木、高木も量が多かった。ただし、上水壁面の崩壊が進んでいるために、柵から上水までの幅が狭く、プロット面積が狭いために出現種数も植物量も少なく評価された。そして東鷹の橋周辺では人通りも多いため、園芸種が生育していた(図15-11)。
一方で、左岸(北側)ではシュンラン、キンラン(環境省レッドリスト絶滅危惧Ⅱ類)、チゴユリ、マンリョウなどが生育していた(図16)。この調査では記録されなかったが、左岸ではマヤラン(環境省レッドデータブック絶滅危惧Ⅱ類)、ギンラン(東京都 北多摩絶滅危惧ⅠB類)も確認されている。これらはノカンゾウ、ツリガネニンジンなどが消滅しつつあるのとは対照的に、落葉樹林が形成されて安定した林になりつつある中で生育するようになったものと推察される。
図16. 安定した林に生育する種
このように見てくると、長い時間の中で草原的環境が落葉広葉樹林に変化しつつあり、樹木の管理の仕方によって下層植物が影響を受けながら盛衰を見せていることが理解される。ムラサキシキブ、ウグイスカグラ、エゴノキ、マユミ、マルバウツギなどはこの場所ではごくありふれた低木であり、花や果実が林に彩りを添えているが、東京都の緑地においては必ずしもそうではなく、これらが豊富なこの場所は玉川上水全体でも限定的であり、保全上の価値が高いといえる。
このことの持つ意味の1つは、もし道路が予定通りに開通した場合、道路幅の36 mの部分の植物が失われるだけでなく、そこに形成される林縁によって上流・下流の両側に生育する植物が大きい影響を受けるということである。本調査によって、右岸には安定した林内に生育する野草がないことが確認されたが、同じことが新たに形成される林縁で起きる可能性は極めて大きい。現状でも府中街道に面する久右衛門橋の東西には陽性植物は多いが林内植物は乏しい。道路が開通すれば、これと同様、あるいはそれ以上の変化が起きることは確実であろう。このように道路開通は直接的破壊だけでなく、間接的な影響も与えることに留意しなければならない。
また調査地は樹林幅が30 m前後あり、樹林幅が広いために右岸の樹木が左岸に直射日光が当たることを妨げている(図17)。そのことがシュンラン、キンラン、チゴユリ、マンリョウなど安定した樹林の野草の生育を可能にしている。これらは右岸になかったが、それは右岸の保護価値が低いことを意味せず、右岸の樹林が左岸の野草を守るという機能を果たしていると見るべきである。
図17. 調査地の断面を明るさに着目して示した概念図
これまでの保護論では希少種があるかないかという単純論が重視されてきたが、そのことはしばしば「ありふれた種は残さなくてもよい」という判断に用いられてきた。しかし生物多様性保全の価値の本質は、全ての生物に価値があることを認めたことにあり、それは種ごとに生態系における機能的役割があることに基づいている。そういう意味において、本調査で明らかになった、この調査地に武蔵野の安定した雑木林にある野草が温存されていること、その生育が幅広い樹林があることに裏付けられているということが明らかにされたことの意味は大きい。このような視点は都市の自然を守る上で欠かせないもので、それなしには、風前の灯火の如き状態の都市の自然がさらに失われることになる。
これと同時に重要なことは、都道である328号線は東京都が計画しているが、それによって破壊される玉川上水や周辺の自然は東京都のものではないということである。これは明治神宮外苑の再開発で問題になった、開発が明治神宮と開発業者によって決められるが、外苑の自然はパブリックなものであり、利用者の意見を聞くことなしに決定されて良いかという問題提起とも共通する問題である(北條, 2024)。この論考の中で北條は土地所有者がその利用を決定できるのではなく、建造物にしても自然生態系に関しても、公共的空間として周辺の人たちにとってのコモン(共有財)として捉える必要があるとしているが、玉川上水についても全く同様であると思う。
かろうじて残ってきた玉川上水の自然をさらに破壊することを許すか否かは我々の社会の良識にかかっている。
文献
北條勝貴. 2024. 場所の記憶から照射するジェントリフィケーション. 『都市の緑は誰のものか』太田和彦・吉永明弘(編集): 17-52, 合同会社ヘウレーカ