玉川上水みどりといきもの会議

玉川上水の自然を生物多様性の観点でとらえ、そのよりよいあり方を模索し、発信します

12月の観察会

2018-12-09 19:23:20 | 観察会


12月9日の観察会はいつもの玉川上水を離れて小平霊園でおこないました。前から気づいていたのですが、霊園の正門に続く道路にグリーンベルトがあり、そこの植物をおもしろいと思っていました。というのは、そのグリーンベルトにはチャノキ(茶の木)が植えられているのですが、その植え込みの中にそれ以外の植物が入り込んでいるのです。この霊園は昭和23年ですから戦後すぐに開園しています。当時、この辺りは畑や雑木林だったはずです。西武線の小平駅に近いので、多少の民家はあったかもしれないし、しばらくしてからは今ある石材店などもできたでしょうが、ともかく東京都の人口増加に対応して大規模な墓地が造成されました。正門からの道路は2車線でグリーンベルトの部分はおそらく更地にされ、そこにチャノキを植えたものと思われます。したがってそれ以外の植物はその後に種子が運ばれるなどして入り込んだものと考えられます。
 玉川上水の群落は山のものと比較すれば種組成も比較的単純ではありますが、それでもある場所の植物がどうしてあるかを知ることは実質的に不可能です。林縁につる植物があれば、「明るさと支持植物があるからだろう」などと推測ができますし、意図的に伐採された場所は「直射日光が当たるようになってススキなどが入り込んだのだろう」などと推測できます。
群落分類学という研究分野があり、植物の名前がわかる人が出現種を記載して、その内訳によって群落を類型します。私はその価値を認めるものの、どちらかというと、なぜその場所にその群落が成り立っているか、それにはそれぞれの種のどういう性質が関係しているかを明らかにして、その成立のストーリーを読み取ることの方がはるかにおもしろいと思います。
 そういう視点でこのグリーンベルトを見ると、複雑な植生を見ているだけではわからないストーリーが読み取れそうに思いました。このグリーンベルトは一種の実験で、更地にチャノキを植えたのだから、あとで入ってきた植物の属性がわかればその由来を推定することができます。それで調査をしてみることにしました。

 9時半の小平の駅に集まりました。そこはもう霊園の参道に隣接していて5分ほど歩くと正門に達します。そこから長い直線道路があり、グリーンベルトはそこにあります。グリーンベルトの幅は2.6メートルありました。そこの一部に長さ2メートルの区画を取り、その中にある植物の高さを記録しました。ただし、枯れてしまった草本類は一部をのぞいて名前がわからないので無視しました。
 この区画を10個、つまり長さ20メートルのベルト状の範囲を調べました。





この日は曇りで、寒い日でした。気温は8度くらいだったようです。作業が半分くらい進んでから説明しました。
「寒い中でなんでこんなことをしているのかと思っている人もいると思うので(笑)・・・」と切り出して、霊園が一種の実験だという説明をしたのち
「このグリーンベルトは結果として鳥が止まって糞をすることになり、植物の動きの一例を知る機会になっていると言えます。こういう植物をnurse plantと言います。そのまま<ナースプラント>と言われますが、ナースは看護婦さんです。病院では看護婦さんというのがふさわしいですが、nurseというのは優しく世話をするということです。このグリーンベルトのチャノキは鳥が一休みする場所になることで動物散布の種子を確保し、直射日光を抑制したりすることでその種子から芽生えた若木を育てるという意味でnurse plantと言えます。亜高山帯に生えるコメツガなどが倒れるとその倒木が腐り、その上にたくさんのコメツガの実生が生えるのを見ることがあります。自分が死んで子孫を育てるということでnurse treeと呼ばれます。
 私はコンクリート・ブロックが大嫌いで、あれが日本の景観を大いに損なっていると思いますが、この辺りは生垣が多いのです。この生垣もnurse plantになっています。生垣は見かけもいいですが、それ以上に生き物に生活空間を提供するという機能をもっているから価値があります。
 イングランドには生垣がたくさんあってカントリーヘッジ(country hedge)と呼ばれます。「田舎の生垣」です。これは産業革命後、牧羊が盛んになり、自分の牧場のヒツジが隣に行かないように生垣を作ったものの名残りです。この生垣は日本のものとはかなり違い、高くなる木を横倒しをして束ねてそこから枝を出させます。ここには様々な植物が入り込むだけでなく、鳥が巣を作ったり、ウサギが逃げ込んだり、チョウの食草があるなどして、生物多様性が高くなっています。今では牧場も少なくなり、ヒツジの管理の必要はなくなっていますが、チャールズと言いましたか、王子様がカントリーヘッジの保護活動をしています。これも玉川上水のように、貴重な原生的自然ではなく、その土地にありふれた自然を尊重するという考えに立っています」







 寒い中を20メートルの10区画を調べた結果、木本37本、草本48本が記録されました。木本は0.7/m^2ということになります。木本のうち、28本(75.7%)はエノキで、そのほかはごく少数でした。




マンリョウ、ヘクソカズラ、スズメウリ、チャノキ

 草本のほとんどはつる植物で、ヘクソカズラとヤマノイモが多いという結果でした。
 出現した植物が種子をどう散布するかを考えて見ると、木本ではケヤキだけが風散布であとは果実が全て動物に食べられるタイプでした。草本ではヤマノイモとセンニンソウは風散布であり、イノコズチは動物でも体に付着するタイプ(ひっつき虫)でしたが、大半は動物に食べられるタイプでした。

小平霊園のグリーンベルトに出現した植物の内訳と本数(2.6mx20m)


 というわけで、予測した通り、このグリーンベルトは鳥が訪れて糞をし、その前に食べていた果実の種子を排泄する場になっていることが示されました。そしてエノキが大半を占めていることもわかりました。エノキは霊園にはそう多くはありません。鳥は飛びますからもう少し離れた場所からも運んでくるでしょう。霊園にはサクラ類、ヒサカキ、ナンテンなどはたくさんありますが、グリーンベルトにはサクラとナンテンが少数あっただけです。そのあたりの理由はわかりませんが、こんなささやかな場所の簡単な調査でも、自然界で起きているストーリーを読み取ることができました。
 このあと、コナラの大きな木の下で記念撮影をしました。



霊園は周りが広々としていますから、コナラの木は枝を横に広く伸ばしていました。



「私たちは木の形を細長い三角形と思っています。実際そうなのですが、それはすぐ隣に別の木があって、光を求めて上に上に伸びるからです。それがなければこんなに横に広がるんですね。そういうこともこの霊園でわかります」
 武蔵美大の学生の岩井君が訊きました。
「木は隣に別の木があるとかないとか、どうして知るんですか?」
「木は枝を伸ばし、葉を広げて光合成するだけだ。そこの光が十分でなければ葉が育たないから枝も伸びることができないよね。その逆の方についている枝に十分光が当たれば、そちらでは葉が育ち、枝も伸びるわけだ。そういう生産活動の結果が樹形を決めていくわけだ。初めから<こっちには別の木があるから枝を伸ばすのをやめよう>とするわけではない。私は東京の電車の駅で、電車を走らせながら工事をしているのを見て感心するんだけど、植物は常にそれをしていて、枝が折れたから休むということはしない。修復しながらちゃんと生産をするんだから、大したもんだよ」
 少し時間の余裕があったので、北側にある雑木林に行くことにしました。
「ここには、普段は涸れているが大雨があったりすると水が湧くんです。そうするといつもの散歩道が池になります。」



ヤブラン があったので説明しました。
「似たのにジャノヒゲがありますが、あれは葉の下に青い実をつけますが、これはヤブランで穂が高く、黒い実をつけます。ただ実といっても果肉は全くなく、果皮の下はすぐに種子です。だから動物は食べても栄養は取れないはずですが、美味しそうに見えるので騙されて食べるのだと思います」
「少しは美味しいと感じるのかも」
「そうかもしれないけど、ほとんど栄養にはならないはずです。ただ、こういう丸くてツヤのあるものはたいてい美味しいわけだから、そういう果実は食べるという行動と、いちいち怪しんで栄養のあるものだけを選んで食べるという行動のどちらが発達したかというと前者なのだろ思います」


ヤブラン


「同じ雑木林でも高尾あたりのものと比べると植物の種数は少なく、スミレなども高尾だと10種くらいありますが、2、3種しかありません。ですが、すぐ脇を新青梅街道が走っていることを考えれば貴重だと思います」

 林の外に出るとエノキがあり、たくさんの実がなっていました。


エノキ


「ためしに食べて見て」
「あ、あまーい」
「昔は子供がおやつがわりに食べたんです。それにエノキは枝が下について横に広がる傾向があるので、子供が木登りをするのにむいています。さっきもコナラで話したけど、周りに何もないと驚くほど広がる木があります。


エノキ


日立のコマーシャルの<この木なんのき木になる木>ってあるでしょ。あれもそうだよね。もっともあれはイチジクの仲間です」
といって話を続けたのですが、これは私の思い違いでした。アメリカネムノキというマメ科の木だそうです。しかしイチジクの仲間の一つ、ガジュマルもそっくりの形になります。


イチジクの1種ガジュマル


「ああいう大木はインドやスリランカに行くとあるんだけど、直径が3メートルもあるような木があって、一休みするところやバス停になってるんだよね。スリランカの人は、例えば道路をつけるから木を伐るなどとは全く思いもしないんだね。大木というのは自然に手を合わせたくなるような敬意を感じさせるもので、それを伐る今の日本人は本当に心が貧しいと思う。
 あれはイチジクの仲間でFicus religiosaというんだ。Ficusはイチジクの仲間、religiosaはreligionつまり宗教だから、<仏教のイチジク>という意味だね。日本人はイチジクというとあのあまり大きくならないイチジクを連想するけど、熱帯にはたくさんの仲間があって驚くような大木になるんだ。アンコールワットの石造建築が木に飲まれるように覆われているのがあるけど、あれがこの木なんだ。<絞め殺し植物>といって、最初は鳥の糞で運ばれて親木の枝の上などで発芽し、寄生する形で育つんだけど、やがてその木と同じくらいになって絞め殺してしまい、そのあとは乗っ取ってしまうんだ。
 仏さんが悟りを開いたのがこの木の下と言われているんで、向こうの人はこの木を大切にするんだね。それで菩提樹と呼ばれる。ところが日本にもオオバボダイジュというのがあるけど、これはシナノキの仲間でTiliaというグループだ。シューベルトの作った<菩提樹>があるよね。<♪泉に沿いて、茂る菩提樹>。あれはインドの菩提樹とは全く違うもの。インドの菩提樹は葉がハート型で長い葉柄を持っています。これがヨーロッパの菩提樹と似ているといえば似ている。まあ<他人のそら似>です」


Ficus religiosaとオオバボダイジュの葉




 そのあと、雑木林の南側を歩きましたが、ゴンズイ、スイカズラ、ムラサキシキブ、ノイバラなどの果実がありました。日当たりが良いと実がなりやすいようです。


ゴンズイ


寒かったけど楽しい観察会でした。

一部の写真は豊口信行さん撮影です。ありがとうございました。
コメント
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