豊岡市出石町内町、有子山北麓・出石城東部に鎮座される「諸杉(もろすぎ)神社」。御祭神は『多遅摩母呂須玖神(たじまもろすくのかみ)』
2011年3月、2014年11月と二度に渡っての参拝です。
「創建は不詳。社伝では、当初は出石神社近くの水上村に鎮座したといい、現在地に遷座したのは天正2年(1574)とされる。社名の「諸杉」に関わる多遲摩母呂須玖(但馬諸助)は「古事記」「日本書紀」で見え、かつ天日槍の嫡子にも位置づけられることから、諸杉神社も古くから鎮座したものと推測されている。なお、創建地とされる水上地域は現在も諸杉神社の氏子の関係にあり、祭礼では水上までの神輿渡御が行われる。」
現在の社殿は明治17年(1884)に竣工されたものですが、各所に素晴らしい彫刻が施されています。作者は丹波柏原藩の宮大工:中井権次一統(なかいごんじいっとう)、八代目『中井権次橘正胤』30歳頃の作品と言われます。
本殿扉に施された彫刻は、馬上の『神功皇后』と、その皇子『応神天皇』を抱く『武内宿禰』。
向拝彫刻は巨大な鷹を退治する若き『応神天皇』
その上には梁を支える力神の姿
木鼻彫刻は迫力満点の阿吽の獅子。玉が入れられた目。目じりに入れられた鮮やかな朱が、獅子の表情を更に生き生きと見せています。
丸く掌に収めた爪は、敵意を持たない者には柔らかく優しく、けれど悪意を持つ者の目には、いつ鋭い爪を立てられるのかと怯えさせるに十分の迫力。
手挟みには、波の上を飛翔する鶴の姿。
二の鳥居正面に建つ、入母屋造り千鳥破風付きの拝殿
拝殿前参道より神域を守護されるのは、明治38年(1905)11月建立の出雲丹後系の狛犬さん一対。阿形さんにこっぴどくお小言を貰って意気消沈している吽形さん・・一度そう思うとどうしても想像がそこから離れなくてちょっとツボ(笑)
拝殿前より神域を守護されるのは、明治27年(1894)6月吉日建立の浪花系の狛犬さん一対。吽形さんの表情は読めませんが、阿形さんはどこかで見かけたようなオヤジ顔(^^;) こんな顔の人、身近にいますよね。
参道真っ直ぐに「神輿庫」、横に「境内社:川下神社」
神輿庫の褄部分には鏝絵の鳳凰、それを守るかのような瓦細工の翼竜
神池と太鼓橋
境内社:三柱神社・八幡神社・・・他
奥に碑が建立されていますが詳細は不明
紅葉に彩られた境内
今回の一番の収穫は社殿彫刻を手掛けた中井権次一統八代目『中井権次橘正胤』の存在を知った事。一統が代々手掛けた龍や麒麟、獅子、獏といった霊獣など、現存する寺社彫刻は北近畿(旧丹波国・丹後・但馬)を中心に旧播磨・摂津を含め300カ所程度と推測されています。雲蝶や波の伊八を訪ねたように、立川流彫刻や井波彫刻を訪ねたように・・いつか彼の残した霊獣たちに会いに行けたらと・・無理と分かってしまっても、それでも願わずにはいられません。
参拝日:2011年3月31日&2014年11月21日
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御神名一口メモ
『多遅摩母呂須玖神(たじまもろすくのかみ)』、父は渡来神『天之日矛神』。母は但馬の豪族の娘『前津見』。『田道間守』の祖。