白山市中町に境内を構える、真宗大谷派寺院「聖興寺(しょうこうじ)」。加賀の千代女ゆかりの寺として知られ、境内には彼女の辞世の句が刻まれた「千代尼塚」もあるという事で、立ち寄らせて頂きました。
この時頂いた御朱印ですが、本来、真宗大谷派の寺院では御朱印は授与されていません。それを知らずにお願いをした私たちに、ご住職はあえてそれに触れず千代縁の朱印を下さいました。物知らずの非礼を咎める事なく接して頂きました真心に心から感謝申し上げます。
明治31年(1898)に建造された入母屋造本瓦葺の「聖興寺本堂」。「松任四ヶ寺の一つ「聖興寺」。創建は明応4年(1495)徳光の在地領主であった徳光弥二郎政明が、蓮如上人に帰依して明源と名乗り、その地で徳光寺を建立したのがはじまり。文禄4年(1595)に聖興寺と改称、慶長6年(1601)に宮保へ移転、慶安元年(1648)に現在地に移り、今日に至っています。歴史のある寺院で、本堂をはじめ11棟の建造物が国登録有形文化財に指定されています。」白山市公式HPより
大きな唐破風造の玄関を構える「聖興寺客殿」。欄間には珍しいライオンの彫刻。本来なら獅子と書きたいのですが、この姿はやはりライオンと書いたほうがしっくりします。
何故か画像に残し忘れた国登録有形文化財の鐘楼。その鐘楼の下に置かれていた梵鐘の図柄は『棟方志功』。多分その事に気を取られていたのでしょう・・「聖興寺鐘楼」の存在を忘れてしまっていた事に気が付いたのは、帰宅してからでした(^^;)
元禄16年(1703)~安永4年(1775)。号は草風、法名は素園。千代、千代尼などとも呼ばれ、今も多くの人に愛され親しまれる『加賀の千代女』。境内には千代尼の辞世の句が刻まれた句碑「白山市指定史跡:千代尼塚」があります。寛政11年(1799)千代尼没後25年目(五五の忌)に際し、彼女の遺徳を偲ぶ人々によって建立。自然石の正面に【辞世 月も見て 我はこの世を かしく哉(かな) 千代尼塚 】。側面「安永四年九月八日」。
画像:門前の標石は文化12年(1815)に建立されたもので、戸室石の角柱正面に「千代尼塚在此境内」。側面には【 百なりや つるひとすじの 心より】の文字が刻まれています。書は大乗寺第43代住持無学愚禅の手によるものです。(「百なり」=「百生瓢箪」を略した秋の季語)
訪問日:2015年10月19日