車泊で「ご当地マンホール」

過去から今日までの車中泊の旅、そうでない旅、そこで見つけたご当地もの色々、でもメインはやっぱり「ご当地マンホール」かな?

ご当地マンホールin旧清見村(高山市)

2020年04月10日 10時00分00秒 | マンホール・キャラ・岐阜県

旧大野郡清見村(きよみむら)は村域の約96%が山林で占められた自然豊かな町で、地名の由来は、川上川・馬瀬川・小鳥川の源流部に位置し、水が清らかであることから、「清水(きよみ)」とよび現し「清見」の字をあてたといわれています。中部自動車縦貫道IC直ぐに立地する「道の駅:ななもり清見」。その敷地の一角には、中部縦貫道建設工事で土砂に埋もれてしまう危機を逃れた「烏帽子岩」が大切に保存されています。

1889年、町村制の施行にともない大野郡清見村が成立。

2005年、大野郡国府町・丹生川村・荘川村・宮村・久々野町・高根村、吉城郡上宝村と共に高山市に編入され、高山市清見町となりました。

マンホールには、小魚を捕らえた瞬間の「カワセミ」の姿が描かれています。

「清水」の清流に生息する「カワセミ」、普通では目にする事のない「カワセミ」ですが、清見村の象徴として、村域の様々な場所に出没しています。

昭和47年4月21日制定の村章は二代目で、「キ」を円形に図案化し雄和と伝統を表したものです。

【牧ケ洞集落は、中世の頃は鎌倉時代に七人の名主がそれぞれ神社を奉った事から、七森・七郷と呼ばれていた時代があり、各郷には、時の土豪が広い耕地や山林、牧場などを領有し、多くの作人を養い独自の氏神を祀り競い合って住んでいた。殿村の社もその一つであり、近くには「烏帽子岩」と呼ばれる巨岩があり土豪を始め氏子たちに崇拝され親しまれてきました。そこにはいまも「ゑぼし岩」と言う字名も残されています。】烏帽子岩説明板より

 

撮影日:2012年5月17日

 

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御崎 (おさき)神社in高山市丹生川

2020年04月09日 10時00分00秒 | 社寺・名所・観光・岐阜県

高山市丹生川町町方原田平に鎮座される「御崎 (おさき)神社」、主祭神は『八重事代主大神(やえことしろぬしのおおかみ)』 

【創祀未詳なれども、霊峰乗鞍岳の尾先に当たるため、古来その里宮として尾崎大明神、又は尾崎ガ森とも称し、郷内の大社にて、天正の始め塩屋秋貞この裏の山上に城郭を措く。上杉氏の目代として勇威三郡に振るひ、城下に八賀町を開き、この社頭を造営せしと云ふ。其の城郭の跡は現在当社の有なり。寛永七年八月御ラビ寛政九年三月社殿再興。古来当区の氏神なり。】岐阜県神社庁より

石段途中より神域を守護されるのは、これまで見たことも無いユニークな顔立ちの狛犬さん。高山市の狛犬さん達の中でも特にご亭主殿が切望した一対です。

実際に見ると、本当に可愛らしい!!この子達に触れられるのなら、こんな石段なんて・・・石段なんて・・・なんて!!!(笑)

という事で、思いっきりエコヒイキ(笑)この素敵な狛犬さんたちの笑顔、私の貴重な読者様にもおすそ分けいたします(*^^*)

拝殿奥の本殿は、屋根から下がすっぽりと巨大なカーテンに覆われていますが、そっとデジカメを差し込んで、そのお姿を捉えさせていただきましたm(_ _ )m

本殿を覆うカーテン状の裾にも、何とも可愛らしい狛犬さんが守護をされています。狛犬さんの分類としては「はじめ」に近いような・・・その素朴な表情がとても可愛らしく、ユーモアに溢れています。

市指定天然記念物の「御崎神社の四本杉」、推定樹齢は300年以上と云われています。残念な事に昭和40年代に落雷に遭い、一本が根元近くで伐採され「三本杉」となっていました。

こちらは「境内社:天満宮」、御祭神は『菅原道真公』です。

「御崎 (おさき)神社」の参道入り口近くに立てられていた「尾崎城址」の案内板。「尾崎城」は戦国時代に『塩谷秋貞』によって築かれたと云われており、この山全体が市指定史跡とされています。

 

参拝日:2012年5月

 

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ご当地マンホールin旧丹生川村(高山市)

2020年04月08日 10時00分00秒 | マンホール・キャラ・岐阜県

旧大野郡丹生川村(にゅうかわむら)は岐阜県の北東に位置し、トマトの生産で知られ、特に「宿儺かぼちゃ」は村の特産品として知られていました。

1875年に町村制が施行され、1889年に大野郡丹生川村が成立。

2005年、大野郡国府町・清見村・荘川村・宮村・久々野町・高根村、吉城郡上宝村と共に高山市に編入、高山市丹生川町となりました。

マンホールには「乗鞍岳と雷鳥」「シラビソ・ハイマツ」「村の花:キバナシャクナゲ」が描かれています。

汚水桝の蓋には、村章を中心に、村の花「キバナシャクナゲ」が描かれています。

昭和46年11月3日制定の村章は「「丹」をトリの形に図案化し、中央部は乗鞍岳、その街並みを表したものです。

 

撮影日:2012年5月18日

 

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熊野神社と安国寺in高山市国府

2020年04月07日 10時00分00秒 | 社寺・名所・観光・岐阜県

高山市国府町西門前に鎮座される「熊野神社」、安国寺の守護神を祀る神社として、熊野三山の祭神である『家津御子神(けつみこのかみ)』を主祭神とします。

創建は室町時代末期、安国寺の守り神として安国寺裏手の山腹に開山、『瑞巖大和尚』が勧請したものと伝えられています。

拝殿前の鳥居脇より境内を守護されるのは、昭和14年4月建立の狛犬さん、飛騨独特のイノシシ顔が、更に顕著になってきました。この何とも愛嬌のある顔立ち・・特に特徴のある「鼻」とか・・嫌いじゃないです(笑)

本殿は室町初期の代表的建造物で、昨日紹介した「阿多由太神社」と同じく【三間社見世棚(さんげんしゃみせだな)造】で、こちらも国の重要文化財に指定されています。が・・覆屋によって完璧に隔離されており、一瞥すらかないません。大切な文化財を守る為には致し方ない事なのでしょう。崇神の言葉さえ知らぬ「バカ」が、平気で神域を汚す事例も散見されますから・・

熊野神社の裏手を奥に進むと、古い祭祀の跡の様な場所に出ます。好奇心一杯の私ですが「熊出没注意」の立て看板に、ルンルン気分は霧散。静かに後辞さりつつ、回れ右!いやいや、君子でなくとも危うきに近寄ってはいけません。

熊野神社が守護をする「安国寺(あんこくじ)」は、臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は太平山。本尊は『釈迦牟尼仏(釈迦如来)』を擁し、飛騨三十三観音霊場11番札所とされています。

「安国寺」とは、『足利尊氏・直義』が日本各地に建立した寺の名称で、この「安国寺」もその一つです。貞和3年(1347)に『瑞巌和尚』によって創建、最盛期には七堂伽藍と九の塔頭を有する大刹であったといいます。

境内には岐阜県で唯一、国宝の指定を受けた「経蔵」や、きつね小僧の伝説にまつわる「蛻庵(ぜいあん)稲荷」などがあったらしいのですが、この時は「熊野神社」のご本殿と狛犬さんを目的としていた為、いずれも見ずに終わりました。唯一参拝したのは駐車場に奉られた『延命地蔵菩薩』。

地蔵菩薩の真言は【奄訶訶訶尾娑摩曳娑婆訶(オン・カ・カ・カビサンマ・エ・ソワカ)】。意味もわからぬままに三回唱え、まだまだ続く旅の無事を願ってきましたが、今から思えば、何とも勿体無い訪問だったと後悔しきりです。

 

参拝日:2012年5月

 

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阿多由太(あたゆた)神社in高山市国府

2020年04月06日 10時00分00秒 | 社寺・名所・観光・岐阜県

高山市国府町木曽垣内に鎮座される「阿多由太(あたゆた)神社」、御祭神は『大歳御祖神(おおとしみおやのかみ)・大物主神』、更に『家津御子神(須佐之男命)・早玉之男神・熊野久須美命・阿須波之神』を配祀、『大己貴命(大国主命)・崇徳天皇』を合祀します。

式内社で、延喜式神名帳の飛騨国内八社の一つ。古くから木曽垣内・三日町・半田の一部の産土神として、また江戸時代にはこの地方の総社として広く崇敬されてきました。御神文は「古曲玉三つ巻」、これまで多くの神社を参拝してきましたが、曲玉の巴紋は初めて見ました。

荒城川にかかる赤い欄干の橋を渡り終え参道を進むと二の鳥居があり、石段の先に拝殿があり、仰ぎ見るような形で参拝できますが、ここは頑張って!

【創建時期は不明である。日本三代実録によると貞観9年(867年)に従五位上を授けられており、古くから位の高い神社であったことが確認できる。江戸時代には権現宮と称されていた。文化年間の調査で、式内社の荒城神社とされたが、再調査の末、式内社の阿多由太神社であることが判明する。そのころ、権現宮から阿多由太神社に改称する。】Wikipediaより

拝殿前より神域を守護されるのは、飛騨特有のイノシシ狛犬の特徴を備えた狛犬さん。昭和15年の建立で、狛犬の世界ではまだまだ若手の部類ですね(笑)

覆い屋の中に鎮座される柿葺の本殿は、「三間社流見世棚造(さんげんしゃながれみせだなづくり)」と呼ばれるもので、室町時代後期の建立。昭和36年に国指定重要文化財に、2016年には日本遺産「飛騨匠の技・こころ / 国府盆地の中世社寺建築群」の一つとして認定されました。

本殿と並ぶ位置に鎮座される「境内社:稲荷社」。社殿は嘉永年代の作とされ、高山市指定重要文化財。傍らの石碑には「棟梁は糠塚の名工『中垣内八右衛門』と言われている」と記されています。

社殿横に鎮座されるのは「祖霊社」、古の祭祀を思わせる佇まいで、知らず、身が引き締まる感じです。両端には小さな狛犬さんが、大切な何かを見守るような眼差しで、守護をされています。

主祭神である『大歳御祖神』は穀物の神であり、別名を『神大市比売(かむおおいちひめ)』ともされます。『須佐之男命』の二番目の妻として「古事記」にのみ登場する神で、稲荷の神である『宇迦之御魂神』の母神でもあります。

 

参拝日:2012年5月

 

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