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車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール in 京都府旧加茂町(木津川市) 

2025年08月16日 12時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・京都府

旧相楽郡加茂町(かもちょう)は京都府の南部に位置した町です。相楽郡木津町、笠置町、和束町山城町に。また県を跨いで奈良県奈良市に隣接。木津川の両岸にまたがり地名は古代豪族の賀茂氏に由来。米のほかに「シイタケ」「茶」などが特産。木津川北岸は奈良時代に聖武天皇の恭仁京が置かれたところで、恭仁宮跡 として国指定史跡。和同開珎の鋳造地跡である「銭司 (ぜず)」 もあり、一時期政治の中心地として栄えました。海住山寺、岩船寺、浄瑠璃寺の名刹を擁し、海住山寺の五重塔・浄瑠璃寺の本堂&三重塔・9体の阿弥陀如来坐像&四天王立像は国宝に指定。浄瑠璃寺庭園は国の特別名勝・史跡に指定されています。「町の木:黒松」「町の花:アジサイ」を制定。

旧キャッチフレーズは「文化が薫る暮らしよい町」

明治22年(1889)、町村制の施行により、相楽郡加茂村・当尾村(とうのむら)・瓶原村(みかのはらむら)が発足。

1928年、加茂村が町制を施行、相楽郡加茂町となる。

1951年、相楽郡当尾村、瓶原村を編入。

2007年、相楽郡山城町、木津町との合併により木津川市加茂町となりました。

マンホールには町章を中心に「町の木:黒松」、「町の花:紫陽花」、「町の特産品:茶と椎茸」が描かれています。

昭和36年(1961)7月20日制定の町章は「中央に加茂町の「カ」を図案化して、外側の3つの円で地方自治の三原則を表し、加茂・瓶原・当尾が一つになって加茂町が発展することを象徴します。」合併協議会資料より

木津川市加茂支所の敷地内に置かれていた「大阪城石材の残石」。説明板によれば「徳川幕府が大坂城を再築した際に、石垣に使用するために木津川市の大野山から藤堂高虎によって切り出された巨大な石材。その多くは舟で大阪城に運ばれましたが、中には後の修理用に残されたものもあり、この石もその中の一つです。」俗に「藤堂高虎の残念石」とも呼ばれる巨石、色んな場所で目にする高虎さんの残念石、当ブログでもいくつか紹介しました。

撮影日:2009年4月11日&2015年9月5日


ご当地マンホール in 京都府旧山城町(木津川市)

2025年08月16日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・京都府

旧相楽郡山城町(やましろちょう)は京都府南部の木津川沿いに位置した町です。相楽郡加茂町、和束町、綴喜郡井手町精華町に隣接。西は木津川に沿って小平地が開け、東は洪積(こうせき)丘稜と400メートル前後の山地。山地を侵食して木津川に注ぐ小河川は天井川をなし、昭和28年(1953)には氾濫による水害が生じました。筍の栽培が盛んで、また茶の産地としても有名。上狛、高麗などの地名が示すように、高麗系の渡来人によって開拓が始まり、渡来人の氏寺「高麗(こま)寺跡」は国史跡に。奈良時代に建立された「蟹満寺(かにまんじ)」には国宝の釈迦如来坐像。神童寺の本堂、松尾神社本殿、小林家住宅など国指定重要文化財を多く有します。「町の木:もみじ」「町の花:菊」を制定。

旧キャッチフレーズは「お茶とたけのこの里 山城町」

明治22年(1889)、町村制の施行により、相楽郡高麗村・棚倉村・上狛村が発足。

1926年、上狛村が町制を施行、相楽郡上狛町となる。

1956年、上狛町、高麗村、棚倉村が合併、相楽郡山城町が発足。

2007年、相楽郡木津町・加茂町と合併、木津川市となりました。

マンホールには町章を中心に「町の木:紅葉」、「町の花:菊」、「町の特産品:お茶と筍」がデザインされています。

昭和33年(1958)12月20日制定の町章は「上に伸びる3つの線は、3ヶ町村の合併と将来の円満な飛躍と伸張を表し、平和の象徴であるハトが、翼をひろげて大空を雄飛する姿を表したものです。」合併協議会資料より

撮影日:2009年4月29日&2015年9月5日


ご当地マンホール in 京都府旧木津町(木津川市)

2025年08月15日 12時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・京都府

旧相楽郡木津町(きづちょう)は京都府最南端に位置した町です。相楽郡山城町、加茂町、精華町に。また県を跨いで奈良県奈良市に隣接。町名は木津川の木材陸揚げ港として栄えていたことに由来。古くは木津川の水運と京都-奈良間の陸路が交わる交通の要地として栄え、古代には東大寺、中世には興福寺の荘園がおかれ、江戸時代には奈良街道沿いに宿駅や河港として発展してきました。関西文化学術研究都市(学研都市)の一部で、研究施設が建ち並ぶ地区がある一方、古い街並みと豊かな自然の残る地区が多く、柿が特産。「町の木:モクセイ」「町の花:菊」を制定。

旧キャッチフレーズは「自然と伝統を生かし、文化を創造する調和のとれたふれあいのまち」

明治22年(1889)、町村制の施行により、相楽郡木津村・相楽(さがら)村が発足。

1893年、木津村が町制を施行、相楽郡木津町となる。

1951年、木津町が相楽郡相楽村を編入。

2007年、相楽郡加茂町、山城町との合併により木津川市となりました。

マンホールには、かって木津川の木材陸揚げ港として栄えてきた「木津川上荷舟」の様子がデザインされています。下部に「きづ」「おすい」の文字。

昭和50年(1975)11月1日制定の町章は「「き」と「づ」を図案化して、町全体の伸びゆく姿と豊かさを表現。頭部の三角形は進歩を、両翼は発展を、丸形は抱擁と友愛の調和を表す。」合併協議会資料より

撮影日:2008年3月16日&2009年4月11日&2015年9月5日


ご当地マンホール in 京都府木津川市

2025年08月15日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・京都府

木津川市(きづがわし)は京都府南部、市としては府の最南端に位置する市です。2007年3月12日、相楽郡山城町・木津町・加茂町が合併して発足しました。 相楽郡笠置町・和束町・精華町、京田辺市、綴喜郡井手町に。また県を跨いで 奈良県奈良市に隣接。地名の由来は市の中央部を流れる木津川に由来。 市域西部で湾曲する木津川に沿って形成された平野部とその縁をなすなだらかな丘陵、および北側、南東側の山地で構成。奈良時代に恭仁京が置かれた事で発展、近年では関西文化学術研究都市として開発が進んでいます。「市の木:桜」「市の花:コスモス」を制定。

キャッチフレーズは「水・緑・歴史が薫る文化創造都市 -ひとが耀き ともに創る 豊かな未来-」

マンホールには木津川の木材陸揚げ港として栄えてきた「木津川上荷舟(うわにぶね)」の様子がデザインされています。旧デザインの左下の地名「きづ」が「きづがわ」に変更されています。

2007年3月12日制定の市章は「「人」を組み合わせることで「木」を表し、木津川の清流をイメージしたブルーを基調に、動きのあるラインで「清潔感」と「躍動感」を示しています。豊かな自然に育まれ、文化を創造し、市民すべての力で大きく飛躍発展する「木津川市」を表現しています。」公式HPより

木津駅の歩行者用広場に設置されていた、親子タイプの消火栓

親子タイプの緊急遮断弁

木津川市マスコットキャラクター 『いづみ姫』。名前は、木津川が昔「いづみ川」と呼ばれていた事に由来。出会った人を幸せにするという素敵な特技を持っていて・・・京都府のマスコットキャラクター『まゆまろ』に片思い中なのです。

木津川市木津池田にある「JR西日本:木津駅」。京橋方面・京都方面・奈良方面・亀山方面の4方向に線路がつながり、2路線の起点駅に当たる交通の要衝であり、木津川市の代表駅。

小さな祠は、明治29年(1896)に駅舎が開業されるよりも以前からこの地に祀られていたようです。2007年に完成した近代的なフォルムの駅舎と、古より人々を見守ってきた地蔵様の取り合わせ、何だか優しい気持ちになれます。

撮影日:2009年4月11日&2015年9月5日


ご当地マンホールとマンホールカード in 京都府久御山町

2025年08月13日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・京都府

久世郡久御山町(くみやまちょう)は京都府南部、京都盆地の東西中心線上に位置する町です。京都市の都心から南へ約15kmに位置し、北は京都市伏見区、東は宇治市、南は城陽市、南西は八幡市に隣接。宇治川と木津川に挟まれた町域は、木津川の堆積作用によって作られた沖積平野で、平均標高は低く、町域の北半分は巨椋池干拓田という広い稲作地帯となっています。町域を国道1号、国道24号、京滋バイパスの幹線道路が通り、道路網が整備され、国道より西側では近郊農業が盛んに行われており、特に大根は地域ブランド「淀大根」として知られています。「町の木:サザンカ」「町の花:サツキ」「町の鳥:ケリ」を制定。

キャッチフレーズは「つながる心 みなぎる活力 京都南に「きらめく」まち ~夢いっぱい コンパクトタウン くみやま~

町役場の一画に展示された「京滋バイパス・宇治トンネル(4313m)の貫通石」。2000年代に相次いで開通した道路網は、久御山町の農業の発展に大きく貢献しました。

明治22年(1889)、町村制の施行により、久世郡御牧村・佐山村が発足。

1954年、佐山村と御牧村が合併、久世郡久御山町が発足。町名は「久」世・「御」牧・佐「山」の合成地名。

マンホールには中央にカエルの『スマッシー君』と、「町の花:さつき」がデザインされています。「スマッシー」は「水を浄化し(澄ます)」、「魚などを水に(住ます)」という意味があります。

カラーマンホールは町章を中心に「町の花:さつき」が全体にデザインされたもので、久御山公園に一枚だけ設置されています。

昭和44年(1969)10月制定の町章は「「久」の文字を近代感覚により図案化したもので、町民の融和と団結を太い線で表し、さらに産業・文化など町勢の飛躍的発展を飛鳥の姿で象徴しています。」公式HPより

久御山町役場の一画には、かって佐山村役場だった当時の村名碑や名残の楠が、今も枝を広げ葉を茂らせています。こうしたものが大切に残されているのを見るのは、町民でなくとも心温まる気がします。

撮影日:2008年6月1日&2015年9月30日

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2024年7月26日、第23弾として41種41自治体(累計1076種・714自治体・3団体)のマンホールカードの無料配布が開始されました。「久御山町」のマンホールカードは、「久御山町役場事業環境部上下水道課」でいただけます。

2026年に設置開始されたマンホールには「サツキ」と「スマッシー」がデザインされています。

 

「久御山町は、農業・工業・住宅の調和のとれた面積13.86平方kmのコンパクトな町です。 本カードのマンホール蓋は、水を「澄ます」、カエルを水に「住ます」から”スマッシー”と名付けられた町下水道キャラクターを中央に描き、背景に町の花「さつき」と町章をあしらったデザインです。 町の花に制定している「さつき」はツツジ科の常緑低木で、6月頃鮮やかな紅紫色の花を多くつけます。 サツキを背景にスマッシーが水の中を気持ちよさそうに泳ぐ姿に、水の大切さや公衆衛生の向上、生活環境の改善、公共水域の水質保全等環境保護の呼びかけをこめて、1995年から採用しています。

訪問日:2024年7月26日

 


ご当地マンホールとマンホールカード in 京都府宇治市

2025年08月11日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・京都府

宇治市(うじし)は京都府の南端近く、京都盆地の東南部に位置する市です。京都市、城陽市、綴喜郡宇治田原町、久世郡久御山町に。また県を跨いで滋賀県大津市に隣接。市域は東部の山間地帯、中央部の山麓丘陵地帯、西部の沖積低地の3つに区分され、林野面積が市域の半分以上を占めています。京都市に次ぐ京都府内の第二都市で、ユネスコ世界遺産ともなっている平等院、宇治上神社等の文化財や、宇治川の鵜飼い・宇治茶等で知られ、また市域西側にあった巨椋池は干拓地となり、現在は農地と住宅地と商工業地になっています。

「市の宝木:茶の木」「市の木:イロハモミジ」「市の花:山吹」「市の鳥:カワセミ」を制定。

キャッチフレーズは、「宇治茶と源氏物語のまち」。駅前には郵便ポストになった茶壷も設置されています。

明治22年(1889)、町村制の施行により、久世郡宇治町・槇島村・小倉村・大久保村、宇治郡宇治村・笠取村が発足。

1942年、宇治村・笠取村が合併、町制を施行し宇治郡東宇治町が発足。

1951年、久世郡宇治町、槇島村、小倉村、大久保村と、宇治郡東宇治町が合併、宇治市が発足。

マンホールには「宇治橋三の間」と「市の木:イロハモミジ」がデザインされています。

市章を中心に「市の宝木・茶の木」がデザインされています。

昭和26年(1951)1月22日制定の市章は「宇治の「宇」の字を図案化したものです。宇治町章として制定、市制施行後に継承されました公式HPより

「市の木:イロハモミジ」がデザインされた側溝蓋。

駅前に設置されていた「源氏物語のまち」プレート。宇治市は、紫式部によって綴られた壮大な平安ロマン「源氏物語:宇治十帖」の舞台である事から、1998年に「源氏物語ミュージアム」を開館。源氏物語の町として様々な催しをしています。

宇治商工会議所のマスコットキャラクター、第88代目王子の『チャチャ王国のおうじちゃま』。頭に茶筅の冠をのせ、いつも抹茶の味がする「おちゃぶり」をくわえ、宇治茶の魅力を世に広める為、日々、外交に頑張っチャいます!

『うみうのウッティー』は、2014年6月29日、宇治川で日本で初めて人工孵化により誕生したウミウのヒナのイメージキャラクターです。

撮影日:2008年3月22日&2017年12月14日&2018年10月9日

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2017年12月9日、第6弾として全国64自治体で66種類(計252自治体293種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「宇治市」のマンホールカードは、「宇治市観光センター」でいただけます。

2002年に設置開始されたマンホールには「宇治橋三の間」と「イロハモミジ」がデザインされています。

「宇治市は古代から交通の要衝であり、平安貴族の別荘地として栄え、平等院など多くの歴史・文化を今に伝えています。 本マンホール蓋は、市の木「イロハモモジ」と宇治川に架かる宇治橋「三の間」、川面に立ち昇る「川霧」をデザインしたもの。 三の間の水は名水といわれ、豊臣秀吉が茶会の水を汲み上げさせたことでも知られています。 川霧は、藤原定頼が「朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれ渡る瀬々の綱代木」と詠むなど、古代から宇治に伝わる風物詩です。 川霧が立つ地域はお茶の育成に適しているとされ、宇治では美しい景観とともに名産の宇治茶を味わうことができます。」

配布先で頂いたマンホールマップ。

訪問日:2017年12月13日


ご当地マンホールとマンホールカード第2弾&第5弾&第13弾 in 京都府京都市

2025年07月16日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・京都府

京都市(きょうとし)は京都府南部に位置する市です。宇治市、長岡京市、向日市、八幡市、南丹市、亀岡市、乙訓郡大山崎町、久世郡久御山町に。また県を跨いで滋賀県大津市、高島市。さらに大阪府高槻市、三島郡島本町に隣接。京都盆地の北半分や丹波高原の東辺の一部から成る内陸都市で、市域は令制国でいう山城国葛野郡・愛宕郡・紀伊郡の全域、山城国宇治郡・乙訓郡と丹波国桑田郡の一部、さらに山城国久世郡・綴喜郡にもくい込み、人口は府の56.8%を占めています。

東山、北山、西山と呼ばれるなだらかな山々に三方を囲まれた京都盆地の東には鴨川、西には桂川、南には宇治川が流れており、四季折々に景観を変えます。延暦13年(794)に平安京として遷都以来、明治天皇が東京行幸するまでの約1080年に渡って皇室および公家が集住した事から「千年の都」の雅称で呼ばれ、平安時代から江戸時代前期までは日本最大の都市として「京中」、鎌倉時代以降は「洛中」、江戸時代には三都(江戸・大坂・京)と称されてきました。

政令指定都市および日本の百万都市では唯一、盆地に位置し、市内を賀茂川(途中で高野川と合流して鴨川と名前を変える)、桂川、宇治川などが流れ、市街地には先の大戦の戦災を免れた神社仏閣、古い史跡等が数多く残され「国際観光文化都市」に指定されています。

キャッチフレーズは「時を超え美しく ひと輝く 歴史都市・京都」

明治12年(1879)、 郡区町村編制法が施行され、上京区と下京区が発足。

明治22年(1889)、町村制の施行により、上京区、下京区が新設合併して市制を施行、京都市が発足。

紀伊郡伏見町・向島村・堀内村・深草村・柳原町・東九条村・竹田村・吉祥院村・上鳥羽村・下鳥羽村・横大路村・納所村が発足。

葛野郡嵯峨町・花園村・西院村・太秦村・梅ヶ畑村・梅津村・京極村・松尾村・桂村・川岡村が発足。

北桑田郡周山村・細野村・宇津村・黒田村・山国村・弓削村が発足。

1929年、京都市上京区と下京区が分区、左京区、東山区、中京区が発足。
紀伊郡伏見町が市制を施行、伏見市が発足。

1931年、伏見市、紀伊郡深草町、下鳥羽村、横大路村、納所村、堀内村、向島村、竹田村、宇治郡醍醐村が京都市に編入、京都市伏見区となる。

葛野郡嵯峨町、花園村、西院村、太秦村、梅ヶ畑村、梅津村、京極村、松尾村、桂村、川岡村が京都と合併、京都市右京区となる。

紀伊郡吉祥院村、上鳥羽村が京都市に編入。京都市下京区となる。

1943年、北桑田郡周山村が町制を施行、周山町となる。

1955年、下京区から分区して南区が発足。上京区から分区して北区が発足。

1955年、北桑田郡周山町、細野村・宇津村・黒田村・山国村・弓削村が合併、京北町が発足。

1957年、京北町大字広河原が京都市左京区に編入される。

1976年、東山区を分区して山科区が発足。右京区を分区して西京区が発足。

2005年、北桑田郡京北町を合併、右京区に編入。現在に至っています。

昭和35年(1960)1月1日制定の市章は「「京」の字を図案化したものに御所車を配し,金色と古都を象徴する紫色の2色を用いています。」公式HPより

マンホールには、中央に京都市略章を表記、京都らしい意匠の「御所車の車輪」が、滑り止め効果も兼ねてデザインされています。

略章は「明治24年(1891年)10月2日に制定された京都市き章を、紋章の制定に伴い略章として用いているものです。」公式HPより

上に、京都市上下水道局の知章が表記された角型の消火栓。同じデザインで色の無いもの、自体が違うものなどが設置されており、マニアには面白い趣向です。

京都市上下水道局の知章が表記された「仕切弁」

仕切弁と同じデザインの「空気弁」

上水栓・止水栓用の小さい蓋。

「京都市認定」中央に「上下水道局章」、下に「SUIKYO」と表記。

中央に京都市の市章が表記されたCCB用のマンホール。

中央に市章が表記された、用途が良く分からない角型のマンホール。

中央に「京」の文字を図案化したと思われる知章・仔細は不明。

京都植物園内のマンホール。上部に「植」の表記が有ります。

京都御所内に設置されていたマンホールと角蓋。中央に宮内庁を意味する「宮」の表記があります。

京都市・都市建設局・基準点と表記された小型のマンホール。

中央に略章が表記された側溝蓋。

撮影日:2007年11月&2009年4月&2011年5月&2018年2月

(※)旧京北町は未訪問の為、マンホール画像はありません。

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2016年8月1日、第2弾として全国40自治体で44種類(累計64自治体74種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「京都市A001」のマンホールカードは「京都市上下水道局 本庁舎」で頂けます。

1988年に設置開始されたマンホールには 市章を中心に、葵祭御所車の車輪がデザインされています。

「平安建都1200年(1994年)を記念して 制作したデザインマンホール蓋です。京都市の紋章を中心に、周囲に「御所車」の車輪模様を配置しました。「御所車」とは、平安時代に 御所に向かう貴族の交通手段として用いられていたもので、現在でも、京都の三大祭りとして有名な葵祭などで目にすることが出来ます。 本デザインのポイントは、京都の歴史的な街並みに溶け込むように図案を作成したことと車輪模様を多数配置することで細やかな凸凹を作り出した ことです。この凸凹は滑り止めとして機能し、足元の安全性を高めています。古都京都を散策する際は、是非、足元にも目を向けてみてください。」

訪問日:2017年10月17日

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2017年8月1日、第5弾として全国50自治体で52種類(累計191自治体222種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「京都市A002のマンホールカード」は「琵琶湖疏水記念館」にて頂けます。(2020年12月1日以降は「京都市上下水道局 太秦庁舎・守衛室」に変更)カードデザインの表面、および裏面の説明文は001と同一の為、省略

裏面には上記マンホールと、 「桂川右岸流域流域統一マーク」と「御所車の車輪」の写真、デザインの由来などが書かれています。

訪問日:2017年10月15日「長岡京市洛西浄化センター 下水道フェア」にて

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2020年12月17日、第13弾として全国50自治体で50種類(累計557自治体717種類)の マンホールカードの配布が開始されました。「京都市B」のマンホールカードは、「琵琶湖疏水記念館」にて頂けます。

1919年に設置開始されたマンホールには「澄都くん・ひかりちゃん」、「市の花:藤の花・つつじ」がデザインされています。

「京都市上下水道局のマスコットキャラクター、ホタルの澄都(すみと)くん(左)とホタルのひかりちゃん(右)をデザインしています。 上段の花は、鳥羽水保全環境センターの「藤の花」、下段の花は、蹴上浄水場の「つつじの花」を描いています。 「澄都くん」は美しい京都を守るため、”澄んだ水”の大切さを思い起こすように、「ひかりちゃん」はホタルの美しい光をイメージしています。 このマンホール蓋は、鳥羽水保全環境センターと蹴上浄水場にも設置していますので、春に開催している施設の一般公開で、満開の花を楽しみなが、ぜひ探してみてください。」

京都市上下水道局のマスコットキャラクター、ホタルの『ひかりちゃんと澄都(すみと)くん』

訪問日:2021年1月10日

 


ご当地マンホールとマンホールカード第3弾&第5弾 in 京都府

2025年07月15日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・京都府

京都府(きょうとふ)は日本列島のほぼ中央・近畿地方に位置する府です。東は三重県、滋賀県、西は兵庫県、南は大阪府、奈良県、北は福井県に隣接。令制国でいう山城国の全域、丹波国の東部および丹後国の全域を府域とし、府域のほぼ中央に位置する丹波山地を境に、日本海型と内陸型の気候に分かれ、丹後・中丹地域の海岸線は、変化に富むリアス式海岸を形成。日本三景の「天橋立」をはじめとする観光地として、また舞鶴、宮津・伊根・京丹後は古来よりの天然の良港として発展してきました。

府域は、令制国でいう山城国の全域、丹波国の東部および丹後国の全域に及び、平清盛の福原遷都(1180年)を除いて、恭仁京(木津川市)や長岡京(向日市・長岡京市・京都市西京区)、平安京(京都市)など、長きに渡り日本の首都が置かれていました。府庁所在地は京都市、府域は15市6郡10町(ちょう)1村(むら)。府庁によって、丹後地域、中丹地域、南丹地域、京都市域、山城地域の5つの地域圏に区分。「府の木:北山杉」「府の花:しだれ桜・嵯峨ぎく・ナデシコ」「府の鳥:オオミズナギドリ」を制定。

キャッチフレーズは「ふるさと京都に わく夢  わく知恵  わく元気」

明治元年(1868)、山城国のうち藩領を除く愛宕郡90村、葛野郡83村、乙訓郡52村、宇治郡43村、紀伊郡のうち33村、久世郡のうち19村、綴喜郡のうち43村、相楽郡のうち58村、および摂津国島上郡1村が京都府と改称。

明治4年(1871)、廃藩置県による第1次府県統合で、山城・丹波6県および、丹波国の桑田郡、船井郡、何鹿郡が新たな京都府になり、丹波・丹後・但馬11県が豊岡県となる。

明治9年(1876)、第2次府県統合で豊岡県を廃止。京都府に丹後5郡と丹波国域の天田郡を併合。現在の京都府域がほぼ画定されました。

宮津湾流域のカラーマンホールには、「天橋立」と「府の鳥:オオミズナギドリ」と市章がデザインされています。

宮津湾浄化センター展示マンホール

府全域に設置されているマンホールは、中央に「六葉形の京都府章」、下水を意味する「sewage」の頭文字「S」を模した凸凹を配しています。(長岡京市洛西浄化センター内:展示蓋)

下水道フェア:京都府ブース・展示蓋

昭和51年(1976)制定の府章は「六葉形は古都の格調高い土地柄をあらわし、中央に「京」の文字をひとがたのもようにしてあらわし、全体として全府民のまとまりとその力の結びつきをあらわしたものです。」公式HPより

「京都府水道」中央に府章が表記された、小型の空気弁。

中央に府章が表記された、電気用のマンホール。

下に「京都府」と表記された、電気用のマンホール。

下に「京都府」と表記された、電話用の角型マンホール。

京都府PRキャラクター「まゆまろ」。  第26回国民文化祭・京都2011のマスコットキャラクターとして誕生。その後出世して、京都府広報監の役職につきました。推定年齢2000歳とも言われていますが・・真偽のほどは不明。

2011年春、京都府警察のシンボルマスコットとして誕生した「ポリスまろん」「ポリスみやこ」。平安時代に京の都を護っていたとされる検非違使(けびいし)がモチーフです。みやこちゃんはコロナ感染予防の為マスクで自粛中でした(^^;)

実は2010年まで、京都府警のマスコットキャラクターは、府の鳥「オオミズナキドリ」をモチーフにした「キョッピー」だったのですが・・何処に・・・

2014年7月、京都府舞鶴市・福知山市・綾部市・宮津市・京丹後市・与謝郡伊根町・与謝野町地域で開催された「海フェスタ京都」のシンボルマーク。何となくどこかで見たような・・千葉のどことは言いませんが・・見たような😓

木津川流域:通信用のマンホール、中央には国土交通省のマークが表記されています。

近畿地方に本店を置く「大阪ガス」。大手4大都市ガス事業者の一つで都市ガスの販売量では全国2位。京都府全域をカバーしています。

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京都府流域下水A&Bのマンホールカード

2016年12月1日、第3弾として全国46自治体で46種類(計109自治体120種類)の マンホールカードの無料配布が 開始されました。「京都府流域下水A」のマンホールカードは「宮津湾流域下水道 宮津湾浄化センター」で頂けます。

1987年に設置開始されたマンホールには 「天橋立(飛龍観)」と「オオミズナギドリ」と市章がデザインされています。

「特別名勝「天橋立」は、宮津湾と内海・阿蘇海を隔てる白砂青松の砂州で、日本三景の一つに数えられます。 この砂州を含む一帯は丹後天橋立大江山国定公園として指定され、年間約200万人が訪れる京都府北部の観光拠点となっています。 天橋立には傘松公園、天橋立ビューランドの二大眺望スポットがあり、それぞれの眺めは「昇龍観」、「飛龍観」と呼ばれています。 天橋立の美しい環境を守る宮津湾流域下水道のマンホール蓋には、右上がりに勢いよく天に昇る龍を描いたかのような昇龍観、京都府の鳥「オオミズナギドリ」と「府章」がデザインされています。 散策される際には是非、足元にも目を向けて下さい。」 

カードと一緒に渡された、天橋立界隈の観光マップ。ここから天橋立はとても遠い・・ カードの当初の性格から言えば仕方ないのですが、配布場所としてはとても不便な場所です。

訪問日:2017年6月12日&2019年9月19日

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 2017年8月1日、第五弾として全国55自治体で57種類(計194自治体227種類)のマンホールカードの追加無料配布が、10月15日より開始されました。 「京都府流域下水B」のマンホールカードは「桂川右岸流域下水道 洛西浄化センター」で頂けます。

1976年に設置開始されたマンホールには、 「府章」を中心に下水を意味する「sewage」の頭文字「S」を模した凸凹がデザインされています。

「本デザインの中央に配置しているのは、古都の格調高い土地柄を表す「六葉形」の内側に「京」の文字を人型(府民の結びつき)で表現した府章です。 周囲には、下水を意味する「sewage」の頭文字「S」を模した凸凹をあしらっています。 桂川右岸流域下水道は京都府最初の流域下水道で、全国に先駆け「統一マーク」を製作し、流域構成自治体である乙訓地域の市町や京都市と一体となって取り組む想いを表しています。 本流域下水道の洛西浄化センターでは、施設上部の公園利用に加え、下水道汚泥から火力発電の燃料を生み出す固形燃料化などのエネルギー利用にも取り組み、CO2削減に貢献しています。」

2017年10月15日、「長岡京市洛西浄化センター 下水道フェア」の開催に合わせて、桂川右岸流域のマンホールカード5種類が第五弾として一斉に追加配布されました。(小雨の中にも関わらず沢山の人・・ご亭主殿と私の前後に・・更に人・・人・・人・・)

まゆまろ君がデザインされた「京都の水」も頂きました。

「いろは呑龍トンネル」のイメージキャラクター『どんりゅう君』。元気一杯で、下水道フェアを盛り上げてくれました。

撮影日:2017年10月15日


ご当地マンホール in 京都府笠置町

2023年04月06日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・京都府

相楽郡笠置町(かさぎちょう)は京都府の最南端に位置する町です。木津川市、和束町、南山城村に。また県を跨いで 奈良県奈良市に隣接。府内で一番小さな町で、全面積の八割が山林で占められています。町のシンボルでもある笠置山は古くから信仰の対象とされ、山頂の笠置寺には日本一といわれる弥勒大磨崖仏があり、また後醍醐天皇の行在所としても知られ、当時をしのぶ史跡も数多く残されています。「町の木:染井吉野」「町の花:美山つつじ」「町の鳥:ウグイス」を制定。

キャッチフレーズは「わかさぎのはばたくまち  美しい自然と史跡に恵まれた心ふれあう町」

白砂川の大手橋に、千載和歌集を撰進した『藤原俊成』の和歌。
【 五月雨は  水上まさる いづみ川  笠置の山も  雲がくれつつ 】

明治22年(1889)、町村制の施行により、相楽郡笠置村が発足。

1934年、 笠置村が町制を施行、相楽郡笠置町となる。

マンホールには、デザイン系の物はなく上水道関連の規格蓋のみでそれにも自治体を表す知章は皆無。町役場から消防署と聞きまわってそれでも見つけられず、知人から頂いた「笠置消防の防火水槽」画像が唯一のご当地ものとなりました。

昭和45年(1970)3月18日制定の町章は「全体で笠置町の頭文字である「笠」を表しています。」

以下はいずれも完全な汎用規格蓋です。

2009年は笠置大橋のこちら側、国道163沿いから集落の中までかなりの時間を費やして探し回りましたが、完全な規格蓋しか見つけられず、2015年は橋の向こう、笠置駅から集落を歩いて蓋探し・・流石に諦めました😩

笠置の由来「天智天皇の皇子の大海人皇子がこの地で狩りを楽しんでいると一匹の鹿があらわれ、夢中になって追いかけ危うく馬ごと岸壁から落ちそうになってしまいました。困り果てた皇子は「山の神よ、お助けください。そうしてくだされば、岸壁に弥勒仏の像を彫りましょう。」と祈願し、窮地を脱することができました。皇子は、祈願した場所を忘れないために笠をそこに置いて帰り、あくる日に約束どおり弥勒仏を彫ろうと再び山を訪れました。笠を探していると、白鷺があらわれ皇子をその場所まで導きました。皇子が笠を置いた石を「笠置石」、山を「鹿鷺山(しかさぎさん)」と称し、それが今日の「かさぎ」の由来となりました。」公式HPより

撮影日:2009年4月11日&2015年9月5日


ご当地マンホール in 京都府旧八木町(南丹市)

2021年11月16日 12時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・京都府

旧船井郡八木町(やぎちょう)は京都府中部に位置した町です。京都市、亀岡市、船井郡日吉町、園部町に隣接。町の西部を大堰川が南流し、鳥羽で園部川と合流、南東方向に流路を転じます。面積は船井郡内六町のうち最小ですが亀岡盆地の北西部分を占める為、耕地も広く米作が盛んで、人口密度は郡内最高。古代よりの地方豪族の古墳も多数残されており、645年頃には在桑田郡行程上一日下半日の地(現在の北屋賀か)に丹波国国府が置かれたとも云われています。室町時代初頭、内藤季継が八木城を築城。安土桃山時代ころから大堰川の舟運が盛んになり、江戸時代になると、角倉了以が大堰川をひらき嵯峨に通じる水路を開通。鳥羽港は中継地となり木材、米、塩の類埠頭に集散する市場として繁栄しました。「町の木:ヘイセイザクラ」「町の花:花菖蒲」「町の鳥:セキレイ」「町の魚:アユモドキ」「町の昆虫:ホタル」を制定。

旧キャッチフレーズは「ひとが輝き、まちが輝く、ほんまもんのまちづくり」

明治22年(1889)、町村制の施行により、船井郡八木村・吉富村・富本村・新庄村、北桑田郡神吉村が発足。

1915年、八木村が町制を施行、船井郡八木町となる。

1951年、船井郡八木町が、吉富村、富本村、新庄村を編入。

1955年、北桑田郡神吉村を編入。

2006年、船井郡園部町・日吉町・北桑田郡美山町と合併、南丹市八木町となりました。

マンホールには「町の花:花しょうぶ」と、大堰川を泳ぐ天然記念物「町の魚:アユモドキ」が描かれています。

昭和36年(1961)4月1日制定の町章は「八木町をひらがなで表わし、「やぎ」を図案化したものです。」

旧八木町役場内に飾られている「町の花:花しょうぶ」と、「町の鳥:セキレイ」。

「1985年8月のマニラ(フィリピン)との、姉妹都市提携記念プレート」

撮影日:2008年7月12日&2015年12月22日