職場で観光経済新聞を愛読している。週に1回の業界紙で、一般紙に載らないようなニュースやコラムが充実しているので、目が離せない。同紙12/24付「私の視点 観光羅針盤 175」欄では、村橋克則さん(せとうち観光推進機構事業本部長)が「なぜ今、観光による地方創生か」を寄稿されていた。よくまとまった記事で、とても参考になる。以下に全文を引用する。
私は30年近く観光領域で仕事をさせてもらっているが、今ほど観光が注目され、脚光を浴びている時期を記憶していない。国の掛け声の下、各地でインバウンドへの取り組みも大きく進んだ。ただ、この30年、観光振興(交流人口の増加)が地域において必ずしも歓迎されてこなかったのも事実。
よそ者の流入による治安や環境の悪化、静かな生活に対する脅威から、観光は一部の観光関連事業者(宿や土産業者)のビジネスに過ぎず、地域全体で取り組むものという意識は低いレベルにとどまっていた。
しかし、少子高齢化、地域経済の衰退がいよいよ待ったなしの状況となり、観光産業の経済効果、雇用効果への期待から、観光を地方創生の切り札として捉える自治体が増えてきた。政策として中心に据えるためにも地域全体に歓迎される観光振興を実現する必要に迫られている。「住んでよし訪れてよし」は観光による地方創生を実現するために欠かせないコンセプトだ。では観光振興(交流人口の増加)が地域にもたらすメリットは何なのか。五つほど考えられる。
まずは域内の売り上げ・利益の増加。消費人口の減少を交流人口でまかない、しっかりと稼ぐ、もうけることで地域の永続的な成長につなげていく。
二つ目はイノベーション。交流人口の増加をチャンスと捉えた事業者や個人が新しい商品・サービスを生み出そうとチャレンジする機会が増える。域内外からの投資も期待できるだろう。
三つ目は交通や通信といった社会インフラの整備が進むこと。新しいショッピングセンターやレジャー施設も増えるかもしれない。観光客のみならず地域住民にとっても生活の利便性が高まったり、豊かな暮らしが実現できるという利点がある。
四つ目は地域の伝統・文化・産業・自然景観の保護保全への意識が上がり、活動が盛んになること。実際、老朽化によって取り壊しが検討されていた地域の伝統的建造物が、観光資源として蘇ったというような事例も耳にしている。
最後に、住民の地元意識、郷土愛の高まり、いわゆるシビックプライドの醸成である。観光地として評価が高まり、多くの観光客に喜んでもらうことで、この地に生まれたこと、住んでいることへの誇りが生まれ、地域の一体感が高まっていくことはまさに地方創生の目指すところだ。また、域外からの訪問者(特に外国人)との交流によって、高齢者がいきがいを見つけたり、新しい文化が芽生えたりという利点についても報告がある。
このように、観光振興が地域にもたらすメリットは「経済面」にとどまらず、住民の心や暮らしに豊かさをもたらすもので、地域を挙げて取り組むべき大きなテーマだと言うことができる。観光による地方創生を担う私たちのような組織は、域内でこのことをしっかりと説いて、多くの理解者・協力者を得て、地域一体で地方創生を進めていくことが肝要である。(せとうち観光推進機構事業本部長)
むらはし かつのり=早大法卒。1987年リクルート入社。国内旅行事業部長、リクルートメディアコミュニケーションズ執行役員などを経て、2016年せとうち観光推進機構事業本部長就任。55歳。
「シビックプライドの醸成」とは、良い指摘である。以前、高取町在住で雛めぐりの仕掛け人、野村幸治さんに話を伺う機会があった。「地域のお年寄りがとても元気になりました、これは社会福祉的効果です」とおっしゃっていたのを思い出す。お年寄りは昔のことをよく覚えている。自宅に眠っていた雛人形の展示を見に来られた観光客(大阪府下の中高年女性がほとんど)に、思い出話などを話していると、自然と元気が湧き上がってくるのだそうである。
これを倣(なら)った九度山町(和歌山県伊都郡)は4月1日~5月5日に武者人形などを展示する「町家の人形めぐり」をして、同様の効果を得ている。奈良県は各地に「文化遺産」や「伝統行事」が眠っている。これらを発掘して観光客とシニア層などの地元民が交流することは、様々なメリットがある。県民の皆さん、いっちょやってみませんか?