WESTWOOD -手作りビンボー暮らし-

持続可能な社会とは、必要なものはできる限り自分(達)で作る社会のことだ。衣食住なんでも自分で作れる人が偉いのだ。

車庫証明

2009年01月09日 | 今日の出来事

今日はヒマなので連発。

 ログハウス作り用に必要な期間を考えると、レンタルより買った方が安いと言う計算結果が出たのでポンコツユニック(クレーン付きトラック)を買った。名変をしないといけない。そのためには車庫証明が必要。幸い、伐採に一緒に行ってくれたYさんが自分の敷地を提供してくれた。ありがたいことだ。で警察へ行くと、「そこは遠くてダメ。あなたの住所地から2km以内でないと車庫証明は出せない」という。で、近所2km圏内の空き駐車場を当たったが6m超のトラックを置かして貰える所がない!エライこっちゃ、どうしよ


なぜログハウス?

2009年01月09日 | ログハウス

 さて、私はなんでログハウスを建てるのでしょう?

 自然の中で田舎暮らしがしたいから?趣味としておもしろいから?老後の楽しみ?
まあ、どれも当たっていますが、最大の理由はできる限りお金を使わずに自分の力で何かを作る事に意味があると思うからです。まず生きるうえで基本的な衣食住はできる限り自分で作る、作れる人が偉い。誰もが取り組む野菜作りはご多分にもれずやりました。味など問わなければ食い物はナントカなる。衣もなんとかなるだろう。ならば住、それがたまたまログハウスなだけです。それは別にログハウスでなくてもよい。お金をふんだんに使えば、命を買う以外はたいていのことはできます。お金を使って何をやったって、自慢にもならない。できてあたりまえ。

 お金ってなんでしょう?稼いだお金は、自分の力、能力の証し?今の世の中そう洗脳しますし、私も一時そう思っていた時期もありました。でも、はたしてそうでしょうか?お金を稼ぐということは必ず環境になにがしかの負荷をかけざるを得ません。お金を持っている(使う)ということは、どれだけ自分が環境に負荷をかけてきたかの証し、指標にしかほかならないという気がしてなりません。

 TVであるクリエイターが「この世に無いものを作る事に意味がある」と言っていました。私も同感です。私(あなた)が、この世に存在したからこそ生まれえたものを作る(創る、造る)ことにこそ、私が(あなた)この世に生まれた意義がある。誰でも作れるもの、誰かが作れるものを作っても意味がない。

 私(あなた)が、この世に存在したからこそ生まれえたもの、その究極のものは私(あなた)の子供たちです。

 そうした意味で次に価値あるもの、それは芸術だと思います。とりわけ文学。小説とか。紫式部がいなければ源氏物語はゼッタイにこの世には存在し得なかったし、ドストエフスキーがいなければ「罪と罰」はゼッタイに存在し得なかった。
 その作家がいなければ決して存在し得なかった世界、物語を生みだす..、作家とはすごい人たちだと思います。

 科学者をエライと思い、なりたいと思っていたこともありました。でも、自然はすでに人間の存在などに関係なく連綿としてあるわけで、科学者はすでにあるものを見つけたり変化させたりしているだけです。まあ、ないよりはマシですが、尊敬するほどのことでもない。

 次にスゴイと思うのは音楽家。絵画、彫刻、工芸のたぐいは、他の人でも似たようなものは作れますから少し劣りますね。

 私もできれば私にしか生み出せない世界を描いてみたい。けれど悲しいかな今のところムリっぽい。なのでとりあえずログハウスや丸太彫刻をやってみます。でも、将来(もう、先行きは長くないけれど)できることなら全く新しい誰にも書けなかった世界を小説に書いてみたい。それが私の夢です。


カラマツってそんなに悪い木?

2009年01月09日 | ログハウス

「カラマツでログハウスを建てる」というと皆が皆、
「カラマツは暴れる(ねじれる、割れる、そる)」とか、「トゲだらけで皮をむくときにいっぱい刺さる」とか、「ヤニが止まらず雨漏りのように落ちてくる」とか、とにかく悪口ばかりでいい話は一つもない。みんな本当にカラマツで建てた経験があるのだろうか?なんだかカラマツがかわいそうになってきた。よし、こうなったらカラマツの名誉回復、ゼッタイにカラマツでログハウスを建ててやる。

 ちなみに山梨県森林組合連合会によると、県産カラマツ丸太の平均的市場相場は太さ20cm以上、長さ4mモノで立米1万円くらい。1本あたり1,600円(太さ20cm)~3,000円(太さ30cm)くらいか、杉とそんなに変わらない。これは原木市場での価格だから末端価格はもう少し上乗せされるのだろう。

 ところで、私のログハウスを建ててもカラマツ材はあまりそうなので、「よし一丁わしもカラマツで建ててみよう」というお方、いらっしゃいましたらお分けします。価格や引き取り条件は相談の上で。


伐採は大変

2009年01月09日 | ログハウス

 年末年始、元森林組合職員のUさんと、木材販売業Yさんの2人の木のプロの応援も得て、ログハウス建設用のカラマツの伐採に行ってきた。

 現地は、戦後に植林されたカラマツ林が木材価格の低迷で整備されずに来た放置林で、「きれいな林に整備する」ことを条件に必要な木を無償でいただけるというありがたいお話、のはずだったが...。

 あらためて伐採というのは大変な仕事であることを思い知らされた。私は、マツタケ山整備で枯損松など太くてもせいぜい元径20cm位の伐採をやったことがある程度のドシロート。現地の木は大半が元径30cm以上、高さ20以上はある木で、中には元径50~60cm位のものもあった。
 この巨木が伐倒されたとき、私は、雷のような轟音と地震のような地響きに、ただただあっけにとられて呆然と見ているだけであった。こんな巨木の伐採は、伐採のプロUさんがいたからこそ可能になった。これが敷地内の木を全て刈り取ってしまう「皆伐」なら、片っ端から切っていけば良いわけでもう少しやりやすかっただろう(それでも重労働に変わりはないが)。

 しかし、「きれいな林にする」ためには、「皆伐」してツンツルテンにするなどもってのほか。林の保全と景観上残すべき木を傷めないように避けながら周辺の木を伐採しなければならない。これが体力と頭脳と技術を駆使しなければ不可能な大変な作業だったのだ。

 私の場合、半分くらいいわゆる“かかり木”にしてしまって、その処理にUさんの手を煩わせてしまった。“かかり木”の処理にはねらい通りに伐倒できた場合の5倍以上の時間がかかってしまう。結局、今回は一週間で伐採はほぼ終了できたが、伐採した材を森から出すところまでできなかった。近いうちにまた出しに行かないといけないがこれもまた伐採以上に大変な仕事になりそうだ。

受け口を切って       追い口を切りクサビを打つ

木が傾き始める

この繰り返し

3人で200本近くは伐採しただろうか。
そのうち私が伐採したのは30本くらい、かな?