福井県の銘菓に「けんけら」という和菓子がある。藩制時代からあったものらしく、堅いことでは定評があり、歯で噛み砕くのは容易でない。口中で暫くしゃぶっていると柔らかくなり、喉を通るようになる。
万事柔らかな食品が好まれる今日では「ソフトけんけら」なるものも販売されている。福井県には、これと対極にある柔らかさ抜群の「羽二重餅」という銘菓もあって、昔はこのふたつの和菓子が福井土産の定番だった。
同じ時代の当地では、目下隆盛の春華堂「うなぎパイ」はまだ発売されていず、浜松土産には井口堂の「味噌煎餅」という銘菓に人気があった。円盤形をしたふつうの小麦粉原料の煎餅を、ふたつ折りや四つ折りにしたものがあって、それらは歯が欠けるほどの堅さだった。
私の家は福井県に親戚があって、祖母が毎夏曽祖母を見舞いに行く習わしになっていた。先方に行くときの土産は、もっぱらこの「味噌煎餅」と定まっていた。祖母が帰る時に先方が持たせてくれるのは、「けんけら」と「羽二重餅」で、硬軟ひとセットの土産だった。羽二重餅は別として、「けんけら」と「味噌煎餅」とは、我が家では、堅いおやつの双璧だった。互いに地元の銘菓の堅さを競い合うかのような贈答の繰り返しを、呆れた気持ちで見ていたが、双方好きな土産だったのだろう。昔の人は歯が丈夫だったに違いない。
この歯が立たないほど堅い菓子も、吸湿すると柔らかくなる。子どもはそれを心得ていて、すぐには食べず、ほどよく湿った頃あいを見て食べることにしていた。
現在は、堅い菓子は人気がない。ふわふわ・とろとろでなければ消費者が悦ばない。日本人の食物を噛み砕く顎の力は、弱くなる一方だろう。
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