道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

ツチガエルのその後

2020年07月27日 | 人文考察


7月18日以来棲み着いているツチガエルの評判が悪い。家族の者たちから、鳴き声が不気味だと嫌われている。入浴中に風呂場の窓からグェッグェッと聞こえる声が不快だと云う。ジイジは飼っているのではないか?と疑われている。四面楚歌の情況である。

小学生の頃、夏休みに行っていた祖父の家の周りには、トノサマガエルがいっぱい生息していた。そのせいだろうか、カエルの声を聞くと、私は夏の多彩な思い出の数々が呼び起こされる。カエルの声を聴きながら、追憶に浸る老人の娯しみは、家の者には解ってもらえない。特にカエルを嫌っている急先鋒が、孫のひとりであるのは哀しいことである。妻や息子には、どんなに苦情を云われても抗弁できるが、可愛い孫たちに批判されるのには弱い。
もうひとりの孫(急先鋒の弟)が生き物好きなので、今のところこの子の共感を頼りにツチガエルを何とか護っている。招かれざる客の為に、とんだ苦労を背負い込んだものである。

私はカエルの声も虫の音も、それぞれに風趣があって佳いものだと思っている。かつて何かの本で、欧米人には、虫の音が雑音にしか聴こえないことを読んだことがある。日本人と欧米人の何人かに秋の虫の音を聴かせて、脳のどの部分が興奮するかを調べた研究の結果だった。

たぶん、欧米人はカエルの声にも情趣を感じないだろう。もしかしたら、数代前に農村を離れた現代日本人の多くも、カエルの鳴き声に、無感覚・無感動になっているかもしれない。





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