道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

黒バラ平での野営

2021年11月01日 |  山歩き

私がふた昔前まで好んで通っていた「南アルプス深南部」は、標高は2000m台ながら、密度の濃いスズタケの藪の中を獣道が縦横に走り、黒木(針葉樹)の原生林に苔むした倒木が横たわる、動植物相豊かな山域だった。

生成の事情に由るのだろうか?面白いことに、標高2000mの山稜直下に、かなり広い平原がある。頂と平が交互する稜線が連なるのである。
この山域への理解を深めることに熱中し、丈なすスズタケの藪を漕ぎ、時には闇夜に光る獣の眼に怯えながら、林道を歩いてビバークを繰り返した。

200万年ほど前から隆起し、今も成長し続けている列島で最も若い海成の山岳の真っ更とも言える大地を覆う植物と、其処に棲む多様な動物の領域で、満天の星の下、沢の瀬音を子守唄に結ぶ一夜の夢は、日常生活では得られない安息をもたらしてくれた。

人間は行動がままならない闇の中に身を置くと、聴覚が研ぎ澄まされ、微かな物音でも聴き漏らさなくなる。山中での夜はしじまでなく、無数の音や声がさざめく異次元の空間だった。

数100m下の谷底からの瀬音、風に鳴る梢と枝葉が揺れる音、幹が擦れ合う響き、オス鹿のメス鹿を呼ぶ声、名も知らぬ鳥の啼声、蹄のある動物の密やかな足音と鼻息など・・・

山での野営は、膨大な野生と微小の文明が、薄いテントの布一枚を隔て接することである。いつなんどき就寝中に大自然に呑み込まれるかわからない、寄る辺ない宿りだった。山友と酒を酌み交わし、時の流れの中で諸々のことを語り合った。
翌朝、テントの周りに印された無数の蹄の跡に、夜中に聴いた動物たちの立てる音が、夢でなかったことを確かめた。

ビバークサイトは、アプローチの「戸中林道」(戸中川)や「白倉林道」(白倉川)であったり、「ロクロ場峠直下」、「黒法師岳」登高尾根の登り口や、「不動岳直下」の「鹿の平」、「バラ谷山頂部」とその直下の「黒バラ平」、「京丸山直下」のバイケイソウの原の中、時には「黒沢山の肩」に該る残雪の斜面だったこともある。「池口岳」への登路脇のテント場では、水場まで標高差200mぐらいを往復しなければならなかった。

それら数ある野営地の中でも、バラ谷山と黒法師岳の中間の稜線鞍部、「黒バラ平」は、深南部山行での絶好の泊営地だった。此処に宿る時が、最も深い眠りに落ちたような記憶がある。

落葉広葉樹に針葉樹が混じる林の中の林床のスズタケは、疎で低く水場も近い。スズタケが低いのは、それを食餌している鹿が多数集まるからである。夜には遠く大井川中流域の町のあかりがチラチラ見えていた。


黒バラ平の全景


黒法師岳(2068m)から見た黒バラ平(その先バラ谷山2000m)

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