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ウォーキングカメラマン

“お歩きさん”をした時に出くわした心に残った風景、光景、人物などを撮る!!

日本時間の基準となっている玉子焼の街を歩く

2015-10-04 02:46:22 | 兵庫県

2015年9月21日(月)

明石は、日本標準時となっている子午線(東経135度)上の街。また、瀬戸内海に面し、明石海峡で獲れる海産物で名物はいろいろあるが、特にタコを使った玉子焼は、タコ焼のルーツである。

明石公園。JR明石駅の出てすぐ北にある明石城跡に作られた公園。、

魚の棚商店街。JR明石駅の南にあり、魚屋、蒲鉾屋、玉子焼(明石焼)屋、乾物屋など魚貝類を扱う店が多い。

 

 

商店街の中に多数、明石焼(玉子焼)を扱っている店があった。本場ということでどの店もメチャ混んでいた。

魚の棚商店街以外にも市内にかなり玉子焼屋が多い。昔からの店は“玉子焼”と表記していることきが多い。この写真の店ではないが老舗に行ったら2時間以上の待ち時間だったのであきらめた。夕方、別の店に行った。

子午線が通る街なので、ダジャレにして“子午セン”というセンベイを販売。

 

明石市立天文科学館。子午線が通る天文台。新幹線から何回か見たことがあるが初訪問。ここからは明石海峡大橋が見える。

交番の名前までになっている。

子午線交番は、パッと見たところ、隣の教会のような形の建物も、プラレタリウムのような建物も交番のもののように見える。

 

 

 


兵糧攻めされた金物の街を歩く

2015-10-02 01:35:24 | 兵庫県

2015年9月21日(月)

三木は、神戸市の北西にある内陸の街。戦国時代、三木城は、秀吉軍に包囲され兵糧攻めにより落城した。江戸時代以降は金物の街として栄えた。

三木城跡の入口付近にある三木合戦の看板。 三木城は黒田官兵衛の作戦により包囲され、食糧補給路を断たれ、三木城主の別所長治は家臣の助命を条件に切腹した。

昭和を感じるアーケード商店街。シルバーウィークということもあり見事シャッター通り。この商店街は三木と有馬温泉を結ぶ湯ノ山街道であり、秀吉も三木合戦の際、有馬に行っている。

アーケードがとぎれたところの湯ノ山街道にある包丁屋。三木は金物で有名な街である。

 

ひめじ道にある三木で最も古い金物屋。屋根の上の飾りのようなものは、サビていたが包丁のようなものだった。三木は金物で有名な街。

 

ひめじ道。三木城を陥落させてから中国地方の毛利攻めの拠点を姫路にしたが、その時に作った道。この質屋、官兵衛と関係あるんかなぁ。

白壁土蔵。

 

ビルの上にも金物屋の大きな看板が見える。

さすが金物の街という感じでノコギリ製作所がある。

神戸電鉄三木駅(写真右)、単線だった。

市内中心部を流れる川。

 

 


源泉でのゆで卵がおいしいはずの温泉

2015-07-29 23:10:33 | 兵庫県

2015年7月19日(日)

 湯村温泉(兵庫県新温泉町)は、温泉街を春来川が流れ、河岸に足湯があり、その横にはポコポコと沸き立つ源泉があり、食材をゆでることができ、特にゆで卵は格別のはずだったが・・・。

国道9号線と温泉街との間にある階段。温泉街は、国道9号線の下にある。

荒湯。湯村温泉の源泉であり、タケノコ、山菜、トウモロコシ、卵などいろいろなものを茹でることができる。なぜか、ゆで卵は家庭で作ったものと比べものにならんくらい美味いので、ここにくる度に必ずゆで卵を作った。今回も実家から持って来て作ったが、ゆでる場所が端っこだったせいなのか、以前何回も来て作った時と比べ温度が低いようで、上手にゆでることができず家庭で作ったものと同じような平凡な味だった。

荒湯の下は春木川が流れ、川沿いに足湯がある。この足湯に使ってゆで卵を食べるのがここに来た時の我家の定番だった。今回のゆで卵は失敗作で、昔の味を懐かしめなかった。

中心を春木川が流れ、川沿いに柳がありこじんまりした情緒がある温泉街。自分の中で一番好きな温泉街である。 

 

 夢千代像。「夢千代日記」という湯村温泉が舞台となったNHKドラマが放映された。夢千代役は吉永小百合であり、銅像も吉永小百合。

 

 但馬牛のステーキ。今回、実家からはるばる湯村に来た目的である。柔らかく、メッチャおいしかった。

 


街道が分岐し、川が合流する山間の宿場町を歩く

2015-07-26 15:55:11 | 兵庫県

2015年7月18日(土)

八鹿(兵庫県養父市)は、旧山陰道と但馬街道の分岐点、八木川と円山川の合流点の山に囲まれた宿場町。旧養父郡の中心的な町。1974年にはこの街にある県立高校で人権問題に関連する事件が発生した。

横断歩道のパネルが田舎を感じる。車でも汽車でも八鹿は通ったことあり、八鹿高校事件ということで知っていたので、どんなところか八木川沿いを歩いてみた。

唯一のショッピングセンター(写真左)の向いに、(写真には写ってない)かつて大きな事件が起こった兵庫県立八鹿高校がある。

 八木川沿いに街が発達している。

 酒蔵。

 

 写真左の建物は教会。普通の民家の造りであるが、側面に十字架を添えると、なんとなく雰囲気が出ている。

八鹿の中心部。旧山陰街道の宿場町らしい家屋が残る。

 商店街があり、万国旗を吊り下げ、賑やかさを出しているが・・・人が歩いてない。

 

 バス停。


登城を伝える時計台がシンボルの小京都を歩く

2015-07-26 03:00:16 | 兵庫県

2015年7月18日(土)

出石(兵庫県豊岡市)は、碁盤の目の城下町であり“但馬の小京都”と言われ、藩士に登城を伝えた時計台がシンボルとなっている。また、桂小五郎が“禁門の変”で敗れた後、潜伏し再生を図った地でもある。今回は、実家に帰省途中に立ち寄り、3回目の訪問なので妻と1時間ほど別行動で写真を撮り歩き。

辰鼓楼。出石のシンボルであり、当初は太鼓を叩いて藩士に登城を知らせたが、明治14年に時計が寄付されてからは時計台として親しまれている。

 “キンチョールの看板がある八百屋と辰鼓楼”このコラボなかなかのもんだなぁ。

 そば屋がやたら多い。信州上田藩主が国替えとなった時に連れてきたそば職人により、そば打ちの技術が伝えられ、その後、出石焼の小皿にそば盛るようになった。小皿5枚が標準。

 

出石がある豊岡市はコウノトリの生息地であるので、コウノトリをシンボルにしている店があった。

出石焼の店。白磁でシンプルな陶器。

上の写真とは別の出石焼の店。以前この店で購入したと妻は言っていたが、全く記憶がなかった。

出石城付近の街並。訪れたのが15年以上前なので、皿そばを食べたことや、出石焼を妻が購入したこと、出石城や辰鼓楼などシンボル的なものは記憶してるが、街並みなどは風情があったということぐらいしか覚えてなく結構新鮮である。