硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語 44

2021-05-07 20:52:20 | 小説
「夢じゃないんだ。」

思わず顔が緩む。なぜ、私は喜んでいるのだろう。
滅多に使わないお客様の用のカップにお湯を注ぐ。紅茶の香りと共にゆるやかに湯気が立つ。木目調の小さなお盆にのせて、ローテーブルへ運ぶ。

「どうぞ。」

「ありがとう。ございます。」

ステックシュガーとチャームは遠慮なくティーカップに注がれ、黙々とティースプーンで攪拌する。
ミルクティーに変化したティーカップをぎごちなさそうに持ちあげる。
彼の手は小刻みに震えている。緊張しているのが伝わってくる。
平静を装ってるが、私だって同じだ。
しばしの沈黙。
朝からかけっぱなしのFMラジオから、あいみょんの「漂白」が流れている。
なにか話さなくては、あいみょんの歌に飲み込まれてしまう。

「手紙の事なんだけれど。」

「はい。」

「ずいぶん待たせてしまってごめんなさい。でも、あれから毎日読み返したわ。」

「毎日ですか? 」

「毎日です。」

「疑っていたんですか。本心じゃないと。」

ドキリとした。この子は鋭いのだ。ヘタな言い訳なら容易く見抜いてしまうだろう。そうだとしたら、真摯に向き合う事でしか彼を理解することは出来ないのかもしれない。

「あれは、本気なの? 」

「もちろんです。遊びでこんなことできますか。それに、貴方に嘘をつかなければならない理由なんてありません。」

「そっ、確かにそうね。」

彼の方が覚悟が出来ている。それに比べて私はなんて及び腰なのだろう。

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