硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「風立ちぬ」 君さりし後 19

2014-08-26 13:04:43 | 日記
翌朝、座敷へ向かうと支度を済ませた加代が、

「お兄様、おはようございます。昨夜はずいぶん咳き込んでいたみたいですが、どこか具合をわるくなさったの?」

と、心配そうに尋ねてきたので、次郎は苦笑いをしながら事情を説明した。

「じつは、去年の暮れごろから色々あって急に具合が悪くなってね。それ以来咳き込むようになった。」

「お医者様にはかかられたの?」

「いや。今までそんな時間が無くてね・・・。ごまかしながら過ごして来たんだけれど、ここのところ更に調子が悪くなったみたいな気がするよ。」

「じゃあ、今日、診療所に来てください。院長先生はとてもすばらしい方ですから、お兄様の病状も分かると思います。」

次郎は少し戸惑ったが、もう時間に追われる事はないのだからと快く了解した。

「じゃあ、待っていますね。それでは行って参ります。 」

「行ってらっしゃい。」

次郎は母と共に加代の出勤を見送ると、朝食を摂り、身支度を整え加代の勤め先である診療所へ向かった。今日も朝から快晴であった。蝉がうるさいくらいに懸命に鳴いていた。日差しで焼かれた瓦屋根が陽炎で揺れていた。立っているだけで全身から汗がにじみ出て来るのが分かった。

「今日も暑いな。」

額から流れる汗を拭き帽子をかぶると、診療所に向けて町並みを見ながらゆっくりと歩いてゆく。手入れされた田んぼ。遠くに見える山々。美しい水を湛えている川。何度も通った道。お使いに出かけた角店。同級生の家。昨晩も思ったが、名古屋や東京の惨劇を目の当たりにした後で見る故郷の風景が何一つ変わりない事に幸福を感じた。

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