硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「風立ちぬ」 君さりし後 20

2014-08-27 06:01:50 | 日記
木造平屋建ての診療所につくと、待合室には三人が診察を待っていた。受付をすると看護婦から熱を測るようにと体温計を渡され、その場で体温計を脇に挟み待合室の木造の椅子に腰をかけ、小さな手提げカバンの中から昨日里見家で頂いた奈穂子の日記を取り出し表紙をめくった。
何が書かれているのだろうかと、不安を抱いたままページをめくると、何を食べたとか、誰とどんなおしゃべりをしたとか、気候の事だとか、たわいのない日常が記されていて、奈穂子がこの日記をつづる様子を想い浮かべながら顔をほころばせたが、ページが進むにつれ、次第に文章は短くなり、次郎に逢いたいという文字を見つけるたびに心が痛んだ。

「堀越さん。どうぞ。」

次郎の名が呼ばれ診察室へ向かうと、歳は50代くらいであろうか、立派なひげを蓄えたドクターが、椅子に座って次郎を出迎えると、早速体調を尋ねた。

「どうぞお掛けになって・・・。堀越さんですね。今日はどうなされましたか?」

「昨年末から体調が崩れず、咳き込むようになりましたが、最近になって体調が一層すぐれないものになった気がするのです。少し微熱もあるようです。」

「ふむ。どれ、体温計を見せてください。」

次郎は体温計をドクターに渡すと、「たしかに。37.3度ありますな。」といって、体温計を看護婦に渡した。

「じゃあ、胸を開いてください。聴診します。」

そう言うと、聴診器で次郎の肺の辺りを丹念に聞きはじめた。ドクターの表情を窺うと少し難しそうな表情をしているのが見て取れた。

「う~ん。」そういうと、左手を次郎の胸に添えて右手でトントンと叩いて音を確かめた後、

「堀越さん。レントゲンを撮ってみましょう。」

と、言うと、となりの暗幕に閉ざされた部屋でレントゲン撮影を行った。
撮影はすぐに終わり、診察室に戻るとドクターは再び問診を始めた。

「堀越さん。つかぬことを窺いますが、よろしいでしょうか?」

「ええ。なんなりと。」

「あなたの身近で、結核を患っている人がいらっしゃいませんでしたか。」

「はい。9年ほど前に亡くなった妻が結核でした。」

「・・・そうですか。ひょっとすると貴方もそれかもしれません。喀血は? 」

「幸い、まだ一度も。」

「そうですか。」

次郎の返答を聴くたびにドクターは筆記体のドイツ文字でカルテに症状を書きだしたが、ドイツ語が理解できた次郎は何が書かれているのかがわかった。
兄の様子が心配だった加代は、レントゲン写真を持ってドクターに手渡すと、受け取ったドクターは軽く頷き、写真を窓の方を向け目を凝らし、しばらくじっと見つめた。

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