硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

短編 「待ち受け画面の人」

2015-04-29 21:48:46 | 日記
母の故郷へ帰郷しご先祖様のお墓参りに出かけていた時、お墓の前で手を合わせているお婆ちゃんが立ち上がろうとしてしりもちをついた。先祖の墓の前で手を合わせていた私はその様子を見てお婆ちゃんの方に駆け寄って、「大丈夫ですか?」と声をかけるとお婆ちゃんは、「ありがとう。年を取るとこれだからねぇ。」と言って微笑んだ。
私はお婆ちゃんの身体を支えながら立ち上がるのを手伝うと、「ほんとうにすまないねぇ。ありがとう。」といって、曲がった腰をさらに折るようにお辞儀した。恐縮した私は「いえ、いえ。」というだけで精いっぱいだった。
お婆ちゃんは背をのばすと、「やっぱり平和な世の中っていいわねぇ。」とつぶやき、それを聞いてしまった私は少し考えて「そうですね。」とだけ答えた。すると、お婆ちゃんは腰の後ろで組んでいた両手を離し右手に持っていた線香や数珠の入った小さな布製の手提げ袋から携帯電話を取り出した。そして、少し曲がった人差し指でタップすると画面に若い男性の姿が映った。
「かっこいいでしょ。これ、私の旦那。」お婆ちゃんはそう言って私に画像を見せ少しはにかみながら微笑んだ。私は、「かっこいいですねぇ。お幾つくらいの時のものですか? 」と尋ねると、「そうね。もう70年くらい前かな。消去しようと何度も思ったけれど、やっぱりできなくてね・・・。」と言った。
お婆ちゃんの背よりも高くなった石碑にはその映像の人が眠っているのだろうと思った私は返答に困ったけど何か言わないといけないと思い「いつごろ亡くなられたんですか? 」と尋ねてしまった。するとお婆ちゃんはため息をついて「数十年前の紛争の時よ。」と答えた。私は紛争と言っても学校の歴史の時間でしか聞いたことがないからスーツ姿でいかにもビジネスマンという感じの爽やかな男性が紛争とどう関係があったのかよく分からなかった。すると、私の様子をうかがっていたお婆ちゃんは左手を肩のところまで上げて墓地の隅の方を指さした。何かなと思ってその方向を見るとずいぶん古いお墓が少し高い墓石を中心に左右に分かれ整列しているように立っていた。
「なんですか? あのお墓は? 」そう尋ねるとお婆ちゃんは「あそこには私の大お祖父さんのお墓があるのよ。あれは何で並んでいるかわかる? 」と言った。分かるはずのない私は、「なんだろう。なんか特別な感じはするけれど、わからないなぁ。」と、答えるとお婆ちゃんは、「そうそう、私もあなたと同じ年頃の時はそう思っていたわ。」と言って笑った。
私はなぜ笑うのだろうと不思議に思った。でも、お婆ちゃんは懐かしそうに微笑んでいた。
そして、「誰でもそんなものだわ。穏やかな日々を過ごしていると争い事なんて私たちに身に降りかかるなんて思いもしないものだもの。」というと、「あの並んでいるお墓はね、ずいぶん昔にこの地域から出兵していった人達のお墓なのよ。帰りにお墓の横を見てみなさい。どこで戦死したのか刻んであるから。それが刻んでないお墓はどこで亡くなったのかもわからないままなのよ。」
今までそんなものだとは知らなかった私は驚きを隠せず言葉を失った。お婆ちゃんは曲がった背をまた伸ばして、「争いは知らない間に私たちの足元に忍び寄ってきて、ある日突然私たちを飲み込むのよ。旦那はサラリーマンだったけれど、紛争が起こって事態が悪くなってきたら突然徴兵制度が引かれてね、そしたら訳が分からないうちにサラリーマンだった旦那は兵士になってしまった。それでね、知らない国に行って命を落としてしまったの。」
遠い過去のしかも授業の中で少ししか聞かなかった事が急に生々しいことに思えてきたけれど、それでも想像することは難しかったから、「そんなことがあったんですね。」とだけ答えた。お婆ちゃんは「でも、もう昔の話だわ。」と言ってから、「それでもね、私たちの時代からナンバー登録になったおかげですぐ捜索してもらえてね。大お祖父さんの時代とは違って、こうやって弔うことが出来たのは唯一の救いだと思ったわ。でも、あなたはまだ若いからこんなこと言ってもよくわからないわね。」と言った。
私は複雑な気持ちになって「そうですね。」と答えると、お婆ちゃんは「ごめんなさいね。突然話しかけちゃって、この年になると愚痴をこぼす相手もいなくなってね。つい話しかけてしまったわ。」と、言って頭を下げた。私は「こちらこそ大切なお話を聞かせてくれてありがとう。」とお辞儀をすると、お婆ちゃんは皺くちゃの笑顔になった。そして、左手に持っていた今ではほとんど見なくなったスマートフォン型の携帯電話の画面をまた少し曲がった指でタップし画面を消すと、線香や数珠の入った布製の小さな手提げ袋に入れ両手を腰の後ろで組んで青色のシニヤカーへ向けて小さな歩幅で歩いて行った。