爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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悪童の書 bw

2014年10月26日 | 悪童の書
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 日曜の夕方へと向かう正しい序章。

 テレビは競馬とゴルフで成り立っている。遅くまで寝て過ごし、まだベッドのなかにいた。どちらかの番組の解説者が、「脇が甘い」と言った。となりにいるぼくより髪の長い生物が反応する。

「脇って、すっぱいよね」

「え?」池に入った小さなボールを茫然と眺めている姿を思い出している。ある選手は靴下を脱ぎ、池に入る。美学より勝利を。「すっぱい?」
「そうだよ。試してみるから」

 彼女の首がこじ入れられてぼくの腕の下にある。体温をはかるようなときしか、この格好をしない。

「やめろよ」
「ほら」

 ぼくはシャワーを浴びるのも面倒だった。昨日は彼女の記念日だったため、遅くまで飲んでいた。明け方に家に着き、ぼくらは戦った。共同でなにかをするということを大人になるまではしてはいけなかったのだ。いや、知らなかったのだ。直ぐに泣く存在だった少女たち。ドッヂ・ボールで逃げ惑うスカート姿。

「正確にはすっぱいじゃなくて、しょっぱいじゃないの。確認するよ」

 彼女のつるりとした脇。身をくねらせる。

 ピーマンが食べられるようになる。山盛りのサラダすら苦手の範疇から逃げ出す。苦味もうまいというジャンルに入ってしまう。臭い食べ物も好物として取り込む。大人になること。

 ビールも苦くなく、塩辛も生臭いものではない。

「ばかみたい。やめて」
「すっかい」
「なに、それ?」
「言わない?」
「言わないよ」

 ぼくらは誇らしげになったり、美しく外見を装ったり、着飾ったり、見栄を張ったり、これらのときには総体をどうでもよくないことと決めて行動した。そのゴールが脇を舐めあうことに通じた。財布をカードで満たして、幅が太くなるよう努力して勤勉に働いた。その最後が、髪のセットを崩して、まどろむことだった。目の周りの化粧も落ち、ひげも多少のびた。

「昨日は、ありがとう。楽しかった」と彼女は言う。ぼくらは動物ではない。互いの身体から小粒なのみやしらみを取り合うような段階にはいない。感謝を告げ合うこともできる。最上の言語を用いて。

 記念日が増える。日付けやスケジュールを管理する。動物は手帳をもたない。目の前にないことをどの程度、把握して、かつ過去や未来の一部を再現しているのかも謎だった。ぼくは昨夜の時間の流れをもう一度、頭のなかで組み立て直していた。

「夜景がきれいだね」と、彼女は言った。髪はふんわりとしている。彼女はいつその言葉を最初に使ったのだろう。黄色い帽子をかぶっているときに、その事実を知っていたのだろうか。海は確かにきれいで、山もすがすがしく、きちんとその評価と誉め言葉に値した。しかし、人工のものがきれいという境地にいくまでには、迂回しなければならない問題が多数、存在する。

 皿やグラスも用途以上の役割を押し付けられていた。きゃしゃであること。彼女の靴もそういう面から検討すれば、デザインに傾いていた。そして、指を染め、指輪をはめる。

 あれから数時間後。口説くという行為が遠退き、継続という段階に入る。車ならガソリンの消費が減るころだろう。人間はそうもいかない。続ける意志がある限り、記念日や副次的なものを設定して、それをなぞる。

 コマーシャルでは胃腸薬の宣伝がながれていた。ぼくはあまりお世話にならないが、かれこれ数十年も見せられていることになる。食指が動かないということでもなく、ただ不必要なだけだった。購買意欲をそそられるひとも不機嫌な顔をしながら、どこかにいるのだろう。

「手、冷たいね」と、ぼくは言う。触れた瞬間に熱いと寒いの境界線が直ぐに分かる。

 彼女はぼくの首筋にその手をつけた。皮膚という繊細な衣服は敏感である。敏感というものを鍛えたいようにも思うが、鍛えれば次第に摩耗して鈍感になるような類いかもしれない。とくに、男性の側に立って主張するなら。

 彼女の大元の匂いはおなじだが、たまに違ったものが入り混じるときがある。今日は、そんな日だった。

 ぼくは、今週分の欲を彼女にもう一度、受け取ってもらう。あるいは、先週分。在庫一掃。閉店セールを、定期的に。

 受け取ってもらえる状態は長持ちしなかった。むかしの映画はこの辺でタバコを口にくわえるころだろう。現代のぼくは冷蔵庫からスポーツ・ドリンクを取ろうか迷っている。このベッドにぼくの永続する時間のすべてがあるように感じられる。

 でも、いつまでもこうしていても仕方がない。彼女は横になった状態からはなれそうになかったが、同時に空腹も自分の居場所を伝える。腹に大したものを入れていない一日。

 笑点がはじまって終わる。笑いの商店。焦点をさがす。

 ぼくらは同時にシャワーを浴び、ぼくは彼女の髪を洗う。服を着て、近くの店で夕飯を食べる。明日からまた仕事だ。彼女は化粧をする。いまより、もっと化粧をする。素肌を最近、見たのはぼくぐらいかもしれない。無防備と防御の境目。休日が平日に取り替わる時間。サザエさん。あわびちゃん。アクビちゃん。



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